私は神託で助言を受けました
神託とは神の声を一方的に聞く、使命を課せられる呪い。
神託とは恋が成就するように神から送られる援助。
……まさか。在り得ない。
しかし思い返してみれば私は神より天啓を授かったり神へ問いかける以外した事ありませんでしたね。神託の奇蹟は程度の違いがあるので私のとひろいんのとでは大きな隔たりがあってもおかしくはありませんが……。
「……主よ、迷える子羊を導きたまえ」
えっと、確か神託のぼたんを押すとこんな感じにひろいんが神に祈りを捧げるんでしたね。馬鹿馬鹿しい。これで神が答えて下さったら世話が無い……、
『――コンチェッタを連れて女教皇に罪を懺悔させるのです』
「はあぁっ!?」
私は思わず大声を張り上げてしまいました。視線が私に注がれてしまいましたので慌てて頭を下げて謝りました。それでも私は混乱するばかりで現実が認められません。それぐらい私にとっては今の神の声は衝撃的でした。
「そんな、どうして……」
「乙女ゲーム内だと神託を使わないとフラグが立たなかったり逆に折れたりするのよね」
「だったら、だったら私はなんて――」
なんて、愚かだったのでしょう。
神に言われるがままに人を救い続けて、苦難にぶつかっても仕打ちを嘆くばかりで、挙句神を呪いながらその身を焼かれて。初めから救いを求めていたら……かつての私も救われていたかもしれなかったのに。
神は私を見捨ててはいなかったのですから。
それでもあまりに不親切だと思うのです。最初から知っていれば神託を有効活用してもっと最適な選択が出来ていたかもしれないのに。愚直なまでの奉仕ばかりでなく教会と付き合う強かさを覚えたかもしれないのに。
「いえ、後悔している時間はありませんね」
「そうね。神様への不満は後で思う存分ぶちまけちゃいましょう」
「一刻も早くジョアッキーノ達と合流しなくては」
私は朝食には見向きもせずに踵を返しました。
「ちょっとキアラ、どこに行くの!?」
そんな突然退場しようとした私を母が呼び止めてきました。この緊急事態に勝手な行動を起こす愚かな娘、とでも捉えたのかは知りませんが、今母に時間を取られる訳には行きません。しかし生半可な言い訳が通用する雰囲気ではない以上は……、
「神は私に言いました。全てを救えと」
「……!?」
この後をかなぐり捨てて暴露するしかありません。
「キアラに、神様が……?」
「失礼いたします。私は行かなくてはなりません」
どうせ神の助言……神託通りにするのなら教会との衝突は必至。でしたらこれ以上隠し立てしても不利になるばかりですからね。こうなったらもうやる所までやるしかありません。ふふっ、こんなにも高揚したのは初めてかもしれませんね。
「お嬢様! どうかこの私もお供させてください!」
食堂の出口まで差し掛かった辺りでトリルビィが早足で駆けつけてきました。これからやろうとしている大立ち回りに彼女を巻き込みたくないとも思いましたが……今の私は貴族令嬢。侍女を従えてこそですね。
「トリルビィ、戦いの心得はありますか?」
「えっ? えっと、お嬢様をお守りする護身術でしたら多少は」
「十分です。共に参りましょう」
「は、はいっ!」
ではこれより逆転劇に転じますか。
■■■
「キアラ……!」
「どうしてこっちに来たんだ? 今迂闊に動いたら危険だろ」
ジョアッキーノの宿泊先はチェーザレと同じ場所でした。どうやら南方王国御用達の宿だったようです。私の滞在先とは目と鼻の先でしたから建物まで来るのは容易かったです。むしろ二人を探すのに手間取ってしまいましたよ。
こちらの宿も騒然となっているので聖都封鎖については噂になっているようです。そしてジョアッキーノとチェーザレの様子からすると彼らも既に知っているようですね。それは話す手間が省けました。
「コンチェッタは今何処にいますか?」
「コンチェッタ?」
「昨日連れ出した少女の名です。神より教えていただきました」
「……っ!?」
私が少女の名を口にしますとチェーザレが驚きを露わにしました。彼はちょっと待ってろと一言述べてから駆け足で去って行きました。もしやチェーザレには少女の正体に心当たりでもあるのでしょうかね?
「いや、まだ僕の部屋にいる。父さん達には言えてない」
「連れて来てください。説明は後で致しますので」
「……分かった」
ジョアッキーノは渋っている様子でしたが私の気迫に押されたのか折れてくれました。彼もまたその場を立ち去ったので私はトリルビィと二人きりになります。時間を持て余して指で腕を叩いていますと、チェーザレが先に戻ってきました。
彼が手になさっている本には見覚えがあります。たしか南方王国に赴いた際にコルネリアが手に取っていましたか。記されているのは……歴代の魔女、でしたか。
「あの娘の名前ってコンチェッタ、だったよな?」
「ええ。その通りです」
「……あった。ほら、ここに」
そこにはかつての私と同様に彼女の名も記されていました。
姦淫の魔女コンチェッタ、として。
コンチェッタは多くの聖職者を誑かして関係を持って数多の子を孕んだ色欲の大罪を、とありますが、教会が彼女に汚名を着せる為に罪を捏造した線が濃厚ですね。罪を正当化するために彼女をどんな目に遭わせたかは想像もしたくありません。
それよりも気になるのは姦淫の魔女が現れた年代ですか。
「六十年ぐらい前に現れた魔女って書かれてるな。同名の別人か?」
「……いえ、まさか、そんな」
「? 心当たりがあるのか、キアラ?」
別人だったらどんなに救われていたか。
経典にはかつて神より創造されし人は今よりもはるかに長い寿命だったと記されています。人と言う存在を高く見せる為に大袈裟に綴ったとも考えられますが、それもまた神からの奇蹟によるものだとしたら?
「おそらく、活性の奇蹟によって老化現象が抑えられていたんだと思います」
「……ちょっと待てよ。じゃあ彼女は見た目と全然違って、本当は七十代かもしれないって?」
「子に受け継ぐか神に見放されない限り奇蹟は授けられたままなので、不老ではないかと」
つまり、コンチェッタは魔女に貶められてから数十年もの間幽閉されていた事になります。
……このような悪意が許されていい筈がありません。
「何だよソレ、どうしてこんな……!」
私が怒りで拳を握りしめて歯を強く噛んでいると、チェーザレもまた憤りで拳を震わせていました。今にも手にした書物を床に叩きつけてしまいそうです。それでも彼は怒りを無意味に発散させようとせず、本を腰に下げた道具袋の中にしまい込みます。
ジョアッキーノがコンチェッタを連れて戻ってきたのはそれから程なくでした。コンチェッタはジョアッキーノに手を引かれていますが自分の脚で歩行出来ています。ただ頭ががくがく揺れて目は虚ろ、心は未だ癒えないままのようです。
「それで、どうするんだよ?」
「簡単に説明しますと彼女は無実の罪で魔女にされた聖女のようです。ですので教会に乗り込んで彼女の罪を晴らさなければいけません」
「は? ちょっと待てって。あんなところに乗り込むのかよ?」
「それ以外に方法はありません」
私の案を聞いた途端、ジョアッキーノはコンチェッタを自分の方へ引き寄せました。まるで彼女を私から守るように。まあ、彼の反応は理解出来ます。普通に考えれば無茶にも程があるでしょう。
……あくまで常識的には、ね。
「無茶だ! 一体どれぐらい警備兵や神官がいると思ってるんだよ……!?」
「問題ありません」
ですが開き直った私からすれば障害ですらありません。
私とコンチェッタだけではどうにもなりませんが、チェーザレ達がいるだけで状況は大幅に改善されます。今の私にはそう豪語できるだけの根拠があるのです。
自信たっぷりに言い放つ私に圧されて、とうとうジョアッキーノは観念してため息を漏らしました。
「……神様が大丈夫って言ってんのか?」
「神に問うまでもありませんね」
「なら乗るよ。フィリッポの時みたいに僕の想像をはるかに超えようとしてるんだろ?」
「ご期待に沿えるかは分かりませんが、必ずやコンチェッタを救いましょう」
「それ、何に誓ってくれるんだ?」
何に、ですか?
そうですね……今なら私も胸を張ってこう言えます。
「神に誓って」
神よ、とりあえず貴方の与えた使命には沿ってあげます。
なのでどうか私共をお導き下さい。




