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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
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私は目的を述べました

「まさか聖都でお会いするなんて思ってもいませんでした」

「それはこっちの台詞だって」


 最初は白昼夢でも見ているのかと考えて。だってこんな遠い街でチェーザレ達と再会するなんて夢にも思っていませんでしたから。ですが今私が見て、聞いて、感じる彼らが私の想像の範疇とはとても信じられません。

 次にどうして彼らはここにいるのかと思考を切り替えました。方や南方王国の王子、もう一方が南方王国有数の大貴族の子息。勝手気ままに聖都に赴ける筈がありません。観光目的にしては季節がずれていますし、外交に連れてこられたのでしょうか?


「キアラはどうして聖都に?」

「聖都で学んでいる妹に会いにこちらへ」

「あー、聖女候補者って教会から許可貰わないと会えないんだったっけ」

「僕達は部屋を探していたのさ」

「部屋、ですか? もしかして来年学院に通う為の?」

「ああ」


 成程。どうやら彼らも来年学院に進学するにあたって部屋を見て回っていたようですね。さすがにそこまでは思い至りませんでした。と言いますか、チェーザレとジョアッキーノが私と同い年だったとも今初めて気づきました。


「そちらの国の王家は聖都に別邸を構えているのですか?」

「そっちはアポリナーレが住むから俺は辞退した。だからジョアッキーノと部屋を巡ってたところだ」

「そう言えば弟君と年が離れていないんでしたっけ」


 乙女げーむで攻略対象者になっている王太子アポリナーレは確か作中だと学院二年生。悪役令嬢の姉も二年生でしたからそこからチェーザレ達の年齢を計算すればよろしいんでした。となると妹が入学する前から攻略対象者と顔を合わせる破目になるのですね。


「学院には聖都で部屋を借りられない一般市民の特待生や遠い国からの留学生も迎え入れる為に学生寮が備わっているとお聞きしましたが?」

「は? 何が悲しくて知らない奴と共同生活しなきゃいけないわけ?」

「俺は元から街での生活に慣れてるからそっち以外考えてなかったな」


 ちなみに学院寮はジョアッキーノが酷評する程でもありません。遠方の国からの留学生や国の宝となる優秀な留学生を迎え入れられるよう屋敷と呼んで差し支えない建物とお聞きしています。中には個々に風呂桶やお手洗いを設けてある部屋もあるんだとか。

 チェーザレやジョアッキーノでしたらそうした不便無い部屋だって選べたでしょうに。よほど集団生活、または私生活の範囲内でしょっちゅう学院生と顔を合わせる環境に身を置くのが嫌なのでしょう。息苦しい、辟易する、辺りでしょうか。


「奇遇ですね。私もつい先ほど部屋を見てきたところです」

「へえ、じゃあ今度どんなトコに住むようにしたのか案内してよ」

「客人として来ていただけるのでしたら歓迎いたします」


 トリルビィはジョアッキーノの馴れ馴れしい発言に少し気を悪くしたよう。私も少し大胆だなと思ったものですが、そう言えば私達は仮とはいえ婚約関係なんでした。これぐらい気さくに接する方が普通なのでしょう。


「しかし繁華街の近くともなれば夜も賑やかですからあまり住み心地は良くないのでは?」

「いや、もう部屋は選び終わった。折角だから名所でも見て回ろうって話になってな」

「そう言うキアラだって満喫してるじゃん。買い物だって楽しんでるみたいだし……」


 とジョアッキーノが荷物持ちをしていたトリルビィへと視線を移した途端、声が途切れました。彼女が抱える道具一式がとても貴族令嬢の買い物風景には見えなかったのでしょう。奇異なものを見る視線が突き刺さるトリルビィが縮こまります。


「あのさ、何やってんの?」

「随分と失礼ですね。ジョアッキーノが仰ったとおり買い物を楽しんでおります」

「いやどう考えたっておかしいだろ! 何だよそれ!? 聖都は街灯だってあるから松明なんて要らないじゃん!」

「まるで真夜中に街の外に行く準備をしてるみたいだな」


 確かに。後は汚れていいような服と手袋と靴、それから頭を覆う安全帽を揃えられればいいのですが、さすがにそこまで購入する予算はありません。なので精々走り回れる靴と手袋を用意すれば準備は完了になります。


「さすがにそこまで無謀ではありません。野生動物や野盗に襲われてはたまりませんもの」

「けれどそれはここで使うために準備したんだろ? 何に使うつもりなんだ?」

「お教えできません」


 これから私が行おうとしている事に彼らを巻き込むわけにはいきません。彼らには南方王国での輝かしい未来があります。それを私の愚行で泥を塗るなどもっての外。……何しろ教会そのものを敵に回すかもしれない畏れ多い所業ですもの。

 しかし私が拒絶を口にした途端でした。チェーザレが真剣な面持ちをさせて私を見つめたのは。彼の眼差しはまるで私の全てを受け止めてくれるように優しいものでした。しかし同時に私へ怒っているように鋭くもありました。


「俺はキアラの力になりたい。俺がどうなるとかは気にするな」

「そうは仰いますが、私はチェーザレを危険な目に遭わせるわけには……」

「だから、俺を突き放すような事をしようとしてるんだろ? そんなの見過ごせないって言ってんだ……!」


 チェーザレは私の両肩を掴んで顔を近づけました。少し見ない間にチェーザレはまた成長したようで、手の大きさも私の華奢な肩を覆い隠してしまいそうな程で、振りほどこうにもとても力強くてびくともしそうにありません。背も少し高くなって肩幅も広がりましたか?


「まさか神託に関わる事か?」

「……」

「…っ。やっぱりそうかよ……」


 私は決して反応するまいと隠したつもりでしたがチェーザレ達にはバレバレでした。チェーザレはおろかジョアッキーノやトリルビィまで深刻に思いつめた表情を浮かべます。……ここまで勘付かれてしまってはもうどう足掻いてもごまかせませんか。


「だったらなおさらだ。教えてくれ。きっと役に立てる筈だから」

「……言っておきますが失敗すればチェーザレだけでは済まされません。コルネリア様方ご家族もろとも破滅しますよ。それでもいいのですか?」

「それを承知でキアラだって止めないんだろ? なら俺だって引き下がらない」

「……そうですか」


 決意を頑なにさせるチェーザレがあまりに頼もしいものですから、私は明かしていいかとも思い始めました。きっと彼と出会う前の私だったら正気を疑ったか嘆いたでしょう。それでも私の真実を聞いてもなおこれまでのように接してくれる彼を信じたいと思ってしまうのです。


「いやいやちょっと待ってよ。おかしいじゃんか! どうしてキアラはそこまでしようとするのさ?」

「ジョアッキーノ。少し声が大きいぞ」

「あ……っ。悪い」

「と言いますと?」

「だってキアラは神託に従いたくないんだろ? フィリッポの時すらひた隠しにしようとしたのに、どうして今回は自分の意志で何かを救おうとするのさ?」


 目に見えて困惑するジョアッキーノに周囲の何人かが視線を向けました。チェーザレが小さく低い声でジョアッキーノを注意すると彼も我に返って小声になります。


 確かに彼が疑問に思うとおり本来なら神託などに従う義務も義理もありません。誰かを救おうとして手を伸ばした途端に奈落の底へと引きずり落とされたら目も当てられません。自分の未来すら危うい私がどうして迷える子羊を救えましょう?


 ……ですが、今回ばかりは別です。私の想像が正しいとしたら教会の体質はかつて私を魔女として処刑した以前と何ら変わっていないのですから。それも、神が慈悲を示される存在が救済の対象だなんて理不尽があっていい筈がありません。


「では、まずは目的だけを述べますのでその先を聞くかはご自分で判断してください」

「……分かった」


 これだけ脅してもチェーザレはおろかジョアッキーノもトリルビィも耳を塞ぐ素振りすら見せませんでした。では私はその覚悟に応えて彼らを茨の道へと引きずり込むとしましょう。私達の行く末は自分達で掴めるか、それとも神の思し召しのままか……。


「私は、魔女を助け出します」

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