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私は王子と再会しました

「チェーザレ? どうしてここに? 実家に戻っていたのでは?」

「志願して今回の遠征軍には加わらせてもらった」


 再会したチェーザレは他の教国正規軍の兵士達と同じ軽装備を身にまとっていました。学院の制服に袖を通した時より大人の逞しさを感じました。ただまだ成熟していない年頃なせいもあって周りの殿方と比べれば幼く見えてしまいますが。


「教国連合から派遣される正規の遠征軍は既に聖地に駐屯しているらしいな。だから増援は志願兵も結構混ざってるらしい」

「戦いが長引けば義勇軍が組織されるのは分かりますが、それにチェーザレが加わる理由が分かりません」


 何しろ既に学院の夏季休暇は後半に突入しており、おそらく聖地からとんぼ返りしても次の学期の始まりに間に合うかどうかって瀬戸際ぐらいでしょう。そんな短期間で聖地防衛が終わるとは到底思えません。


 なんと馬鹿げた決断を、と嘆こうとしたらチェーザレは逆に顔をしかめて私を見つめてきました。明らかな不満、そしてわずかながら怒りが見て取れたため、その気迫にたじろいでしまいます。


「あの、チェーザレ?」

「コンチェッタが神託を授かったんだ。キアラが聖地に行ってしまうってな」

「コンチェッタ様が……?」

「だから志願した。キアラを守りたかったから」


 コンチェッタが私についての神託を聞いたのも驚きですが、それよりチェーザレが私の為だけに死地に赴くと決めたことが信じられませんでした。何せ彼は南方王国の王子、特別扱いされずに雑兵として使い潰される存在ではないのに。


「馬鹿ですね……。私の為なんかに」

「前も言ったかもしれないけれど、そう自分を卑下するなら怒るぞ」

「私の傍にいられるかどうかなんて分かりませんよ」

「だからってキアラの帰りをただ待ち続けるなんて俺には出来なかった。少しでも可能性があるならそれを掴もうと手を伸ばすだけだ」


 チェーザレからは一切の迷いが見られませんでした。あまりにも純粋な気持ちを向ける彼は私にはとても眩しくて、素直に嬉しいと思う反面、自分はそんな想いに値するのかと疑問が浮かびます。


 だって私はとても自分勝手で。なのに神は未だに私に何かを期待しているようで。チェーザレが私に巻き込まれて不幸に遭わないとも限りません。そんな私が彼の傍にいる資格などあるのでしょうか?


「あたっ」

「またくだらないこと考えてるだろ」


 と後ろ向きな思考を巡らせていたらチェーザレからでこぴんを食らいました。いえ、彼が私に痛い思いをさせるわけがありませんからそんなに痛くはないんです。反射的で声が出てしまっただけですね。


「迷惑だろうと関係ない。俺がキアラに不幸になってほしくないからこうしてるだけだ」


 ……ええ、分かっていますよ。チェーザレは取り繕いもせずそんな風に私が望む言葉を下さる方だとは。


「私ったら本当に贅沢ですよね。こんなに素敵になったチェーザレを独り占めしちゃっているんですから」

「……っ」


 だから自分も素直な思いをぶつけなおしたのですが、どうしてかチェーザレは口元を隠しながら視線を逸らしました。


「? どうかしましたか?」


 何でしょう。焦り? 動揺?

 別に私は彼を驚かせるような発言をした覚えは無いのですが。


「キアラ……それ反則」

「えっ?」

「お嬢様……決して他の殿方に今のような笑みや心ときめかせるお言葉を贈らないようにして下さいね」

「ええっ?」


 何故、と反論する暇すらありませんでした。指摘されてようやくチェーザレが恥ずかしがっていて、同時にトリルビィが呆れているんだと気付きました。

 その、つまり、今の私ってそれだけ魅力的だったってことでしょうか?


 そこまで思い至って顔が熱くなるのを自覚します。きっと鏡で見たら紅色に染まっていることでしょう。そして口元がだらしなく緩んでしまっているんでしょうね。ああ、だからチェーザレは手で覆ったんですか。


「と、ところでコンチェッタ様とジョアッキーノは元気にしていますか? 彼らも帰省しているんでしょう?」


 お茶を濁すべく話題を転換させましょう。咄嗟に思い付いたのがジョアッキーノ達についてでした。彼は友人のチェーザレとよく行動を共にしていましたが、さすがに彼まで私の為だけに危険を冒す真似はしていないでしょうから。


「アイツ等ならおかげ様で忙しくしてるぞ。大変だって嘆いてたけれど自己責任だな」

「はて、嫡男ではないジョアッキーノがご実家のお仕事を手伝っているのですか?」

「いや、その……何だ? コンチェッタが身ごもったらしくてな」


 ……。

 ……はい?


 私は思わずトリルビィと顔を見合わせました。彼女にとっても寝耳に水だったようで、顔をぶんぶんと擬音を添えたいぐらい横に振ってきました。


「ジョアッキーノがコンチェッタを連れて聖都に来たのは知ってるよな」

「ええ。部屋を借りて二人暮らしをしているんでしたっけ」

「じゃあ使用人が帰った後二人が夜何をしてるかぐらい想像付くよな?」

「ちょっと待ってください」


 そう言えば遊びに来いと誘われていましたが結局今日までジョアッキーノの部屋にはお邪魔していませんね。ですからコンチェッタとも再会していません。彼ののろけ話から察するに幸せな生活を送っているとは知っていましたが……。


「さすがに社会的地位を築いていない学生の身分でそんな無責任な真似を?」

「欲望が抑えきれなかったんだろ。アイツ今回マッテオ侯にぶん殴られる覚悟で頭下げにいくらしいぜ」


 ヤってしまいましたから援助よろしくお願いします、ですか?


「愛を確かめ合いたいのは理解しますが……」

「色欲の味を覚えさせたキアラがそれを言うのか?」

「聞こえません。何か言いましたか? 私の記憶には何も残っていません」


 しかし二人が子宝を授かったのは知りませんでした。ジョアッキーノの性格からすれば普段から付き合っている私達に歓喜しながら報告してくれてもおかしくないのですが。相当前から子作りに励んでいたのだろうと逆算できますし。


「何にせよ、今度会った時はおめでとうと言わねばなりませんね」

「祝いの会を設けてもいいかもな。アイツそういった騒ぎも喜ぶだろし」

「これでコンチェッタ様もようやく自分の望んだ、降誕とは異なる子の誕生が出来たんですね」

「この上ない幸せを噛み締めてる感じだったな」


 これ以上降誕や活性の奇蹟に苦しみ悩まぬよう女の子を生んで神の奇蹟を継承してもらいたいものです。欲を言えば母親とは別の奇蹟が与えられるといいですね。コンチェッタがその女の子を聖女にするか普通の人間として育てるかは興味深いです。


「どうかコンチェッタ様にこれからも神の祝福があらんことを」


 と祈りを捧げた私に何故かトリルビィとチェーザレは不満な様子でした。いえ、それどころか聊か怒りが滲んでいませんか? 私が不思議に思っていると向かい側に座っていたトリルビィが身を乗り出してきました。


「お嬢様。こんな仕打ちを受けてもなお神を信じるんですか?」

「え?」


 始めのうちは彼女が何を言っているのか理解出来ませんでした。しかしよくよく考えてみれば私は異常と言えるのかもしれません。


「前世では人の救済に心血を注ぎながらも魔女として処罰されて、生まれ変わってもなお奇蹟と使命を押し付けて、他の聖女を使って苦難の道に引きずり込もうとする。あまりに無体ではありませんか……!」

「これだけ酷い仕打ちを受けてるんだ。もう神を信仰しなくたっていいんじゃないか?」


 例えば食前の感謝だったり、相手の無事を神に願ったり。私はもう聖女にならないと決めてもなお日常の一部として逐次神へ祈りを捧げています。確かにはた目からは愚かだと見えても不思議ではありませんか。


「確かに私は神を恨んでいますし神に縋ったところで簡単には救われないとは分かっています」

「でしたら……!」

「自分でも矛盾しているのは分かります。ですがやはり私は神を信じているのです」

「何故――」

「トリルビィ」


 私は興奮して声が大きくなりつつあった私の侍女をたしなめます。何度か深呼吸をして頭を冷やした彼女は批難するように眼を鋭くさせて私に詰め寄ります。あまりに顔が近いので私が前傾姿勢になったらその瑞々しい唇を舐められそうですね。


「私、最近思うのです。神は確かに人間を愛していますが、その愛は私達が都合よく思うような慈愛ではなくもっと複雑なのだろう、と」

「複雑、ですか?」

「試練を与え、どう立ち向かうかを観劇する。神とは舞台監督であり脚本家であり、第一の観客なのではないでしょうか?」


 神はポップコーンとコーラを片手に舞台上の私達が喜怒哀楽する様子を楽しんでいるのではないか。だから奇蹟を与えた聖女が裏切られて無残に死を迎えても、逆に魂の片割れと共に使命を全うしても、どちらにせよ神の思し召しなのでしょう。


「であれば役者である私はこちらを眺めている神を楽しませるため、好き勝手させていただくというわけです」


 リッカドンナはおろか食堂にいる他の者に聞かれれば一発で異端扱いされかねない発言にトリルビィもチェーザレも目を丸くしました。ですがやがて顔をほころばせるとトリルビィは肩を揺らして笑いを堪え、チェーザレは満足げに微笑みました。


「それでまず手始めに他人を救う前に自分を救うってわけか」

「ええ。自己犠牲なんて他の真面目な聖女に任せればよろしいでしょう。今回は少しぐらい我儘でも許してくれますよ」

「全くお嬢様は……いえ、それでこそお嬢様なんでしょうかね?」

「それ褒めているのか貶しているのか分かりませんね」


 こうして私達の他愛ない、しかしとても愛おしい会話は食事の間ずっと続いたのでした。

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