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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第三、二章 人生意気に感ず、功名誰か復論ぜん
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人生意気に感ず(2)

 ハットリ君の家に立ち寄って、ハットリ君は不在だったがお目当てのヌエバアの糠漬けをゲットし、ついでに朝飯も馳走になって、インチキ太田の屋敷に着いたのは残暑厳しい昼前であった。

 太田の自慢の嫁が作った昼飯に預かる。思惑通り、ヌエバアの糠漬けをバリボリと食べながら太田はペラペラと喋ってくれた。

「杉原助左衛門の嫁っていうのは寂しがり屋なんですよー。ええ。あの嫁がまだ娘のころ、姉御が弓衆の浅野又右衛門に嫁ぐとき、まあ、えらい癇癪を起こしたそうでねー。姉がいなくなるのは嫌だって騒いでー。それでまあ、母親になっても変わらずってことなんですわー」

 そういうくだらねえ知識の豊富さにはさすがのおれも舌を巻いた。まったくと言っていいほどどうでもいい話だ。まあ、今のおれにはサルをボコる上ではちょっとは役に立つかもしれないが。

「ま、尾張清洲の鬼女と言ったら、杉原の嫁か、柴田様のところの梓かってところですかねー」

 沢庵をバリバリと食いつつ、太田は口許を緩めて詮索の目つきだった。

「そ、そういえば、太田さんの弓の腕前ってのは見事ですね。あんときは助かりましたよ、桶狭間で」

「牛殿。なんでも門前町で鬼梓に罵倒されたようでー」

 やっぱり来たのは間違いだった。こいつの優先順位ってのは自分の武功よりも記者活動らしい。隣の太郎さえおれを心配そうにして見上げてくる有様である。

「な、なんのことですかね。さて、そろそろ帰るかな」

「そういえば、おやかた様が申していたらしいですなー。サルと牛はいつ嫁を取るんだなんて」

「えっ? マジッスか?」

「誰か、あてがってくれるんですかねー。なにせサルは足軽大将、牛殿は沓掛城主ですからねー。部将がいつまでも一人やもめだとねー」

「いや、ちょっとその話、詳しく聞かせてくださいよ」

「ところで、鬼梓にはなんと罵倒されたんですか?」

 おれは太郎を連れて清洲に帰った。



 翌日の晩、生駒屋敷にやって来た。夜道はやばいので太郎は清洲宅に置いてきている。

 で、クローザがいた。ということは信長も来ているのだった。吉乃さんだけにおもしろ話を聞かせると思っていたおれは舌打ちした。そうしたらクローザに聞こえしまって、今、自分の顔を見て舌打ちしただろと突っかかってきた。

「いやっ、してないッスよっ」

「城主になれたからと調子に乗りおって。まあ、調子に乗って柴田殿の妹御にさんざんにされたようだがな」

 クローザは目玉を剥きながら嘲笑してきていた。この野郎ォ……。出世したおれに嫉妬して冷徹キャラから意地悪キャラに鞍替えか? 論功行賞のときはおれの勲功第一にちょっと喜んでいたふうだったくせに。

 とにもかくにもクローザの案内で生駒屋敷の中に上がった。おっ、と、思ったのは、前は庭先に這いつくばわされていたのに、今回は屋敷の中である。さすが信長だ、歴史に名を残す男はやはり違う。どっかの芸能記者や意地悪お世話係りみたいなゴミとは違う。

 ところが、えっ、と、思ったのは、通された広間には、人がぎょうさんいたためだ。

 いやいやいやいや、吉乃さんと信長だけじゃないのか。いや、二人ともそこにいるけどさ。その周りに十人ばかし、オッサンオバサンジイサンバアサンクソガキからおにゃの子まで、なんだよ、この田舎の大家族集団みてえなのは。

「おう、牛っ、来いっ」

 と、集団の輪の中に一緒になっている信長は真っ赤な顔でおれを愉快げに手招いてきて、隣の吉乃さんを退かしてスペースを作ると、そこにおれを座らせた。

「おらっ、飲めっ」

 そう言って、突然、酒臭い息を吐きかけながらおれの襟首を掴み、お椀を口に運んできて、

「えっ、な、なんスか、これっ」

「酒だ! 飲めっ! こぼすんじゃねえぞ、オラァッ! こぼしたら叩ッ斬ってやる!」

 無理やり口に押し付けてきて、叩き斬ると脅されたおれは頑張って飲み干した。すると、輪を作っていた正体不明の者たちが手を叩いて喜び、信長もキャッキャと騒いだ。

「いや、ちょっと、おやかた様、なんスか、これ」

「いいから飲めっ!」

 信長はお椀をおれに突き出してくる。でかいとっくりで、白く濁った酒をお椀にドボドボと注いでくる。

 ところが、急に手渡してきたお碗を奪い取って、信長はガブガブと一気に飲み干した。んで、空になったお碗でおれの頭をガチャンッて叩いてきて、頭をおさえてうずくまるおれ、キャッキャッキャと笑い上げる信長。

 ちょ、ちょっと、この親分、だいぶ酔っ払っているようですが……。

 すると、おれの隣の吉乃さんがしゃがれた声を出してくる。

「はれ、やかた様は下戸なんやからおよしなさいって」

「うるせえっ! おい、牛いっ! 貴様ァ、鬼の梓に袖にされたようだなァ。あーっ? 話せいっ。語られい!」

 いや、なんなんだよ……、マジで……。呼び出されたかと思えば酒は飲まされるわ、ぶん殴られ――。

 ボゴッ、と、また、信長は殴ってきた。さすがに輪を作っている連中も信長の酒乱ぶりに苦笑混じり。

「さっさと話せっ、この呉牛がっ!」

「やかた様あ?」

「なんだ、妾」

「ほんなにやんちゃが過ぎると、出ていってもらうがね」

「あん?」

「なんやか。出ていくんか」

 すると、吉乃さんに凄まれた信長は、叱られた子供みたいにして黙って視線を落とした。このバカ。輪に囲まれた食事の中にそろりと腕を伸ばし、手にしてきた焼き味噌をおとなしく齧ってやがる。

「誰なんやか、やかた様に酒を飲ましたの。さっきまで白湯を飲んでいたやろ」

 吉乃さんに説教されて一同はしんと静まり返って視線を伏せる。信長は背中を丸めて焼き味噌をカジカジしているだけ。そうしたら、小さいおにゃの子が「彦右衛門様や」と声を張り上げながら指を差した。指を差された彦右衛門とかいうおれと同い年ぐらいの小太りの野郎は、両手を胸の前にかざし、自分じゃないとあわてた。

「なんなんやか、兄さん」

「おい、牛。お前も食え。うまいぞ、うん」

 信長はやけにしょんぼりした笑顔で焼き味噌を差し出してきた。この野郎……。

 吉乃さんが兄貴らしき彦右衛門を睨んでいると、吉乃さんの親父らしき人が割って入ってきた。

「もういいじゃないか、吉乃。それで、簗田殿はどちら様に袖にされたんでしたっけ」

「え、いやっ」

「梓だよな。権六の妹の」

 と、信長はおれに顔を向けてきたんだが、その無言の瞳だけで「話せや」と、圧力もかけてきた。

「権六って、柴田権六殿?」

 さっきまで怒っていたくせに吉乃さんまで興味津々になっているので、おれは仕方なく、かくかくしかじかこれこれこうだったと話した。途端に信長は息を吹き返してキャッキャッキャと笑い上げた。

「貴様は本物のたわけだなっ! おう、なんなら梓を娶らせてやろうか、ん?」

 信長がおれの肩に腕を回してきて酒臭い息を吐きかけてき、おれはあわてて首を振った。

「かかか勘弁してくださいッス! あ、あっしはあんな女だと思っていなかったんスよおっ。あっし、あんなのを嫁にもらったって立つものも立たないッスよおっ!」

「このうつけ!」

 信長がおれの頭を叩いてきて、一同はげらげらと笑い上げる。

「貴様のその言葉、そっくりそのまま権六に伝えといてやる!」

「勘弁してくださいッスよおっ! 殺されちゃいますよおっ!」

 多分、輪を作っている連中は吉乃さんの家族なんだろう、吉乃さんも一緒になって笑い立て、すると、信長は誰か笛を吹けと言って、腰を上げた。

「牛が女に袖にされた祝いに俺が舞ってやる」

 と、訳のわからないことを言いながら、輪の真ん中に入っていき、お祖母ちゃんみたいなのが笛を吹き始めると、やっぱり酔っ払っているようで、千鳥足で両手をひらひらさせながら百姓がやるような踊りを始めた。

 信長のしょうもねえ踊りに生駒家の人々は両手を打って囃し立て、ついで信長は、お前もやれと言って彦右衛門を引っ張りあげた。小太りデブが踊り出すと、信長はおれの隣に退いてき、

「あー、愉快愉快」

 と、言いながら白湯か酒のどちらかを飲むと、碗を置いておれをじっと見つめ、何がおもしろいんだかキャッキャッキャと笑った。

 おれは早く解放してもらいたくてたまらなかったが、いや、信長は上機嫌であると思い直し、信長に顔を寄せた。

「あの、ちょっと、おやかた様にお話ししたいことがございまして」

「あ? なんだ。銭ならくれねえぞ」

「いや、そうじゃなくって、木下藤吉郎殿のことで」

「あ? なんだ。サルがどうした」

「その、藤吉郎殿がですね、足軽組衆の杉原家の寧々さんと結婚したいようなんですが、そこのおふくろさんが反対しておりまして、そんで、あっしに頼み込んできたんスよ。おやかた様に下知を貰ってくれって」

「なにい?」

「そ、そうなんスよ。これはちょっとおやかた様をバカにしてないッスかね。テメエのくだらねえ色恋沙汰におやかた様を巻き込もうとして、ちょっとバカにしてないッスかね。ナメてますよ、あいつ。ああいう奴にこそデザイア――、梓殿を娶らせたほうがいいんじゃないんスか」

「ほう、そりゃおもしれえじゃねえか」

「そ、そうッスよねっ。藤吉郎殿には鬼梓が打ってつけッスよっ」

「おいっ! 笛やめろっ!」

 信長が言うと、お祖母ちゃんは笛をぴたっと止めて、小デブの彦右衛門も踊りを止めた。信長は酒に据わった目でしんと静まった輪のどこかを見つめたあと、フン、と、笑った。

「おもしれえことに、サルがおれに泣きついてきやがった」

 静まり返った一同は隣同士顔を見合わせ、吉乃さんがどういうことかと訊ねた。

「惚れた女の母親が反対していて、自分じゃどうにもならねえから、おれに下知を寄越せと牛伝えにほざいてきやがった」

 一同はざわめき、あのサルめ、などと言っている奴もいた。

 信長は酒か白湯かのどちらかが入っているお碗を取り、口にゆっくりと運びながら呟く。

「まあ、別にいいがな」

「えっ、いやっ」

「なんだ、牛。貴様、自分が袖にされたからって、サルに嫉妬してやがんのか?」

「いやっ、そ、そんなわけは」

「貴様に梓を嫁がせるぞ、この野郎」

「いや、ちょ、ちょっと、それだけは勘弁してくださいッス」

「まあ、しかし、ふざけた真似には変わりねえから、二つ返事で了承してやるのも癪だ」

 信長はお碗の中身をずずっと啜り、赤らめた瞼の中身を天井付近に持ち上げて、しばし考えていた。

 吉乃さんが言う。

「いいじゃないやか。木下殿もいい年なんやろ。それまで嫁を貰わなかったいうことは、それだけそのおなごに惚れておるってことやろ。いいじゃないやか」

「いや、吉乃さん、違うんスよ。藤吉郎殿はッスね――」

「よし、こうしよう」

 と、急に信長はパチンと膝を打った。

「サルとそのおなごの仲を内蔵助くらのすけの奴めに邪魔させよう。内蔵助はサルを好いておらんようだからな。奴は腕っ節もあるゆえん、サルもなかなか骨が折れるに違いねえ。内蔵助の邪魔を跳ね返せるようだったら、そんときは下知をくれてやる」

 信長は言ったあとにキャッキャッキャと笑い上げ、おれの企ては成功したのかどうなのか、内蔵助とかいう謎の人物が絡んでくることに少しばかり嫌な予感がしてきた。


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