おれが権力者を創り出す
こうなったら、奥の手――、太郎に頼み込んで沓掛の隠し財産。
が、しかし、おれには、本当に、そんな猶予は与えられなかった。
おきぬの圧がすさまじかった。いつ、淀川を進めるのか、と、その日だけでも十回は訊いてきた。
シロジロの酷使もすさまじい。どこそこの誰が船についての知識があるだろうから挨拶に行ってこい、どこそこの誰は人足雇いをしているから挨拶に行ってこい、淀に出向いて荷揚げの様子を学習してこい。
挙げ句には、
「こんからは、うちの婿はんとして、これまで以上にぎょうさん働きますさかい、体に精をつけてもらわなあきまへん」
シロジロにだけ大量の食事を用意し、
「こ、こんなに食えないッス!」
「泣き言や甘えは許しまへんて、言いましたやろ」
「旦那様ァッ! 助けてくださいッスぅっ!」
「あんさんの旦那はあんさんでっしゃろ!」
おれは逃げた。蛸薬師の茶屋邸から相国寺に逃げた。
のっけから、工作活動に支障をきたし始めた旨、官兵衛や承兌に知らせる。おきぬのゼニゲバ暴走ぶりに官兵衛は驚きを隠せなかったものの、
「こりゃ、正味な話、今井彦右衛門から火縄銃をさっさ分捕らなあきませんな」
おきぬの見境のない動きようは、いずれは噂になって広がっていってもおかしくないからである。
「小官殿のおっしゃるとおりかと。簗田殿、明日にでも堺に向かうべきです」
「ふーん。じゃあ、官兵衛と一緒に、お前も来い、承兌」
「はい?」
「言っただろうが、そこから引きずり下ろすって。その引っこ抜きたい舌で、イマイを説得しろ」
承兌の屁理屈は、必ずやイマイをねじ伏せる。おきぬモンスターが京都で胎動している以上、時間がない。承兌のクソみたいな講釈で、イマイを瞬殺だ。
「しかし、簗田殿。今井殿が納得する材料を用意しなければ。船の手配もそうですが、淀川の通行許可を証明しなければなりませんでしょう」
「左様。まずそうそうに、石山か福嶋に、あの忍びを放ちなされ。事の始めは、交渉のつなぎ役を探してからですわ」
「いや……」
そいつなら、ついさきほどカネ稼ぎの旅に出かけたと教えた。
「なんでですねん。順序がちゃいますでしょ。さっさ戻しよってや」
「そういうわけにはいかん」
「なんでですねん。時がない言うたんは簗田殿やないか」
「忍びなんかを使わなくたって、つなぎ役なんか見つかる。なんでもかんでも忍びを使おうとするな。おれは忍びを使うのなんて嫌いなんだ」
「簗田殿――」
承兌の眼差しがキラリと光る。お見通しのようである。
なぜ、順序を違えてまでカネ稼ぎをしようとしているのか、おれはネギ坊に問い詰められた。
「は……、繁忙期、だから……」
「私利私欲にとらわれていては、成功できるものも成功できませぬ」
「黙れ! 忍びなんか使わなくたって人脈をたどれば、どこかには行き着くんだ!」
「三好殿か一向門徒に伝手がなかったから、今、こういう状況なのでは」
「何を言われようとも、どんなに言われようとも、これだけは妥協しねえ。そもそも計略に順序なんてねえ。その日その時で状況は変わるんだ」
おれの断固たる決意が、承兌と官兵衛の顔を見合わせさせた。二人揃って溜め息だった。
相国寺に逃げてきたものの、どちらにせよ居心地が悪くなって、結局は、蛸薬師への帰り道だった。
ここで妥協し、さゆりんとあーやを呼び戻すわけにはいかないのだ。今、カネを用意するのが遅くなれば遅くなるほど、簗田商船の将来は暗い。おきぬにほんのちょっとの借りすらも作ってはならないのだ。
とはいえ、二重の苦しみ。
カネの用立てが整わないうえに、どのようにして淀川の通行許可を得ればよいのか。
承兌や官兵衛に啖呵を切ったものの、ネギ坊の言ったとおり、三好三人衆や石山本願寺には、知り合いなんざ一人もいねえ。
そもそも、この計略は、淀川でなければいかんのか――?
と、そのとき、おれは、はたとして足を止めた。日は山の向こうに沈みかかっており、からっ風が吹いている。
いっとき、寒さを忘れた。そして、思い立った。蛸薬師の帰り道を足早に進む。
そもそも、淀川は淀川でも、淀川河口でなくてもいいんではなかろうか。
押しかけるようにして茶屋邸に戻ってきたおれは、自室にすっ飛んでいくと、摂津のあの地図を開き、ある地点を凝視した。
「そうだ、尼崎だ」
バッタの野郎、こんなところを見過ごすだなんて。やっぱりあいつは青二才だ。爪が甘い。
尼崎を河口にしている神崎川は、元をたどると淀川なのである。
おれは再び相国寺に走った。
「切り口は尼崎だ。淀川じゃねえ。神崎川だ。尼崎口を通行すれば誰も文句は言わねえはずだ」
したり顔で発した。どうだ、おれの目の付けどころ、と、ついでに言いたいぐらいであった。
が、バッタもネギ坊も、呆れ半分、不信半分のツラで、おれを見つめてくる。
「何を言うてますねん」
バッタはくいっと顎を突き出してき、そこに座るよう促してくる。年長者に向けるような態度じゃない。
「簗田殿のお考えがもし正解であったら、拙者も当然、それを推し進めておりますよってに」
しぶしぶ、おれが座ると、バッタは尼崎案が通用しない理由を話した。
座。
つまり、尼崎の商売は座が取り仕切っており、新参者がそこで商売を軽々とできるはずがない。これは堺も同じことだった。
また、神崎川というのは、淀川と同じく、はるか大昔から栄えてきた水運であり、たとい尼崎が信長に焼き討ちされてズタボロであろうとも、そんな戦火は昔から何度もあって、何度も復興してきた。
織田信長という革命者が岐阜に出現したような事象――楽市楽座令がない限り、古き時代からのしがらみは、取り払われない。
「そもそも、大物の日蓮宗の長遠寺とやらは、早くに矢銭を提供し、織田殿の焼き討ちをまぬがれたとか。それに、法華の本興寺は、焼き討ちのあとに観念し、織田殿に矢銭をおさめ、禁制を得たとか。その禁制、今では三好三人衆が発布しているという話ですわ」
言っている意味がまったくもってわからんが、要は、ときの権力者にすり寄って、商売の独占権を確保している連中が、焼き討ち後でも存在しているということだった。
「そんなとこに船を通過させられまっか?」
おれはすごすごと蛸薬師に引き下がっていく。
帰りぎわに浴びせられた承兌の言葉が、今夜の風とともに身にしみる。
「私利私欲にとらわれていては、夜闇を照らす月が、雲に隠されていくかのように、大望を見失っていくばかりです」
黙れ――。
おれは尼崎案を捨てられない。
堺より尼崎のほうが、商売をするうえでいろいろと得策だ。
なにせ、尼崎との街道を結ぶ先には、池田がある。荒木信州ヘタレ弥助がいる。あいつに北摂津を牛耳らせるのであれば、尼崎は是非ともおさえておきたい。禁制とやらを出しているのが、昔は信長、今は三好であれば、ゆくゆくはヘタレ弥助となるのだ。
イマイのようにして権力者にすり寄るんじゃない。
おれが権力者を作り出すのだ。強大な財を築き上げるためには。
もはや、織田を見限るしかねえ――。
バッタやネギ坊は能書きばかりだし、さゆりんやあーやはつれないしで、やれ活路を見出しても、やれ見出しても、そのつど八方塞がりの摂津事案である。
だが、「私利私欲にとらわれて」いる今のおれは、あきらめるのをもっとも嫌う者であった。
久方ぶりに、おれは寝ずに考えた。簗田商船の拠点を尼崎に据え置くための方策を。
そして、朝方、ついに行き着いたのだった。
三好三人衆に寝返る。
そいつが、もっとも手っ取り早い。そして、収穫もでかい。尼崎(大物)はおろか、淀川河口(渡辺津)だって、すいすいと通れる。
もっとも、天下布武とは約束されたものである。それを知っているおれが、信長を裏切るはずがない。忠誠心など皆無であるが、今、信長のもとから立ち去って何になろう。
要は、調略返し。
三好方のヘタレ弥助をたぶらかして、織田から寝返るつもりだとすり寄ってみせる。
いや、軍勢を常備していないおれが寝返ったところで、奴らに利益はない。
だが、ここで正七位上左衛門尉の官位が効いてくるはずだ。織田勢で正当な官位を持っているのは、上総介こと独裁者の信長、右衛門尉こと重臣中の重臣であるクソヒゲ佐久間、そして、不可思議なことにおれだけなのである。
つまり、おれにすり寄られた奴らは、こう考える。
簗田左衛門尉であれば、織田の内部情報をもたらしてくるに間違いない。
そう、おれは奴らの間者となるのだ。
織田に在籍しながらも、敵方に情報を垂れ流す、あの、どこにでもいそうでいて、どこにいるかが正体不明の間者となるのだ。
失敗したら、殺されること間違いなしだが……。
最悪のケース、狙われるのが三好方ならまだしも、信長まで疑念を持ってしまう。
そんなことにでもなってみろ、八つ裂きにされるのはおれだけじゃない、太郎も、あいりんも、梓殿も――。
いや、信長は……、おれを信じているはずだ。おれがどんな状況にあっても、織田を、信長を、裏切らないことぐらい、あいつはわかっている。
結局、最後のところは、そこだった。
おれに勇気を振り絞らせるのはそこだった。
無論、「間者になりたいのですがァ」と、三好三人衆のもとにノコノコと出向いたところで、門前払いか、首を飛ばされるかだ。
手土産(犠牲者)を持っていかなければ、奴らを信用させられない。
やがては摂津三分の計につながるべき、第一手の手土産(犠牲者)となると、三好左京大夫か畠山左衛門督だ。
おれはさっそく、こいつらの情報を探すべく、京では村井のジジイなり明智十兵衛なり、堺に出向いてはとと屋のタナカなり、果ては、かつてさゆりんが山崎の寺で寝床を借りた時のように、おれも浪人を装い、寺の坊主どもにさまざまな情報を得た。
身を粉にした結果、おれは三好左京大夫や畠山左衛門督を生贄として捧げられるだけの情報を得られたし、また、策謀も編み出した。
しかし、ケツに火がついた今回、おれはもっとも重要な部分を見出だせた。
なにせ、おれの中のエネルギーが違った。
身を粉にして、あるいは汗を塩にして走り回るのは、今までにも何回かあったことだった。美濃攻略のときや、初めて摂津に足を踏み入れたとき、それと、つい先日の、石山本願寺が参戦する直前まで。
だが、今までの調略活動、おれ自身が現場の情報収集に繰り出していることは、ほぼなかった。美濃攻略のときこそは、半兵衛の家に乗り込んでいったが、しかし、あれは右も左もわからなかった中で、怖いもの知らずがただただ突っ込んでいったに過ぎない。
おれの代わりとして、その声を直に聞き、その目を直に見つめてきたのは、いつも、さゆりんだった。
なるほど――。あの小娘が言っていたような気がする。見たもの聞いたものは人によって違う感覚でとらえてしまう。だから、あんたがしいや、などと。
確かに違った。そして、違いに気づいて、理解した。
あの小娘の情報収集の感覚は、雑だ。しいて言うならば、大きなものにとらわれすぎだ。大局ばかりを意識しすぎて、小さな情報はおれに伝えていなかった。
いや、小さな情報が、あまりにも多々すぎて、玉石混交、どれが玉で、どれが石なのか、あの小娘には判断がつかなかったのだろう。
とにかくも、おれは三好左京大夫や畠山左衛門督の大名クラスから、時代のうちに名も埋もれてしまいそうな地侍クラスの情報まで、事細かに知り得た。むしろ、それら、地侍たちの動向の重要性に気づき、田舎者どものあれこれを積極的に仕入れた。
結果、三好三人衆をあざむくための手土産など、星の数ほどあったのだった。




