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冷たい体温計
『冷たい体温計』
黄色いプラスチックの引き出しを開けると、そこには体温計が入っている。デジタル表示のものではなくて、昔ながらの、ガラス製の体温計だ。手に取って、握ってみると、それはいつも冷たい。握り続けていれば、そのうち温かくもなるだろうが、そんなことをする理由がない。私はもう五年も風邪をひいていなかった。
この体温計を温めたい。この体温計を腋に挟むひとが欲しい。この体温計を口に咥えて甘えるひとが欲しい。この体温計を机の角で割って、突きつけて、熱い涙を流させてくれるひとが、欲しい。目盛りを動かして、私の心も動かして、そしてすべてが終わった後に、壊れた体温計を眺めて想い出すひとが、欲しい。
なぜ、そんなものが欲しいのか。
冷たい体温計が無駄にここにあるからだ。
いつも無益に部屋の気温よりも少し冷たい
この体温計を、意味あるものにしたいのだ。
そんなことのために私は、




