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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第九章 国盗り物語
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寝床に飾られているなまくら刀

 年が明け、元亀(げんき二年(西暦1571年)である。

 昨年末、おれがコソコソと動いているあいだ、大局は動いていた。信長は、朝廷や幕府を仲介に、朝倉と和睦わぼく、朝倉浅井連合軍は比叡山から退去し、自分の縄張りへと帰った。

 次いで、石山本願寺とも停戦し、我ら織田勢は、当面の大危機をまぬがれた。

 むろん、摂津の争乱がおさまらない以上、織田包囲網の危険性は持続されている。

 すなわち、元亀二年は、勝負の年となる。

 勝負を決めるためには、おれは大胆な行動を取らなければならない。

 敵の懐に飛び込む。

 なので、信長に宛てた年賀の挨拶(こんなものを送るのは初めてのもの)に、一文、付け加えた。


 孫氏の兵法にもあるように、敵をだますには、味方もだまさなければならず、所以ゆえん、簗田左衛門尉が三好三人衆に接近しているとの風説、おやかた様のお耳を拝借するやもしれませぬ。


 さすがに、このぐらいは伝えておかないとやばいだろう。

 ただ、信長がおれを信じてくれたとしても、流言が広まれば、織田勢の大半のバカは、だまされるに違いない。

 いや、三好三人衆を信用させるためには、織田のバカどもがだまされてくれなければ困る。

「というわけだ。おれが織田に愛想が尽き、三好三人衆に近付こうとしているってことを、全国中にばらまいてこい」

 寄進札の売上げ、四百貫文分の金銀を持ってきたさゆりんとあーやに、さっそく、我が策謀を伝えると、あーやが心配げな表情を浮かべて、となりのさゆりんをちらりと横目にうかがう。

 さゆりんは、眉をしかめている。

「簡単だろう。おれが織田を裏切るような状況はたくさんある。荒木弥助とは仲良しだし、信長にはぶん殴られたうえに蟄居ちっきょされたし。そもそも、京都みやこや摂津、堺あたりで勝手な行動を取っている」

「あんた、それで、ほんまにええの?」

 唐突に、らしくもない、なっさけない声を出してくる。男装武将から、ただの女に戻したせいなのか、ちかごろは、おれが本気を出すと、いつもこれだ。

「帰りがけに遭遇したんやけど、北国街道は、木下藤吉郎が上総介の指示で、姉川のあたりを厳重に警備しているで。北陸と畿内を行き来する旅のモンを、えらいしつこく調べとる」

「それとこれがなんだってんだ」

「小耳に挟んだんや。坊主に姿を変えた朝倉方のモンが、三好左京大夫あての密書を持っとったらしい。木下勢の尋問でわかったようなんやけど、捕まったモンは一条戻橋いちじょうもどりばしで火あぶりや」

 ……。

「それじゃなくたって、嫌疑がかけられれば、あんたは織田のモンから白い目で見られるようになるで。あんたと今まで仲良かったモンが、あんたを白々しく思うんやで。ただでさえ愚将やのに、よっぽど信用されなくなるんやで」

「ぐ、愚将ってのは余計だろう……」

「上総介があんたをそこまで信用するんか? あんたはそこまで上総介の信頼を得ているんか?」

 おれはしばらく言葉がなかった。が、絞り出すように言った。

「謀略は、両刃の剣だ」

 冷や汗を拭いながら、さゆりんとあーやを風説流布の旅に送り出す。

 二の足を踏むのをためらいそうになるが、ビビっている暇なんざおれにはねえ。

 さっさと蛸薬師を出、堺を訪ねる。

 芝山源内の存在を、とと屋のタナカに伝えると、興味深いから是非とも連れてきてくれと言う。

 おれはシラーッとした眼差しを注いでやった。

「どこの馬の骨だかわからねえ野郎だってのに、是非ともだなんて、興味深いのはおおかた拙者の動きのほうですか」

「半々ですかな」

「半々ついでにお願いしたいんですが、芝山殿に口添えしてくんないッスかね」

「一向から改宗しろ、と」

「荒木信州と懇意にしろ、と」

 タナカは固まったものの、眼光鋭くおれを見つめてくる。

 ひとしきりおれの瞳を覗き見たあとは、煎茶をずずっと啜った。

「タナカさんなら、わけないはずだ」

「簗田殿のお考えをお教えいただければ」

 織田方のタナカに策謀を明かすのはためらうものがあったが、イマイと同じ会合衆とて、ヤツと親しい仲というわけでもないし、逆に風説を流すとしたらもってこいか。

「播州姫路に小寺官兵衛という、取るに足らねえ若僧がいましてねーー」

 イマイから鉄砲を頂戴するつもり、尼崎から船を出すつもり、それらをかいつまんで話すと、タナカは「ほほう」などと、興味津々きょうみしんしんというよりか、好奇心こうきしんな目の色だった。

「そのときは今井殿に助言でもしてみましょうか」

 この野郎、絶対に一枚噛みたがっている。簗田商船の運用にあまり突っ込んでこないところ、目的はカネではなさそうだが、承兌といいタナカといい、寝床に飾られているなまくら刀みてえな野郎ほど、謀略したがりだ。

「そういえば」

 と、腰まで上げて、急な積極性である。

 とと屋の荷揚げ場を案内するという。いや、知っているし。茶人タナカの正体が、倉庫業の収入のおかげであることも知っているし。

「見どころのある兄弟が、うちの荷役にえきにおりまして」

 道すがら、タナカはにこにことして言う。十七歳と十五歳の兄弟で、五年前に戦争孤児になってしまってから今しがたまで、タナカが荷役として育ててきた(こき使ってきた)らしい。

「私のところの若衆は、そうした者が多いのですが、この二人は中でも働き者でありまして、ただ、荷役としてこの世に埋めておくのも、ちと惜しいかと常々考えていたのです」

 おれはシラーッとした眼差しを注ぎながら、タナカの話を、一応は聞いてやる。

「簗田殿はこれからますますお忙しくなる。人の手はいくつあっても足りないはずでしょう」

 フン。こいつの魂胆が見え透いてくるようだぜ。おれのもとに間者かんじゃを送り込み、たくさんの情報をリアルタイムで仕入れようとしているに違いねえ。

 目的はカネじゃねえというのは、おれの目が節穴だったのかもしれん。タナカは、イマイさえも蹴落とそうとしているんじゃねえのか。

 とまあ、断る気まんまんだったのだが、見るだけは見てやろうと思って、荷揚げのさなかの船着き場に来てみた。

 タナカが指を差した先に、くだんの兄弟の姿があった。ふんどし一枚、浅黒い肌に筋骨隆々ながら、顔つきはさすがに幼さが残る。

「太郎と次郎といいます」

「ふーん」

 おれは下僕にしてみようかと、考えを改めた。兄弟どちらともが、爽やかな笑顔をこぼしつつ、まっすぐな目をしていた。背丈はおれぐらいという長身で、図体も良かった。

 まっすぐな眼差しは、タナカに従順であることの証明だが、しょせんは荷役の人間だ。その性根が志すのは、まず間違いなく、タナカみてえな寝床のなまくら刀でなく、おれのような鬼丸おにまる国綱クニツナだろう。

 太郎次郎タロジロの兄弟は、タナカに呼びつけられるなり、クビを宣告された。

「えっ」

「今後は、こちらの、簗田左衛門尉様のもとで働きなさい」

「えーー」

 兄弟揃って、口を開け広げたままに、おれを眺めてきた。フフン、と、おれは胸を突き上げる。堺の船着き場で働くような人間だ、当然、おれの武勇も耳にしている。

 おれは言った。

「とりあえず、おれの手下になるにあたって、タロジロって呼び名はよくねえ。おれの息子が太郎だからな。ということで、兄貴のお前は、カクさん、弟のお前は、スケさん、わかったな」

「えっ?」

「イヤとは言わせねえぞ。おれだって、牛だなんていう呼び名は不本意だってのに、おやかた様にそう付けられたから致し方なくなんだ。いいか、主従関係ってのはそういうもんだ。わかったな」

 ということで、格太郎と助次郎の新たな子分を連れて、おれは堺をあとにした。



 おれは調略拠点を、蛸薬師から、摂津川辺郡の塩ジイの屋敷に移した。

 ここは織田の領内からはすこぶる遠いが、池田には近いので、ヘタレ弥助にすぐに会いに行けるし、塩ジイの嫡男の塩川源六郎が、おれに心酔してしまってくれているので、何かと好都合だった。

「各方面に文を出したいのですが」

 と、おれがお願いすれば、「かしこまりました!」と、源六郎はおれの弟子のようにして、手紙の束を抱えて行ってくれる。ダッシュで走って、自分の手下どもに分けてくれる。

 手紙の宛先は、おれが間者になるための、目下もっかの連中――遊佐河内守ユサノゴウチマモル三箇伯耆守サンチョ多羅尾タラオ右近大夫――に、こいつらが好みそうな内容を添えている。

 そこはかとなく、匂わせている。

 おれが織田を裏切ろうとしている。

 あるいは、おれが調略返しを仕掛けようとしている。

 もしくは、信長のもとにいれば、褒美で手配できそうなもの。領地、官位、役職。

 おれが、もしも三好方に移ったときの、織田の切り崩し方。弱点(本当のことだったり、嘘だったり)。

 これらを手紙のそこかしこになんとなく匂わせておき、おれは連中からの返書を待った。それぞれによって、食いついてくる部分は違うはずだった。

 早くに返事がやって来たのは、意外や意外、大物オオモノの遊佐河内だった。中身はめちゃくちゃ長かった。ものすごい食いつきぶりであった。

 近頃、畠山右衛門督ハタケヤマが遊佐河内の言うことに耳を貸さないがち(遊佐河内が傀儡かいらいしたがりがちなだけだが)、織田上総介殿は三好左京大夫フルハシを甘やかしがち(そんなわけないが)、自分の家臣たちが三好三人衆とも通じるべきと言い始めたなど、まるで、地獄に差し伸べたおれの手を握り返してくるかのような文面だった。

 遊佐河内守は、おれの間者仲間に決定である。

 その後、三箇伯耆守サンチョ多羅尾タラオ右近大夫からも返書があった。三箇さんかのサンチョは、やはり、キリスト教のこと、タラオは逆にキリシタン憎し、である。

 摂津の現状にあって、こいつらの最優先事項はどうでもよさげだが、織田が衰退すれば、キリシタンのサンチョは困る。タラオは逆だ。しかし、タラオも織田方(三好左京大夫フルハシの手下)なのである。

 キリスト教をネタにして、サンチョとタラオは転がせるな……。

 他にも、芝山源内から、タナカを紹介してくれてありがとう。近々、タナカの弟子の荒木ヘタレ弥助にも会いにいくつもりだ、と、喜び踊っているような手紙が来たので、さっそく、芝山源内の在する八部やたべ郡を訪ねる。

 道中、例の兄弟の格さんが、ふと言った。

「旦那様って、もうちっとは、いくさ場って思ってたんやけど、逆に、いくさ場とはてんで別みたいな風情ですね」

 兄貴の格さんは、おれをお守りする格さんのくせに、血の気が盛んなのか、少々生意気なところのある小僧だ。このときのこの言葉も、どちらかといえば、旅ばかりのおれをバカにしているふうであった。

「いくさがしたいんだったら、そっちの助さんだけ残して、お前は沓掛勢に派遣してやるぞ。口利くちききで足軽組頭にもしてやる。ただ、百戦錬磨の沓掛勢の中に入っちゃ、下の雑兵からボロカスに言われて、泣きべそかくだろうけどな」

「わいが、んなわけないですやん。今すぐにでも大将首や」

「兄さん」

 と、弟の助さんに咎められても、格さんの鼻息は荒い。ふむ。どうやら単細胞なので、タナカの間者ではなさそうだ。タナカはまったくの善意でこいつらをくれたらしい。

「まあ、何を言おうと自由だが、呼び方だけは気をつけろよな。おれは旦那様じゃねえ。殿、だ」

 芝山源内のもとにやって来ると、諸手を広げておれを出迎えた。

「ダイモン殿のおかげで、これから先、宗易様からご教示いただけることになりました。いやはや、ダイモン殿にはなんと礼を述べさせてもらえばよいのやら――」

「であれば、拙者を荒木信州殿と引き合わせてくれないですか」

「へっ?」

 源内はきょとんとして目を丸めたが、おれは口端を歪めた。

「これから芝山殿は、荒木信州の弟弟子おとうとでしになると同時に、彼の知恵袋となる」

 タナカが一枚噛んできたことは、好都合だったかもしれん。

 ヘタレ弥助なり、芝山源内なりは、それぞれがそれぞれの立場で戦国武将をやっている。

 が、しかし、ヘタレ弥助と芝山の関係は、ただの戦国武将の地縁関係ではない。独自のネットワーク――、つまり、サークルみたいなものに属しているのだった。

 そのサークルの代表がタナカである。

 タナカは、おれに参画してきた。すなわち、摂津三分の計にタナカサークルが参画したのでもある。

 立場や環境がまるで違う戦国武将たち――、おれはそいつらを一挙に結集し、一つの方向に動かせる可能性を持った。

 ははあ、なるほど。とどのつまりは、タナカもそうなのだ。

 戦国武将でもなんでもないタナカだが、立場を越えた戦国武将たちのサークルを作成し、その親玉となる。それは、何事かを表からでも裏からでも操作するという、トンデモ戦国時代にあって、画期的な野望だ。

 もっとも、茶の湯の提唱を隠れ蓑にして、新たなる権力集団の親分になろうとは、倉庫業の風上にも置けない恐ろしいやつ……。

 格さん助さんをおれの子分にしたのも、後々のためにおれに恩を売り、さらには、おれのもとで出世させる腹づもりなのかもしれん。

「こう毎日毎日歩いてばかり。急にいくさ場に連れられても、これじゃ槍働きなんかできんですわ」

「兄さん」

 真面目な助さんはともかく、クソガキの格が出世するわけないがな。

 堺を再び訪ね、陰謀モンスターのタナカに、荒木ヘタレ弥助に手紙を出してくれるよう要請した。芝山源内と一服やってみてはどうかという内容で。

「かしこまりました」

 陰謀モンスターはにこにこと笑うままにうなずいた。

「して、今井殿を焚きつけておきましたが。織田様と摂津の方々が和睦中に、布石を打っておかなければ、と」

 実は、おれも操られているんじゃなかろうか。

 考えすぎかもしれんが、笑ってばかりのタナカを間近にしていると、なんだか空恐そらおそろしくなってきた。



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