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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~archenemy編~

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1、束縛の言葉

 視界が、白く濁っていた。

 五体の感覚さえどこか遠ざかっているようで、歩いているのか、引きずられているのかさえ定まらない。

 耳に障るのは鎖の音だろうか。両手が重く、思ったように動かせない。

「………………」

 誰かが、話しかけてくる。見上げると、目の前はいっそう白くて、ぼんやりと人影が見えるばかりだ。

 そう思った途端、首の周りから何かが取り外され、

「どうだ? 俺の声が聞こえるようになったか?」

 シェートの周りで、世界が急に意味を取り戻した。

「え? あ……?」

 石で作られた巨大な部屋だ。両脇には無数の石柱が立ち並び、床も灰色の石畳。自分がひざまずかされているのが、金の縁取りが施された赤い敷布であることに気が付く。

 その織物の先、二段ばかり高くなった位置に、巨大な椅子がすえられていた。

「見苦しく暴れられても面倒だからな、意識を封じさせていた。どうした、俺に、何か言うべきことは無いのか?」

 玉座。

 食客として留まっていたベルガンダの砦にも、似たような物はあったが、それがちっぽけに見えるほどの、巨大な代物だ。

 天井の中央が丸く切り取られ、差し込む光に玉座の宝飾が照り映える。

 その輝きの中心に、不釣合いなほど小さな人物が座っていた。

「お……お前……」

 青みがかった髪、とがった顎と無毛の白い肌、豪華な衣装に身を包んでいるが、薄い胸と痩せた肩は、頼りなさすら感じる。

 異様な瞳孔の形さえ気にしなければ、人間と勘違いしただろう。

 しかし、耳に届いたその声には、聞き覚えがあった。

「お前は……っ!」

 歯をむき出しにして、敵をにらみつける。

 間違いない、この青年こそが。

「良く来たな、シェート。我が愛しの魔物、"最も弱き反逆者"よ」

「魔王!」

 立ち上がろうとした途端、手足の枷が、強烈な重さを伴って、体を縛り付けた。

「うがっ!」

「そう焦るな。せっかくの対面だ。言葉も交わさずに死ぬのは、お前とて本意ではないだろう?」

 頬杖を突き、くつろいだ風情で笑いを漏らす青年。その視線にあるのは、ひたすらな喜びと、好奇の輝き。

「ここ、どこだ!? フィーとグート、どこやった!」

「ああ……いいな」

 ふらりと立ち上がると、魔王はゆったりとした足取りで、こちらに歩み寄ってくる。

「答えろ! あいつら、どこに……っ!?」

 不意に互いの距離がつまり、細い指が、シェートの顎をつかんだ。

「や……やめ、ろ……」

「お前の声は……実に心地いい」

 意外に力強い手が、シェートの顔をそらして行く。魔王は、こちらの顔を、毛並みを、仔細らしく眺め、満足して頷いた。

「こんな生きのいい悪逆の相は、ついぞお目にかかったことがない。これに比べれば、かの血吸いコウモリの叛意など、屠殺に掛けられた豚の悲鳴だ。そう思わないか?」

 虚空に投げられた問いかけに、玉座の傍らにいた、もう一つの影が進み出る。

 遠目では分かりにくいが、人間型の雌に見えた。

「あまり侮られませぬよう。それはすでにコボルトではありません。一匹の、狂猛なバケモノです」

 冷たい女の声に、シェートの意思が薄く削がれた。

 バケモノ、その響きに混じった、強烈な嫌悪に。

「侮ってなどいるものか。こうしている間にも感じているぞ? こいつの、俺に対するひりつく様な敵意と殺意をな」

 シェートは視線を落とし、左手首に腕輪がはまっているのを確認する。山刀は取られているが、最大の武装が残されていた。

 両腕の枷を差し引いても、この距離でならば。

「それで、俺を殺すか?」

 戒めの言葉に、シェートの体が戸惑いと怯えに縮む。

 明らかな殺意を見せたにも関わらず、魔王の笑みは絶えなかった。

「いいだろう。神器を抜き放ち、俺を殺すがいい。だが、その後はどうする?」

「あ……あと?」

「この城には十万の部下が詰めている。それを向こうに回し、右も左もわからない城から逃げおおせられると思うのか?」

「……っ」

 こちらのうろたえぶりに、青年はいよいよ嬉しげにほころんだ。

「仲間の所在も分からないまま、ここがどこなのかも知らぬままに? いやいや、お前はそんなに愚かではないはずだ。そうだな? シェートよ」

 馴れ馴れしく、喉の奥で転がすに、魔王は自分の名前を味わっている。

 おぞましい、魂が啜られるような、強烈な嫌悪がシェートの背筋に走った。

「どうした、震えているぞ?」

 繊細な指が、シェートの顎をゆっくりと撫でる。万の蟻が這い回るような、いとわしい刺激に神経が逆立った。

「や、やめ、ろぉっ!」

「ふふふ……」

 顎から手を離すと、青年は玉座へと戻っていく。

 わずかな接触の間に、シェートの全身は嫌悪と不安、そして恐怖で満たされていた。

 これまでの敵から受けたものは違う、吐き気を催させる感情の放射が、魔法のように喉元を締め付けていく。

 魔法、その言葉を思い出したとき、シェートの意識は破術へと伸びた。

「無駄だ」

 魔王の指摘と同時に、その異常は目に見える形で現れていた。

 確かに全身は破術の赤で輝いた。しかし、腕と足を縛る枷は、かすかな閃光を漏らしながら、拘束の呪縛を堅持している。 

「お前の破術は魔法に対して有効だが、呪具の効果を拒絶するほどには強くない。その枷を解きたいなら、鍵を使うか、呪力の核となる宝石を壊すことだ」

 枷は、二枚の板で手首を挟む形状をしている。鍵穴も核の宝石も、手がある反対の面につけられていて、一人では壊しようが無かった。

「さて」

 こちらの足掻きをあざ笑うように、玉座の魔王は透き通った酒盃を手に取った。

「自由を奪われ、仲間を奪われ、力を奪われた。その状態でお前はどうする?」

 とっさに言い返しそうになる気持ちを、必死に抑える。

 答えなど決まっている、枷をはずし、仲間を助け、そして――。

「ふ……っ」

 輝く玉座から、吐息が漏れる。

「は……はは、ふはっはははははははははははははは」

 そして、青年は弾けた。

 手にした杯から酒がこぼれ、肘掛が濡れるのも構わずに。

 心からうれしそうに、魔王が爆笑する。

「見たか!? 見たか! ええ、"参謀"よ! さっきのこいつの顔を!」

 参謀と呼ばれた雌型の魔物は、主とは対照的に冷ややかな視線でこちらを睨む。

「怒り、反発、絶望に対する抵抗。さらに、己の意思を悟られまいと、必死に視線をそらし、息を詰めたあの顔! その犬面で、よくも見事な百面相をやってみせるものだ!」

「それはともかく、この者をどうされるおつもりですか」

「……そうだな」

 それまでの喜色が嘘のように、青年の顔が無表情に凍りつく。

 奇怪な瞳孔が、シェートの顔に向けられた。それまでの人間然とした空気など微塵も感じさせない、冷えた鉄の刃を思わせる意思が放たれていた。

「この俺の物になれ、勇者よ」

 玉座の魔王は、片手を突き出して告げた。

 盛られた果物を請うように、道端で拾った石をねだるように、己の欲求が払いのけられることなど、微塵も疑っていない言葉で。

「い……いやだ!」

「いやだ、か」

 口元だけを緩めて、魔王はこちらを眺めた。

「いい返事だ。期待したものとは、少々違ったがな」

 いったい、こいつは何なのだろう。

 枷の重みを感じながら、シェートは青年を観察する。

 身にまとった雰囲気は奇妙で、恐怖よりも嫌悪が先に立つ。こちらの発言を面白がり、歯牙にもかけていない様子は、自分の力に絶対の自信があるからだろうか。

 何もかもが、これまでの敵と違いすぎる。

「だがこちらも、はいそうですかと諦めるわけには行かなくてな。何しろ、俺は魔王だ」

 言うなり、魔王は差し伸べていた手の指を、軽くはじく。

「う!?」

 シェートの足元が、突然消えた。

「うわああああっ!」

「騒ぐな。お前が今、どこにいるのかを見せてやろうというんだ」

 床の敷石が、きれいさっぱりなくなっている。いや、感触はあるが、何も無いように見せかけられていた。

 信じられないぐらい、大量の水が足元に広がっている。白くあわ立って見えるのは、おそらく波頭だろう。川面や湖面にできるものより、はるかに大きく長い。

 時折、白く輝く雲の一部が写り、風にちぎれ消えて行く。土の地面らしいものは一切見えず、鳥たちの姿が時折見えた。

 目の前で展開する光景と、その移り変わりから導き出される答え。

「俺、たち、海の上……飛んでるか?」

「その通り。今はモラニアとエファレアの間に横たわる海峡の上だ」

 こちらの驚愕に満足したのか、魔王は床を元に戻し、酒盃に口をつけた。

「これで分かったと思うが、俺の城から出ることは不可能だ。逃げ出したところで、どうやって地上まで降りる?」

「……っ」

「付け加えるなら、俺の城に神威を送ることはできない。魔王の行動と居城には一切不干渉を貫く。それが神々の遊戯における、魔族側唯一の利点だからな」

 リンドル村での一件のあと、そのことは知らされていた。天からの助けが無い今、頼れるものはなにもない。

 それでも、自分の置かれた状況は理解できた。

 自由は束縛されているが、魔王は今すぐ自分をどうこうするわけではないらしい。

 いずれ、隙を見てこの枷を――。

「ああ、そんなものをつけていては、何かと不便だろう」

 音を立てて、枷が外れた。

 装飾品のようにも見えた板切れが、がしゃりと地面に転がる。

「な……?」

「どうした、そんな珍妙な顔をして」

 ついで足の縛めが解かれ、シェートは拘束具から飛び退り、身構えた。

「い、いったい」

「一体何のまねだ、か?」

 魔王の目は、ほとんど優しいとさえ言える笑みで緩んでいた。くつろぎ、珍しい余興を楽しむ、そんな風情で。

「俺はお前が欲しい。だが、お前は嫌だと言う。だからこそ、まずは客分として扱おう。そういうことだ」

「俺、このまま逃げる、言ったら」

 そう口にしながら、シェートは全身の毛が恥ずかしさで逆立つ感覚を味わった。

 自分の体に異常は無い。左手には神器が残っている。枷も外れて身体の自由を得た。

 その全てを理解しながら、魔王は無言で嗤っていた。

 俺の言葉を忘れたのか、と。

「念のために言うが、お前に枷をかけたのは、いちいちつまらない騒ぎで、時間をつぶしたくなかったからだ」

 こちらを労わるように、ささやきにも似た声で、魔王は語る。

「お前は賢い。蛮勇が無駄だと分かれば、すぐにおとなしくなると思っていた。そして、己の立場を知った以上、お前は俺の言葉を聞くしかない」

 ささやくように、噛んで含めるように、優しく教え諭す声。

「俺の側にいれば、この城の構造もすぐに理解できるだろう。お前の荷物はこの城のどこかに保管させてある。仲間……と言って良いのかは分からんが、狼も仔竜も、同様だ」

 その一切が、気持ち悪かった。

 ベルガンダが示したあけすけな好意とは違う。おぞましい企みが、腐臭のように漂う感覚が、絶えず神経を逆撫でていた。

「やれやれ、その様子では、慣らすのにも一苦労だな」

 魔王は傍らに侍った参謀に顔を向けた。

「シェートに湯浴みをさせてやれ。血と獣の臭いは、嗅ぎ続けるには少々きつい香だ」

「かしこまりました」

 硬い靴音を鳴らしながら、女がシェートの目の前に立つ。背は高く、肌は黒い。銀色の髪と黄金の異眼を持つ"参謀"は、何もいわずに歩き出した。

「まずは身を清め、衣服を整えて来い。俺の城は、不潔者には不寛容だ。一番下っ端のオークでさえ、銀器を使って行儀良く食事を取らせているのだからな」

 嘘か真か分からない言葉を聞きながら、シェートは女の後に付き従った。

 再び笑い始めた、魔王の声を背に浴びながら。


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