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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
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私達は聖都の街を進みました

 コンチェッタと合流した私達は早速教会総本山へ向けて出発しました。昨日はあんなに賑やかだった聖都の街は人の数もまばらで寂しい限りです。そして誰もが足早だったり身を縮めるかして落ち着きがないようでした。やはり突然の封鎖劇が動揺をもたらしているようですね。


「なあキアラ」

「はい、何でしょうか?」

「……やっぱりせめて裏通りを抜けていくかした方がいいんじゃないか?」


 そんな聖都市民を尻目に私は大通りを闊歩していました。確かに緊張が高まる空気の中では変に見られるかもしれませんが、周囲に目を走らせて警戒するチェーザレや庇うように少女の肩を抱くジョアッキーノの方が目立っていると思うのですがね。


「やましい事など何一つしていないのですし、臆する必要などありません。堂々と行進していればいいのです」

「それだと一旦目を付けられたらもうどうしようもなくなるぞ」

「構いません。今の私には秘策がありますので」


 私はチェーザレとジョアッキーノを安心させるために自信を込めて笑みを浮かべました。それでもジョアッキーノは不安を拭いきれないようで、せわしなく周囲を窺う様子はわずかながら挙動不審にも見えてしまいます。


「そう言えばジョアッキーノ。コンチェッタに着せている服はどうしたのですか?」

「あー、うちの使用人に無理言って服を貸してもらった」

「かなりぶかぶかですね。所々帯紐で縛った方が良かったのでは?」

「……キアラが急かすからそんな暇無かったんだって」


 コンチェッタはジョアッキーノの家に雇われた使用人が身に付けるような所謂メイド服を着ていました。ところが少女体型かつ痩せている彼女には大きすぎるようで、袖を何重にも折り畳んで腕の長さに合わせています。裾も下手をしたら地面に引きずるかもしれませんね。


「それよりも、彼女の髪を切ってあげなかったのですか?」

「仕方がないだろぉ! 戻ってから全然時間無かったんだから!」

「鋏でざっくばらんに散髪する程度でしたらそう時間も要らないでしょう」

「いや、女の人にとっての髪がそんな簡単に済まない事ぐらい僕だって知ってるからな」


 更に不満を並べますとコンチェッタは今まで大して髪を切っていなかったらしく、背丈より長く無造作に伸びていました。引きずらないように膝辺りの位置で軽く結わえたのはジョアッキーノ自身でしょうか? お付きの侍女に命じたらもっと綺麗に仕上げたでしょうに。

 とは言え私はアレほど長く伸びた髪をお目にかかった事などありません。わたしの知識で語るなら平安時代の宮廷女官みたい、でしょうか? しかし全体的に傷んでごわごわしているので不潔にしか思えません。もっと髪を櫛で梳かして潤いを与えないと美しくなりませんね。


 ……本当に彼女は父や母はおろかお祖母様方よりも年を重ねた方なのでしょうか? 若く見えるなんて生易しい領域ではありません。本当に不老だとしたら聖女の役目を負う限り彼女は生を終えられないのです。自殺が罪深いとされているので自らの手で幕を降ろせませんから。


 神よ。何故彼女にこのような試練をお与えになったのですか?


「チェーザレ。聖都を出発する前にジョアッキーノにコンチェッタの真実は教えてあげてくださいね」

「……ちょっと待て。コンチェッタはアイツの何倍も年食ってる、ってやっぱり言わなきゃいけないのか?」

「それもありますがコンチェッタがどのように魔女とされたか全てを。万が一真実を目の当たりにしてコンチェッタを拒絶するようでしたら私が引き取りますので」


 それと、ジョアッキーノはきちんとコンチェッタについて知る必要があります。その上でジョアッキーノはコンチェッタを受け止めるか改めて考えるべきでしょう。聖女を愛するとは聖女が背負っていた試練、責任、そして苦難を共に担ぐ事なのですから。


「さすがにジョアッキーノが尻込みするとは思えませんが……」

「……なら今のうちに教えておいた方がいいな。ちょっと話してくる」

「えっ?」


 私の心配などどこ吹く風とばかりにチェーザレはジョアッキーノに先程見せていただいた魔女の記録を開きながら語りかけました。ジョアッキーノはコンチェッタと本を見比べながら驚きと憤りと嘆きで表情を変えながら真実を受け止めていました。


「で、それが何か問題?」


 そして、全てを聞き終えたジョアッキーノはこう言い放ったのです。

 些事だと言わんばかりに。


「例えコンチェッタが年相応に老けていたって構わないね。姦淫だか何だか知らないけれどそんなのもどうだっていいじゃん。最後に僕の傍に居て笑いかけてくれさえすればいいよ」


 私は彼を男らしいと思うより前に何て頼もしいと感じました。

 そしてそれは神の声に従ってきたのに罪深いと罵られた聖女にとってどれほど救いとなるか。


 ……正直に告白しましょう。

 私は羨ましいと思いました。更には深い憎悪も生まれました。

 どうしてそのように語られる相手が私ではないのか、と。


 嗚呼、やはり私が一番欲しいのは愛情でも平穏でもないのですね。


「……私もどなたかに救われたいものですよ」


 思わず口からこぼれた願望に私自身が驚いてしまいました。慌てて口に手を当てて後ろを振り返ります。ジョアッキーノは決意を熱く語っていたのを始めとして特に私へ反応を示す者はいませんでした。よかった、と私は安堵の吐息を漏らします。

 やはり自分に課せられた運命は自分の手で変えなければ。そうやって克服してこそ私は初めて人としての幸せを掴める、と思うのです。神の声を聞かずにすんで、人を救おうと転んだり落ちずにすんで、要らない罪を被らずにすんで。そんな普通の少女が送れる人生が、私は欲しい。


 そう自分ばかりに気を取られていたからでしょう。

 私はチェーザレがこちらの方へ向いている事に気づきませんでした。


「……お嬢様。前方より教会の者達が」

「意識する必要はありません。私達はあの方々の横を通り抜ければいいのです」


 トリルビィが報告したように、通りの前方には教国所属の兵士がこちらに向けて進んでいました。その中には神官や異端審問官の姿もあります。彼らがどこまで事情を知らされているかは分かりませんが、一刻も早く逃げた大罪人を捕まえなければとの使命感は感じられました。


 総勢七名程の集団は歩んでいる間も通りを行き交う人達へ目を光らせていました。当然ながら私達もそんな眼の端に入ります。まだ成人していない子供の集団が奇異に映ったのか、兵士が異端審問官に報告すると彼らはこちらへと足を向けてきました。


「お嬢様……!」

「慌てないで。私が応対します」


 彼らは私達の向かう先に立ちはだかるとこちらへ迫ってきました。私が前に歩み出ようとしましたがトリルビィが私を庇うように彼らと対峙しました。それどころかチェーザレも私を追い抜いて異端審問官達と相対します。


「おはようございます。私共に何かご用でしょうか?」

「お前達、外出を控えるように市民には連絡している筈だ。一体何をしている?」

「そうでしたか。私共は余所から参りましたもので。おそらく宿から出た際に入れ違ったのでしょう。折角聖都まで来たのですから朝のお祈りは教会で行おうかと思いまして」

「お前達だけでか? 怪しいな、取り調べを行うから来い!」


 既に異端審問官達の目には私達は疑わしく見えるのでしょうね。こうなってはいくら理路整然と言葉を並べても聞く耳を持たないでしょう。かと言って彼らに大人しく従えば最後、私達も魔女を逃亡させた罪人として裁かれるしかありません。


 仕方がありません。ここからなら教会総本山の敷地もさほど遠くありませんし……。


「お断りします。貴方方に従う必要などありません」

「何……!?」


 私は後ろからトリルビィの手を握りました。彼女は私が不安を感じてそうしたと受け取ったらしく、優しく握り返してきます。彼女の手は温かかったですが汗が滲んでいて緊張と不安が入り混じっているのが良く分かりました。


 しかし、次に生じた異変に気付いた彼女は、驚きを露わにしてこちらへ振り返りました。私は顎をしゃくって前方の者達、立ちはだかる障害共を指し示します。トリルビィはしばらく手を握ったり開いたりして感覚を確かめ、やがて力強く頷いてくれました。


「やりなさいトリルビィ。行く手を遮る者共を排除するのです」

「畏まりました」


 トリルビィは私の命令に優雅に会釈をして答えると、次の瞬間には異端審問官の懐に飛び込んでいました。そして彼女は異端審問官が反応する暇も無く彼を強く突き飛ばしました。


 すると、異端審問官の身体は後ろへ飛んでいったのです。

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