私は王宮に招かれました
結局私はジョアッキーノの婚約者候補などと言ったしまりの悪い立ち位置に落ち着きました。あの後マッテオとお父様が話し合った結果こうなったそうです。ジョアッキーノもまさか本当にそうなるとは思っていなかったようで、さすがに反省した様子でした。
「ま、いっか。正式な婚約者を見つけるまでの話さ。父さんもカルメロ卿もそんな考えみたいだしね」
「よろしいのですか? 今日会ったばかりでお互いの嗜好すら知らないのに」
「そんなのどの令嬢と付き合ったって同じだろ。大きく考えすぎだって。新しい友人が出来たって思えばいいさ」
「そんなものですか……。分かりました。今日よりよろしくお願いします」
とは申しましてもジョアッキーノはすぐさま前向きに考えを切り替えたようです。確かにまだ生涯の伴侶が決定したわけではありませんからそこまで深刻に受け止める必要はありませんでしたね。新たな交友関係が生まれたと捉えましょう。
これではるばる王国まで赴いた主目的は終えたのですが、数日の間マッテオの屋敷に滞在させていただく予定が組まれています。これは婚約関係となった私とマッテオの仲を深める為だったそうですが、私とジョアッキーノの親睦を深める期間になりました。
「で、キアラはどうしたいわけ? 互いについて語り合ったりする?」
「それは滞在中の合間を縫ってで問題ありません。それより私はここでしか出来ない事を致したく思います」
「大公国とこっちとじゃあ気候も風土もあんま違いないよ」
「ではチェーザレの母君にお会い致したく」
ジョアッキーノの趣味や好みを知る機会はいくらでもあります。それこそ大公国に戻ってからの文通でも。しかし直に会えるのは滞在する今しか出来ません。でしたら私はチェーザレの母親があの後どうなったか純粋な興味がありますのでそれに従おうかと。
国王の寵姫に会いたい。そんな無茶な願いは思っていたよりも早く叶いました。と言いますのも、ジョアッキーノに願わずともチェーザレが話を通して許可を頂いたからです。現在チェーザレの母親、コルネリアは王宮の一角に住んでいるそうです。
「いいのですか? 教国連合の一員とは言え他国の貴族令嬢を招いてしまって」
「貴賓とまではいけないけど来客扱いぐらいは出来る。母さんにもそれなりに発言権があるって所かな」
「成程、戻られてからは中々の良い待遇を受けているようですね」
「……それを喜んでいいかは迷うけどな」
私はジョアッキーノと共にチェーザレに王宮へと案内されました。王子であるチェーザレの友人であるジョアッキーノは頻繁に王宮へとやってきているらしく、行き交う使用人の方々と気さくに挨拶を交わしていました。私はそんな一人一人にお辞儀を致しました。
やがて私が通されたのは王都が一望できる高い位置にある部屋でした。窓辺のテーブルで二人の貴婦人と語り合っていた女性は、見違えるほどに美しくなっていましたが、確かに私があの時お会いした病床の女性でした。
「まあキアラ様、よくぞいらっしゃいました!」
コルネリアは私の来訪を大変喜びました。心なしか声も躍っているように聞こえます。お付きの侍女に命じてすぐさま私の席を用意させ、自分の隣に座るように勧めます。私はお言葉に甘えて腰を落ち着けました。
「コルネリア様、此度はお招きいただきまして誠にありがとうございます」
「そんな堅苦しく言わなくてもいいのですよ。私がキアラ様を歓迎したいのです」
目を輝かせたコルネリアは二人の貴婦人に私を紹介しました。どうやらお二人は社交界において数少ないコルネリアのご友人のようです。コルネリアとは契約を交わしていませんでしたが、彼女は私が奇蹟を行使した件は秘密にしてくださいました。
「私はキアラ様に感謝してもしきれないのです。私の命を救ってくださった事は当然ですが、この外見を取り戻してくださった事もです」
「やはり女は見た目でしょうか?」
「私個人はあの見るに堪えない外見のままでも良かったのですが、そんな有様で陛下の寵愛を再び得ようとはとても思えません。陛下の願いに頷いたのも陛下のお傍にいる最低限の資格を取り戻せたからに他なりません」
「自分のためではなく自分を思う相手のためですか。素晴らしいお考えです」
ただ私が命を繋ぎ止めた件と火傷の治療については私のおかげだと言い触らしているんだとか。どうやら私が聖女もしくは聖女候補を手配して奇蹟の恩恵に与ったとなっているようです。あまり評価を上げて現代の聖女達に目を付けられたくないのですが……迂闊でしたか。
二人の貴婦人はコルネリアの恩人となった私を褒め称え、ジョアッキーノは「お前そんな凄い奴だったのか」とか失礼な事を言ってきました。コルネリアが大袈裟に賛美するものですから私の評判がうなぎ上りになってしまっています。
「私はただ私がやりたいようにしただけです。礼であればいつかチェーザレが返してくださると約束して下さっていますし」
「ええ。チェーザレはずっとキアラ様の救済に報いると言っていますよ」
「楽しみにしています」
「ところでキアラ様はもう婚約者はいらっしゃるのかしら?」
婚約者? 随分とタイムリーな質問ですね。
私は素直にマッテオと婚姻する予定だった事とジョアッキーノと暫定的な関係に落ち着いた事を明かしました。どれもこれも私が聖女適性を偽っているせいで招いたので自業自得です。
コルネリアは私の説明を聞き終えるといかなる絵画すらも霞むほど美しい微笑を浮かべました。
「ではチェーザレはどうです?」
「……えっ?」
初めはコルネリアが何を仰っているのか理解できませんでした。
やがて意図を察した私は思わずチェーザレの方へ視線を向けていました。
「キアラ様とでしたら二つ返事で快諾致します。陛下も私が説得いたします。何も婚約者候補などと言わずにすぐにでも婚約を結びましょう」
「お待ちください。一国の王子たるお方に他国の一貴族の娘に過ぎない私は相応しくは……」
「あらあら、私はこの王国どころか教国連合諸国全てを見回してもキアラ様程素晴らしい令嬢はいらっしゃらないと思いますが?」
「御戯れを……」
とは言ったもののコルネリアは本気のようでした。実際のところ私は奇蹟を授かっているので教会の権威こそ得られずとも迎え入れる価値は十分にあるでしょう。彼女はそれを抜きにしても私を王族の妃にして恩を返したいのかもしれません。
「それにご本人の意向を聞かぬまま勝手に話を進めるなど……」
「俺は良いぞ」
「……はい?」
「俺は母さんを善意で救ってくれたキアラが好きだ。だからキアラと一緒に居たいと思ってる」
「ええっ?」
「駄目か?」
一体何を言い出すんですかこの王子様は! 自分の本音を包み隠さずにぶつかってくるものですから何の反応も出来ないじゃないですか……! ここまで好意を向けられた経験など無いものですから戸惑ってしまいますね。
冷静になって考えましょう。まず私の悲願は決して二度と聖女にならぬ事。そして教会の権威の道具、神の下僕とならぬ事です。その上で貴族令嬢として生まれてきた責務を果たしたい。よって私の夫となる方は別にジョアッキーノでもチェーザレでも構わないのですよね。
お父様からすれば古き友人の息子であるジョアッキーノを選びたいでしょうが、王国の王子からの求婚に応えたくもある。どちらも家の更なる繁栄に結びつくでしょうから最終的には好みで選ばざるを得ません。となれば選定の要素となるのは……もしや私の意志ですか?
「チェーザレ。一つ言わせていただくと、現時点では私は貴方様とこれからの人生を共にしたいとは微塵も思えません」
「……っ」
「そう思えるに足る絆が結べていないからです」
ですがどちらを選ぶかなど今の私に出来る筈もございません。だって私はまだお二人の何も知らないんですもの。




