私は生徒会長と遭遇しました
入学式は学長の有難いお言葉から始まり、来賓が何名か祝辞を述べ、現生徒会長が歓迎を、新入生代表が意気込みを語りました。その内容についてはありきたりでしたから多分三日後には綺麗さっぱり忘れているでしょう。
まず学長については考えなくて構わないでしょう。乙女げーむ中でも存在ぐらいは示唆されていたものの出番はほぼありませんでしたから。これは生徒の自主性を重んじる学院の教育方針に従って生徒会や各委員会にそれなりの権限が与えられているからです。原則的に教会の枢機卿が任命されるとかの情報は必要ありませんね。
来賓は教国連合の重鎮だったり聖都の市長だったりしましたが、彼らも今後接点が無いのは明白なので話は聞き流しました。審判の聖女フォルトゥナが姿を見せたのは意外でしたが、学生生活を送るにあたり彼女とも言葉を交わしやしないでしょうし。
新入生代表は教会諸国連合でも北東に位置する海洋国家出身のエドガルトが務めました。彼もまた攻略対象者なので極力接点を持たないようにしないといけませんね。抱負自体は無難に付きましたが妙に声に色気があったように感じました。乙女げーむより甘ったるかったです。
で、現生徒会長は最上級生なので乙女げーむの舞台になる来年には卒業しています。なのでどうでもいいと思っていたのですが、壇上に上がった彼女の姿を見て考えを改めました。神々しさすら感じさせる佇まいは見る者の気を否応なしに引き付けたでしょう。
「ようこそ新入生の皆さん。わたくし共は貴方方を歓迎致します」
彼女こそ劇中で最も出番のあった降雨の聖女ミネルヴァ。
ひろいんにとっては心強い最大の味方にあたります。
そうでしたか。この年ではまだ聖女候補者だったのですね。
「んー、やっと終わったか」
「本当、長かったでしたね」
入学式が一通り終わって講堂から出るなりチェーザレが伸びをしました。ただじっと座って話を聞くだけでしたが確かに疲れましたね。私もたまらずに軽く体を動かします。眠気は襲ってきませんでしたがいつまで続くんだと多少うんざりしたのは内緒です。
逆に半分ほど夢の世界に旅立っていたジョアッキーノは欠伸を隠そうともしていません。うつらうつらとしていただけでいびきをかくほどの爆睡はしていなかったので周りは気にしなかったか気付かなかったのでしょう。
「この後の予定って何だったっけ?」
「割り振られた教室で顔見せをする筈です」
「俺さ、ジョアッキーノと一緒なんだ。腐れ縁なのかな?」
「あのさあ、それこっちの台詞なんだけど?」
新入生のくらすは講堂前の掲示板に書き記されていました。残念ながら私はチェーザレやジョアッキーノ達とは別になってしまいましたね。学年が同じなら休み時間中に行き来すれば問題無いでしょう。それに交流の幅が広がる機会だと前向きにも取れます。
それと乙女げーむにおける攻略対象者、私と同年代の方はアポリナーレを含めて二人いますが、そのどちらとも別の教室で学べるようです。どうやら今年は波乱も無く平穏に過ごせそうで少し安心しました。
「失礼、ちょっとよろしいかしら?」
……と思った矢先にこれですか。
声をかけられ振り向いた先にいたのはなんと先ほども壇上から新入生に歓迎の言葉を送っていた現生徒会長のミネルヴァでした。しかもご丁寧に左右に生徒会役員を従えています。その一人にはラファエロまで混ざっています。
「はい、何でしょうか?」
あからさまに嫌な表情を浮かべまいと何とか堪えた筈でしたが、生徒会役員達は私の態度が気に入らないとばかりに不快感を露わにしました。一人が咎めようとしましたがミネルヴァが構いませんと微笑を顔に張り付かせたままで言ったため引き下がります。
「貴女が大公国からいらっしゃったキアラ、で合っているかしら?」
「はい、私がキアラです」
「先程も自己紹介しましたけれど、わたくしはミネルヴァ。学院に所属する全生徒の代表者である生徒会長を任されています。そして聖女候補者にも名を連ねています」
ミネルヴァが丁寧に、そして優雅にお辞儀をしたのでこちらも会釈します。華が咲いたようだ、とでも比喩すればよろしいでしょうか? つられてかチェーザレ達も頭を下げたのが視界の端に映りました。
しかし一体どうして彼女は私に声をかけたのでしょう? 教国連合に所属する貴族階級の出の者なら学院の入学試験は免除されますから目を付けられるきっかけが思いつきません。コンチェッタを巡る騒動はルクレツィア達が秘密にしてくれていますし。
「わたくし共聖女候補者は教会総本山の敷地内にある寮で過ごしています。そこで人々を救済する聖女になるべく修行に励んでいるのです」
「存じています。ご存じかもしれませんが、私の妹が神より奇蹟を授かり聖女候補者となりましたので」
「そのセラフィナから貴女のことは聞きました。あの子ったら相当姉が自慢のようね。一度喋り出すと止まらなかったわ」
「それは……意外です。妹に誇れるようなことはあまりしてやれませんでしたから」
セラフィナにとって私は自慢の姉? 確かに血を分けた姉妹として不自然ではない程度には親しくしました。けれどいずれ私に破滅をもたらすひろいんである妹と近すぎてはいけないと一定の距離は保っていた筈です。好意を抱かれる要素があまり無かった筈でしたが。
私の混乱を余所にミネルヴァは続けます。
「今日の朝も彼女からお願いされました。どうか姉をよろしくお願いしますって」
「そうは言われましても生徒会長の手を煩わせるような厄介事を起こすつもりはございませんが」
「ええ、こちらとしても他の生徒と区別して可愛がるつもりはありません。今日の所は妹が姉を案じていた、とだけ覚えておけばいいんじゃないかしら?」
「……頭の片隅に入れておきます」
セラフィナが純粋に私を気遣ってくれているのか裏があるのかはこの際考えないようにしましょう。それよりも多忙な生徒会長様がどうしてわざわざ移動時間って限られた中で接触してきたのか、ですね。私にはとても単に後輩を思っての声掛けとは思えません。
そんな私の考えが正しいと証明するかのようにミネルヴァはこちらへと歩み寄ります。そして身体と身体が触れ合う程まで私に近寄ると、その薄く紅をひいた潤う唇を私の耳元へと持って行きます。彼女が紡ぐ言葉には妙な色気がありましたが……、
「本当は貴女もわたくし共と同じだったのに拒絶したんですって?」
――それ以上にその内容に戦慄しました。
「……。何の事を仰っているのかが分からないのですが」
「実は後ろに控えさせている生徒会役員達にも知らせていないもう一つ託されたお願いがあります。エレオノーラ様からって言えば分かるかしら?」
「あの方はまだ諦めていなかったのですか……」
大きなため息しか出てきませんね。二度も聖女適性試験で欺かれたからって少し意地になっていませんか? ルクレツィアは説得するって言ってくれていましたが、どうやら空しい結果に終わったようです。
つまり、ミネルヴァはエレオノーラから私を監視しろと命じられたんですね。私がぼろを出して奇蹟を行使したら最後、私を拉致……失礼、聖女候補者として迎え入れるために。それだけ神より授けられた奇蹟が神聖なものだと認識しているのでしょうが……いい加減しつこいですね。
「何度も申し上げていますが私は貴女様方のような選ばれし者ではございません。それは二度に渡り証明されていますが」
「神は言っていたそうです。ここで終わる定めではない、と」
「……その神託は久しぶりにお聞きしました。以前はその聖女にはなれないと証明された日でしたか」
「ちょっと適性試験をすり抜けたからって神の定めから逃れられると思っているの?」
当然そんな風には思っていません。学院を卒業するまでは油断せずに過ごすつもりです。
基本的に少女は成人するまでに神より奇蹟を授けられるとされています。なので聖女候補者となれるのは未成年のうちだけ。つまり学院を卒業するまでに秘密を死守出来れば私は晴れて聖女としての役目から遠ざかれるのです。
「エレオノーラ様が何を勘違いなさっているのかは知りませんが、私はこのとおり普通の娘に過ぎません。妹のように神に愛されているだなんて畏れ多くて」
「あくまでもしらをきるのね。エレオノーラ様も貴女はきっと認めないでしょうって仰っていたから予想の範疇ではあるけれど」
「不毛ですからもう止めてくださいって会長からも言ってもらえませんか?」
「あら、一介の女子生徒に過ぎないって言ったのは貴女でしょう。聖女のお言葉より優先されると思っているの」
それを言われてしまったらもう反論は封じられたも同然です。
私が何も言えずにいるとミネルヴァは私から身を離し、前に垂れ下がった髪をかき上げました。
「今日のところはこれぐらいにしておきましょう。改めてようこそ、当学院へ」
生徒会長は役員を引き連れて校舎の方へと立ち去って行きました。いつの間にか私達の周りには何事かと観衆が集まっていましたが、そんなその他大勢はどうでもいいです。私はただ彼女の背中を眺めながら心の中で先ほど安心を覚えた自分を批難しました。
前言撤回します。初日からこれでは前途多難ですね……。




