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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
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私は王子と婚約しました

「おはようございます。ゆうべはおたのしみでしたね」

「勘弁してくれよ……」


 次の朝、屋敷の食堂で顔を合わせたジョアッキーノはとても疲れたご様子でした。隣ではコンチェッタが椅子を寄せて彼にしなだれています。いえ、もう逃がさないとばかりに彼の腕をがっちり抱き込んでいました。更に言うと彼女は蕩けた顔をさせて彼を見つめるばかりでした。


「で、実際の所あの後どうしたのですか? 夕食にも取り込み中とかで顔を見せませんでしたが」

「聞く? コンチェッタを唆したキアラが聞いちゃうの? 悪いとか思ってないワケ?」

「押すなよ押すなよと仰る方を後押ししただけ……は冗談として、そのご様子ですときちんと程々に留めて睡眠時間は確保出来たようですね」

「いや、徹夜なんだけど」


 私は思わず口を付けていた水を吹き出しそうになりました。危うくテーブルを水まみれにするところでしたね。もし水が気管に入ってしまったら咳で苦しまねばならなかったでしょう。何とか口の中の水を飲み込んだ私は軽く咳払いしてから間の抜けた声が出てしまいました。


「はい?」

「そんな感じだから寝具が結構汚れてるんで、悪いね」

「いえ、そうではなくて……そのわりにはお二人とも眠たそうではないようですが?」

「これも活性の奇蹟のせいみたいだ。何でもアリだよな」


 活性の奇蹟凄いですね。


 要するに、コンチェッタが活性の奇蹟を最大限利用したらしいのです。心の恐怖を身体の快楽で塗り潰して克服した後は存分に二人で愛し合った、辺りでしょうか。感度を高めて、睡眠や休憩を挟まず昂らせ、夜が明けるまでたっぷりと身体を重ねたのでしょう。

 ……まさか少しだけ欲望にまみれた解決策を提示しただけでこんな結果になるとは。偽りの称号の筈だった姦淫の魔女が嘘ではないように思えてしまいます。シーツや毛布を洗うランドリーメイドから発せられる阿鼻叫喚は聞かない事にしましょう。


「それは、ようございました」


 まあ、ジョアッキーノは最愛の少女を堪能し尽くして、コンチェッタは人の愛を取り戻して、二人ともとても幸せそうでした。それこそ茶化しただけで馬に蹴られて死んでしまいそうな程熱々でして。正直目のやり場に困るものの微笑ましいと思います。


「キアラも今度試してみろよ。世界が変わるぜ」

「は? 試す? どなたと?」

「そ、そんな睨むなって。分かり切ってるだろ?」

「……真面目に返答しますと、ジョアッキーノ達のお楽しみはコンチェッタ様の奇蹟の恩恵を受けたからこそでしょう。この先機会があると仮定して、その際ジョアッキーノは愛しのコンチェッタ様を私共に差し出すのですか?」

「違うって馬鹿! 僕が言いたいのはさ……!」


 分かっていますよ。私が自分自身に活性の奇蹟を施して行為に臨んでみろ、と言いたいのでしょう。食卓には私の家族もいるのに朝から男女間の夜の営みの話を随分と大胆に仰いますね。母も気まずそうにしていますし、弟は幸いにも何の話か分からない様子です。


「無理です」


 しかし、その提案を実行するのは不可能です。


「はぁ? どうしてだよ。そっちはこっちに勧めておいて自分がお断りしますって都合よすぎるんじゃない?」

「いえ、違います」


 私はまず自分の顔を指差し、次に自分の胸を指差し、最後に右手と左手の人差し指を交差させました。初めは意味不明とばかりに首をかしげていたジョアッキーノは、いち早く気付いたチェーザレの思いつめた表情をご覧になって察したようです。


 ――そう、私は私自身に奇蹟を行使出来ないのです。


 正確には自分の怪我や病気を治せない、つまり復活の奇蹟の対象が他人限定なのです。そうでなかったらかつての私は理不尽な異端審問からも、拷問に等しい自白強要からも逃れられたでしょう。更には身も心も、誇りすら汚されずに済んだかもしれません。


 生まれ変わってからもそのままでした。試しに幼少の頃転んで擦りむいた膝を治そうと試みましたが出来ませんでしたし。

 ですので一人きりになる際は十分に気を付けねばなりません。ふとした不幸、または悪意が降りかかってしまうとどうしようもありませんから。


「そうだったのかよ。てっきり……」


 コンチェッタが自分自身を対象に出来ていたから勘違いしていた、と続けたかったのでしょう。確かに大半の聖女はそうなのですが、私は始めから無理でした。もしかしたら復活まで至ったせいで制限がかかっているのかもしれません。


 まあ、そもそも今後奇蹟を行使する気はこれっぽっちもありません。何せ私はただの貴族令嬢なのですから。神の意志とか使命とか知りませんね。人々の救済はエレオノーラやルクレツィア達現役の聖女や妹達未来の聖女に委ねればいいのです。


 そう、神託など戯言です。

 私はまず自分を幸せにしたいのです。


「それよりもジョアッキーノ。本来の目的は忘れないでくださいね」

「え?」

「昨日はあの後お楽しみだったのですから、今日こそ正式に報告するのですよね?」

「あ、ああ勿論さ。その為にこっちに来たんだからね」


 コンチェッタを選んだ貴方は私との婚約解消を父に申し入れる為にわざわざこちらまで足を運んだのでしょう。当然父は事前に報告を耳にしていますしマッテオからも文を出しているでしょうが、ジョアッキーノ本人の口から意向を伝える必要があるでしょう。


「チェーザレ、申し訳ありません。ジョアッキーノに付き合わせる形での訪問にさせてしまいまして」

「いや、俺も用事があったから問題ないぞ」

「? 聖都での一件を報告しに来てくれたのではないのですか?」

「それもあるけれど、もっと重要な申し入れをしたくて」

「申し入れ……ですか?」


 チェーザレは今朝からずっと真剣な顔をしています。まるで未来を左右する決戦に臨むかのようです。それから先程から私をじぃっと見つめる頻度が高いように思われます。おかげで私もつられて彼の方を意識してしまいます。不思議と不快ではありませんでした。


 しかし、学院入学を控えたこの忙しい時期に時間を割いてまで直接赴いてまでするお伺いですか……。あいにく見当もつきません。彼は王太子ではありませんがれっきとした一国の王子。呑気に道草を食べているほど暇でもないでしょうし。


「ジョアッキーノは今日キアラとの婚約を解消するんだよな?」

「ええ。とは言っても事実上は既に解消されたも同然でしたが」

「だとしたらキアラには婚約者がいなくなるんだよな?」

「元からジョアッキーノとの婚約は暫定だったのでその表現もおかしいのですが、概ね間違ってはいないかと」


 ……。

 …………迂闊。そう言えばそうでした。

 さすがにここまで言われては鈍感な私でも察しがつきます。


「なら、俺と婚約を結んでほしい」


 その一言にジョアッキーノはにやにやと笑い、弟はわぁっと声を上げ、母は手を組んで大いに喜び、父は満足げに頷きました。コンチェッタも私を祝福するように微笑んでいます。控えていた使用人達すら皆嬉しそうにこちらを見つめています。


 私達の関係は既に南方王国に赴いた際にコルネリアのお墨付きとなっています。他国とはいえ王家の子息から娘が求婚されたのですから父も母も反対しないでしょう。ですのでチェーザレと私の婚約は認められたも同然でしょう。


「私は、チェーザレを良き友人だと思っています。語り合っていれば楽しいですし、同じ場所にいると心が温まります」

「キアラを守りたいとか一緒にいたいとか苦しんだり悲しんでほしくない、とかは猛烈に思ってる」

「好ましいとは思っていますが……この先私がチェーザレを愛せるかは自信がありません」

「いや、別にいいんじゃないか? 俺だってこの思いが恋って奴なのかはさっぱりだ」


 公私共に肩を並べて歩んでいく分にはむしろ光栄だと思う自分がいます。しかし私にはジョアッキーノやコンチェッタのように相手を独占したいとか私の全てを貰って欲しいとは思えないのです。私の思い全てがチェーザレに向けられる……そんな日があるのでしょうか?


「私なんかでいいのですか? 苦労しますよ」

「そんなの知るもんか。苦しみも悲しみも分かち合う、なんて半端な事は言わない。キアラの全てを俺は貰いたい」

「チェーザレはご存じでしょう、私には抗いたい運命があると」

「そんなの大した事無いって昨日キアラ自身がコンチェッタに提示したじゃないか」


 私は前世から奇蹟を継承しています。神がどうして私に拘るのか、私に何をさせたいかは分かりません。乙女げーむの脚本通りに悪役令嬢役を演じさせたいだけかもしれませんし、本当に人類救済に人生を費やせと仰せなのかもしれません。


 それでもチェーザレは些事だと断言してくれます。コンチェッタが昨晩愛する者と幸せを掴んだのは極端な例だとしても、決して神から与えられた運命が絶対ではないんだとの証明にはなります。

 「奇蹟を手放したい」と願望を口にすれば……チェーザレは今すぐにでも私を抱いてくれるでしょうね。それがどれだけ身勝手で彼にとっては迷惑であっても。私はそこまで彼に甘えたくは……いえ、違いますね。


「チェーザレ」

「……何だ?」


 そんな複雑に考える必要はありませんか。私や彼の事情はこの際棚上げしましょう。ここで大切なのは私と彼がどう思っているか、だけです。彼の想いは今私にぶつけてくれた通りですし、私はそんな彼と共に生きる未来を思い描き……、


「不束者ではありますが、よろしくお願いします」


 ――悪くない、と思いました。


 チェーザレはもうすぐ大人になる年なのに歓喜を隠さずに声を上げました。ジョアッキーノがそんな彼を盛り上げるように祝福しつつ拍手を送りますし、コンチェッタは意味も分からず彼の動作を真似します。両親も使用人達も微笑ましくそんな様子を見つめていました。


 それはかつての私が想像すらしていなかった光景でした。

 ここには私の人としての幸せが広がっているのです。


 ……そうですか。私は今幸せなのですね。

ここで第一章は終わりとなります。

お読みいただきありがとうございました。

第二章は秋ごろより連載再開する予定です。

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