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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第一章 いざ、戦国
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今川治部の倒し方知ってるッス

 おにゃの子がやって来るということで、おれはボロ家を一生懸命になって掃除していた。

 しかし、一つ問題が。

 おれの家はうなぎの寝床みてえな狭い台所と囲炉裏のある部屋しかねえ。つまり、寝る場所は一つ。おにゃの子と肩寄せ合って寝るしかねえってことだ。

 こ、これは、まずいなあ。

 でも、仕方ないか。だって、一つしかねえんだもん。こればっかりは仕方ない。

 それにしても、戦国時代二日目からおれにおにゃの子が用意されるとは……。

 神様に約束されっぱなし!

 ハニートラップかなあ。ハニートラップかなあ。

 ハニートラップでもいいかもネ!

 ハー、しかし、そわそわするわあ。胸がドキワクするわあ。一体、どんな夜を過ごしちゃうんだろう。あれやこれや、いやあ、そりゃいかんだろお。初めての日でそりゃいかんだろお。フヒヒ。

 ああ、どんなおにゃの子なのかなあ。

「おい」

 ビクッ。

 縄しばりの戸が若干外れていて、その隙間から覗きこんでくる冷たい目が。

「おやかた様がお呼びだ」

 む。クローザか。なんなんだよ! 今からおにゃの子が来るっていうのになんなんだよっ!

 おれは真っ黒になった雑巾をぽい捨てすると、渋々、玄関の土間に下りて、板戸を外した。西日を背中にして仏頂面のクローザが現れる。

「わかりましたよ。お城に行けばいいんスよね。ハイハイ」

「城ではない。生駒の屋敷に参れ」

「イコマの屋敷?」

「生駒はここから四里ほど――」

 この道をこう行ってこう行ってこう行くと到着すると言い残し、クローザはさっさと背中を向けてしまった。

 なんなんだよ……。今からおにゃの子が来るってのに……。しかし、今朝方、信長にボコられた体のあちこちが急にうずき出し、渋々、クローザのあとを追うことに。

 って、道に出るとクローザは馬に跨ってしまい、馬のケツに鞭を一発、日暮れ前の薄まった空の方向にさっさと消えていってしまった。

 クッソ!



 四里ほどってなんなんだよ。収穫後の田んぼの真ん中を言われた通りに歩いてきたらめちゃくちゃ遠かったじゃねえかよ。集落に来たときには日もすっかり暮れて真っ暗じゃねえか。

 ただ、清洲から続く街道筋に十五軒ほどが軒を連ねる集落は、日暮れ後もなんだか賑やか。と言っても軒先の火明かりに照らされているのはむさ苦しい男ばかり。大八車みたいなので荷物を運んでいるふんどし姿の奴や、背中に米俵を乗っける馬の手綱を引く奴や、やんややんやと声を挙げている羽織り一枚のちょんまげ野郎とか、どうやらここは宿場みたいなもんらしい。

 んで、通りを行くとクローザが突っ立っていた。

「遅いぞ、呉牛。さっさと付いて参れ」

 ぐぬぬ。こちとら四里ほども歩いてきて足の裏が血みどろ寸前だってのになんて傲慢な野郎だ。テメーは馬だからへっちゃらだったかもしんねけどな!

 んで、クローザに連れて行かれて、とある屋敷の門をくぐり、その庭先へと回された。

 庭先から望む縁側は、燭台の火がほんのりと明るく染めている。

「ここに待っておれ」

 おれはクローザに髪を引っ掴まれる前に即座に土下座。クローザはさっさと庭先から消えていく。

 ハアー、足が痛え。クローザが消えたので、おれは膝を組み替えてあぐらをかく。足の裏に唾を飛ばして掌で唾を伸ばす。擦り傷だらけ。クソッ。

 唾一回飛ばしたぐらいでは、おれの二十八センチの大足のすみずみにまで伸びなくて、ペッペッ、ペッペッ、と、何度も唾を飛ばしては、掌で撫で回した。

 すると、ペッペッとやっていると、

「はれ?」

 と、庭先の出入口から女の声がした。おれはあわてて土下座。あわてて顔を伏せる。

「どちらさまかしやん」

「あっ、えーっ、お、おやかた様に呼び出されたみたいでしてっ、クローザさんにここにいろって言われてここにいるんスっ」

「はれまあ。それは往生こいたことですね」

 誰だろう。この屋敷で働いている人だろうか。酒焼けみたいなガラガラ声なんだけど、口調が伸びやかに甘ったるくて、なんか妙に懐っこさのある人だ。

 ちらっと横目にしてみると、その人は頭の上にでっかい壺を乗せていた。えらい長身だった。と言っても、百七十センチ前後かな。暗くてよく判別できないけど、肩から膝まで羽織り一枚、前掛けを腰に巻いていて、脇の下はたすきで括り上げている。

 で、その人は頭に乗せた壺を、羽織りの袖から覗かせた細長い両手で押さえながら、おれの後ろを通り過ぎていき、壺を下ろすと、ガラッ、と、物置小屋の戸を開け、その中に壺を入れた。

「おーもーいだーすーわーわーすーるーるーかー」

 と、女の人は、昨日マタザも唄っていた鼻歌を唄いながら、物置小屋の中をガサガサと漁っている。ガラガラ声の音痴である。

 なんか、変な女だな、と思いながら、おれは物置小屋を眺める。すると、女が小屋の中から出てきたので、おれはあわてて顔を伏せる。

 女が草履をぺたぺたと鳴らしておれに歩み寄ってくる。童貞のおれが硬直土下座のままでいると、女はおれの隣に両膝を曲げてかがんでき、

「はい。これはあげますね」

 と、おれの目の前に大きめの草履を一足、差し出してきた。

「え? えっ?」

 おれが女を見ると、ああー、何この人……、おれより二つか三つ年上だろうか、めっちゃ美人やん……。目鼻立ちが日本人離れしているところが余計に。垂れ目で睫毛が長くて、鼻が高くて唇が厚ぼったくて、左目の下にあるほくろがセクシーで、髪は耳たぶぐらいまでのボブカットのくせっ毛で、手ぬぐいをヘアバンド代わりにしていて、そんでもって、にっこり笑っている。

「さっきペッペッしていたから。落としてしもたんでしょう? 帰りはこれを履いていきなさいね」

「えっ、でもっ」

「ええんですよ」

 女の人はニコニコ笑ったままぐいっと草履を押し付けてきた。おれは草履を受け取りながらドキドキした。圧倒された。しびれた。この胸をぐいっと鷲掴みにされながらも、その両手でそっと抱かれている感覚を、この人の無垢で奥深い大きな瞳が与えてくる。

「おい。何をしている」

 突如、縁側からの信長の声に、ぎょっ、と、おれは飛び跳ねた。貰った草履を両手で抱えながらあわてふためいておでこを地面にこすりつけた。

 今朝方のマタザの件で再びボコられるに違いねえ。チクショウ。

「はれ。やかた様。この仁、足にペッペッとしておったから、吉乃きつのが草履をくれたんですよ」

「フン。おい、こっちに来い」

「なんですか。吉乃は忙しいんですよ」

「いいから来い」

 吉乃と呼ばれた人は腰に両の手を置いて、子供みたいに頬を膨らませた。なんだ、この人。おれが合った連中は全員が全員、信長にペコペコしているってのに、この人だけは信長に対してお姉さん的オーラを放っている。

 もしや、信長のお姉ちゃん……? いやでも、信長の姉ちゃんがこんな田舎で家事手伝いしているはずがねえし。

「そこにいる牛は昨日玉野川の川べりで拾った気狂いだ。こいつは妙な話をしやがる」

「へえ。でも、気が狂っているようには見えませんよ」

「おい、牛、貴様はどこからやって来た」

「へっ?」

 むむう。信長はおホモだちの拾阿弥が斬り殺されて機嫌が悪いに違いねえ。けども、燭台の火に照らされた横顔はニヤニヤと笑っている。

「あ、あっしは、未来からやって来ました」

「はれまあ」

 と、吉乃サンが素っ頓狂なガラガラ声を上げ、と同時に信長がキャッキャと笑い声を上げた。

「どうだ、吉乃。気狂いだろう」

「でも、本当かもしれませんよ」

「なわけあるかい! 吉乃も狂ったか!」

 キャッキャッキャと再び笑う信長。うるっせえ笑い声だな。近所迷惑だろうが、アホ。だいたい、ここはテメーのなんだってんだ。ここの家の人にだって迷惑だろうが。

「して、牛、貴様がやって来た未来では、何者がもっとも高名だ」

「あっ、えっと、織田上総介様ッス。天下統一するッス」

「まあ」

 キャッキャと信長は上機嫌。

「本当に申されているんですか、牛さん」

「あっ、はいっ」

「まあ、珍奇な仁」

「そうよそうよ、こやつは珍奇な者よ。俺がこの世を統べるとは笑わせる」

「あ、でも――」

 と、おれはふと思い立った。信長が上機嫌なのをいいことに軍師への階段を上がろうかと企んだ。

「確かにあっしの話は笑っちゃうかもしんないッスけど、でも、あっしは今川治部の倒し方知ってるッス」

「なに?」

 途端に笑いを止めた信長。眉根をひそめ、眼光鋭くおれを睨みつけてくる。

 おれの隣に突っ立っている吉乃サンはとぼけた顔で首をかしげた。

「今川治部が尾張に攻めてきたとき、おやかた様は桶狭間に奇襲をかけて今川治部の首を討ち取ってくださいッス。そしたら、おやかた様のこれからは敵無しッス」

 得意げに語ったおれだったが、信長の反応は無言。

 撫でるような秋の夜風がそよそよと吹いてきて、燭台の火がゆらゆらと揺れる。

「珍奇な」

 信長は静かに呟いた。そうしてゆっくりと腰を上げ、

「そうだ、この織田に新たに珍奇衆なるものを作ろうぞ。貴様、その筆頭にでもなれ。役目は俺や吉乃にその法螺話を聞かせることだ」

 キャッキャッキャと笑いながら、縁側から消えていった信長。

「はれまあ、ご機嫌なこと。牛さんは、やかた様とよっぽど馬が合うんかね」

「そ、そうッスか」

「ほんでも、やかた様が今川様を討ち取るなんて驚いた」

 で、吉乃サンも庭先から出ていこうとするので、おれは呼び止めて、訊いてみた。

「あ、あの、吉乃サンって、おやかた様のお姉さんッスか? あっいやっ、妹さんッスか?」

 そうしたら、大きな瞳をさらに大きくしてびっくりしたあと、くすくすと笑った吉乃サン。

「吉乃がやかた様の姉ちゃんなんて、ほんなまさか。吉乃はやかた様のただの妾ですよ」

 メカケ……。

 ガラガラ声の鼻歌を唄いながら吉乃サンは庭先から消えていき、おれは一人、風に吹かれる。

 信長って、両刀なのか……。

 チクショウ……。あんな美人さんを囲っているだなんて、クソ羨ましいじゃねえかよ、チクショウ。

 だから機嫌が良かったんだな、くそう。

 くそうくそうくそう。

 なんだか、失恋した気分だぜ、くそう。



 吉乃サンから貰った草履で夜道を辿り、これまでさんざんだった足の裏は、吉乃サンの優しさに保護されているが、一歩一歩足を踏むたびに湧いてくる、この悲しさ。

 フン、まあ、いいや、おれにはあずにゃんがいるし。吉乃サンに比べりゃ一枚か二枚は落ちるが、それでもあずにゃんはべっぴんさんだし、優しいし、女神様だし。

 それに、おにゃの子が一つ屋根の下でおれに奉公するしな!

 おっ。我がボロ家の前に辿り着いたら、誰もいないはずの家の中から明かりが漏れてきている。

 フヒヒ。どんなおにゃの子かな。どんなおにゃの子かな。吉乃サンみたいなお姉様かな。それともあずにゃんみたいなツンデレかな。まつにゃんみたいなロリ娘だったらどうしよ。いかんいかん、イタズラしちゃいかんぞ!

 で、心沸き躍りながら我が家の戸を外すと、

 シラーッ、と、そこに棒立ちした。

 六十をとおに越したような皮と骨だけのようなババアが囲炉裏で鍋を吹かしている。

「あ、あのー、おたく、だ、誰ッスか」

「あい?」

 と、目を細めながらおれを見つめてき、カラスの鳴き声みたいな声を出したババア。

「あのー、ここはあっしの家なんスけど、おたく、誰ッスか」

「ああー、あのー、あんた様は、牛様、ですかえ? あのー、わっちはー、又助さんの紹介でー、お世話になります、ヌエってもんですわー」

 おれはがくっと肩を落とした。


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