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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
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私は理解者を得ました

「転、生?」

「はい。死後天に召されずに新たな生を授かる概念を指します。全ての生命は太陽のように沈んでも再び昇っていく。異教の考えですね」


 輪廻転生については説明がややこしくなるのでしないようにしましょう。肝心なのは私が神の下へと向かうのも許されず、地獄にて罰を受けるのも許されず、地上で新たな苦しみを味わえと断じられた点です。まだお前にはやる事がある、と言われている気がしてなりません。


「私の前世、つまり魔女マルタの記憶は最初から覚えておりました。今の私、つまり貴族の娘キアラはかつての私の延長線上にあるのです」


 衝撃の告白に皆さん言葉も出ないようでした。神の教えに背く在り方をした私は異端審問官に突き出せばかつてのように直ちに尋問の末に処刑されるでしょう。それ程重大な秘密を打ち明けた。つまり皆さんに鎖を付ける行為に他なりませんので。


「……じゃあキアラが聖女になりたくないのは前世、だったっけ? と同じ感じに破滅したくないからか?」

「はい。その通りです」

「キアラ様!」


 声を張り上げたのは意外にもコルネリアでした。彼女は今にも泣き出しそうな悲痛な面持ちで私を見つめてきます。止めてください、私の胸まで締め付けられそうです。


「どうして、どうしてそこまでの仕打ちを受けたのに私を救ってくださったんですか?」

「……」

「教会を欺いてまで奇蹟なんて無い風に装ったのに、死にかけだった私など見て見ぬふりしていただければよかったのに……!」

「私が救いたかったから、と言いたい所ですが……今日で自信が無くなりました」


 コルネリアを治療した際は確かに自分で選択した筈なのです。ですが今日は神託が頭に響いて気が付いたら行動を起こしていました。それは神の愛を信じて疑わなかったかつての私、一心不乱に人を救い続けた愚行の焼き増しに他なりませんでした。


「それが全てを救えってキアラが言われた神託って奴か?」

「……はい」


 それが私の授かっている第三の奇蹟である神託です。

 コルネリア達は勘違いしているかもしれませんが、神託の奇蹟自体は聖女候補者なら誰でも持っています。今は自分の使命に目覚めて人を救うか愛を育んで次に託すかは本人次第だそうですが、それが許されるのは緩い神託を託された者だけです。

 絶対の神託ともなれば聖女は疑いも無く使命を全うするばかりになります。少しでも疑念を抱いて逆らおうとしても天啓は絶対。心を強くしていればと考えていましたが……つい先ほど思い知りました。完全に甘かった、と。


「フィリッポは治っていましたが救われていなかった。ですので私は神の意志に従って彼を救った。それが先ほどの顛末となります」

「……やっぱりそうだったのかよ」


 チェーザレは顔をしかめて下唇を軽く噛みました。彼が瞳に浮かべているのは明確な怒り。その矛先が向かうのは……もしかして神ですか?


「では、キアラ様は今後困った方がいらっしゃったら否応なしに救ってしまうかもしれないと仰るんですか……?」

「……私に働きかける神託がどれ程強烈かはその時々によります」


 トリルビィの声は震えていました。いたたまれない気持ちで一杯なのかもしれません。そんな私の手は震えていました。不安と恐怖に負けじとスカートの裾を掴みましたが、今度は情けなく腕が震えてきました。今度は自分を抱きましたが最後は身体が震えてしまいます。


「私は、怖いのです。いつか神託で私の意志が塗り潰され、ただひたすら人を救い続けた挙句にまた都合よく身を滅ぼされるのではないか、って」


 自分一人で向き合うつもりでした。神の運命なんかに負けないと意気込んでいました。ですが神は絶対だと思い知るばかりとなりました。もう、私一人では間違いなく神の奴隷、聖女への道へと引きずり落とされるでしょう。


「無茶を言っているのは承知しています! ですが……どうかこの私を憐れと思って助けていただきたいのです」

「キアラ……」


 最後はみっともなくも嗚咽まで入ってしまったかもしれません。ですがそれだけ私は必死だったのです。神が私個人を救わなくてもきっと誰かが救いの手を差し伸べてくれる。そんな淡い期待に縋らなければ私の心は壊れてしまうでしょう。


 ですが打ち明けてしまった今でも怖いのです。奇蹟を授かっていても一介の小娘と神様とではどう考えても後者を選ぶのが賢いと思います。親身になって聞いてくださった皆様から魔女とのそしりを受けて冷たい牢屋に叩き込まれるなんて二度と味わいたくありません。


 私は返事が怖くて俯きましたし目を瞑ってしまいました。どれだけの時が流れたのかは定かでありません。私にとっては途方もなく長く感じたのは確かです。やはり打ち明けなければよかったかも、との悲観的な考えすら浮かぶ程に。


 そんな私の手が温かくなりました。

 恐る恐る目を開けてみたら、チェーザレが私の手を掴んでいました。


「神様なんか知るか。俺は何があってもキアラの味方だ」

「チェーザレ……」

「今日は試すように連れ出して悪かった。けれどキアラが救いが必要な人とどう向き合うのか確かめたかったんだ」

「……酷いですね。恩をあだで返されたとばかり思いましたよ」

「俺はキアラが望む選択になるようにしたい。キアラが結構だって言ったってやるからな」


 チェーザレは真剣な眼差しでただ私を見つめていました。

 彼の瞳には私しか映っておらず、吸い込まれそうなほど綺麗でした。


「神に唆された私の頬を目を覚ませと叩いてくださりますか?」

「……女の子の顔は殴りたくないぞ。腕ずくで止めるのがせいぜいかな」

「ちょっと、そこは断言して下さってもいいのではありませんか?」

「いやだってさ、気休めじゃなくてきちんと正直に言いたかったからさ」

「あっははは!」


 何とも締まりの悪い決意を表明したチェーザレに対してジョアッキーノが笑い声を上げました。チェーザレも自覚はあるらしく「笑うな!」と冗談交じりに彼の頭を叩くのみに留まります。


「いや、さ。神に奇蹟を授けられた聖女が神の意志に背くとか面白そうじゃん。キアラがどんな風になるのか僕は楽しみだよ」

「ジョアッキーノ様。私は貴方様の愉悦の対象になる気は毛頭ございませんよ」

「分かってるって。けれどチェーザレは単純だからね。キアラには僕ぐらい優秀な存在が必要なんじゃないかな?」

「ジョアッキーノ様……。ありがとうございます」


 彼が本当に優秀かはさておき、私を励ますつもりで大袈裟に言っているのは伝わります。私はそんな配慮に感謝を捧げましょう。


 そんな二人の決意を目の当たりにしたトリルビィはようやく衝撃から立ち直り、決意を新たにして私へ向きました。


「お嬢様。わたしはこれからも誠心誠意を込めてお嬢様に仕えるつもりです。旦那様や奥方様に何を言われてもどうかお傍に仕えさせていただきたく」

「トリルビィ……。ええ、これからもよろしくね」

「はいっ!」


 トリルビィは私の快諾に満面の笑みをこぼして頭を下げました。あの私がいてもいなくても大して変わりないお屋敷で一人でも私を気に掛ける人がいるだけでも安心感が違います。わたしだけに苦しみを打ち明けるなんて寂しいですから。


「キアラ様。私は一度貴女に救っていただいた身。どうか悲願の為に私をお役立てください」

「滅相もございません、コルネリア様。困った時に少し後押ししていただくだけで十分です」

「ではそのようにします。他国の寵妃だからって遠慮なさらないでくださいね」

「ええ、そうさせてもらいます」


 コルネリアは私に優しく微笑みかけました。深く頭を下げようとしたので慌てて思い留めてもらいます。さすがに身分はあちらの方が上ですから。


「もうキアラは一人じゃない。俺達がいる」

「……はいっ」


 最初はどうなるかと戦々恐々でした。ですが蓋を開けてみたら苦しみを告白して大正解でした。当然これからも同じように都合よく転がるとは限りませんが、それでも今回の喜びは噛み締めたいと思います。


 今日、私は理解者を得たのですから。

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