私は次の聖女の誕生を見届けました
約束された聖女の誕生によって屋敷中は大騒ぎとなりました。フォルトゥナが神官を引き連れて妹の部屋へと急行、私もエレオノーラと共に向かいます。その間エレオノーラは腑に落ちないとこちらへ視線を向けてばかりでしたね。
妹の部屋の前には使用人達で人だかりが出来ていました。エレオノーラはいてもたってもいられなくなり各々をかき分けて中へと入ります。程なくお父様とお母様も早足でいらっしゃいました。使用人達が主達に道を開けたので二人も娘の下へと歩み寄ります。
「あーあ。セラフィナは結局聖女になっちゃったか。阻止出来なかったね」
「致し方ありません。神官達だけならどうにでもなりましたが、聖女に睨まれてはさすがに」
私は一番後ろでわたしと共に観衆を務めております。わたしが言うには乙女げーむ序盤で妹が聖女だと発覚するいべんとに則しているそうです。フォルトゥナが加わっている点が少し異なっているそうですが、それは去年の私が影響を及ぼしたのでしょう。
妹は光栄ですと激しく喜び、両親は娘が神に祝福されたと感涙しています。神官達も自分達の手で次の聖女候補を見つけ出せたとやり切った顔をなさり、エレオノーラも共に人々を救いましょうと微笑んでいます。使用人達も聖女を輩出した家で働いているんだと大はしゃぎ中です。
これで妹は誰からも愛されるひろいんにまた一歩近づいてしまったわけですか。
……ひろいん? 聖女となる乙女が?
「……わたし。つかぬ事をお伺いいたしますが」
「なぁに私? 改まってさ」
「聖女は婚姻はおろか恋愛はご法度ではないのですか?」
聖女とはいえ神に仕える身となるのですから殿方と結ばれるなど考えられません。現にそんな過去を送った私は恋愛に疎いのに。聖女の使命と恋愛げーむは矛盾しているのではないでしょうか? まさか愛を捧げるただ一人の伴侶を得ても聖女を務められるとは思えませんが。
「あー、そっか。私ったら一つ勘違いしてるけど、別に今の聖女は恋愛禁止じゃないのよ」
「……は?」
私の問いかけにわたしは軽く頭を掻きました。考えてもいなかった事実を突き付けられ思わず目を点にしてしまいます。
「いつからそうなのかは知らないけどさ。聖女が想い人と結ばれて幸せな時に子を生すとまた聖女が生まれやすいんだって」
「……なんと。そうだったのですか」
「代わりに本人は聖女としての奇蹟は失っちゃうけれどね。神の祝福の継承だとか何とか作中では説明されてたっけ」
一体どうやって祝福の継承とやらは発見したか非常に興味がありますが、今は捨て置きましょう。肝心なのは恋愛にかまけても許されるようになった点ですね。
聖女は教国連合中最も高い社会的地位です。聖女が望めば如何なる素敵な男性だろうと選びたい放題でしょうね。逆に殿方は成功のために聖女を妻に迎えたいでしょう。聖女の親となれば敬われるようになると思われます。
無論、厳粛に貞淑なままで生涯神より与えられし使命を全うする聖女もいらっしゃいます。逆に聖女の立場を悪用して殿方と遊び呆けた挙句に魔女として断罪された者もいます。どのように選択するかは授かった奇蹟をどう受け止めるかによるのでしょうか。
だからこそ妹を主人公とした乙女げーむとして成立するのですか。
成程、と感心する反面、なんと都合のいい、と呆れ果ててしまいます。
「では聖女としての修業は今も厳格に行われるのですか?」
「それだと男子と恋愛する暇が無いじゃん。ゲームと同じだったら聖都で学院に通う事になるんじゃないかな?」
「学院? 初めて聞きましたが学び舎ですか?」
「祝福の継承を証明した聖女が次の聖女にも第二の選択もあるんだって提唱して設立された学校なんだって」
わたしの説明によりますと学院とやらは教国連合中より学力や財力のある選りすぐりの若者が集うのだそうです。貴族や大商人にとっては子息や息女を通わせる事が一種のステータスとなり、一般市民にとっては成り上がる絶好の機会であり、聖女候補にとっては見識を広げる場となります。
それでひろいんが様々な殿方との恋愛に興じられるのですね。更には聖女候補にかろうじて選ばれたものの資質に乏しい悪役令嬢が皆から愛される妹を忌み嫌うようになる環境の出来上がり、ですか。
「上手い事考えるものですね。これ程までに改変されると称賛すらしたくもなりますよ」
「んー、むしろわたしから言わせたら中世顔負けなブラックさで私が聖女やってた方が信じられないんだけれど」
開かれている扉の向こうではエレオノーラが妹に是非すぐにでも聖都に来るよう促しています。聖女としての教育を施すのなら一刻も早い方が良く、そして奇蹟も磨いていかねばと熱弁しています。お母様方も神の思し召しだと興奮している様子でした。
「これでセラフィナの聖都行きは確定ですか。この屋敷も寂しくなりますね」
「本当だったらわたしも行く筈だったのになー」
「構わないでしょう。わざわざ悪役に仕立てられると分かっておきながら舞台に上がる者はおりません」
「私はそこまで神を絶対視しなくなったから、でしょう?」
よく分かっているではありませんか。この調子ならじきに私とわたしの意志疎通は言葉を交わす必要が無くなるかもしれませんね。……それより進んでしまって私とわたしが統合されたら、私達はどうなるのでしょう?
「でもさ、本当に聖都に行かずに済むのかな?」
「……仰っている意味が良く分かりませんが?」
わたしはそんな風にわずかな心配が芽生えた私の顔を覗きました。あまりにわたしの言葉が不穏だったので私は僅かに顔をしかめました。
「だってさ、学院って教国連合所属国家中の優れた子供が集まるんだよ」
「そう仰ったのはわたしですね」
「だったらさ、わたしだってその対象なんじゃないの?」
「……そうですね。その時になりましたら行かねばならないでしょう」
息を呑みました。しかし言われてみれば確かにその通りなのです。
私の生まれ育った国は教国北側に位置する大公国でして、私の家は公国有数の名門貴族となります。その娘として生まれた私が聖女候補とならなかったからと学院に行かずに済む訳ではございません。わたしの世界で言う高校生相当の時期は学院に通わねばならないでしょう。
逆に考えればそれ以前の中学生時代は行かずに済みます。逆算するなら大よそで残り二年強と言った所かと。その間は普通の貴族令嬢としての生活を満喫出来ると想定出来ます。そして三年間聖女の適性があると発覚されなければ逃げ切ったも同然でしょう。
「それで、その学院とやらにはどれ程の人数が集結するのですか?」
「んー、結構大所帯ね。多分息を潜めて過ごしていたら誰も気に留めなくなるぐらいには」
「普通の貴族令嬢が聖女候補者と関わる機会は?」
「そればっかりは教室分け次第としか言いようがないわ。いくら聖女の適性を満たす女の子が少ないからって、一学年に数人はいるみたいだし」
お母様が感涙しながら妹を抱擁しました。妹は「わたし、頑張るから……!」と同じように涙を流します。そんな感動の場面の目撃者となった使用人一同は各々で感動したようでした。中にはハンカチで目元を拭う者もいる程に。
……そんな中、エレオノーラだけはお付きの神官二名とフォルトゥナにその場を任せ、妹の部屋を後にしました。使用人達も聖女の妨げにならないよう左右に分かれます。おかげで彼女は何の支障も無く私の前にやって来れました。
「おめでとうございますエレオノーラ様。新たな聖女候補の誕生をお祝い申し上げます」
「……キアラ様は喜ばないのですか? 妹様が神より奇蹟を授けられたというのに」
「私には私の人生がありますので。光栄だと讃えるのは父達だけで十分かと」
「……そう。どうやらわたくし共と貴女様とでは信仰に大きな隔たりがあるようですね」
どうやら目の前の聖女は私が淡白な反応しかしないものだからご不満なようですね。エレオノーラが私に向ける眼差しは氷のようにとても冷たいものでした。しかしその中で暖炉よりはるかに燃え盛る怒りが潜んでいるのは想像に難くありません。
しかしそうした批難の目も私の心には響きません。むしろ神より与えられし使命に縛られた聖女に憐れみすら感じてしまいます。そうした内心を察したのか、エレオノーラは不愉快だとばかりに表情を歪めました。
「キアラ様、神の意思を蔑ろにするなど決して許されませんよ」
「お戯れを。私はしがない小娘に過ぎません」
けれどエレオノーラに出来るのはそこまで。検査結果の不正を暴かない限り私が押し付けられた奇蹟は明らかになりません。
なので私は悔しがる聖女を尻目に悠然とその場を立ち去っていくのでした。もはやこの場の出来事はこれ以上私に関係ありませんので。




