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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
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私は新たな聖女の奇蹟を目にしました

 南方王国の街の様子は私が生まれ育った大公国の街とさほど変わってはいませんでした。これは古の時代、教国連合諸国どころか他の国々を平定していた大帝国の影響が強く残っているからになります。とは言え地域も違えば趣も異なりますので、私の目を楽しませました。


「それにしても賑やかですし活気付いていますね」

「いや、いつもはこんなんじゃないんだけどな。もっと静かっていうか落ち着いたっていうかさ」


 王宮を後にした私はジョアッキーノに頼んで街を散策しています。チェーザレも同行すると仰ったので三人でですね。私がアレは何かコレは何かと聞いて回る度にお二人は丁寧に答えてくださり、私の好奇心は満たされていくのでした。

 それにしても近所で祭りでも行われているかのように街の人達は浮き足立っている気がしてなりません。もしくはやんごとなきお方が街を練り歩いている時のような物珍しさからでしょうか。風土が異なっているためかとも思いましたがジョアッキーノの話では違うようですね。


「チェーザレ。今日は何か開かれているのですか?」

「……それについては多分実際に見た方が早いな」


 チェーザレは言葉を若干濁して私から視線を逸らしました。私達を案内する彼の足取りは重そうでした。それは彼の向かう先へと進む他の方々の様子とは正反対と申していいでしょう。何しろ皆逸る気持ちを抑えながら同じ方向へ集まっていきますから。


 そしていよいよ目的の場所へと着いた頃には少し動けば隣の方と肩が触れ合う程に大衆が集まっていました。背が高くない私は何度か跳躍してやっとの思いで皆さんが視線を向ける存在の正体を突き止めました。


 それは教会。それも町や村の信仰を集める身近な施設ではなく、大公国にも都市と呼ばれる規模の街に建てられる神、教会の権威の象徴とも呼べる豪華で壮大な造りをした大教会でした。誰もが建物の中には入らず、外で入口を囲うように集っていたのです。


「何か祭儀でも執り行われるのですか?」

「いや、ここにいる大勢は見たいものがあって集まってきた感じだな」

「教会で市民が興味を示すもの……」


 聖遺物の公開など幾つか可能性は浮かび上がりましたが、その中の一つにあまり私にとって好ましくない事がありました。関心が無くなった私は引き返そうと後ろを振り向きましたが、既に後方にも人だかりが出来ていて脱出は無理そうでした。


 そうしている間にも教会の扉が厳かに開かれます。私は爪先立ちになりながら何とか人と人の隙間から窺うと、建物の中から三人の聖職者が姿を見せました。三人が纏う衣はこの前私がお会いした方々と同じ様相でした。


「聖女……」


 そう、聖女の到来でした。


 聖女の姿を目に捉えた観衆は大いに盛り上がりました。聖女ははにかみながら手を軽く振って皆の声に応えます。観衆はそれを受け取って更に興奮していきますが、やがて左右の神官が静粛にと身振りをさせて沈静化させていきました。


 目の当たりにした聖女は初老のエレオノーラや二十代後半と思われるフォルトゥナとは異なり妙齢の女性でした。華やかですし見栄えがあります。社交界に姿を現せば何名かの殿方から声をかけられる事間違いないでしょう。


「聖女がいらっしゃっているとは」


 戦場でも貧困にあえぐ地域でもない街へと姿を見せる聖女の目的は大抵慰安訪問になります。教会がその権威を知らしめるために聖女に神より授けられた奇蹟を行使させるのです。見麗しい女性による奉仕、救済は信仰を集めやすいのでしょう。


 大衆の様子から察するに今も聖女の人気は凄まじいようですが、どういったわけかチェーザレは浮かない様子でした。聖女の来訪を知っていてこの受け取り様なんだとしたら理由が気になります。既に彼は奇蹟を目の当たりにしていますからその神秘性自体は疑わないでしょうし。


「チェーザレ、どうかしましたか? 何か思う所でも?」

「俺はアイツをあんまり好きじゃない」


 チェーザレが口にしたのは淀みなき嫌悪感でした。


「……随分とハッキリと申しますね。理由があるのでしょうか?」

「ここだと人が多い。後で話す」


 聖女の方へと歩み寄ったのは赤子を抱きかかえた市民の一人でした。母親は何やら泣きながら聖女へと懇願して赤子を差し出します。聖女は微笑みを浮かべながら赤子を手に取り、天高くかざしました。何を仰っているのかは遠すぎて聞き取れませんでした。


 赤子を手にする聖女の手が淡く輝きました。そして燦々と輝く太陽の光が赤子に集中する……ようにも感じました。奇蹟としか説明のつかない不可思議な現象に観衆からは感嘆の声が漏れました。中には手を組んで聖女を崇める者までいる程でした。


 やがて光が収まると聖女は赤子を丁寧に母親へと返します。母親が赤子を受け取るとその赤子は元気いっぱいに泣き始めました。そんな赤子の様子に母親は感涙して聖女へと深く頭を下げて感謝の言葉を捧げました。聖女はそんな母親をやんわりと手で制します。


「命を救っていただきありがとうございました、でしょうか?」

「返事は礼には及ばない、神の使命に従ったまでだ、らへんじゃね?」


 聖女はそれから少女や老人など数人ほど癒しました。そして大衆に向けて深くお辞儀をした後に教会の中へと戻っていきました。大衆は目の当たりにした数々の奇蹟に興奮冷めやらぬ様子で次々と感想を口にしていました。

 ジョアッキーノもその例にもれずに色々と表現を変えて絶賛していましたが、その内容は概ね「凄い」に集約出来るかと思います。私にとってはかつての日常の焼き増しに過ぎなかったので何の感想も抱かなかったのですが、彼に同調して称賛を口にしました。


 ところがその場が解散になった段階でもチェーザレの表情は曇ったままでした。私もジョアッキーノも不思議に思っていましたが、彼がその真意を述べたのは周囲の人がまばらになる所まで移動してからでした。


「なあキアラ。聖女ってさ、苦しむ人たちは誰でも平等に救うのか?」

「……!」


 さて、どのように答えましょう? 一介の貴族令嬢風情が偉そうに聖女について語ってもいいのでしょうか? それとも私にはあずかり知れぬ領域ですとごまかしますか。それともあくまで個人的考えを口にする程度なら何も勘ぐられませんか。


 考える必要もありませんね。真剣に問いかけるチェーザレには応えませんと。


「いえ、残念ながら。聖女は聖者ではありません。全能なる神の奇蹟の一端を授けられただけの人間に過ぎません。伸ばせる手の長さがありますし、本数にも限りがあります」

「じゃあ優先順位は付けるのか」

「当然、付け方はそれぞれの聖女によって異なりますよ。早い者勝ちな聖女もいるでしょうし、深刻な方から優先させる聖女もいるでしょう」


 とはごまかしましたが実際にはある程度教会の意向も絡みます。教会の権威に背く国にはそもそも聖女を派遣しません。国と国とが争う際はより教会に傅いた方へと聖女は向かいます。俗物ではありますがそれが人の組織の在り方なんでしょう。

 かつての私は目に映る苦しむ人達を放っておけなかったので手当たり次第でしたね。老若男女、身分の違いなんて関係ありませんでした。だから国や教会の権威を絶対視する方々からの評判はあまり良くありませんでしたっけ。


「それがどうかいたしましたか?」

「……あの聖女は人を救うつもりなんて無い」


 ジョアッキーノは慌てて周囲へと視線を走らせました。おそらくはチェーザレの発言を耳にした人がいないかの確認の為でしょう。それほど彼の発言は物議を醸す大事になりかねません。ましてや彼は王子。下手をすれば国全体が危うい立場に立たされる程かと。


「アイツ、リッカドンナの客は貴族、商人、教会でも高位の奴ばっかだ。一般市民には目を向けやしない。つまり教会にとって付き合えば有益な連中だけなんだよ」

「では先ほどの公開の場での奇蹟の行使は?」

「ああやって自分を見せつけておけばより声がかかりやすくなるだろ?」

「名声を得るため、ですか」


 成程、それは分かりやすい。富や権力にしがみ付く聖女など俗人的なと思う方がほとんどでしょう。チェーザレもまた神に授けられた奇蹟を己の私腹を肥やす目的に使うなど、と思っているのでしょうね。かつての私であれば神託に背く不届き者だと憤ったでしょうが……、


「素晴らしい考えですね」

「キアラ……!?」


 利益を得る為に仕事をする聖女、その割り切り様は実に好ましい。

 言うなら職業聖女ですか。それが私の歩むべき道だったのかもしれません。


「聖女が人に尽くさなければいけないだなんて誰が決めました? 神ですか? 人ですか? いえ、教会です。知っています? 神より直接天啓を授けられる聖女はごく少数なんだそうですよ」

「……何だよソレ。じゃあ自分のためにならなかったら弱い奴は切り捨てるのか?」

「罪かどうかはさておきそれが賢い選択だとは思いませんか?」


 私が笑いかけるとチェーザレはおろかジョアッキーノまで言葉を失いました。


 そうですか。己が可愛い聖女もいるのですね。

 思わぬ僥倖と申してしまっても過言ではないでしょう。

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