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私は戦争に巻き込まれました

 戦局が大きく動いたのは滞在五日目のことでした。


 四日目までの奉仕で駐屯地で生死をさまよっていた重体だった者の治療は終わりました。続けて命に別状は無いものの深い傷を負った者や病気にかかった者の治療に取り掛かりました。流れ作業だったのもあって効率よく消化出来たと自負致します。


「これなら予定より早く聖都に戻れそうね」


 余裕が生まれたのでリッカドンナは聖女の権限で駐屯地に一般市民も招き入れて治療を施しました。リッカドンナの発言は決して事態を楽観視したものではなく、進捗から予測出来たものだったとは誰もが認めていました。


 しかし、現実はそう甘くありませんでした。


 駐屯地に早馬がやってきたのは五日目の夜が明ける頃だったそうです。なんとアウローラが同行した軍の向かった先とは別の方角から敵軍が進んできているというのです。海に面した西側以外を異教徒の国家で囲まれている以上はあり得る話でしたが……。


「よりによって聖女様がいない時に!」


 と兵士が愚痴をこぼした通り、軍を守護する聖女の不在時に侵攻を受ける間の悪さ。普段通りにリッカドンナ達に同行して駐屯地に向かったところ、慌ただしく迎撃準備に追われる様子に緊張感が走りました。


 で、あろうことか遠征軍の幕僚達は唯一聖地に滞在する聖女から意見を聞きたいと主張して、野戦病院へと向かおうとする私達を呼び止めて作戦本部へと呼び寄せました。リッカドンナは邪魔されたと不機嫌さを隠そうともしませんでした。


「それで、あたしに一体どんな意見を求めるの? 作戦とか相談されたっててんで分からないんだけれど」

「いえ、これまでも聖女様には会議にご参加いただいています。神託がおりましたら我々を導いていただければ」


 神託を助言か何かと勘違いしていませんかね? まあ聖女が神託を偽るのは最大の禁忌ですし、戦争を勝利に導くような都合の良い神託など早々おりやしません。アウローラが毎度参加していたならそれも分かっている筈ですが、聖女が付いているんだとの安心を得たいのですかね。


 リッカドンナは将軍や幕僚達の意見の出し合いをただ黙って聞いていました。時折指で机を叩いたり脚を揺すったりしていたので退屈で不満が溜まっているのでしょう。私も精神的な疲れが出てしまい、早く終わらないかと願うばかりでした。


「敵軍の数が多い。ここはやはりいつもの通り聖域の奇蹟が及ぶ境界までおびき寄せるのが一番でしょう」

「うむ、相手が疲弊してきたところで打って出れば良いでしょう」


 結局は冒険をせずに無難な籠城策を取ったようです。聖域の奇蹟に阻まれた敵軍は進軍も遠距離攻撃も出来ず、こちらは弓矢や投石で反撃し放題。聖域が及ばぬ遠方からの包囲も長期間維持出来ないだろう、との見立てでした。


「聖女様、如何ですかな?」

「いえ、特に神からお言葉は頂いていないわ。アレッシアはどう?」

「ふえっ? い、いえ、わたしも神様からは何も言われていません」

「そう」


 総司令官らしき老将軍に訊ねられたリッカドンナは即座に否定を口にします。彼女に視線を向けられたアレッシアはまさか自分に振られるとは思っていなかったらしく、驚きを露わにしました。


 ……あの、リッカドンナ様? どうして次に私へ視線を移すのですか? 私はどこにでもいる貴族の娘に過ぎませんって。批難を口に出せるわけもないので沈黙したまま視線を逸らして回答とさせていただきます。


「それにしても……蛮族共の動きが奇妙ですな。今回の侵攻では聖女様がおられない場所ばかり狙ってくる」

「よもや間者が紛れ込んでいるわけでもあるまい。神にあだなす輩は聖域の奇蹟に阻まれてそもそも聖地には踏み込めまい」


 その辺りの勘違いは正さないでおきましょう。現に女教皇を問い詰める気だった私は軽々と教会総本山に乗り込めましたし。リッカドンナもその辺りの事情は把握している筈ですが口出ししないままでした。


 で、結論がまとまったところで軍人達は我々に正義ありだの神は見守っておられるだの好き勝手言い合いました。相変わらず自分の都合の良いように神の教えを引っ張り出す浅ましさ、反吐が出ます。


「馬っ鹿じゃないの!? 何なのよアレ、あんなくだらない無駄な時間につき合わせるんじゃないわよ!」


 作戦本部から抜け出した途端、リッカドンナは地団太を踏んで癇癪を爆発させました。全く仰る通りですから思わず頷いてしまいました。打ち合わせに参加していなかったら今頃大勢の方の傷を癒せたでしょうに。


「リッカドンナ様。それで私共は如何しましょう?」

「従軍までするつもりは無かったけれど、しょうがないわね。駐屯地で待機して怪我人が運ばれてきたら対応するようにしましょう」


 ロザリアの伺いにリッカドンナはすぐさま方針を伝え、我々は遠征軍の奥寄りに待機することとなりました。


 さすがに戦場にまで派遣された者はいないらしく、誰もが恐怖や不安で顔色を悪くしていました。聖女のリッカドンナすら例外ではなく唇を固く結んで震えそうな腕を抑えていました。当の私も周りを観察して紛らわせていますが、実際には押し潰されそうです。


「さすがに前衛には出ないんだな」


 だから、どうしてチェーザレはいつも私が欲する時に声をかけてくれるんですか?


「授けられた奇蹟にもよります。派遣されたのが正義の聖女ルクレツィア様でしたらおそらく最前線で戦ったことでしょう」

「自分が戦えなくても兵士達の補助とかは出来ないのか?」

「あのですね、異教の者にとって教会の聖女は神の言葉を騙る魔女も同然です。軍の将軍どころか一国の王より優先して狙われますよ。だから自分の身を自分で守れない限りは聖女は後衛にいるのが定石です」


 聖女が戦場で剣を突き立てられればまだいい方です。万が一異教徒の軍勢に捕らえられたとしたら、その後に待ち受けるのは想像するのも恐ろしいむごい仕打ちでしょう。敵の狙いを向けやすい利点はありますが……あまりに危険が大きすぎます。


「そして、教国連合諸国のみならず教会圏国家の軍は例外なく聖女の帰還を最優先させるでしょう」

「……じゃあ、負け戦になったら聖女を真っ先に逃がすのか?」

「おそらくは。聖女を敵の手に渡さないように。そして希望の象徴たる聖女を喪失しないように、です」


 かつて兵を率いた君主が落ち延びて聖女が最後まで戦った末に命を落とした戦争があったそうです。季節が変わる前に教国圏の国がその国を攻め滅ぼしました。神の遣いである聖女を失わせた落とし前をつけてさせたのでしょう。


 まあ、それ以上に皆が聖女という存在を敬っている、大切に思っているってことなのでしょう。自分が命を捨ててでも大勢を救うことの出来る聖女さえ生きていれば希望は繋がると信じて聖女を守り抜いた者は数知れません。


「ですから、ただ今か今かと敵軍の到来を待つだけでなく、万が一聖域の奇蹟が突破された際にいかにリッカドンナ様を逃がすかを考えていた方が建設的でしょうね」

「キアラもそうするつもりなのか?」

「私はリッカドンナ様を逃がしつつ自分が生き延びる方法を選ぶまでです」

「そうか」


 さすがにリッカドンナを見捨てて一目散に逃げ出す薄情な真似をするつもりはありません。かと言って初めから命を投げ出す覚悟を示せるほど現役の聖女にこだわりはありませんし。幸せを掴むとの願いは初めから変わっていません。


「俺は何があってもキアラだけは助けるから」


 周りの誰にも聞かれないよう声を落としたチェーザレは、私の手を握りました。大きくて固くて、とても頼もしく感じました。


「馬鹿ですね。私のことばかり考えるのでしたら……」


 私は自分の指をチェーザレの手に絡ませ、丁度手を組む形にしました。確か恋人繋ぎと言うんでしたっけ?


「私のためにまずはチェーザレに生きてもらわないと。私を独りきりにするつもりですか?」

「……あー。悪い、そこまで考えてなかった」

「一緒に帰りましょう。もう私にはチェーザレが傍にいないなんてとても考えられません」


 一人寂しく生き延びるなんて想像しただけで胸が張り裂けそうです。

 そう思うほどに私の中でチェーザレは多くを占めるようになっていました。


 もしもどちらか一人しか助からない場面に遭遇してしまったら? 私はチェーザレに助かってほしいですがチェーザレは絶対に私に生き続けてほしいでしょうね。


 でしたら最悪、二人で神のもとに召されるのも悪くはないかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 別々の神、宗教を信じる人対人の戦いとなると前線で兵士を癒し回復させ、再び前線に送り出す回復役としての聖女は対戦相手にとって邪魔者、悪でしかなく攻撃されても文句は言えないでしょう。 難しい状態…
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