私は事後報告を聞きました
アレから月日が経ち、学院への入学が間近に迫る季節になりました。
聖都への荷物はお気に入りの装飾具や服、それに本などを最低限に纏めました。別に私がいなくなるからと自分の部屋が物置に化ける心配はありませんから私物は置いて行って大丈夫でしょう。必要な物があれば現地調達すれば済む話です。
「トリルビィ。申し訳ありませんが、私と共に聖都に行ってもらえますか?」
「その言葉をお待ちしていました。不肖このトリルビィ、引き続きお嬢様にお仕え致したく」
私の口からトリルビィを指名したところ、彼女は嬉しそうにはにかみながら恭しく頭を垂れました。実は拒絶される、もしくは大公国を離れたくないと言われないかと戦々恐々していました。直前まで口の中が緊張で乾燥していましたし。
私は思い切ってトリルビィには家政婦長を任せたいとの意向を明かしました。彼女ほど私を分かってくれる使用人はいませんので是非にと熱意を込めて主張したのですが、彼女は光栄ですと口にしながらもどこか渋った様子でした。
「実は……来年度からわたしも学院に通うよう実家から言われまして」
「……今更ですか? 先方は我が家の使用人になりたいとの希望に同意なさったと聞いていましたが」
「お父様が考えを変えてしまい、この間実家に顔を出した際も聞き入れてもらえませんでした。学院に通うなら私生活まで束縛しないと言っていましたので……」
「引き続き私の身の回りの世話は出来るけれど、家政婦長までは厳しい、と」
「はい。お嬢様が学院に行かれている間は……わたしも学院に通わねばなりません」
トリルビィの実家は我が家と同じく大公国の貴族になります。四女として生を受けた彼女は姉達ほど政略結婚の駒としての期待されなかったため、わりと自由に将来の選択が出来ました。一人でも生きていけるよう使用人になると言った際、条件がこの家での奉公だったそうです。
何故なら、丁度トリルビィの一年後に私が生まれたので。
年が近しい少女同士気が合ってお近づきになれる、との打算からなのでしょう。先方の意図は透けて見えますがそれでもトリルビィは純粋に私に仕えてくれるので不満はありません。
「お嬢様の侍女にまで抜擢していただきましたのでお父様も満足すると思っていたのですが……」
「学院で良縁になる殿方を見つけて婚姻を結べ、辺りですか。残念ですが私はトリルビィの家の方針には口を挟めません」
「分かっております。これはこちら側の問題ですので」
「ですがトリルビィには是非家政婦長になっていただきたいのです。人手や助けが欲しいのでしたら何名か連れて行きましょう。お願いします」
「わたしになんて頭を下げないでください! ……分かりました。お嬢様のご期待には応えなきゃいけませんね」
「……そう言っていただけて嬉しい限りですよ」
聖都に生活の場が移ろうと私とトリルビィとの間に結ばれた絆は切れません。
「お久しぶりです、皆様。ようこそお越しくださりました」
「ああ、久しぶり」
そんな具合に着々と準備を進めていた私へとある日訪ねてくる者がいました。交友関係をあまり広げていなかった私に顔を見せる方など限られています。その例外に該当する来訪者、チェーザレ達は全て区切りがついたので自分の口で私に報告したかったんだそうです。
「本当ならゆっくりしたかったんだけど、明日には王国に帰らなきゃいけないんだ。そろそろ俺達も学院への入学準備に本腰入れないと」
「あら、どうせならそのまま聖都に残っていれば良かったのではありませんか? 準備は家の者に任せて問題無かったでしょうに」
「冗談言うなって。母さんにも顔見せたいし、学院に行く前にどうしてもこっちで済ます用事があったから」
テーブルを挟んで向かい合うように座ったジョアッキーノの傍にはコンチェッタが寄り添っていました。彼は溺愛とも呼べるほど彼女を大切にしているのでしょう。コンチェッタは幸せそうに微笑を湛えて彼に甘えていました。
「その様子ですと晴れて自由の身になったのですね。おめでとうございます」
「ああ、無事コンチェッタは無実だったって認められた。これも全部キアラのおかげさ」
「私は別に何も。全てはコンチェッタ様をお守りしていた貴方様の覚悟によるものです」
ジョアッキーノはコンチェッタの髪をかき上げて頬に軽く口付けしました。残念と言いますか惜しいと申しますか、コンチェッタにはまだ自分を愛おしそうにするジョアッキーノを理解出来るまで回復出来ていない点でしょうか。彼女は不思議そうな顔をさせて首を傾げるだけでした。
ジョアッキーノの話では主にルクレツィアとフォルトゥナがコンチェッタの名誉回復に全力を注いだそうです。教会の失態を認めたくない聖職者の連中もさすがに聖女を敵には回したくないらしく、渋々ながら過去の過失が認められて罪は取り消しとなりました。
……なお、不当な罰を聖女に与えた責任の所在は曖昧なままとなりました。事実通り女教皇を主犯にしたら最後、教会の権威や信用は間違いなく失墜するでしょう。不満ではありますが当時異端審問に関わった者達は悉く亡くなっています。彼らの罪を問うには遅すぎたのです。
「今回わざわざこっち来たのは礼を直接言いたかったのと……その、ごめん」
「正式に婚約の解消をお父様に申し出たいのでしょう? 念の為にお聞きしますが、ジョアッキーノはコンチェッタ様を何時如何なる時も愛すると誓いますか?」
「勿論誓うさ。神でもいいけど、やっぱりコンチェッタにね」
「では私に謝る必要はありません。お父様の説得に全力を注いでください」
そしてジョアッキーノは改めてコンチェッタを自分の伴侶にしたいと打ち明けたんだそうです。私が認めている点とコンチェッタが聖女に復権した点を挙げて認めてもらおうとしたところ、前者を語った途端にマッテオはあっさり許可したらしいです。私の時もそうでしたがマッテオの切り替えの早さは称賛に値します。
「ところで、コンチェッタ様による女教皇殺害の件は私の提案が通ったのですか?」
「女教皇はコンチェッタに責められた際に病状が悪化して急死した」
「えっ?」
「女教皇は病死した。いいね?」
「アッハイ」
で、なんと女教皇は諸々しでかしたにも拘らず何の罪にも問われなかったんですって。数十年にも渡って女教皇を務めてきた聖女が罪深き者だったと世間に知られたくないんだとか。相変わらず保身に走るのは呆れて物も言えません。
「では、女教皇の間での争いも無かった事になったのですか?」
「隠されたのはチェーザレの復活と女教皇の殺害だけさ。他はちゃんと公式に記録されたよ」
「しかしそれでは女教皇を無実とするのは無理ではありませんか?」
「おいおいキアラ。喋ったのはスペランツァだったろ? ソイツに全部なすり付けたんだよ」
「なんと……」
言われてみれば確かに女教皇が老いて意思疎通が困難になっていたのを良い事に彼女が好き勝手やっていた、とも解釈出来ます。女教皇の罪を問えるコンチェッタが証言出来なかったのも教会にとって都合が良かったんだとか。
「しかし神官である彼女がどうやって衛兵達を意のままに操った事にしたのですか?」
「それがな、スペランツァは過去に聖女候補者だったんだそうだ。惜しくも聖女にはなれなかったんだけど、女教皇直々の勧誘で女神官になったらしい」
「栄誉の抜擢だった筈なのにただの傀儡にされるなんてな」
「つまり……伝心の奇蹟もスペランツァのせいにしたのですね」
全てを上書きされて女教皇その者になってしまったスペランツァは女教皇死亡の間接的要因と見なされました。異端審問の結果魔女だと認定され、公開処刑されたんだそうです。それも死体の残らない最も重い刑である火刑によって。
本来のスペランツァが神の下に召される事を祈るしかありません。
地獄に落ちて罪を償うのは女教皇一人で十分です。




