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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第三章 沓掛三千貫の男
35/147

負け犬と意地

 そういえばマタザであった。

 おれは勲功第一簗田牛太郎、偉大なる男を桶狭間の戦いで証明したわけだが、マタザはどうなったのかちっとも気にしていなかった。

 桶狭間で暴れ回っていたところまでは目にしていたが、オジャマロと激闘していた偉大なる男はマタザなんかに構っていられなかった。

 がちゃ、がちゃ、と、沓掛城の本丸に入ってきたマタザは不敵ににやにやしていた。

「何用だ、又左衛門」

 と、マリオが眼光鋭く声を尖らせた。

「何用も何も、あんたにゃ用はねえ。用があんのはそこの牛だ」

「口を慎めっ!」

 と、マリオが一喝。びくっとして肩を震わせた子供の太郎。

 実はおれもビビったが。

「ここにおられるのは清洲の野良牛などではないっ! 桶狭間勲功第一にて沓掛三千貫の主、簗田牛太郎ぞっ! 牛、牛、などとお主のような浪人風情が容易く呼べる御仁ではないのだっ!」

 ほほう。おれは思わずにやついた。清洲の野良牛という言葉をいちいち出していたところが引っかかるが、マリオの言葉は要するにおれはマタザなんか歯牙にもかからない立場にまで昇り詰めたということである。

「それともお主、冷やかしに参ったか。ん? 五つの首級を引っさげ、おやかた様の前に参上したものの、おやかた様にあしらわれて帰参かなわず、嫉妬のあまり冷やかしに参ったか、ん?」

「五郎左は黙ってろやっ!」

 マタザが獣のように吼えて、震える太郎。隣のおれも直立不動でビビリ通し。

「五郎左だと? お主、誰に物を申しておるのだ、あん?」

 と、ゴロザことマリオが語気を荒らげて眉根をしかめてケンカ口調になっていた。ちょっと、何をキレ気味になっているのかな。あんまりマタザを挑発しないほうがいいんじゃないのかな。

 マリオが言っていたことからすると、マタザは活躍したにも関わらず、信長の許しを得られなくて織田に戻れなかったということである。

 ということは、こいつ、ヤケを起こしているのではないだろうか。偉大なる男を証明してしまったおれに嫉妬を起こしているからここに来たんじゃないだろうか。

 となると、ヤバイ。今川勢が弔い合戦を仕掛けてくることよりもヤバイ。沓掛に駐屯しているという足軽二百人を急いで掻き集めないと、おれの城が落城してしまう。

「た、太郎。とりあえずお前は逃げろ」

 と、おれは太郎の顔に口を寄せて囁いた。

「牛いっ!」

 ひいっ、と、おれは声には出さなかったものの、直立不動に背筋をぴんと張り、「は、はいっ」と、情けない声で応えた。

 すると、腰に差していた太刀をシャキーンと抜いてきたマリオ。

「なんなんだお主っ! さっさとここから立ち去らんかっ! 立ち去らんならばこの丹羽五郎左衛門が叩き斬ってくれるわっ!」

 おおう……。ちょっと待ってくれい……。めちゃくちゃ怒っているが、桶狭間で手柄の一つも立てられなかったマリオなんかが狂暴ゴリラと化しているマタザに勝てるわけねえだろが……。それとも、この身の程知らず、マタザの強さを知らねえってのか……。

 おれは、目を泳がせて震えている太郎にくっつきながら、おれも震えていた。

 ところが、しかし、マタザは甲冑の腰に差していた太刀を鞘ごと抜いてくると、その場で両膝を折りたたみながら太刀を地面に置き、そうして、両手をついて、なんと、おれに向かって頭を下げてきやがった。

「牛――、いや、簗田牛太郎殿、お頼み申す。この前田又左衛門を家臣にしてくれ」

 な、なぬ?

 家臣にしてくれ?

 マタザがおれの家臣になりたい?

 おれは太郎と顔を見合わせる。ちんちくりんの太郎は何がなんだかわかっておらずに目を丸めているが、太郎、いいか、教えてやろうか、こいつはゴリラなんだ。尾張清洲の赤ゴリラだ。こいつを家臣にしたら百人力なんだ。

 ヒヒヒ。

 家臣になりたいだと?

 ほっほう。殊勝じゃないか。まあ、強いからしてやってもいいかな。

 ただし、今までおれにやってきてくれたことをそっくりそのままお返ししてやる。なにせ、おれは沓掛城の殿様だ。一方でお前は清洲を追われた野良ゴリラだ。ゴリラを拾ってくれる殿様なんてなかなかいないぜ。

 そこんところわかってんなら家臣にしてやってもいいんじゃないかナ!

「恥を偲んでお願い申す」

「あ、いや、頭、上げてくんねえッスか。ま、まあ、そ、そこまで言ってくれるんなら、い、いいッスかね。うん」

 と、おれは最後まで言ったか言わなかったか、突然、マリオがとんでもない大声を響かせた。

「とち狂ったかあっ! 又左あっ!」

 鬼のように顔を真っ赤にして吼えたマリオは、花火が爆発したみたいに土下座マタザのところへとすっ飛んでいき、草履の裏でバコーンとマタザの頭を兜越しに思い切り踏み抜いた。

 マリオのあまりの凄まじさにおののいたおれは太郎の肩にしがみついた。

 弓なりになりながら吹っ飛んでいったマタザへとさらに駆け寄っていくと、仰向けになって倒れていたマタザの顔面をグシャッと踏み潰し、また踏み潰し、また踏み潰し、

「お主のつまらん意地はどこに行ったのだあっ!」

 鬼のように怒鳴り散らしながら、太刀をぽいっと捨てると、今度はマタザの上に跨って、マタザの顔面にパンチを一発、

「お主はそのつまらん意地で拾阿弥を斬ったんではないのかあっ!」

 さらに左ストレートをボゴッと一発、

「意地で生きとるんなら貫き通さんかっ! それでおやかた様に申し訳が立つと思ってかっ!」

 ボゴッ、ボゴッ、と、マタザをぶん殴り続け、騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたマリオの手下らしき連中も、マリオが背中から燃えたぎらせているものを目の当たりにして立ちすくんでしまい、おれは太郎を守るふりして太郎にしがみついて、ただただマリオの暴れようを傍観するだけだった。

「去れえっ!」

 と、殴るのをやめたマリオは、マタザの頭を足で踏みつけながら、背中の赤ふろしきを引っ張って引っ張ってビリビリに破り捨ててしまい、さらにマタザの兜の紐を引っ掴んで起き上がらせ、血みどろのボロボロになっているマタザを門の外まで引きずっていき、ぶん投げて捨てた。

「帰参が叶いたければ、己を見つめ直して来いっ!」

 粗大ゴミのように投げ捨てられたマタザはふらつきながらも起き上がり、ハアハアと肩で息を切りながら、負け犬の眼差しでこちらを見つめてきていたが、口から鼻から溢れ出る血を手の甲で拭いつつ踵を返し、何も言わずにふらふらとトボトボと、おれたちの前から去っていった。

 あれがあのマタザか、と、可哀想になってしまうほど、ボロボロ赤ふろしきの負け犬の背中であった。

 マリオはポイ捨てした太刀を拾い上げ、怒りを鎮めるかのようにゆっくりと鞘におさめていく。

 そうして、目を閉じながら、おれに頭を下げてきた。

「すまぬ。とんだ醜態を晒した」

「いっ、いやいやいやいやっ。あ、あっしもそうだと思ってたんスよねっ。ええっ。もうちょっとね、うんっ、マタザさんは考えたほうがねっ、うんっ」

「又左衛門は柴田様や森様が帰参を許してくれるようおやかた様に取り計らっておる。ゆえに、簗田殿も目をつむってくれ」

「あ、は、はいっ」

 おれがうなずくと、マリオは手下には目もくれず、館のほうへ歩いていった。暴れ回った自分を反省するかのような寂しい背中であった。

 まあ、とりあえず……、マリオに逆らうのはよそう。



「所領三千貫なるは、これまでのようにおやかた様から俸禄を頂戴するわけではなく、簗田殿自身で取り立てる沓掛の年貢であったり、商人などから取り立てる銭である」

「はい」

「本来なら沓掛は交通の要にて、おやかた様の直轄地であるべきだが、それを差し引いて、おやかた様は簗田殿に与えたのである。その恩義を踏み違えてはならんぞ」

「はい」

 沓掛の郊外、田んぼや畑を見て回りながら、マリオはあれこれと話していた。おれはマリオがおれに教えるたびに背筋を立てて、きちんとうなずいた。

「沓掛は今川方の手に落ちるまで、先代の信秀様の頃に織田方であったときに検分したところ、実高は三千貫文であった。なので、沓掛三千貫であり、簗田殿の収入は九百貫となる」

「えっ? 三千貫じゃないんですか?」

「だから申したであろう。おやかた様に三千貫の俸禄を頂戴するのではなく、三千貫の土地を頂いたのだ

 なんだよ……。

 あっ、でも。

「ということは、じゃあ、あっしが年貢の取り立て率を決めてもいいんスよね」

「構わんが、他にも織田の領地はあるのだ。率を上げて、百姓どもが他所に逃げないとも限らんがな」

 マリオは冷たい眼差しをおれに浴びせてくる。

 鬼マリオになっては困るから、おれはそそくさと視線を伏せる。

「収入を増やしたくば、実高を上げることだ。実高三千貫を増やせば、その分、簗田殿の収入も増える」

「あっ、そうッスね」

「さきほども申した通り、沓掛は交通の要。東国から京を目指すものは鎌倉街道を必ず通る。関所を設けるかどうかはおやかた様にお伺いを立てなくてはならんが、治安が回復されれば行商人たちは宿を取る。それらが増えれば宿も増える。こうした戦乱の地はそれに乗じて賊徒が跋扈しているが、そういった者たちを取り締まれば人も増える。百姓も増える」

「ははあ」

「だが、そのつどそのつど実高を監視せねばならぬ。百姓や商人は自分たちの収入が増えたところで我々に申告するはずないからな。増えた分はきっちりと取り立てなければ、意味はないのだ」

「なるほどなるほど」

「当分はわしが面倒を見るが、簗田殿はその辺のところを学んでいかねばならんぞ」

「はい」

 うーむ。発展させれば発展させるほど、そのカネはおれのもんになるってわけか。ふむふむ。となると、まずは田んぼや畑を広げるためには百姓を増やさなくちゃならんのだな。ということは信長が松平ジロサブロとさっさと同盟すれば、沓掛は平和ってことになり、百姓が集まってくるはずだな。

 でも、百姓を増やすぐらいじゃ取り立てたところで知れているからな。町おこしをして、人を集めてカネを落とさせないとな。

 町おこしか。うむ。何をしようかな。B級グルメで焼きそばとか開発すれば、焼きそば食べたさに人が来るかな。

 と、おれが金儲けをあれこれと考えながらマリオの後ろを歩いていると、急にマリオが立ち止まって、おれはマリオの背中にぶつかった。

「なんだ、お主」

 と、マリオが腰の太刀に手をかけている。くっついてきていた太郎も子供サイズなのかなんなのかわからないが、短刀に手をかけて、目尻をきりっと吊り上げている。なんで、子供の太郎が刀を持っているんだ。おれは三千貫の城主なのに持ってねえぞ。

 それはさておき、マリオと太郎が構えている相手は、田んぼの真ん中の道でおれたちを通せんぼしている小汚ねえ足軽雑兵二人組だった。

「そこを退け」

 マリオが唸っても、じいっとこちらを見つめてきて固まっていた。

 なんだ? 山賊か?

 マリオが殺っちゃうよっ!

 とはえ、二人のうちの若僧のほうだけがじいっとしていて、隣の中年オッサンは若僧の小汚ねえ袖を引いていた。

「若っ」

 と、無精髭のオッサンはたしなめている。

 しかし、若僧はむすっとしたまま、偉大なるおれに(マリオに)立ち向かってきており、さらには生意気な口調で言ってきた。

「退けと言われて退く筋合いなどない。俺は天下万民の道を歩いているだけだ」

「ほざけ、こわっぱ。ここは天下万民の道などではないわ。織田上総介様が領にて、ここにいる簗田牛太郎の所領よ。わかったか。退かんか」

「そうだ、どけっ!」

 と、おれはマリオの後ろから指を突き出して吼えた。

「どく筋合いがねえんだったら、テメーも自己紹介してみろやっ! 将軍様か? 天皇陛下か? どうなんだ、あん? テメーはどこのどいつなんだ、ゴラァ!」

 太郎がシラーッとした目をおれに向けてきているのが気にかかったが、それはさておき、マリオの背中越しのおれに挑発された若僧は拳を握ってぷるぷると震え出した。

「おいおいおいおい! テメーは名無しの権兵衛かあっ?」

「ろ、浪人よっ! 浪人、山内伊右衛門よっ!」

 プッ、と、おれは笑った。浪人だとよ。沓掛三千貫どころか、清洲十貫だったときのおれすら及ばねえカスじゃねえか。

「だったら、どけやあっ、このカスっ!」

 おれは歯を剥いて笑いながら吼えたが、しかし、マリオがちらりと横顔を向けてきて、

「まあ、待て」

 と、言う。

「伊右衛門とやら、お主が名乗ったついでにわしは丹羽五郎左衛門だ」

 すると、二人揃って、えっ、と、目を丸めた。意地を張っていた生意気な若僧すら喧嘩気を引っ込めてしまった。

 む……。なんで、マリオの名前が出た途端、おとなしくなってんだ。おれの名前ではぴくりともおとなしくならなかったくせに。

「お主、我らに討たれた岩倉織田の家老、山内但馬守の縁者か」

 すると、若僧は、視線を伏せた。

「左様でございますっ」

 代わりに答えたのは隣の無精髭のオッサンだった。

「こ、この者は、亡き山内但馬守の倅でございますっ。申し訳ございません。決して、先年の恨みを晴らそうとしてうろついているわけではございません。さ、さあっ、若っ、道をお譲りなされいっ」

 オッサンはイエモンとやらの袖を引っ張る。しかし、イエモンは振り払う。

「浪人であろうと負け犬であろうと引いてならんときはあるだろうがっ!」

「引かねばならんときもありましょうぞっ」

「黙れっ! たとい負け犬であろうと、男の意地まで負けてたまるかっ!」

「なるほど。大した度胸だ」

 と、マリオは鬼モードのオーラを漂わせながら、じり、じり、と、イエモンたちに歩み寄っていく。

 マリオの風格に圧倒されているのか、イエモンは一歩、後退りしてしまう。

 何が男の意地だ、カスが。つい昼飯前にもボロボロふろしきの負け犬を見たばかりだが、テメーは負け犬マタザの足下にも及ばねえただの野良犬だろうが。弱い犬ほどよく吼えると言うが、バカな野良犬ほど意地だのなんだの偉っそうに格好つけるもんらしいな。そもそも野良犬のくせして、どうして家来を引き連れてんだ。どうせ、世の中の何も知らねえお坊ちゃんなんだろう、このバカ。

「しかし、伊右衛門、度胸と意地だけで今後この乱世を渡れるという所存であるか?」

 そうだそうだ。さっさと殺せ。

「それとこれとは違うっ。俺は浪人だからと言って、道を譲る筋合いはないと言っているんだっ」

「どうしても譲らぬか」

「譲らんっ! 退かしたければ力ずくで退かせばよろしいだろうっ!」

 ほう、と、イエモンを見据えるマリオ。

 強がっているが、マリオに見据えられて目がビビりっぱなしのバカ。そして、そんなバカをかばわなくちゃならない可哀想なオッサン。

「どうしても譲れないと申すなら、仕えてみんか」

「は?」

 と、おれは思わず眉をしかめた。

「意地の張り合いで勝った負けたなどお主になんの意味がある。意地を張る前に、頭を下げて両隣の従者のためにも、この簗田牛太郎に仕えてみよ」

 いやっ……。

 なんで、おれの家来にしようとしてんだよ。マタザは駄目で、なんでこんなクソガキなんか。


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