表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
45/139

私達は聖域の境界を突破しました

 私は聖域の境界を超えた辺りで立ち止まり、振り返りました。私達の逃げ道を塞ぐように展開していた教国の兵士達はまさかの事態に騒然となりますが、すぐさま後を追うように突撃してきます。剣を一様に構えて迫りくる様子はさすがに恐怖以外の何物でもありませんでした。


「がっ!?」

「ごぇっ!?」

「あぐっ!」


 しかし、その刃が私達に届く事はありません。何故なら皆さん聖域の奇蹟に阻まれ、壁に激突したようになった為です。更に突撃してきた部隊は何列にもなっていたため、兵士が兵士に次々とぶつかっていく始末。先頭列にいた方が潰れてしまいそうな程にすし詰めでした。


 兵士達に混乱が広がります。それはそうでしょう。教会への侵入者が聖域を易々と通り、教会を守護する自分達が逆に聖域から締め出されたのですから。中には現実が認められなくて聖域の壁を何度も叩く者まで現れる程でした。


「何故だ!? 何故我々がここを通れないのだ!?」

「在り得ん! 貴様ぁ、一体何をしたのだ!?」

「聖女様の奇蹟は神へ背く者を例外なく排除する筈なのに!」


 予想通りの素敵な結果に私はほくそ笑みました。このまま眺めるのも面白そうですが今は時間との勝負。先を急がねばなりませんね。私は踵を返していち早く開口部を抜けて向こう側にいるチェーザレ達に追いつこうとして……、


「そうか、貴様が逃げ出した魔女だな!? 神に逆らう売女め、地獄に落ちろ!」


 足が止まりました。

 些事と聞き流すには少し頭に来た単語を耳にしてしまったので。


 私は臆することなく振り返ります。そして殺意と怒気を漲らせた者達を嘲笑してやりました。


「私が魔女ですか。面白い主張ですね。どのような教義を基準に仰っているのですか?」

「はあ?」

「私共は聖域の境界を潜り、貴方達には聖女の奇蹟が壁となって立ちはだかった。神に仇名す愚者は貴方達の方ではありませんか」

「なっ……!?」


 実に愉快この上ないですね。だって神の代理人として我が物顔に振舞う者達が神より授かりし奇蹟によって阻まれているのですから。彼らがどんなに歯を食いしばった所でその手は決して私には届きやしませんよ。こちらに敵意を抱く限りは、ね。


 こうなった原因は彼らの勘違いにあります。確かに誰かが仰ったとおり聖域の奇蹟は神に背く者、害を成す者、罪深き者を通しません。しかし、それは決して教会による都合の良い定義には即しません。

 そう、あくまでの絶対の基準は神。その御心のままなのです。


「私共は神の御導きによりこちら側へ誘われた。貴方方はそんな私共を神の敵だと罵りながら襲うものですから神より見限られたのではありませんか?」

「そんな筈はない! 我らに限って神が見捨てるなど――!」

「く、そおお! 何故だ、何故通れん!?」


 それを認められない愚か者達はなおも足掻きますが、そうやって認めないから状況は改まらないのでしょう。あまりに滑稽なものですから思わず笑いがこぼれてしまいます。それが彼らの怒りを更に燃え上がらせるのも承知で。


「神の名においてどう行動しようが私は結構ですが、本当に神の声に従っているかはご自分でもう一度考え直すのですね」

「待て! 進むんじゃない! これ以上罪を重ねる気か――……!?」


 私は失礼、と各々に優雅に一礼すると今度こそ進み始めました。後方から聞こえる罵声や慟哭、更には嗚咽には何の感慨も湧きません。彼らが悔い改めるかは彼らの心がけ次第ですね。勿論私は常に正しいなどとおこがましく主張する気はありませんよ。


 気分よくチェーザレ達と合流しましたが、チェーザレは腕を組んでむすっとした表情で私を見つめてきました。確かに時間を浪費したのは申し訳ありませんでしたが、興が乗ってしまったのですから仕方が無いでしょう。


「違う。そんな事はこの際どうでもいい。それより俺怒ってるんだけど?」

「どうしてですか?」

「何であそこで立ち止まったんだ?」

「ですから彼らが聖域の奇蹟に引っかかるかの確認を――」

「無茶すんなよ! どれだけ危険だったか分かってんのか!?」


 怒鳴られ、いえ、違う、叱られた?

 どうして? 勿論、突撃する兵士達の前で無防備に身を晒したから。

 聖域の奇蹟だって万能じゃない。私の想定通りにいかなかったかもしれない。


 そうなったら? 決まっています。

 この身体に無数の刃が突き立てられていたに違いありません。


 チェーザレの声は私の身をすくませるには十分でした。彼はその手で私の両肩を抱えると自分の方へと引き寄せ、私の両方の頬に手を持ってくると、自分の方へと顔を向かせました。彼はとても真剣に私を見つめていました。深い色を讃える瞳に吸い込まれそうなぐらいに。


「もう危ない橋は渡らないでくれ。俺はキアラが傷つく所なんて見たくない」

「ですが、時には危険を承知でも選択しなければいけない場面も……」

「キアラ。分かったな? 頼む」

「……はい」


 折れてしまいました。その有無を言わさない迫力に。

 しかし不思議と納得いかない部分はありませんでした。


「……優しいのですね、チェーザレは」

「別に。誰に対してもこうな訳じゃない」


 だって、それだけチェーザレは私の事を考えてくれたのでしょう? そんな心を無碍にするなど私には出来ません。


 さて、教会総本山の敷地内に入れたからとこれで終わりではありません。一区切り打てましたが私達はまだ進まねばなりません。この敷地内にも警固する衛兵が配置されている筈。厄介な事態にならないうちに目的の場所に向かわねばなりません。


「それでキアラ。総本山の敷地内に乗り込んだのは良いけどさ、どうやってコンチェッタの濡れ衣って奴を晴らすつもりなんだ?」

「そう言えば俺もそこまでは聞いてなかったっけ。魔女だって烙印を取り消すなんて教会が認めるとはとても思えないんだけどな」

「本当に無実の罪に問われて捕らえられたんだとしても、数十年前の潔白を証明する事はとても……」


 ジョアッキーノ達の懸念も尤もです。残念ながら私は審判の奇蹟を授かっていないのでコンチェッタが被せられた罪の真相を暴き出せません。今私を支えているのは真価を発揮した神託のみでしょうか。

 しかし、私にはかつての私やわたしが歩んできた数多の経験があります。聖女ではない今の私が神の声を明らかにした所で説得力に欠けますが、理論立てた推理で肉付けすれば刃を必要としない鋭利な武器となります。


「コンチェッタが魔女として裁かれた年代、心当たりはありませんか?」

「そうは言っても彼女の年って僕のお婆様より上なんだぜ? 何があったかなんて知らないよ」

「いえ、貴族であれば一般教養として教国の歴史は学ぶ筈です。思い出してください」

「そうは言ってもそれぐらいの時に教国で動いた歴史って言ったら……」


 あっ、と声を上げたのはチェーザレでもジョアッキーノでもなくトリルビィでした。ですがその思い付きを否定しようと理性が働きかけるのか、言い澱みました。ふむ、まだ根拠に乏しいようですから続けましょうか。


「では別の視点から。彼女が本当に無実だったとして、聖女を姦淫の魔女として裁いて得をする者とはどなたでしょうか?」

「聖女を魔女として裁くって、普通在り得ないだろ。それこそ目に余る背信行為をしたとかじゃないと」

「そう、万が一聖女が邪まな誘惑に負けて罪を犯したとしても、その奇蹟が教会にとって有益であるならばその権力に物を言わせて揉み消す事でしょう」

「なっ! 聖女の罪は裁かれないと仰るのですか!?」

「大義の前では些事です。つまり、聖女を排除する程の大事があったと考えるべきなのです」


 かつての私の場合は教会が提唱する神の教えを根本的に覆す奇蹟を授かったから。ではコンチェッタの場合は何だったのでしょう? 姦淫が本来彼女の如何なる奇蹟を揶揄しているのかは分かりませんが、活性の奇蹟だけでも人々から慕われても不思議ではありません。


「聖女の立場は例え一国の王であろうと、そして教会と言う組織を担う枢機卿であろうと脅かせません」

「可能だとしたら……教皇辺りか?」

「教皇聖下が聖女を根拠も無く破門した所で他の聖女が異議申し立てをすれば必ずや審議されるかと」

「……おい、まさかと思うけどさ」


 そう、私はそのまさかだと考えています。


「コンチェッタが裁かれた頃は丁度今代の女教皇が就任した辺りです」


 教皇が枢機卿から選ばれるように女教皇は聖女から選出されます。女教皇にもなれば真に神の代行者と呼ぶにふさわしい存在でしょう。教国連合諸国どころかこの大陸全体全ての人が敬い傅く対象と言っても過言ではありません。

 そして、女教皇に祭り上げられた者は何より人々を救済する大聖女として皆から愛されるようになるのです。そうした輝かしい未来に憑りつかれて魔が差す可能性は十分に考えられます。つまり、コンチェッタが囚われの身になったのは……、


「女教皇の座が欲しくて聖女が聖女を蹴落とした。中々面白い仮説だ」


 そんな凛とした声が聞こえてきたのは総本山敷地内を突き進んでいる時でした。振り向いた方には剣を抜いて構えを取る衛兵達と、今度はきちんと聖女の祭服を着込んだルクレツィアが待ち構えていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ