表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
35/139

私は救いを求める声を聞きました

 やっと教会から解放された時には夕暮れ時になっていました。父達が控えている部屋への案内は引き続きルクレツィアが務めました。彼女は何かを隠す私に対して女教皇との謁見前と同じように気さくに語りかけてきます。


「それにしても気になるのよね。キアラ嬢は神よりどんなお言葉を聞いたのかな?」

「ですから私は聖女様方のように神より使命を授かってなどは……」

「どうして私はあの場で天啓が降りたのか。正しき事を成せ、とは私が頻繁に聞く啓示なのだけれどどうしてあの場で今一度声をおかけになったのか。それはキアラ嬢が授かった神託に関わるとしか考えられないね」

「買いかぶりすぎです。矮小なこの身で出来る事など限られています」


 ルクレツィアは探りを入れるようでしたが、かと言って問い質すほどではありませんでした。あくまで彼女は己に課せられた使命を優先して私を聖女候補者として勧誘するのは二の次としているようです。そう言う意味ではエレオノーラは使命に従って私に執着していたのでしょうね。


 かと言って私が答えをはぐらかすものですからルクレツィアも方針を決められないようです。正しき事って神への信仰に対して、それとも人の世の秩序に対して、はたまたは己の私利私欲や欲求を見たす独善に対してなのか、今のところさっぱりですからね。

 とは言え問われた私の方も見当が付きません。全てを救えって、神聖なる領域である教会総本山で? 聖女が常に滞在するここでは私なんか出る幕が無いでしょうよ。けれど神が絶対とするなら、聖女でも手出しできぬ罪深さがここにも存在しているか、それとも……、


「私は、あの場で私達が同時に神託を授かった事は神の思し召しだと思っている」

「大げさではないでしょうか? それこそ女教皇聖下のお膝元で私に何を成せと神はおおせになるのでしょう?」

「それは実際に耳にしたキアラ嬢にしか分からない。けれどさっきも言ったでしょう? 私は私の正義にもとづいてキアラ嬢の意思を尊重する」

「……話半分に聞いておきます」


 救済が必要なほど教会と言う組織は腐敗しているか、ですか。


 そもそも南方王国で知り合ったフィリッポですら神に操られた末に治療を施したのに、今度は見ず知らずの輩を救えとはいささか都合がよろしいのではありませんか? 見返りなど無い一方的な奉仕をする程私にはゆとりがありません。

 我が身我が魂を切り崩してまで善行を繰り返すなど、空しいだけではありませんか。


 やはり聞こえぬふりをして早々に聖都から立ち去るのが上策……、


「……っ!?」


 神は言っていました。全てを救え、と。


 いい加減聞き飽きましたと大声で叫びたかったのですが、今回その一言には字面以上の情報が詰まっていました。神が救えと仰る存在の正体までは分かりませんでしたが、私がどのようにすれば良いかはフィリッポの時と同じように頭の中に入ってきました。


 救いを求める声は……どの建物でもない。けれど教会総本山の敷地内。だとしたらまさか……と私は多少愕然としながら地面を見下ろしました。磨き上げられた大理石の床はとても見栄えがします。その美しさが臭いモノへの蓋となっているとはとても見えません。


 しかし、私は知っています。この下に何が隠されているかを。華やかな神の威光の象徴とも言うべき聖域の陰では人の身勝手さ、罪深さが敷き詰められているのだと。そして憤りを隠せませんでした。結局人は時代を経ても愚かなままだ、と。


「何か神は言っていたかな?」

「……いえ、靴紐が気になっただけです」


 彼女に言えるわけがありません。いかに正しい事を成すと豪語していたって所詮は教会に属する神官。事情を知れば教会の方針に従ってその手が私へと伸びてくるとも限りません。そもそも下に何かあるかもと彼女には知らせられません。

 だって、間違いなく教会の暗部に関わる筈ですから。


「ルクレツィア様。つかぬ事をお伺いしますが、よろしいでしょうか?」

「ん? 勿論だとも。何でも聞いてくれ」

「貴女様にとって神のお言葉は全てに優先しますか?」

「愚問。言うまでも無くその通りさ。この身を犠牲にしろと仰せなら喜んでこの身を捧げよう」

「では神の意志が教会の方針に背いていても?」


 それでも聞いてしまうのは彼女の人柄のせいでしょうか? 親切……いえ、誠実とでも言えばいいのでしょうか。本当ならこれ以上彼女とは深く係わらないのが得策でしょうに。私の大義の為にも、彼女の平穏の為にも。


「当然、が模範解答なんでしょうけれど、私は教会は正しき道を歩んでいると信じたい」

「戯言を。教会が清廉潔白ですって? 本気でそうお思いですか?」

「確かに腐敗がはびこっているのは否定しない。神の言葉を捻じ曲げて都合よく解釈して強欲の大罪を犯す者もいるのは事実だからね」

「なら……」

「人は莫迦かもしれないけれど愚かじゃない。いつかは悔い改めて自浄する賢さがある。そうして二度と同じ罪を犯さないよう進歩するのが人でしょう」


 ルクレツィアは本気で言っているようでした。自信を込めた笑みに輝く瞳は私には眩しく映りました。ですがかつて教会の都合で切り捨てられて全てを穢された私にとっては滑稽でしかありません。質問をした私が愚かだったと気持ちが冷めていきます。


「その為に私は奇蹟を授けられたんだもの」

「……えっ?」

「罪を重ねない正しき道へと人々を導く、正義の奇蹟を」


 驚いて思わずルクレツィアの方へと顔を向けると彼女はこちらに笑いかけてきました。

 そう言えば何故彼女は女教皇への御目通りが叶ったのでしょう? それと先ほどのフォルトゥナとのやりとりは明らかに至高の存在たる聖女と彼女等を守る使命を負う神官と交わされるものではありませんでした。身を包む衣服こそ神官のものですが……、


「まさか、貴女様は……」

「あ、ごめんなさい。分かってても言わないでもらえる? 私の奇蹟はその性質上公にしない方針でいるの」


 彼女もまた聖女に選ばれし者。

 さしずめ正義の聖女、と言った所ですか。


「それにしてはエレオノーラ様が何かを隠していると断じている私はお見逃しになられるのですね」

「確かに普通に考えたらそうすべきなのだけれど、きっとそれは正しくない」

「エレオノーラ様が授かった神託と矛盾なさいますね」

「んー、エレオノーラ様が帰還なさったら話し合ってみるしかないかなぁ。神が過ちを犯す筈無いんだし、解釈に齟齬があるとしか……」


 ルクレツィアが腕を組んで悩み始めた所で丁度時間切れになりました。すなわち、家族が待機している部屋の前まで到着したのです。ここからはそのまま帰るだけですからルクレツィアとはお別れになりますね。


 それにしても私が聖女候補者になるのは正しくない、ですか。

 ルクレツィアが受けた神託は正しき事を成せ、なのですからその方針は彼女自身が決めたのでしょう。エレオノーラ達から前もって色々と聞かされたかもしれませんが初対面には違いありません。なのに私を尊重して下さるのでしたら……、


「それじゃあ私はここまでだ。短い間だったけれどキアラ嬢と語り合えて楽しかったよ」

「ルクレツィア様。最後に一つだけ」

「何々? もしかしてキアラ嬢が授かった神託を聞かせてもらえるの?」

「いえ。ルクレツィア様はこの下に何があるのかご存知ですか?」


 少しは応えて差し上げましょう。


 私が床の方へ指を向けるとルクレツィアの顔が曇りました。その反応は私の想定通りであり、そして期待には応えていませんでした。

 ではこれ以上彼女を巻き込むわけにはいきませんね。もし彼女が本性を知るきっかけを与えられるとしたら、それこそ神の定めによります。


「私達の信仰は先人達の多くの犠牲の上に――」

「ルクレツィア様。今日はどうもありがとうございました。来年からは私も学院へ通う事になりますが、またお会いできれば幸いです」

「……!? キアラ嬢?」


 私はルクレツィアが絞り出す悲痛な声を一方的に打ち切りました。そんな教会が謳う綺麗事なんてどうでも良いのです。


「……私が知らない何かが下にある、と?」

「さて? 今日初めてここに来た私には想像もつきません」


 私はそう言い残して部屋へと入りました。尻目に映るルクレツィアは深刻な面持ちで床を見下ろしたままでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ