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おじいちゃんの胸騒ぎ
『おじいちゃんの胸騒ぎ』
恋したおじいちゃんは坂道を登って走るのだった
きっと来るきっとワシにも来ると思ってた青春が、80越えて来ちゃったもんで、体力が気持ちになかなかついて来んのじゃ
アイドルグループ『毘沙門天』のベンテンちゃんはワシに恋されるために産まれて来たようなお人ぢゃ、クリームみたいに甘い
そのかんばせに、ワシは産まれて初めてビビビンと来たのじゃ
それゆえに走る、走る、どこまでも走るぞいっ、たとえこの弱々しくなった心臓がオーバーホールされたように無謀に速く動き出してもな
おっととっとと! 胸騒ぎ
これは恋のから騒ぎ?
さんま
サンマの匂いぢゃ!
初夏というのに
むっせす空気を吹き飛ばすような
カラリとしたサンマを焼く匂いに
じいさんは、柵を飛び越えた
見知らぬ人のお宅の庭に侵入し
お縄となるその前に
ひとときでいい
ひとときでよかった
お魚くわえてサザエさんに追いかけられたかった
財布を忘れてきていた
愉快だ
世界は
なんて愉快なんだ
じいさんは、世界に恋していた
生きていた




