表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神託など戯言です ~大聖女は人より自分を救いたい~  作者: 福留しゅん
私は聖女にならないと決めました
10/139

私は聖女より疑われました

「今年もお世話になります」


 程なくセラフィナの聖女適性検査の日を迎えました。当事者ではなかった私は教会関係者と接点を持ちたくもなかったので部屋に引きこもろうと考えていました。ところが先方が私に会いたいと願ったらしく、渋々ながら顔を見せる事に致しました。


 ところが、私は思いもよらぬ人物と再会を果たしたのです。

 そう、聖女であらせられるエレオノーラに。


 彼女は私の入室を確認すると立ち上がって恭しく首を垂れました。私もスカートを摘まんでお辞儀を致しました。エレオノーラの付き人を務める神官二名も去年と同じ顔ぶれでしたが、やはり聖女がへりくだる姿を好ましく思っていないようです。


「エレオノーラ様。ようこそおいで下さいました」

「ごめんなさいね。無理を言って押しかける形になってしまいまして」


 エレオノーラが目配せを送ると神官二名は礼をしてから退室しました。家の使用人に案内されていたので今回妹の検査の立ち合いはあのお二人が務めるのでしょう。前回とは異なり聖女は呑気に飲み物を味わっておりますが。

 それから、エレオノーラの傍には質素な修道服に身を包んだ女性が佇んでおりました。彼女とは初対面でしたか。神官……にしては先ほどの二名とどうも雰囲気が異なります。無表情の中の双眸は私の全てを見透かすかのように鋭いものでした。


「妹でしたら自室で皆様をお待ちしています」

「いえ、わたくしはキアラ様に用があって無理を押し通してきたのです」


 ……は? 私に用があって?


 嫌な予感がする前にエレオノーラは鞄から聖女適性検査の用紙と聖水の入った小瓶を取り出しました。そして私に提示してきます。エレオノーラは聖母のような笑みをこぼして促しましたので、私はそれらを受け取らざるを得ませんでした。


「実は、もう一度だけ検査を受けてほしくてわたくし自ら足を運んでまいりました」


 ……どうやら彼女は疑っているようですね。私が結果を偽って聖女となる宿命より逃げたのだと。神の意志より顔を背けたと。

 私は取り繕うように笑顔を張りつかせました。


「聖女の適性は生まれ持ったものであり後天的には授けられない。そう思っておりましたが?」

「はい。その認識で間違ってはいません」

「ではどうして改めて検査のやり直しをなさるんですか? 何度繰り返しても結果は覆らないかと」

「実は神託が舞い降りまして。キアラ様が貴族のご令嬢として終わる定めではない、と。わたくしは神の声に従ったまでです」


 その神託自体は去年にも聞きましたが、エレオノーラがまさかそれを重く受け止めていただなんて。前回の検査は彼女自身が執り行いましたのに。


 しかし……どうやら神はどうしても今一度私に聖女を務めて欲しいようですね。その為なら私に天啓を与えるばかりか他の聖女にも囁きかけるだなんて。人類の救済などと大義名分はございますが、私には悪魔の囁きと同じようにしか思えません。


 エレオノーラは私に一旦預けた検査用紙に聖水を染み込ませました。そして改めて腰帯より小剣を抜いて私に指の腹を出すよう優しく語りかけます。とても慈愛に満ちていて心安らぐ口調でした。奇蹟に頼らない見事な技能と申すべきでしょう。

 聖女を拒絶すれば教国連合内で行き場を失いますので、私は従う他ございません。指を軽く切った私は去年と同じ手口で傷口からにじみ出る鮮血を浄化、そのまま指を検査用紙に押し付けようと……、


「ではこれでご満足頂け――」

「――そのままでお待ちを」


 ――する手前で奥の修道女が発した抑揚の無い声で制止されました。私は反射的に動きを止めてしまいます。その間にその女性は大股でこちらへと近寄ります。そして私の指より滲み出てきた血を指で掬い取りました。

 そして、あろう事か私の血を舐め取ったのです。途端にその女性は眉をひそめました。


「薄いですね。水を味わっているみたいです」

「何て事なの……。こんな形で欺かれていただなんて」


 女性の淡々とした報告を聞いたエレオノーラは顔に手をついて天を仰ぎました。あいにく屋内なので少し趣向を凝らした天井が見えるだけですが。あと「神よ」と呟くのは余計だと思うのです。それと仰ぎたいのはむしろ私の方ですよ。


「聖女になりすまそうとする輩は少なからず見てきましたが、聖女から逃れようとする者には初めて会いましたよ」


 エレオノーラは穏和な表情を崩すまいと振舞いますが、滲み出る憤怒が隠しきれておりません。謀りが神への冒涜とでも受け取ったのでしょう。しかしこれで追い込んだと思ったら大きな間違いですよ。


「何を仰っているのか分かりかねますね。血が薄いだけでそのような嫌疑を受ける謂れはありません。まさか指に細工しているとでも?」


 私は落ち着き払いつつしらを切りました。まだ血が流れ出る指をわざとらしく見せびらかせつつ。エレオノーラは私が差し出した手を掴みました。そして捻じって手の平を下へと向けさせます。あまりに強く握り締めるので苦悶の表情が浮かんでしまいました。


「身体中を巡り生命の糧となる血も流れ落ちれば不純、とも解釈できます。程よく浄化なさったのでしょう? まさか神より与えられし奇蹟でエレオノーラ様を出し抜こうとするとは思いませんでしたが」

「キアラ様。わたくしはフォルトゥナ様よりお話を伺って耳を疑いましたよ」


 フォルトゥナと呼ばれた女性は黒いベールとウィンプルを脱ぎました。そして着ていた修道服も脱ぎますと中から清楚に質素に、しかし救済の象徴となるよう祭服にも似た風に華やかに彩らた服が露わになりました。そう、聖女たるエレオノーラと同じような。


「お初にお目にかかります。聖女の末席に名を連ねていますフォルトゥナと申します」


 まさか他の聖女に助けを求めるとは……。些か甘く見ていましたか。

 エレオノーラは私が手にしたままの試験用紙に早く指を押し付けるように迫ります。フォルトゥナが神より授かった奇蹟がどのようなものかは存じませんが、今度同じように血を浄化しても見抜かれてしまうと考えて良さそうですね。


「さあキアラ様。観念なさって嘘偽りの無い結果をわたくしにお見せなさい」

「嘘偽り無く、ですか」


 ですが、甘い。その程度は想定済みです。

 私は手早く検査を済ませて結果の現れた用紙をエレオノーラに見せびらかせました。エレオノーラは声を挙げて私から紙を取り上げました。そしてわなわなと両手を震わせます。強く握り締めたせいで紙はくしゃくしゃに折れ曲がりました。


「嘘……在り得ない!」

「認めたくなくともこれが正しい結果に違いありません」


 結果は前回とほとんど同じでした。付着した血がわずかに滲んで指紋がぼやけた程度に終わったのです。

 エレオノーラは私の指から血を拭うと自分の口に含めました。希望が叶わなかったのか彼女は愕然とします。

 フォルトゥナも同じように一言詫びてから私の指を舐め取りました。彼女の方は冷静沈着なもので、軽く息を吐きました。


「……エレオノーラ様。残念ですが今度は血の味がします」

「そんな筈はありません! わたくしは確かに神より天啓を授けられて……!」

「神はキアラ様が聖女であるとは断言なさらなかったんですよね? 単に貴族令嬢に留まらない成功を収めるとのお告げだったのかもしれません。些か早計だったのでは?」

「違います! どうやったのかは分かりませんが、きっとまた何らかの形で嘘を……!」


 認められないエレオノーラと受け入れたフォルトゥナは対照的でした。とは言えどちらも間違ってはいないと思います。フォルトゥナは検査結果から素直に判断し、エレオノーラは神託を絶対視しているだけなのですから。


 ……嗚呼、ですが確かに今回も欺きましたね。


 手口は簡単。私がずっと手にしていた検査用紙の方を浄化したのです。聖女の血に反応する特別な聖水も打ち消されてしまい反応が鈍っただけに過ぎません。きっと今お二人のどちらかが鮮血を垂らしてもそう広がりはしないでしょう。


「エレオノーラ様!」


 更には思いもよらぬ重大な事態が起こってしまえばもう私に嫌疑は向きません。

 二人の神官が血相を変えて入室してきました。よほど慌てていたのか息もきらしています。


「どうかしましたか?」

「その、先程検査しましたセラフィナ様が陽性の反応を……!」

「新たな聖女候補だったのです!」


 すなわち、妹の聖女適性発覚によって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ