私達は結ばれました
現在港では夜が明けてすぐ船出させるために猫の手も借りたくなる程せわしなく準備が進められています。既に第一便に乗る女子供は乗船が始まっており、船の上で不安な夜を過していることでしょう。
チェーザレが私と同じく寝る時間を与えられたのは南方王国の王子だからだと聞いています。天闘の寵姫の強襲で軍を率いる多くの将軍が命を落としており、彼が望まなくてもその存在は必要とされていますから。
「チェーザレ、どうかしましたか?」
「やっぱりキアラは残るんだな」
残る? ああ、他の女子供と一緒に島国に避難しないのか、ですか。
「ええ、そのつもりなのでこうして少しでも眠って心身共に休もうかと」
「キアラは聖女じゃないんだろ? もう聖域の奇蹟を使ってた聖女も戻って来たし、最後まで付き合わなくたっていいだろ。浄化の聖女ももう解放していいみたいなこと言ってたし」
「チェーザレにも説明したと思いますが? 私はどうしてもアウローラ様を聖都に連れて帰りたい、と」
「あの聖域の聖女を次の女教皇に据えたいから、だったっけ? どうしてそこまで彼女に拘るんだ?」
チェーザレにとっては私が最優先で他は二の次、危険に晒されるなら例え聖女だろうと運命を共にするなどもってのほかだ、と主張したいのでしょう。
確かに聖地脱出についてだけ考えればその通りなのですが、大局を見据えた場合アウローラ無しでは……。
「何か理由があるなら教えてくれ。単に神が言ってたとか自分がそうしたいとかぐらいだったら、俺にも考えがある」
「どうなさるつもりですか?」
「眠ったキアラを担いで船に乗せる。聖女候補者ってことで来てるんだ。乗船は拒否されないだろ」
「……!」
まずい、チェーザレの目は真剣です。私が夢の世界に旅立った途端に無防備になった私を背負って港に向かいかねません。
案じてくれるのはとても嬉しいのですが、それでは結局そう遠くない未来で破滅してしまう可能性が……。
チェーザレに嘘はつきたくありません。かと言って言葉を濁しても彼の決心は揺るがないに違いありませんし、ごまかしは効かないでしょう。
となると、とうとう明かさなければならない時が来てしまいましたか。
「チェーザレ。昔私は聖女マルタが転生した、と告白しましたね。アレは全てを語っていませんでした」
「どういうことだ?」
「聖女マルタと伯爵令嬢キアラとの間にもう一つ人生を送っていたのです。学生マーリアとして、ね」
「……!」
私は現代世界も経て生まれ変わったんだ、と。
それから私はこの世界の出来事はマーリアの世界では小説の類として書かれていると明かしました。ひろいんのセラフィナがやんごとなき方々と親交を深めて恋愛関係を結ぶこと。妹に嫉妬した悪役令嬢が悪質な嫌がらせを繰り返し、最後は罰として破滅すること。その洗いざらいの顛末を。
「祝福の奇蹟を授かったひろいんセラフィナは恵まれている、と憎んでも仕方が無いでしょう」
わたしの世界で例えるならラテン語に相当する統一言語がある以上、悪役令嬢キアラが授かった統語の奇蹟など教会圏諸国で過ごす限りあまり役に立ちませんからね。姉の自分が妹より劣るわけがない、と嫉妬したのでしょう。
最終的に救済の奇蹟を授けられた結果、ひろいんは女教皇に就任します。それは先代が退いて空席になっているにも拘わらず相応しい聖女が現れなかったから。そう、複数の聖女が名指しするアウローラがこの聖地で命を落とすせいで。
「何もアウローラ様のためだとか、教会のためだとか、ましてや聖女としての使命に目覚めたとかそんな御大層な理由ではありません。アウローラ様を女教皇に据え、恩を売って。少しでも私が破滅しないよう布石を打っているにすぎません」
ですからチェーザレが引きずってでも助けるべきなのはアウローラであって私はその後ろを付いていけば……ってチェーザレ、どうしてそんな深刻な顔をなさるのですか? しかもまるで自分を責めるように頭を抱えて……。
「今まで話してくれなかったことをどう受け止めればいいんだろうな? ようやく明かしてくれたって喜ぶべきなのか、今まで信用されてなかったんだって落ち込むべきなのか」
私は何も言い返せませんでした。彼が思っているようにこれ以上余計な心配をしてほしくなかったから喋らなかったのではなく、単に知る必要は無いと判断したからです。私が些事と思っていてもチェーザレにとっては違うとしたら、申し訳なく思います。
「他に知ってる奴はいるのか?」
「セラフィナとトビアには話しました。二人とも同じ境遇でしたので」
「……本当か? 今まで気づかなかった」
「お父様にもお母様にも打ち明けていません。そう言った意味ではチェーザレに初めて聞いてもらいました」
「……そうか」
セラフィナが転生したベネデッタだったので乙女げーむの設定は根底から覆ってはいます。別に祝福の奇蹟なんて羨ましいとも思いませんし、素敵な殿方との恋愛に興じても関係ありません。むしろこれからも良き姉妹関係のままでいたいと思うほどです。
それでも、私が人並みの幸せを得るには脚本に記された破滅への道標を何としてでも打ち壊さねばなりません。その為にもアウローラには何としてでも女教皇に就任していただき、救出の恩をもって色々と便宜を図ってもらわねば。
「チェーザレの心配は嬉しいのですが、アウローラ様が帰還しないと意味がありません。私は聖女方と共に最後まで残ります」
「……事情は分かった。なら、俺も残る」
チェーザレは私の隣に座り、私の手を取りました。私の手が痛くならないよう、優しく添えるように。
「チェーザレは王子なんですから無理を通せば明日にでも聖地から離れられますよね。家臣の方からは進言されなかったんですか?」
「キアラも俺の身を案じてくれてるんだと思うけれど、俺はキアラが残る限り離れるつもりは無い。俺が絶対にキアラを守るから」
チェーザレは身体をこちらに向け、真正面から私を見つめました。座高も差があるので私は少し顎を上げる形になります。間近で見ると端正な顔立ちをしています。まつげも長く瞳は輝き、顎の線ががっちりしてきており男らしさを感じさせます。
「言っておくが、俺は聖女とキアラだったらキアラを取るからな。自分より先に聖女を救え、なんて言うのは無しな」
「私だってわが身は可愛いですからそんな命を捨てる覚悟は……確かに本当にそんな状況に遭遇してしまったらそう口走るかもしれませんね」
「神託より自分の方を優先して欲しいんだ。何だったらキアラを待っている人のためにって思ってもいい」
「……それなら確かに生き延びなければって思えますね」
チェーザレが奥側の手を私の奥の肩に添えました。自然と私の身体もチェーザレに向きます。彼との距離がとても近く、周りが静かなのもあって彼の吐息の音が聞こえます。それより自分の心臓の高鳴りがうるさくなってたまりません。
「……キアラ」
「……何でしょうか?」
「俺は、キアラに幸せになってほしい」
「ええ」
「俺がキアラを幸せにしたい」
「ええ」
更に二人の距離が近づきます。既にお互いの吐く息が相手の顔にかかるぐらいに。身体も寄っているので既に私の膨らんだ胸と彼の鍛えられた胸が触れ合っています。いつの間にか彼の太い腕が私の背中に回されていました。私も自分の手を彼の首に回します。
私が救った時にはあんなにもか弱かったのに。
今ではこんなに立派になって私を守ってくれる、私を想ってくれる。
私は……そんな彼と一緒に幸せになりたいと願います。
「キアラ、愛してる」
「愛しています、チェーザレ」
大切に思う心を愛と表現し、私達は自然と相手の全てを欲しました。
恋しい人を求め、愛する人を受け入れ、思い人に全てを捧げます。
かけがえのない人の名を何度も口にします。
これまで私達が抱いていた思いをさらけ出しました。
互いを確かめ合い、むさぼるように味わいました。
嗚呼。私は今、チェーザレと一つになっています。




