私は王太子を拒絶しました
フィリッポとの別れを惜しみながら私達は昼食を王宮で取りました。これはコルネリアからのお誘いがあったからで、私、チェーザレ、ジョアッキーノの他に昨日もお会いした貴婦人方と共にテーブルを囲いました。
「ごめんなさい。育ちざかりのキアラ様はもう少し多い方が良かったかしら?」
「いえ。激しい運動はしていませんのでこのぐらいが丁度いいです」
少し意外だったのですが並べられた皿に盛られた料理は簡素なものばかりでした。コルネリアが小食なのが一番の要因だそうですが、どうやら愛妾は国の財産を食いつぶさずに慎ましく、との考えも働いているようでした。
脇目でチェーザレとジョアッキーノを窺うと彼らは沢山食べていました。育ちざかりの男子は冷蔵庫を空にする勢いで食い荒らすから家計を圧迫する、とわたしは記憶しています。お二人とも体躯は良い方なので鍛練を積んでいるのでしょう。
食事の話題としては主に私が喋るばかりになりました。仕方がありません、私は別に貴婦人方にあれこれ聞こうと思いませんでしたし、逆に貴婦人方は私に質問を矢継ぎ早に浴びせるものですから。コルネリアも興味津々に聞き入っていましたね。
「キアラ様は大公国の街中で殿下にお会いしたのですよね? どのような感じだったのですか?」
「いえ、大した話ではありません。空腹でふらついていました殿下を支えて家に同行し、熱を出したコルネリア様が元気になられるよう手助けしたまでです」
なお、当然ですが私が奇蹟を行使したなどとは明かしません。ですが後で矛盾が生じて反論に困っても問題ですので、それなりにぼかした表現に留まっています。嘘は付いていませんので神に誓ったっていいですよ。
「ですけどその時はコルネリア様は身分を明かさなかったとお聞きしています。お忍びとは言え貴族である貴女様が直接一介の貧民を助けたのですか?」
「ええ。神より試練を与えられた方を助けたい、などと申すつもりは毛頭ございませんが、殿下方に手を差し伸べたいと思ったのは事実です」
わたしの世界ですと人は平等だなんて謳われていますが、私の世界では未だ人は不平等どころではない明確な区別がございます。極端な話、貴族と平民は別の生物と考えてしまって構いません。そんな貴族令嬢が汚らわしい貧民を救うのは如何なる事か、と言った所ですか。
「施しの一環ですか? それとも評判を高くしたかったからですか?」
「いえ。私がしたかったからしました」
所詮はそれにつきます。ましてや神の御導きだなんて考えたくもありません。良い事をしたと満足したかったからですし、礼は弾むんですよねとねだりたかったからです。善人だなんて勘違いしていただくのは困ります。
粗方私に付いて聞き終えて食事も食後のデザートに差し掛かった辺りでしょうか、使用人がコルネリア様に歩み寄って何やら耳打ちしました。コルネリア様は軽く頷いてから返事を返します。使用人は恭しく一礼すると食堂の出口へと戻って行きました。
「失礼いたします。王太子殿下の御なりです」
扉が厳かに開かれまして侍女と執事を引き連れた男性が入ってまいりました。私共はコルネリア様とチェーザレを含めて起立して頭を垂れます。男性が面を上げよと申したので私達はなおり、彼が上座に着席したのを見届けてから着座します。
南方王国の王太子アポリナーレ。彼はチェーザレの弟にあたります。王妃の御子なので彼は正当なる王位継承者、嫡男であらせられます。文武共に優れており南方王国は次代も安泰だと臣下の間では囁かれているとか何とか。
「すみませんコルネリア様。食事中にお邪魔してしまいまして」
「いえ、構いません。食事は賑やかな方が楽しいですから」
彼は国王の勅命で舞い戻った愛妾のコルネリアとその男子チェーザレをどう思っていたのか? その答えは昨日開かれた夜会で観察したのですが、少なくとも表向きは寛容にも受け入れていらっしゃるようです。
「それにしても酷いなチェーザレ。私にも麗しのご令嬢を紹介してくれてもいいだろうに」
「昨日直接挨拶しただろ? 何で俺を挟む必要があるんだよ」
「チェーザレの所感を聞きたかったからに決まっているだろう。君は彼女をどう思っているんだ?」
「他の貴族令嬢達とは別格、とだけ言っとく」
アポリナーレはチェーザレに笑いかけながら語りかけ、チェーザレはフォークを置いてアポリナーレの顔を見つめながら答えました。年が一年も離れていないお二人は兄弟と言うより友人として打ち解けているように見受けられます。
アポリナーレははにかみながら私へと視線を移しました。スプーンですくったデザートを口に運ぼうとしていましたが一旦皿の上に置き直します。チェーザレにも似た、ですがより端整で優しい顔立ちをした彼の笑顔はきっと多くの貴族令嬢が見惚れるでしょう。
「昨日は慌ただしい挨拶をしてしまってすまなかったね。改めて自己紹介しようと思うのだけれどいいかな?」
「必要無いかと考えます。むしろ昨日の続きをしていただければと」
「成程、確かに繰り返す必要は無いかな」
勿論アポリナーレには昨日きちんと挨拶に伺いました。他にも王太子に挨拶したい方は大勢いらっしゃったので名前を交換する程度のやりとりでしたけれどね。他国のしがない貴族令嬢に対しても彼は優しく丁寧に接してくださいました。
「マッテオ卿の側室になるって聞いてたけど変更になったんだって?」
「はい。一度語り合ったのですがその際有難い事に自分には勿体ないと仰っていただきました」
「それでジョアッキーノを紹介されたと?」
「はい。マッテオ様と父は交流がありますので、その関係で婚約者がまだいらっしゃらなかったジョアッキーノ様とお付き合いするのはどうかと薦めていただきました」
「挙句にチェーザレが乱入してきたって?」
「乱入……」
確かにそうとも言えるのですね。どのように答えようか迷っていますとチェーザレが軽くアポリナーレを睨みました。王太子はそんな腹違いの兄を笑って受け流します。私を見つめるアポリナーレの瞳はとても深い印象を覚えます。吸い込まれそうな程に。
「昨日今日では決められませんので婚約は仮とさせていただきました。これから親睦を深めてまいりたいと思います」
「ふぅん、じゃあキアラ嬢が他の素敵な人と恋をしたら婚約は破棄になるんだ」
「……っ!」
「はぁ? 何勝手な事言ってるわけ?」
アポリナーレの言葉に真っ先に反応を示したのはチェーザレでした。彼は思わず立ち上がろうとしてかろうじて思い留まったようで姿勢を正そうとしていました。直後にジョアッキーノが声を上げました。馬鹿にしているようでわずかに焦りが滲み出ているのは嬉しいですね。
「ご冗談を。ジョアッキーノ様の方が私より美しい女性に心を奪われるかもしれませんし」
「じゃあキアラ嬢、私と婚約するかい?」
「アポリナーレ、お前……!」
「いえ、お断りいたします」
アポリナーレがさらりと仰ったとんでもない提案にチェーザレが憤りを見せましたが、その前に私自ら拒絶致します。チェーザレとジョアッキーノは会って間もないから保留しましたが、アポリナーレの伴侶にはなれません。いえ、なりたくありません。
いえ、勿論第一印象は申し分ありませんし今だって一介の貴族令嬢である私を見下したりせず穏和でいらっしゃいます。もし本当に私が殿下の妃となったとしたら成功と幸福に満ちた未来が待っている事でしょう。
「嫌だな、そんな明確に拒否されるのは。何か理由があるのかい?」
「王太子殿下にはおそらくこれから運命の相手と出会うでしょうから」
「それは予言かい?」
「女の勘です」
と嘘を申してごまかします。
貴方様は存じないでしょうが、これから魂の片割れとでも申すべき女性と出会います。貴方様はやがて現実を認められない者の悪意を受ける恋人、即ち稀代の聖女を守るために立ち上がります。そう、セラフィナを抱いたアポリナーレがキアラを断罪するのですよ。
攻略対象者、敵である貴方様に心動かされる訳がございません。




