私の聖都行きが決まりました
聖都で聖女候補者として教育を受ける妹のセラフィナと私達家族は文通をしています。わたしの世界での中等部相当、女の子として一番難しい時期になります。その為か悪い影響を受けないよう修道院と大して変わりない厳格な規律で守られているんだそうですね。
とは言え敷地内に閉じ込められているわけではないようです。門限は窮屈に感じる程ですが奉仕活動を名目として街へと出る機会にも恵まれているんだとか。何処の誰それと知り合ったと妹からは良く報告を貰っています。
ですが家族との面会、里帰りは神官達に認められない限りは許されません。許可を得るには問題を起こさない事は当然として模範的な生活を送るのが必須。それも年一回与えられるか否かと非常に狭き門なんだとか。
これは教会が神に選ばれし聖女達を尊き者と位置付けている為でしょう。あまり世俗的に見られたくない意図があるのだと思われます。一般庶民とは違うのだと見せつけたいならさほど表には出さずに神秘的な印象を与えるのが重要なんだとか。
「分かりませんね。偶像崇拝は神を人間の想像の範疇に押し込めるからと禁じている筈ですが。聖女をそのように演出して何の意味があるのやら」
「でも崇拝の対象が分かりやすいって何かと便利じゃん。それを堕落って受け取るか便利が良いって解釈するかは別としてさ」
神の奇蹟の代行者。教会の権威の象徴。
私には今の聖女とは皆さんから敬われる、しかし期限が過ぎれば捨て去られる偶像にしか思えませんでした。
閑話休題。
私の学院入りも遠い先ではなくなりつつあったある日、母は天にも昇るような様子ではしゃいでいました。その喜びを誰かに聞いて欲しい素振りはしていましたが、私は自分に振られているわけではなかったのであえて反応しないでいました。
「レジーナ。どうしたんだい?」
口を開いたのは父でした。母は「聞きたい? そんなに聞きたい?」ともったいぶっていました。正直申し上げてかなりうっとうしいと感じました。一方で周りで待機していた使用人は特に反応を示しません。もしかして私だけかと思ったのですが弟も困った顔をしていました。私は心の中でほっと胸を撫で下ろします。
「教会からセラフィナと会ってもいいってお許しが出たの!」
「なんと! あの教会が面会の許可を!? それは吉報だ!」
「あなた、指定されている時期は予定を空けるように出来ない?」
「勿論だとも! 愛する我が娘に久しぶりに会えるんだ。どんな天災の中だって飛んでいくさ」
要するにセラフィナに何年かぶりに会えるから聖都に行きましょう、と母は仰りたいようです。父も予定を合わせる方向に動くようなので聖都行きは既に決定事項なのでしょう。
「えっ? お姉様に会えるの?」
「おおそうだともトビア。折角の機会だ、聖都を見て回ろうじゃあないか」
「わあぁ……!」
「ふふっ、トビアは大公国から出るのは初めてですものね。きっと賑やかで壮大な聖都に圧倒されるでしょう」
弟も姉と会えると目を輝かせて大きく喜びを露わにしていました。父と母は聖都にある何処の遺跡が迫力があった教会が神々しかったなどと語り合います。言葉だけでも素晴らしさが伝わるらしく、弟の頭の中でどんな聖都が描かれているかは知りませんが、憧れを抱いたようでした。
そんな家族と私とでは明らかな温度差がありました。
「行ってらっしゃいませ。お父様もお母様も骨休みにはいい機会ではないかと」
かつての私は聖女候補者として教会に預けられてからずっとあそこが生活の拠点でしたし、魔女との誹りを浴びて異端審問を受けて、挙句処刑されたのもあの地ですもの。好き好んで行きたいとはとても思えません。
丁重なお断りの意を伝えるとお父様から怪訝な目を向けられました。家族との再会にどうして水を差すんだと言わんばかりでした。
「ん? キアラは行かないのか?」
「セラフィナに会いたくないの?」
「私はもうじき学院に留学する年になります。セラフィナとも会えるようになるでしょう。今は手紙で連絡は取り合っていますし、私は遠慮しようかと考えています」
しかし聖都には先の通り思う所がありますので行きたくありません。第一、交通網の発達していないこの世界においてここから聖都との往復には何日も費やさなければいけません。とどのつまり、聖都へ赴く利点が微塵も無いと断じても良いでしょう。
私が取り繕うようにそれらしい理由を並び立てていくと父も次第に納得した様子でした。終いにはそこまで言うのなら留守番は任せるかとまで仰いましたが、母はどうも歯切れが悪そうにこちらへと紙を差し出しました。
「お母様、こちらは?」
「教会よりキアラに宛てられた書状になるわ。面会許可に同封されていたの」
その時点で嫌な予感しかしませんでしたが、見なかった事にするわけにもいきません。私は何とか気が乗らない自分を奮い立たせて書面を受け取ります。封蝋を割って内容を確認した私は今度こそ盛大にため息を漏らしました。
「私に向けて聖都に来訪するようにとの仰せです」
「キアラに? 一体どなたが……?」
「女教皇聖下からでした」
「「……っ!?」」
その時の両親の顔はどのように言い表せばいいでしょうか? 驚愕? 困惑? ですがどうも何故聖女適性試験で規定値を大幅に下回る小娘に過ぎない私ごときに女教皇が興味を示されるのか、との見下しも幾分混じっているような気がいたします。
それは事実上の出頭命令でした。
用件など大体察しがつきます。試験の不正をエレオノーラとフォルトゥナが報告、フィリッポの治療をリッカドンナが報告したのでしょう。なので奇蹟を授かった者の義務として聖女になるよう女教皇直々にお言葉を下さるようにした、ですか。
断る選択肢は……残念ながらありませんね。これまでの聖女の追及は口先三寸で掻い潜ってきましたが、教会の命令に真っ向から刃向えば神に背くと判断されるでしょう。私一人なら教会の影響の及ばない遠い地に逃げる手がありますが、そうしたら家族がどうなってしまうか。
……っ。嫌な想像をしてしまいました。
異端者に関わった者として父や母達が異端審問を受ける構図を。
「おそらく聖女様方の思い違いが大事になってしまっているようです。こうなったら直接赴いて弁明するしかありません」
「キアラ……」
父は自分の及びもつかない話に発展したため言葉が見つからない様子でした。母は一生懸命呼び出された理由を考えているようでしたがきっと徒労に終わるでしょう。弟はこの場が複雑な空気になって混乱しているようでした。
私は……正直ここまでしつこいと憤りすら覚えますね。
神はそうまでして私を再び聖女にしたいのでしょうか? それとも聖女達が神から与えられた使命に従っている結果として目を付けられてしまうのでしょうか? どちらにせよ私にとっては迷惑を通り越して苦難と言えるでしょう。
とは言え、これまでの知識を総動員してもどう私の真実を暴くのかは想像も出来ません。適性試験では不正し放題だとはエレオノーラが一番思い知っている筈ですし、他の入念な検査でもするのでしょうかね?
「前途、多難ですね」
どの道、私にとっては試練でしかありません。
私が普通の女の子として生きていく為の。




