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私は浄化の聖女の嘆きを聞きました

 アウローラはささやかに催すと語っていましたが、実際にはその晩餐はとても賑やかなものでした。聖国の王族や重鎮はもとより聖国の発展に貢献してきた有力者、遠征軍の将校等、そうそうたる顔ぶれが揃っていました。


 彼らが真っ先に挨拶に向かったのは新たに来訪した聖女であるリッカドンナ。そしてこの聖地を守護し続けるアウローラ。それから聖国国王や王妃、の順番に回っていきます。二人の聖女は敬われる者に相応しく上品に受け答えしていました。


 私は、本当は貴族の娘ですからあってはいけないのですが、前世からこうした社交界が窮屈に思えてしまい苦手でした。可能なら壁に寄りかかって空気に徹したかったのですが、今回与えられた役柄を演じなければなりません。


「聖女様。こちらの方をご紹介いただいても?」

「彼女はキアラと言います。神が連れてくるよう仰っていたので修業のために同行させました」

「キアラと申します。よろしくお願いいたします」


 リッカドンナは巧妙にも私を聖女候補者だとは言いふらしません。否定したくても嘘も口にしていません。ですが相手が私は聖女見習いとしてやって来たと受け取るには充分です。汚いですねさすが聖女きたない。


「我が軍の兵士達も聖女様のおかげでほとんどが命を救われました。本当に感謝してもしきれません」

「神の僕として当然のことをしたまでです」

「我々に出来ることがありましたら何でも仰ってください」

「それでは本国に戻られましたら僅かでも構いませんので寄付していただければと。わたくし共聖女や宣教師が各国を訪問する際の旅費や恵まれぬ子供への奉仕をする費用に使われるでしょう」


 呆れる程上手いと思ったのはリッカドンナは相手側が感じる恩の報いる先を教会へと向けている点です。聖女のもう一つの顔である教会の広告塔としての役目もきちんと果たしています。


 私やチェーザレは俗物的だと軽蔑していますが、人を救うとの使命を達成するには組織を組んで役割分担した方が効率的だとの意見も理解出来るようになりました。活動資金を得るために有力者を相手に営業する必要性も……もう否定しません。


「気取っちゃって、とか、媚びへつらって、とか思っているんでしょう?」

「えっ?」


 息を吹きかけてくるぐらい近距離から小声で語りかけてきたのは、いつの間に背後に回っていたアウローラでした。内心を見破られた私は思わず心臓が飛び出そうなぐらい驚いてしまいました。

 心臓がうるさく鼓動したまま振り返った先に見えたアウローラの面持ちは私をからかう様子も諭すようでもなく、恐れがわずかに滲んでいました。


「教会が偶像崇拝を禁じているのは知っているでしょう?」

「勿論です。……結構形骸化しているとは思いますが」

「あくまでも信じなきゃいけないのは神と神の教えだけ。聖女が信仰の対象になっては駄目。感謝や崇拝は神に向けられなきゃいけないのよ」


 ――さもないと、聖女だって神に逆らうと見なされちゃうから。


 アウローラが少し低めに口にした言葉に衝撃を受けました。

 だって、それはまさしくかつて聖女だった私が迎えた破滅そのものでしたから。


 アウローラは私を横切る時には朝方と同じ慈悲深く優しい様子に戻っており、こちらへ会釈して離れていきました。私は何も言い返せず、どんな意図があったのかも考えられず、ただ彼女を見つめる他ありませんでした。


「やっぱりアウローラ様もそのように……」


 リッカドンナも今の発言を耳にしたようで、思いつめた表情で考え込んでいました。

 アウローラはあくまで何者から背信だとみなされるか、とまでは語っていませんでしたが、聖女の罪を問える存在など限られています。


 神そのもの、もしくは……奇蹟を授かった少女達を祀り上げる教会そのものか。


 両聖女が不安を抱く理由はコンチェッタの一件……いえ、それでは遅すぎますね。聖女に無実の罪を着せて魔女の烙印を押すなどやり方次第だ、と思い知らされるきっかけは……やはり過去の魔女裁判で発生した疑問点からでしょうかね。


「キアラ」


 そんな重い空気を打ち払うように声をかけてきたのはチェーザレでした。彼が手にしていたのはワインとグラスが二つ。その一つを差し出してきたので私は受け取ります。チェーザレは慣れた様子でグラスにワインを注いでくれました。


「お疲れ。飲めるんだろ?」

「嗜む程度には、ですがね」


 学院に入りましたので神の血であるワインも飲めるようになりました。とは言えお酒は何度も飲まないと飲めませんし味だって分かりません。今のところの認識では苦くて重いだけですから、どうして大人はこんな物を好むのだろうと疑問しかわきません。


「チェーザレも参加していたのですね」

「あー、まあ、一応身分が身分だしな。うちの将軍なんて俺を見て驚いてたよ」


 チェーザレはいつぞや南方王国で身にしていた豪華な正装よりは質素な、しかし充分な気品を備える服を着ていました。もしかしたらこのような場に出席するかも、とジョアッキーノが荷物に入れとけとでも助言していたら面白いですね。


 一方の私は聖女候補者らしく公の場に出る際の法衣を着ています。貴族や軍人とは全く異なった雰囲気を出しており、否応なしに聖女とそのお供なんだと際立たせます。派手過ぎず地味過ぎず、視界に入るとどうしても気にしてしまう、そんな神秘性を発するかのような。


「大丈夫か? あまり気分がすぐれないみたいだけど」

「いえ、大丈夫です。お気遣いなく」

「我慢は良くないぞ。外の空気を吸いたいなら遠慮なく言ってくれ」


 本当に大丈夫なんです、チェーザレ。

 貴方が来てくれて安心したからでしょうかね?


 感謝を述べようと口を開いたものの何故か恥ずかしくなってしまい、慌てて視線を逸らしました。その気遣いがとても嬉しくて、有難くて、尊くて。人として大事に想われるのがこんなに素晴らしいことだったなんて想像もしていませんでした。


「キアラ。本当に大丈夫か? 少し顔が赤いぞ」

「ほ、本当に大丈夫ですからっ」

「二人とも、そろそろ静かに」


 犬も食わない男女のやり取りに発展しそうだった語り合いもリッカドンナの注意で打ち止めになります。船での非難と異なり、本当に静粛が必要な場面に移ったようです。その証拠に会場に集まった皆の注目はある一点に注がれていました。


「皆さま、本日はお忙しいところお集まりいただきましてありがとうございました」


 皆に向けて挨拶を送ったのはアウローラでした。その隣に立つ初老で小太りの男性はその豪奢な服飾と装飾からもこの地の最高権力者、即ち国王なのだと知らしめているかのようです。下手をすると聖女よりも目立っているかもしれませんね。


 アウローラはリッカドンナの来訪の歓迎を述べる程度に留まり、後は聖国国王が引き継ぎました。国王はいかに聖地の守護が偉大なのかを語り、異端者から聖地を守るべく尽力しなければならないと訴えかけ、挙句神が私達を見守っていると主張しました。


「まるで正義が自分達にある、みたいな言いっぷりね」


 国王の様子を言い表すなら自己陶酔、が丁度良いのでしょうか。自分達が神から聖地を守る使命を託された、我々には聖女が付いている、と言ってはばからない在り様は……己以外を全て悪と断じているとも受け取れます。


「この聖戦の目的は教徒が安全に聖地へ巡礼できるよう安全を確保する為だったのに」


 しかし、彼らが異教徒・異種族とくくる者達は……あくまで神の教えの解釈が異なるだけで源流は同じ。そう、相手にとってもここは聖地であり、我々は聖地を奪った侵略者でしかありません。何度も聖国を攻めてくるのは聖地奪還を悲願としている為です。


 船の上で暇だったので書物をお借りして調べましたが、ここまでかつてのわたしの世界が経験した歴史と似ているとは思いませんでした。であればこそ、聖地を巡る争いは我々が周辺地域を制圧するか逆にここを奪還されるまで続くことでしょう。


 互いに神を掲げて正義を名乗る戦争なのだから、目の前で繰り広げられる光景は茶番と呼ぶのが相応しいと思います。


「こんな贅を凝らしているお金があったらどれだけの人が救えたのよ……」


 先ほどから独り言をつぶやくリッカドンナは表情こそ崩しませんが目は全く笑っていませんでした。彼女の怒りの矛先は聖国の国王や貴族達に向けられています。

 貴族達の身なりは教国連合諸国の貴族に勝るとも劣らない豪華絢爛ぶり。指にはめている宝飾品はどこから持ってきたのでしょうね? この夜会の会場にしたって贅を凝らしていると一目で分かります。シャンデリアは船で輸入したのですか?


 聖国は、教会圏各国の寄付金で成り立っているのに。

 彼らは聖地防衛を目的として集められたお金で私腹を肥やしているのです。


「アウローラ様、貴女様がいながらどうしてこんな堕落を見過ごしたのですか……っ」


 リッカドンナの嘆きは会場の盛り上がりにかき消されました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リッカドンナが、意外なことにまともであった。 [気になる点] アウローラは、仕事をしていないのか? [一言] 十字軍のあと教国連合が、植民地獲得競争になりそう。中世ヨーロッパを忠実に、再現…
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