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神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
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私に縁談の話が持ち上がりました

「お姉様、わたし聖女になれるんです!」

「ええ。聖女様よりお聞きしました。おめでとう、セラフィナ」


 聖女としての素質が認められた妹は大層喜んでいましたし、お父様方を始めとして屋敷中で祝ったものです。妹付きの侍女は感無量だと涙を流し、お母様は聖女となる娘を持てて誇らし気でした。私はそんな雰囲気を壊さないよう表向きは妹を祝福しました。


「聖女様方はすぐにでも聖都に来て聖女になる為の教育を受けなさいって言ってました」

「その方がいいでしょう」


 妹は聖女の提案に従って聖都に行く事になりました。


 適性があるからと誰でも聖女になれる訳ではありません。聖女候補はそれなりに誕生するようですが聖女と呼ばれるまでの奇蹟を起こせる者は指を折る程度に過ぎませんから。なので聖女候補は聖都で厳しい戒律の下で生活を送り、奇蹟を磨いていかねばなりません。

 それから聖女に至る為には多くの救済や奉仕を積まねばなりません。多くの市民より慕われるようになり、教会の枢機卿や他の聖女に認められて初めて聖女になれるのです。神に愛されて奇蹟に秀でていたからと欲深く邪な者に用は無い、との意図だとか。


 ……学院という変化こそあれどその辺りは私の時とあまり変わりありませんか。皆から認められたらと表現すれば聞こえがいいのですが、とどのつまりは時の権力者の受けが良くなければどれ程の聖者であろうと聖女とされませんし。


「でも寂しいです。お父様やお母様から離れなきゃいけないなんて」

「年に何回かは帰ってこれるそうですよ。それまでの我慢です。聖女になりたいのでしょう?」

「はい! どんな奇蹟を頂いたのか分からないけど、きっとみんなを笑顔に出来ますよね」


 その問いにどう答えようか迷いました。聖女は皆を救えるほどの素晴らしい存在だと信じて疑わない妹を尊重するべきか。それとも醜い現実を突き付けて今のうちに妹が抱く幻想を打ち壊すべきか。


「神より授かった奇蹟は道具ではありません。貴女が叶えたい願いの為に使いなさい」


 結局私はどちらも取らずに曖昧な忠告だけ返しました。私にとっては悲惨な経験でも妹にとっては素晴らしい体験になるかもしれない。そんな乙女げーむ頼りの淡い願いに寄り添う形に。


「はいっ!」


 満面の笑顔で返事を送ってくれた妹がとても眩しかったです。


 そうして皆から惜しまれつつ妹は聖都に向けて出立いたしました。聖女候補の旅立ちは私の家ばかりでなく町中で盛り上がりました。新たな聖女様に乾杯だと酒や肉が振る舞われ、まるで祭りのように賑やかだったそうです。


 その日を境に私の生活模様は少し変化し始めました。


 まずお父様とお母様は聖都に行った妹の話ばかりになりましたね。厳粛な規則に即した仕送りや手紙を妹に送り、妹より近状を綴った返事があると大いに喜びました。離れていても妹は両親から愛されていました。

 逆にますます私にあまり期待を寄こさなくなりました。悪役令嬢キアラであったら両親から見捨てられるとの焦りと愛される妹への嫉妬と憎悪から歪んでいくそうですが、私は肩の荷が下りたとむしろ歓迎しました。妹の活躍の話題を両親から振られても笑顔で同意する程に。


 それからお父様やお母様を訪ねる方々は口々に聖女を輩出した我が家を褒め称えました。お母様方は自慢の娘だと笑顔で応対していました。聖女候補になれず家を継ぐ男でもない私については誰一人語っていませんでした。


「旦那様も奥方様も、みんな妹様の事ばかりではありませんか!」

「いいのですよトリルビィ。神からの奇蹟は神に愛されている証拠なのです。皆が喜ぶのは当然でしょう」

「ですが、それでは日々努力なさっているお嬢様が……!」

「別に私は誰かに褒められたいから教育を受けているわけではありませんよ。自分の価値を高めるのは結局自分なのですから」


 私に好印象を抱いているトリルビィ達何名かが不満を持っているようでした。私は些事だと笑い飛ばすだけです。現に今の私の心には漣一つ無く穏やかでした。妹は妹、私は私。悪役令嬢キアラは愚かにもそこに気付かなかったのでしょう。


 そうして妹のいない生活となってどれぐらい経ったでしょうか? 私は相変わらずどのような家に嫁いでも恥ずかしくないようマナーやダンス、学問を叩き込まれました。傍からは厳しい教育に見えたそうですが、私にとってはどれも未知の経験で退屈しませんでした。


「キアラ。明日より遠出する。準備しておくように」


 そんなある日でした。私は久しぶりにお父様と面と向かい合いました。私のオルガンの演奏が上達した事や教育係の出した小試験で良い成績だったと報告しても淡白な反応しか示さなかったお父様が、です。そんなお父様が私とする話題など限られていました。


「遠出ですか? 弟ではなく私を同行させるのですか?」

「お前の婚約の話だ」


 その為、お父様の言葉に私はやっと来たかと冷めた感想が浮かびました。


 教国連合諸国において貴族令嬢の婚約事情は他の国々と少し異なっております。これも聖女の存在が深く関わっている為です。家々はよほど急いでない限りは令嬢が聖女適性検査を終えてから婚約活動に移ります。それほど聖女適性値は重要な要素だそうです。

 適性値が低いと見せかけた私は貰い手が少なかったのでしょう。それでもこの家をますます繁栄させられるよう探し回った、と言った辺りでしょう。奥の手としては格下の家柄に嫁がせて派閥の強化に結び付けるつもりのようですね。


 しかしこれでようやく私は貴族令嬢としての義務が果たせるのです。そう、神より押し付けられた奇蹟にもとづく聖女ではなく、生まれた私個人の成すべき運命に従って。正直な話、待ち侘びたと申して過言ではありません。


「どちらの殿方かお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「そうだな……」


 お父様が語ってくださった私のお相手は家柄こそこの家より上でしたが、お父様とあまり変わらぬ年齢の方だそうです。別に年上が嫌いとは申しませんが、それほど広範囲に探さないとお相手が見つからなかったのかと苦笑を禁じ得ません。

 それからそのお方は既に伴侶がいらっしゃるそうですね。私は所謂側室となるのでしょう。妾でない分多少マシでしょう。まあ、別に恋愛に興じたいとはさほど思っていないので家と家との結びつきに役立つなら構いませんが。


「私のような小娘を貰いたいと仰るのですからよほどの好色家なのですね」

「口が過ぎるぞキアラ」

「これは失礼」


 そうして私は生まれて初めて大公国より外に旅立ちました。しかしそこで思いもよらぬ出来事に遭遇するとは馬車の中の私はまだ想像もしていなかったのです。

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