表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
48/139

私達は女教皇の反撃に遭いました

 私の一蹴にスペランツァは気分を悪くした様子でした。まるで自分こそが正義でありコンチェッタは幽閉されて当然だったと言わんばかりですが、そんな理屈が私に通用すると思っているなら、その浅はかさは愚かしいですね。


「どれ程の善行を積もうと職務を全うしようと、貴女様が聖女を一人辱めた事実は覆しようもありません。人はそれを開き直りと申すのですよ」

「小娘が。お前は大義を分かっていない。人を救うには人手と金を正しく運用する必要があるのです。聖女達が神より与えられし使命を果たす為に諸国を周る際、教会がどれ程根回しと段取りをしているか知らないでしょう」

「知った事ではありません。聖女なら例え教会の後ろ盾がなくたって人へ手を差し伸べるでしょう。少し効率を良くした程度で偉そうにしないでもらえませんか?」

「知ったような口を……」


 ふむ、スペランツァの口から大体の顛末は語られましたしこれ以上把握しておきたい真実はありませんね。では問答はこの辺りにして本題に入るとしましょうか。神は女教皇を贖罪させよと言っていましたが、それよりも大事がありますものね。


「それはさておき、今日私達がこの場にやって来たのは要求があるからになります」

「要求?」

「コンチェッタの無罪放免を」


 スペランツァは僅かに眉をひそめました。それはそうでしょう。何せ女教皇の地位はコンチェッタを退けて得た椅子。彼女が名誉を取り戻せば逆に女教皇はその輝かしい経歴に泥を塗る形となるのですから。如何に数十年も経過していたって罪は消えやしません。


「それ程長い間君臨したならもう十分でしょう。奇蹟に縋って他人を介さねばならない程聖務に支障をきたしているなら、引退なさった方がよろしいかと」

「『私』に女教皇を辞めろと言うのですか?」

「貴女様がその座にしがみ付くのとコンチェッタの救済は両立しません。それが分かっているからこそ脱走した彼女を再び捕らえようとしたのでしょう?」


 彼女はコンチェッタの口から真相が語られるのを恐れています。聖女を謀殺したとなればいかに女教皇であろうと罪に問われるでしょうからね。女教皇の面目を守りつつコンチェッタを助けるなら、女教皇には引退してもらってその恩赦の形を取るのが妥協点かと考えます。


 しかしスペランツァは私の提案を一笑に付しました。予測はしていましたが……どうやら彼女は自分が考える程賢くはないようですね。この場に大勢いるにも関わらずべらべらと真相を明かしたのですから、次に彼女が取る行動はおそらく……、


「まるで話になりませんね。『私』の地位は私が天に召されるまで揺るぎありません。それこそが人類の救済に繋がると何故分からないのです?」

「その考えがまず理解出来ません」

「時間をかけて理解していただければ十分です。牢の中でたっぷりとね」


 スペランツァは腕を前に突き出します。その堂々とした動作はこの空間の上座からされるのもあってとても威厳に満ちていました。如何に奇蹟を介した借り物の身体とは言え長年そうやって配下の者達へ言葉を発していたのでしょう。


「ルクレツィア。女教皇として命じます。脱走した姦淫の魔女と加担する狼藉者共を捕らえなさい」

「断る」

「……何ですって?」


 そんな至高の存在より下された命令を、ルクレツィアは一刀両断しました。これにはさすがに総本山を警護する衛兵達も驚きを隠せませんでした。何せ、ここまで表立って女教皇に反逆した聖女は歴史を紐解いてもそうはいなかったでしょうから。


「何を驚いているんだ? 過去に行われた異端審問が不当なものだと仰ったのは聖下ご自身でしょう。ならコンチェッタ様にこれ以上罰は与えられない。それどころか私は正義の奇蹟を授かった聖女としてコンチェッタ様の罪についての再審議を要求する」

「……この領域に侵入した罪で捕らえなさい」

「それはアウローラ様の奇蹟である聖域の境界を越えた時点で神より許しを貰っていると解釈するけれど?」

「ルクレツィア! 女教皇である『私』の命令に逆らうか!?」


 いよいよ私達を捕らえる根拠を失ったスペランツァはとうとう地位を持ち出してきました。無能者がやるような愚行を犯すだなんて、よほど女教皇の位は座り心地がいいのでしょう。私だったらそんな金看板のような役目など御免被りますがね。

 余裕が無くなり怒鳴り声をあげるスペランツァには見向きもせず、ルクレツィアは女教皇その人に冷たい視線を送りました。失望や憐れみも勿論ありましたが悲しみや憤りなどの複雑に各々の色が混じっていました。


「私は聖女候補者に選ばれた時から聖下に可愛がっていただいた恩義があります。こうして聖女として活動出来るようになったのも聖下のおかげです。しかし、だからこそ聖下には罪を償っていただきたい。貴女は、これからも汚れた手を人に差し伸べるおつもりですか?」

「……っ」


 ルクレツィアの言葉は嘆願にも聞こえました。主に向けて考えを改めて欲しいとの想い、願いが込められているようにも。しかし女教皇は呆けたまま動かず、スペランツァが代わりに憤りで顔を歪ませました。


「もういい。貴女の処遇は追って判断するとしましょう。衛兵達、姦淫の魔女達を捕らえなさい!」

「聞いては駄目! 無実な聖女を自分達の手で貶めるつもり!?」

「……っ!」


 女教皇と聖女それぞれから相反する命令が下った衛兵達は判断しかねて混乱するばかりでした。この場にいる誰もが自分の言う事に従わぬ有様にスペランツァは苛立ちを隠せていませんでした。具体的には舌打ちして足裏で床を叩きます。


「仕方がありませんね。分かっていただく他ありませんか」


 スペランツァは女教皇の手を取ると手袋を乱暴に脱がせ、手の平がこちらに向くように腕を伸ばしました。まるで介護をしているようだと私は場違いな感想を抱きました。そんな見た目とは裏腹に恐ろしい結果を齎す事になると察していながら。


 私は咄嗟に右手でチェーザレへ、左手でトリルビィへ手を伸ばしました。少し離れた場所にいたジョアッキーノにはここからでは手が届きません。アレだけコンチェッタを守ると豪語したのです。お願いですから誘惑に耐えてください……!


『命じます。姦淫の魔女達を捕らえなさい』


 その言葉は声ではなく直接脳内に響きます。思わずチェーザレ達へ目をやると片手で頭を抱えていました。精神汚染や洗脳の類を弾く浄化の奇蹟をもっても完全には阻めなかったようです。コンチェッタは歯を食いしばるジョアッキーノを心配そうに抱き締めていました。

 ルクレツィアも軽く眩暈を覚えたようにふらついていましたがその程度の影響だったようです。聖女に対する効き目が薄いのは脳に直接語りかけられるのは神託で慣れているからでしょう。ですが、私達が守らなかった衛兵達は伝心の奇蹟による洗脳を直に受けたのですから……、


「……っ!?」


 命令に従って私達に襲いかかってくるのは必然だったのです。


「みんな、気をしっかり保って目を覚ますんだ……!」


 そんな衛兵達を阻んだのは彼らを引き連れてきたルクレツィアでした。彼女は自分の背丈ほどの長さのある権杖を回転させて衛兵達と私達の間に割り込みます。まだ聖女に刃を向けるのには抵抗があるのか、衛兵達は躊躇して中々踏み込もうとしません。


「すまないキアラ様、私が彼らを引き連れてこなかったらこんな事にはならなかったのに!」

「女教皇の奇蹟を調べないまま突入した私達にも非があります。お気になさらずに」

「彼らは私が食い止めるから、その間に決着を!」

「そのご厚意、有難く頂戴いたします」


 ルクレツィアは権杖を振り回して衛兵達を殴打し始めます。私がチェーザレやトリルビィにしたような活性の奇蹟での身体能力増強をしている不自然さはありません。何らかの奇蹟を行使しているのでしょうが、大半は彼女の技術によるものでしょう。


 その間に、と私達は再び女教皇達と相対しました。女教皇が強引な手を打ってきた以上もはや問答する時間は過ぎました。では女教皇が嫌でも無理矢理コンチェッタの無罪を勝ち取るとしましょう。強行手段に出てでもね。


 ジョアッキーノは衛兵達がルクレツィアを突破して襲ってきてもいいようにコンチェッタを庇っていました。そんな彼の腕の中でコンチェッタは殺さんばかりに女教皇を睨みつけます。これ程までの憎悪は見た事も……いえ、かつての私も最後にはこうだったのかもしれませんね。


「ああああああああうううあああああああああうううあああうあああああうあううっ!」

「許さない? 誰も許しなど乞うてはいません」

「――っ!」


 コンチェッタはスペランツァの挑発に堪忍袋の緒が切れ、ジョアッキーノの道具袋の中から手の平に収まる石を取り出して女教皇へと投擲しました。どうやら彼女は活性の奇蹟を自分自身にも行使出来るようで、石は物凄い速さで突き進んでいきました。


「えっ!?」


 しかし、石は女教皇に直撃する前に砕けました。いえ、正確には女教皇の前の見えない壁に衝突して粉砕した、でしょうか。当然私達との間に防弾硝子が置かれているわけではありません。危害を加えんとする石が女教皇に通過を阻まれたのです。


「害意を決して通さぬ奇蹟、聖域。アウローラ程ではありませんが『私』も授かっていますよ」


 女教皇を守る神の加護。それが私達の前に立ちはだかったのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ