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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
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私は復活の奇蹟を披露してしまいました

「もう一度だけ言います。潔く引退してコンチェッタに恩赦を与えなさい。それがお互いが歩み寄れる妥協点でしょう」

「これまで人々に、教会に尽くしてきたこの『私』がどうしてそのような仕打ちを受けねばならないのですか……!」

「あくまで考えを改めないつもりですか」


 さて、女教皇の処遇は色々と考えようがあります。神は女教皇に贖罪させよと仰っていますし私も彼女は報いを受けるべきと考えます。しかし何も私自ら手を汚そうとまでは思いません。しかるべき罰さえ与えられればそれで構いません。

 後は教会の自浄作用に押し付ける……もとい。任せられるか、ですが……。


「ルクレツィア様。女教皇を貴女に引き渡したとして、この後彼女はどうなりますでしょうか?」

「……私が彼女の罪を告発する」


 ルクレツィアは神妙な、と同時に決意に満ちた顔をさせました。この事態を深刻に受け止めているのは私にも伝わってきます。にしても実に都合がいい方で。偉そうに正義を豪語しておきながらこれまで女教皇を散々野放しにしてきた癖に。


「いくら相手が聖下でも聖女の申し出は教会内で無下にされないでしょう。審判の聖女フォルトゥナ様なら証拠が無くたって真実を白黒はっきりさせられる」

「ですが判断する者達が女教皇の伝心の奇蹟に引きずられませんか?」

「さっきキアラ様がそこの男の子達にやったのは浄化の奇蹟でしょう? なら浄化の聖女リッカドンナ様が戻ってくれば問題無い」


 成程、聖女達が連携して女教皇を無力化しつつ罪を暴き出す算段ですか。勝算があるのでしたら委ねてしまっても構わないでしょう。こちらもこれ以上世俗に染まって聖女の使命を忘れ去った輩と付き合うのはごめんですし。


「ルクレツィア! これまで散々目をかけてやった恩を仇で返すのですか!? この、裏切り者がぁ!」

「神に奇蹟を授かった聖女でありながら人に苦しみを与える聖下こそ背信者だろう!」

「っ!」

「年を重ねてもなお神に人生の全てを捧げた貴女を尊敬していたのに、やってはいけない罪を何故自覚なさらないのですか……!」


 しかし当の女教皇は女神官を介して往生際悪く叫びました。ルクレツィアはスペランツァを怨みと怒りを滲ませて睨みつつ吐き捨てました。ですがすぐさまその声色は嘆きへと変貌していきます。ルクレツィアは涙を払うように顔を振って私が跪かせている女教皇を見つめます


「女教皇聖下。これまでお世話になりました」


 そして、恭しく一礼しました。まるで今生の別れをするかのように。


「あ、あのさあ聖女様。僕達は別に女教皇がどうなろうとどうだっていいわけ」


 そんな重苦しい空気に包まれた女教皇の間に若々しい声が響きました。ジョアッキーノがいつもと同じ様子、つまり軽い口調で言葉を並べているとすぐ分かりましたが、場の雰囲気を変える為にわざと自分を奮い立たせていると気付いたのは少し経ってからでした。


「それよりコンチェッタはどうなるのさ? まさか魔女裁判をやり直すまで牢屋に入れておくって言うんじゃないよな?」

「本来なら魔女の疑いがある者は拘束するのが通例だけど、教会の代わりに相応の力を有する所の監視下に置くなら保釈も可能だった筈だね」

「相応の力って、例えば?」

「魔女に堕ちた聖女ともなればそれこそ教国連合に加盟する国家そのものぐらいじゃなければ教会は認めやしないでしょうね。一介の貴族なんかだととても身請けなんて叶わないよ」

「なら問題無いよな、チェーザレ?」

「ああ、問題ない。俺の所で保護する」


 ルクレツィアは目を丸くしてジョアッキーノとチェーザレを交互に見つめました。やがてあっと声を上げてチェーザレを指差します。思い当たる節があったのはさすが諸国を回って人々を救済する聖女だけあります。


「もしかして、南方王国の王族の方?」

「一応第一王子だ」

「嘘……いや、そう言えばリッカドンナ様の報告には第一王子が帰還してたって書いてあったっけ。言われてみれば確かに国王の面影が……」


 ルクレツィアはあれこれ思考を巡らせて、やがて自分の頬を軽く叩きました。頭の中を整理して改めて意気込んだのでしょう。


「手続きするから聖都での滞在を延長してもらいたい。勿論その間コンチェッタ様は君達の傍にいてくれていい」

「そう言っておいて後で異端審問官が僕達を捕らえに来るなんてオチは嫌なんだけど?」

「国の信用を失う不手際を教会が犯すとは考えにくいけれど、そんな事は私がさせない」


 ジョアッキーノとチェーザレはルクレツィアの提案に乗るかの相談を始めました。コンチェッタの安全を考えるなら一刻も早く南方王国に連れて帰るべきでしょう。ですが教会から逃亡者として追われる身となります。聖女としての名誉を回復するならある程度は教会に従う他ありませんか。


 そうやって事態の収拾に入っていた為でしょう。各々が油断してしまったのは。


 チェーザレに組み伏せられていたスペランツァが強引に身を置き上がらせたと気付いた時にはチェーザレは跳ね上げられていました。まさか、私が施した活性の奇蹟が効果を失うまで機会を見計らっていたと言うのでしょうか?


「小娘ぇ! その下賤な手を、『私』から離せっ!」


 彼女が手にしていたのはルクレツィアに叩き落とされた衛兵の剣でした。皆の話を聞きながらも女教皇に注意を払っていた私は完全に不意を突かれます。私が咄嗟に飛び退こうとする暇も無くスペランツァは剣をこちらに向けて思いっきり投げ放ったのです。


 殺される、と思う暇すらありません。反射的に心臓が跳ね上がって身体がびくついて視線を逸らすのが精一杯でした。しかし怯える私へは一向に命を奪う刃が届きません。恐る恐る目を開けて現状を確認すると、信じられない光景が広がっていました。


「良かっ、た……キアラが無事、で――」


 投げ放たれた剣は、私の前に躍り出たチェーザレの胴体に突き刺さっていたのです。


「チェーザレ!」


 血を多量に流しながら崩れ落ちるチェーザレは私にはすろーもーしょんに見えました。気が付いたら私は女教皇を押し退けて彼の下へと駆け寄っていました。必死の思いで腕を伸ばしたおかげか何とか彼が倒れ伏す前に抱える事が出来ました。


「待っていてください、すぐに治しますから……!」


 私は焦りを抑え付けながら彼をゆっくりとその場に寝かせ、まずは突き刺さった剣を抜きました。とても深く刺さっていたせいで中々苦労しました。剣を取り出した瞬間にチェーザレの胸からは噴水のように血が溢れ出てきます。


 手をかざして、意識を集中。私の手が淡く輝き、光の粒子がゆっくりと傷口に降り注ぎます。すると光の粒子は貫かれた穴を塞ぐように埋まっていき、やがては骨や血肉となって彼の身体を治していきます。


「傷は治したんです。これでチェーザレも大丈夫……」

「キアラ様」


 なおも治療を施す私の手を取ったのはルクレツィアでした。彼女は静かに首を横に振ります。その意味が信じられなくて私はチェーザレの胸に手を置きました。もう片方の手を口元にも近づけます。


 呼吸はしていませんでした。心臓は鼓動していませんでした。

 私を庇ったチェーザレは、心臓を貫かれて命を落としたのです。


「彼は天に召されたんだ。一緒に祈りを捧げよう」

「……そんなの」

「? キアラ様?」

「そんなの、絶対に認められません」


 もう自分の未来だとか平穏だとか知った事ではありませんでした。この後の事なんてその時に考えればいいのです。ルクレツィアが語ったようにチェーザレの魂が天へと旅立ったら最後、もう二度と彼は戻って来ませんから。


 やっぱり私は生まれ変わっても馬鹿なままです。こうして同じ過ちを繰り返すのですから。ですが後悔はありません。あの時だって結果は破滅に結びつきましたが、奇蹟を行使した事自体に悔いなどありませんでしたから。


「主よ、迷える子羊を蘇らせたまえ」


 私とチェーザレ、共に全身が強く光り輝きました。太陽を髣髴とさせる眩い発光は短い時間で収まります。それから軽く息を吸って吐いた後でしょうか、チェーザレが軽く咳き込んで重く閉じていた瞼を開いたのです。


「おはようございます。気分はいかがですか?」

「……直前まで最悪、でも目覚めは最高だ」

「そうでしたか。命を危険に晒した件、後でたっぷりお説教してあげますから」

「反省しないから説教は意味無いぞ。何度だって同じようにキアラを守るから」


 声と眼差しに熱がこもっていたものですから不覚にも心がぐらっときました。私はそんなちょろい……訂正、単純な自分自身を戒めてチェーザレを睨みつけます。


「それは、私がこうして助けると確信していたからですか?」

「馬鹿言うなって。むしろどうして俺を助けたんだって叱りたい気分だ。何を意味するかはキアラが一番良く知ってるだろ?」

「……っ! それはチェーザレが私を庇うなんて馬鹿な真似をするからです!」

「だってキアラは俺の命よりも大事だからな」


 何を恥ずかしい台詞を真顔で言ってくるんですかチェーザレは! 心ときめくとかはるか以前に私には怒りしか湧いてきません。だって私の方が大事だなんて、チェーザレはあまりに自分の事を軽んじています。


「私なんかよりチェーザレの方がはるかに大切――!」

「キアラ、その先は言わせない――」


 なおも言葉を紡ごうとする私は不意に口を塞がれました。

 チェーザレ。手で覆うならともかく、私を引き寄せて口付けする必要は無かったんじゃあありませんか?

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