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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
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私は降誕の聖女を見つけ出しました

 神は言っていました。慎重に進みなさい、と。


 地下空間で敷地内に入った私達はようやく突き当たりまで到達しました。この扉を開けばいよいよ引き返す事は出来なくなります。扉の隙間から灯りは漏れていないようなので向こうは蝋燭の火を消しているのでしょう。


 私は扉の取っ手に手をかけてそのまま捻ろうと……して途中で引っ掛かってしまいます。まさか鍵をかけられてしまっている? 松明をゆっくりと降ろして取っ手の下を良く見ますと鍵穴が開いています。覗き見る限りは普通のピンタンブラー錠のようですが……。


「困りましたね……。昔は普通に開けたのですが」

「俺が開けてみる。ちょっとそこどいてくれ」

「チェーザレがですか? しかし鍵は無いですし回り道して別の入口から侵入するしか……」

「……開いたぞ。単純な仕組みだったな」


 地下通路を何とか思い出そうと頭を捻っている最中、チェーザレは針金を取り出して鍵穴へと差し込みました。そして細かく手を動かして中をいじると、がちゃりと鍵独特の音が聞こえてきました。チェーザレは取っ手を回してゆっくりと扉を開きました。


「……向こう側は誰もいないな」

「驚きました。開錠の技術などどうやって身に付けたのです?」

「小手先が器用じゃなきゃあの極貧の中で生活出来ないからな」


 チェーザレのピッキング行為に驚く暇も無く私達は扉の向こうへと身を滑らせました。洞窟のようだった通路とは違って広々とした空間は建物の中にいるんだと認識させます。しかし神の代理人として誇るような絢爛さは無く、冷たく無機質な造りをしています。


 私達はチェーザレを先頭にジョアッキーノがしんがり、私とトリルビィを間に挟む形になりました。本当なら先導する私が一番前になるべきなのですが、いよいよ人に見つかってはまずくなるので慎重を期する為だとチェーザレが譲りませんでした。


「なあキアラ。さっき魔女を救い出すって言ったよな。結構ヤバいんじゃないのか?」


 地下聖堂を通り過ぎた辺りでジョアッキーノが疑問を私に投げつけてきます。

 ふむ、確かに教会が魔女と認定した者は神に仇なす愚者として異端審問にかけられて処罰されます。関わった者も魔女に誑かされたとして巻き添えを食らう場合もあります。救ったら最後、一生教会と言う権威に怯えなくてはならない、と考えているのでしょう。


「ジョアッキーノ。魔女と一口に申しましてもそう定義出来る存在は複数あるのです」

「は? どういう事だよ?」

「まずは異教徒の神官に烙印を押す場合。次に神の教えに背いて罪を犯す堕落した者を指す場合。そして、教会の意向に反する者に汚名を着せる場合です」

「それ、何か違うのか?」


 最初の場合はそもそも世界に対する考え方、信仰が全く違いますね。よって魔女だと謗るのは教会の一方的な見解に過ぎません。そもそも同じ神を崇拝していても宗派や教典が異なっていても互いに異端だと罵るのですから、実に馬鹿馬鹿しい。

 次は悪魔の誘惑に負けた罪深き輩が主になります。悪魔崇拝者や偶像崇拝者、中には神ではなく聖女や聖者等特定個人を偉大だとして崇め奉る者もいます。神の教えを受けながらも信じぬ愚者達は魔女と呼ぶに相応しいでしょう。


「最後の者は神の教えには背いていません。ただ、愚直なまでに揺るがぬ信仰と言うのはやがて教会にとっては目障りとなるのです」

「は? どうしてだよ?」

「聖職者だって食べなければ生きていけませんしたまには贅沢したいものです。酒、女、金。誘惑は枚挙に暇がありません。神の代理人と言う権威はそれらを集めるには好都合でしょう?」

「そんな堕落が許されるのか?」

「許さない? 誰が?」


 一般市民が教会に楯突けば神の名の下に処断するのみです。国だってもはや教会の権力には及びません。国王が教皇に跪く絵画もある程ですし。つまり教会が神の代理人だと自称する以上、教会に罰を与える上位の存在がいないのです。


「いや、でも神が黙って見てる筈が……」

「どんな災害や災難も今解明されていないだけで必ず何らかの起因と原理があります。世界は神が創造された段階で完成しているのですよ。これ以上神が手を加える筈がありません」

「お嬢様、それでは聖女の奇蹟はどうなのですか?」

「そう、つまり教会の横暴に天誅を下すとすれば神の奇蹟の代行者である聖女をおいて他にいないのです。逆を言えば、教会は自分達が影響力を持ち続ける為には聖女を常に抱き込んでおく必要があるのです」


 それが教会が聖女を特別な存在としている理由。そして常に聖女の素質を持つ者を探し出して教育を施す邪まな原動力なのです。尤も、そんな涙ぐましい努力など吹き飛ばすように教会の不正と腐敗を暴いた勇ましい聖女も歴史上はいたようですがね。


「逆にどれほど素晴らしい奇蹟を神より授けられた聖女でも、教会にとって邪魔になればお引き取り願うまでです。神の力とは違う人間の叡智、即ち教会の権力によって」

「……昔のキアラみたいにか」


 そう。かつての私のように。


 過去にどんないきさつがあって私が魔女に貶められたかは分かりません。しかし教会の体質が変わっていないのであればきっと悲惨な最期を遂げた聖女は私だけではないのでしょう。教会が自分達の私利私欲の為に、神の名を騙り、神の僕を処刑するのです。


 ……そんな悪が許されていい筈がありません。


 だからこそ私は決して戻りたくなかったこの場所に再びやって来たのです。かつての私と言う存在そのものが辱められ、踏み躙られ、奪われたこの場所に。魔女にされた私が投獄されていた決して日が当たらぬ地下深くの牢獄に。


「地下、牢獄?」

「昔は大帝国に迫害を受けていた信徒の居住区として使われていたそうですが、今は教会にとって表立って捕らえていては都合の悪い者の収容所になっています。特に教会の体制を揺るがしかねない奇蹟を担う聖女や聖女候補者等ですね」


 地下牢獄はその用途からほとんどが空室になっていました。しかし幾つかの扉は固く閉ざされています。覗き窓があるので中の様子を窺えますが……する勇気がありません。通り過ぎても神は何も仰りませんから、今はまだその時ではないのでしょう。


「キアラ。ここにいる全員を救うのか?」

「いえ、もしかしたら本当に罪を犯した聖女候補者が投獄されているだけかもしれません。無闇に関わらない方がいいでしょう」

「じゃあ目的の部屋は?」

「……ここです」


 そこはかつて私が入れられていた牢屋の隣でした。固く閉ざされた部屋は向こう側とこちらを完全に遮断するようでした。それでもチェーザレにとっては児戯にも等しいようで、針金を差し込んでがちゃがちゃして簡単に開錠してしまいました。


「もしかしたらチェーザレは世紀の泥棒になっていた未来もあったかもしれませんね」

「犯罪には使いたくないけれどな。開けるぞ」


 チェーザレがゆっくりと扉を開くと……中から鼻が曲がりそうな異臭が漂ってきました。ジョアッキーノは気分を悪くしたのか口元を押さえて遠ざかり、トリルビィも吐き気を堪えて青褪めます。チェーザレも顔をしかめて口での呼吸に切り替えます。


 ……この臭いには覚えがあります。糞尿や汗、体臭、それから口にするのも憚られる体液が入り混じったものです。この吐き気をもよおす臭さとまた向き合うなんて。どうやら時代を経ても教会は腐り切っているようですね。


「……いました。彼女です」

「――ッ!?」


 チェーザレは松明の灯りに照らされた彼女の有り様を目の当たりにして絶句しました。ジョアッキーノはただ彼女を見つめて固まりました。トリルビィは耐え切れずにその場で夕食を吐き出しました。当の私は心が冷めていくのを実感しました。


 彼女は首枷をはめられていました。髪は潤いを失って乱れていました。両方の足首には足枷が付けられて鎖が壁に伸びていました。服は申し訳程度に布一枚、それも穴だらけで破れ放題でした。華奢な身体は痩せ細っていました。無数に傷と痣が見られました。


 彼女はこんな時刻になっても寝ていませんでした。彼女は壁にもたれかかって座ったまま茫然自失としていました。光を失ったように濁った目は虚ろで、突然やって来た私達すら映していません。


 そんな彼女は……明らかに私よりも年下の少女だったのです。

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