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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
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私は聖女と出会いました

 聖女、と申しましたが唯一無二の存在ではございません。神に授けられし奇蹟を体現する乙女であれば聖女と呼ばれるため、大抵は同じ時代に複数人が存在しています。教会の象徴とされる女教皇以外の聖女は人類救済のため一年の大半は諸国を旅しているのです。


 私の部屋に足を踏み入れた初老の女性が身にする衣は私の記憶する聖女の正装とは少し異なっていました。それでもかつての私を髣髴とさせるのですから聖女の伝統となっているのでしょう。神の僕は清楚に貞淑に、そんな考えの表れと言えます。


 屋敷内の案内を務めた使用人達は目覚めている私に驚きの声を上げました。そして一人を残して慌ただしく部屋を後にしました。おそらくは先ほどトリルビィがしようとしたのと同様にお父様方に報告に行ったのでしょう。


 聖女は傍らに控える二名の女神官共々反応が薄く、支度を終えた私をただ眺めてきます。私を見定めようとするその目つき、正直申しまして不快に感じました。そんな私を置いてきぼりに女神官は適性検査の準備を始め、聖女は座る私と同じ高さの目線になるよう屈みました。


「おはようございます、キアラ様。お目覚めになっていて幸いでした」

「聖女様とお見受けいたしますが、お名前をお伺いしても?」

「失礼。わたくしはエレオノーラと申します。以後お見知りおきを」


 聖女であるエレオノーラは一貴族の小娘でしかない私へ恭しく頭を垂れました。女神官達も同じように思ったようで、不快感を滲ませてきました。どうやら教会の聖女至高主義は変わっていないようである意味安心いたしました。


 どうして私の適性検査にわざわざ聖女が来訪を、との疑問を口に出そうとしてやめました。エレオノーラの思惑が何にせよ私の選択は揺るぎません。そして彼女との接点も今日が最初で最後でしょうから。


「では早速キアラ様に聖女の適性があるのか検査いたします」


 エレオノーラの説明によれば検査方法は私の時代より変わっていませんでした。指の腹を少し切って血を流す事を嫌がる少女も少なくないと彼女は苦笑しました。今回は検査を終えた後に切り傷を癒してくださるんだそうです。至れり尽くせりですね。

 女神官が準備は自分がやりますと申し出てもエレオノーラは自分でやりますと頑なでした。検査用紙に聖水を染み込ませ、指を僅かに切るナイフもアルコールか何かを染み込ませた布で丁寧に拭いていきます。


「大丈夫、心配しないで。神はキアラ様を見守っていらっしゃいますから」


 エレオノーラは宗教画で描かれる聖母のような微笑みを浮かべました。私の手を握ったその手はとても温かく感じました。ですけれどなんて事を仰るのですか。神はよそ見どころか移り気したって構いませんのに。


 エレオノーラがナイフの刃を私の指に当てました。鋭い痛みを感じたと同時に指の腹に線が走り、血が滲み出てきます。それから彼女に促されるままに検査用紙に一滴垂らす……のではなく、押し当てました。どうもこの方がより高い精度で結果が出ると分かったようですね。


 ――当然、馬鹿正直に言うがままには致しません。


 切った指だけに意識を集中させ、流れ出る鮮血を浄化します。聖女が私に手を添えていますが構いません。彼女はドレスの袖越しにしか触れていません。直に掴まれていない限り微細な奇蹟を感知できる筈も無いでしょう。


「これでよろしいでしょうか?」


 私が指を離した検査用紙をエレオノーラはじっくりと眺めます。聖女の適性が高ければ血が聖水と検査用紙になじんで広がるのですが、私の血は指紋を消す程度に滲んで落ち着きました。この結果は一般女性と比較しても低いと言わざるを得ません。無いよりはマシな程度かと。

 ですがエレオノーラの眼差しは真剣そのもの。まさか不正を見破ったのかとはらはらしましたが、彼女は何も言わずに女神官に用紙を預けました。女神官は用紙の端に何かを記載してから丸めて無造作に鞄の中に放り込みます。


「はい、問題ありません」


 エレオノーラは先ほどと同じ微笑みを浮かべながら撤収準備を進め、私にお辞儀をしました。この事務的な反応は聖女の資格無しとの判断が下ったから。新たな聖女が誕生したならまず本人にその旨を伝えますからね。そうでない一般女子の結果は両親にのみ伝える決まりなのです。


 女神官は時間の無駄でしたねと言いたそうですし、この結果に私はほくそ笑みそうになってしまいました。いけませんね、聖女適性が低くて喜ぶなんて変ですから。怪しい素振りをして聖女に目を付けられてはたまりませんもの。


「では切った指を癒しますので手をこちらへ」

「はい」


 私が手を差し出すとエレオノーラはまだ血が滲み出る指に手を添え、神に祈りを捧げました。するとエレオノーラの手が淡く光り輝いて私の手が熱を帯びます。彼女が息を漏らしながら手を離すと、切り傷は何事も無かったかのように綺麗に消えていました。

 女神官達は癒しの力に惚れ惚れとし、トリルビィ達使用人は感嘆の声を漏らしました。こんな浅い傷など自己治癒能力に頼めば済む話なのに、とも思いましたが、聖女の親切の表れなのでしょうと勝手に納得します。


「ありがとうございました」

「……。女の子なんですもの、傷があってはいけませんからね」


 なので私が感謝を捧げるのはエレオノーラの心遣いへ。エレオノーラは若干の間を置いてから私の礼への返事として微笑みました。彼女はゆっくりと立ち上がると女神官達に目くばせします。女神官二名も頷くと初老の聖女へと付き従います。


「ではキアラ様、わたくし共はこれで失礼させていただきます」

「はい。御足労いただきましてありがとうございます」


 聖女は軽く会釈をして退室していきました。女神官達も彼女に倣ってお辞儀をして退室していきます。

 部屋の中は再び私とトリルビィだけとなりました。彼女は目の前で行われた聖女による奇蹟に感動している様子でした。私からすれば児戯にも等しい程度でしたが、見慣れない彼女にとっては心ふるわせる出来事だったのでしょう。


「凄すぎます! お嬢様の傷があっという間に治りましたよ!」

「この程度の怪我に大袈裟ですよ。大方私が貴族の娘なので傷を残してはいけないと過剰な配慮をしたのでしょう」

「お嬢様、以前に聖女様とお会いになられた事が?」

「いいえありません。どうしてです?」

「反応が淡白のように見受けられますので」

「トリルビィが騒ぎ過ぎなだけでしょう」

「……あの、先ほどの検査についてになりますが」

「気にしていませんよ。むしろ大騒ぎにならずに済んで安心しています」


 興奮冷めやらなかったトリルビィは次第に表情を暗くさせていきました。何事かと思いましたらどうやら先程の芳しくない結果に心痛めているようですね。ご心配には及びませんよ。全て私の考え通りに進んでおります。


 何しろこれで私はもう聖女の責務から解放されたのですから。

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