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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第九章 国盗り物語
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カネカネカネ

 うちとこは先祖以来、こん蛸薬師で着物べべばっかりを営んできたどす。そないゆう船やん川やんちゅうんは、うちとこが扱うシロモンやてなければ、他んモンに手を出せば、ご先祖はんに示しがつかいないのどす。

 などと、このおきぬはん・・・・・、もしや、言うかと思っていたが、

「そないにぎょうさんカネを稼げるんどすか? なんで、はようそん話をしてくれへんどしたんどすかァ。そないなこと、こんきぬ・・に任せてえな。京都みやこじゅうから、海んモンやて山んモンやて、どこやて知っとるモンを集めてきます。呉服はええんかて? ご先祖はんはええんかて? そないもん、どやってよろしおす。そないにぎょうさん稼いでくれる船ん前では、うちとこの着物べべなんて、鼻紙はながみぐらいにしかあらしまへんから」

 さすがは、おれの見込みどおりのゼニゲバである。モンスターとなる資質は十二分にある。

 しかし、このモンスター、ニコニコとしながらも、突如として言い出した。

「せやかて、簗田はんばかりにゼニを出させるわけにはいきまへんな」

「いやいや、別にいいよ。おれのお小遣いで足りない部分は、息子に頼んで――」

「そないわけにはいきまへん。簗田はんの言う通りにしはると、うちがどない働いても働いても、実入りは簗田はんのモンやありまへんか。そない、しょーもない。うちは、せめて、儲けの三割ほどは頂戴でける資金をこしらえます」

「いやっ、そんなこと言ったって、お前のとこには、そんなカネないだろ。四十、五十貫の世界じゃないんだぞ。た、反物売りつけようったって、か、買わないからな!」

「ぎょうさんのゼニが必要なぐらい、うちかてわかってはりますし、簗田はんをアテにせんでも、うちはうちでこしらえられます」

「ど、ど、どうやって」

「近所の角倉すみのくらはんに借りてきます。あん人、医者やけど、ゼニ貸しもしてるさかい、うちとこ担保にすれば、近所のよしみで貸してくれはります」

「ちょ、ちょっと、待てっ。角倉はんだかなんだか知らねえが、これは秘密裏にやることなんだぞっ。そんな莫大なカネを借りるには、理由を求められるだろっ。そのときにべらべら喋ったら、噂が周りめぐって、この計画は水の泡だぞっ!」

「そないわかっておりますて。うちを誰だと思てはりますの。お武家はんやお公家はんに反物を買うてきてもらったモンが、そないなこともわからへんわけありませんやろ」

 そうして、善は急げとばかりに、おきぬ・・・は近所の角倉はんの家に押しかけに行ってしまった。

 持ちかけたのは間違いだったかもしれん……。おれは、おきぬ・・・の管理能力――シロジロをアゴでこき使ったり、さゆりんを一応ながら団子茶屋でおとなしくさせているのを買って、儲け話を持ちかけたのだった。とうぜん、おれの代わりとして、経営管理するためだ。

 ところが「そない、しょーもない」と来たもんだ。

 おれはモンスターをナメていたようである。しかし、計画を聞かせてしまった今、後悔先に立たず。

 カネに目がくらんだゼニゲバ若女将は、おそらく、今のこの国、いや、今のこの地球上にて、いちばんにアグレッシブなパワーウーマンとなった。

 蛸薬師の角倉はん(代々、幕府御用達の医者のようだが、その片手間で金貸しもしているという、こちらもなかなかのゼニゲバ)には、

「うちとこで扱っとる西陣織にしじんおりもと中に広げたいんどす。そんためには、船が必要どすねん。大事なシロモンを粗野な船乗りには預けたくへんどす。西陣ん職人はんが丹念に丹念に紡いだ織物おりものを、うちは大事に大事にお客はんとこに届けたいんどす」

 と、無心したようだが、断られた。

「きぬちゃん。彦左衛門はんはなんて言うとるん。いいや、彦左衛門はんが了承したかて、わては首を縦には振れへん。きぬちゃんのことや、彦左衛門はんを刺してでもゼニ儲けやろ。せやかてな、あんたはんはおなご・・・やないか。おなごはな、商売なんてするもんやないさかい、お婿むこはんもろてな、そん家を大事に大事に守りはるんが、おなごの役目やないか」

「そんなら、うちの婿はんになら貸してくれるんどすか」

「それとこれとは話がちゃう」

「なんがちゃいます。断る理由に、女のあれこれを出してくるなんて、角倉はんとあろうじんが卑怯どすえ」

「い、いや、そないわけではなくてな」

「ほなら、お婿むこはんなら貸しいくれるんどすね」

「お、おらへんやないかっ。死んだやないかっ。幽霊でも連れてくるつもりかっ。こ、こない言いたくあらへんけど、死んだ婿はん、きぬちゃんがゼニゼニうっさいから、心をわずらわして死んでしもたて、みなが言うておるんやからな」

みなって、どなたはんどすか」

「い、いや――」

「ど、な、た、はん?」

「……」

「ほな、うちとこのおとうちゃんが承諾して、ほんで、お婿はんを連れてくればええな? 五百貫文、一枚欠かさず揃えておくれやす」

 ということで、自宅に帰ってきたおきぬ・・・は、帳場におとうちゃんとおれを集め、

「そないゆーわけで、四郎次郎はんをうちのお婿はんにします。よろしおすな、おとうちゃん」

 開いた口が塞がらなかった。

 おとうちゃんは、おきぬ・・・がこうなってしまうと、どこまでも突っ走るとわかっているからか、溜め息をひとつだけついて、

「好きにしなはれ」

 と、ひとっつも反対しなかった。

「お、おいおい! お、おれは、反対だぞ! シロジロをお前の婿になんてさせるわけねえだろっ。だいたい、シロジロのどこがよくてお前の亭主にするんだ。お前、シロジロなんかが亭主でいいのか? え? 好きでもなんでもねえだろ?」

「うちは四郎次郎はんに惚れてはります」

 しかし、それを言った時の、おきぬ・・・のその目、自分で言っておいて、シラーッとしているその目、絶対に好きでもなんでもない。

「い、いいのかよ、それで。本当にそれでいいのかよ。お前、五百貫で自分を売ろうってのか? シロジロに抱かれてもいいってのか?」

「簗田はん、うちに儲け話を持ってきたのが間違いや。責めるんなら、簗田はん自身を責めてや」

 めちゃくちゃな論理を振りかざしているので、おれは、シロジロの主人として、絶対に許さないと猛反対した。この先、シロジロはおれの飛び道具とするのだ。茶屋の婿にさせて、ここに居ずっぱりにさせるわけにはいかない。

「そない反対しはるんなら、簗田はんの弱味、世間に言いふらしたって構いませんで」

「なっ――」

「うちんとこんさゆりちゃん、どこぞら来やはったおなごでっしゃろ。ねえ、おとうちゃん」

 したり顔のおきぬを前にして、おれは、ただただ硬直するほかにすべはなかった。

 しかも、「うちんとこ」って。さゆりんが、いつから、おきぬ・・・の従業員になったってんだ……。

 禿げかけたひたいに手をあてて、うなだれぎみにおとうちゃんが言う。

「簗田はん……。こればかりは、あんさんには人を見る目があらしまへん……」

 地球最強のパワーウーマンは、もはや、突如として出現した巨大隕石のごとく、とどまるところを知らない超速度で動き出してしまった。

 店を閉めかけていた鴨川沿いの団子屋に飛んでくると、ものすごい早口でまくしたてる。

「そないゆーことで、こん団子茶屋は今日限りで閉めます。たたみます。おしまいおす。さゆりちゃんは明日から簗田はんの手伝いやさかい、天下の間抜けなおとこしたちをさんざんにだましなはれ。こき使いなはれ。しぼれるもんはとことんしぼり取りなはれ。あやちゃんはさゆりちゃんの手伝いやね。簗田はんの手伝いやないで。さゆりちゃんの手伝いやさかい。簗田はんはあやちゃんに鼻の下を伸ばすからね。ほして、四郎次郎はん。あんたはうちの婿はんどす。あんたはうちの婿はんとして、ゼニ稼ぎの先頭を切っていくんどすえ。覚悟しなはれ。京市中にて蛸薬師くだルに豪商・茶屋四郎次郎ありと、五畿七道ごきしちどうにあまねく知れ渡るまでには、どんな泣き言も甘えも許しまへんで」

「え、え、な、な、なんスか、女将さん」

「それはちゃうちゃうんとちゃいますか。女将さんやあらしまへんやろ? 今日のこれからは、うちこと呼ぶには、きぬ・・、と、呼びなはれ。自分の嫁を、女将さんやらなんやらと呼ぶおとこしが、この世のどこにおりますか? そないなことほな、角倉はんからゼニを借りられまへんでっしゃろう。あんさん、ほんまにわかっとるんどすか?」

「い、いやっ、女将さんっ」

「女将さんおまへんて、言うてはりまっしゃろォっ!」

 そうして、シロジロはおきぬ・・・襟首えりくびから引きずられて、冬寒い夕闇の中へと連行されていった。

 あーやはおろか、さすがのさゆりんでさえ、目玉の中をぐるぐると回して錯乱さくらんしてしまっている。

「な、なんなんや。どういうことや」

「しいて言うなら、けたが一つ増えるたびに、たがが一つ外れていくんだろう」

 とはいえ、そんなジョークにもならないジョークをついている場合じゃない。シロジロの人生はもはやゼニゲバ鬼ババアに食いつぶされるとして見捨てるとしても、あの勢いでは、角倉はんから五百貫文を借り受けてしまっても不思議ではない。

 資本率がおれより上回ってしまっては、せっかくの打ち出の小槌こづちおきぬ・・・に握り取られてしまう。

「さゆりん、今すぐ、岐阜に戻って、年末に開催される奇進札の宣伝を広大にやってこい。あーやも一緒にだ。やりすぎたって構わん。信長の目に止まって取り潰されたってかまわん。これまでにないぐらいに稼いでこい。一千貫――、いや、二千貫文が目標だ。わかったな」

「アホか。そんなに稼げるわけないやん。せいぜい、三百貫が関の山や」

 ハア、という溜め息とともに、やれやれとでも言いたげな背中を向けて、あーやと二人、店をたたむ準備をし始める。

「おいっ! ここが摂津工作の転機なんだぞっ! それなのに、おきぬ・・・なんかに主導権を握られてみろっ! あいつのやりたいようにされてしまって、工作なんか二の次になっちまうじゃねえかっ!」

「それはあんたも同じやろ。それに、鉄砲のことなら、前みたいに若殿にでも頼み込めばええやろが。あんたの得意の土下座でな」

「お前な……。いいかっ! この世の中なっ、カネなんだよっ! カネカネカネカネカネェっ! 何をするにしてもカネェっ! カネがあればなっ、どんな荒技だって繰り出せるんだっ!」

「私らはゼニを稼ぐ商人やなくて、単なる忍びやもん。そやもんなあ、あや・・

「はい」

「忍びなら、泥棒ぐらいできんだろうが、ええ? 何も泥棒してこいって言っているんじゃねえんだ。宣伝してこいって言ってんだ。流言だったらお得意だろうが」

「泥棒なら、あんたこそ得意ちゃう? いつかの松永弾正みたいにな」

「だ、黙れ――」

「そこんところ黙ってもええけど、正月に持ってこられるんは三百貫文やで。それでええんなら黙ってもええよ?」

「お、お、女ってやつはっ! す、すぐに弱味をちらつかせて、きょきょきょ脅迫しやがって!」

「弱味を握られるあんたが悪いんやろ。女が悪いんやない、お天道てんと様はいつも見てるいうことや」

 クソッタレが――っ。

 いっぽう、仮面夫婦のパートナーとなってしまったシロジロは、おきぬ・・・のされるがままに引きずられていき、角倉はんを紹介され、

「お、おかみ――、あ、いやっ、き、きぬ・・と二人で、ふ、船を動かしたいんで、五百貫文、あっしらに、か、貸してくださいッス」

「いや……、あんさん、茶屋ちゃやはんとこの丁稚でっち――」

「角倉はんは言うてましたなあ? おなごには貸さへんけれども、婿はんには貸すて。武士に二言はあっても、金貸しに二言があったら、信用問題どすえ? こん、京都みやこ中に響き渡る信用問題どすえ?」

 おきぬ・・・後先あとさきをかえりみない脅迫に、角倉はんはすっかり尻込みしてしまい、三百貫文までなら堪忍かんにんしてやるということで、

「簗田はん、うちとこの船、さっさと淀の川を進めるようにしておくれやす。うちとこのゼニには利息がつきますさかい、あんまり悠長ゆうちょうにしてはると、利子分は簗田はんからもらうことになります」

 まだ、船を手に入れてもいないというのに(おれの船会社だというのに)、ましてや、おれをあおり立てる始末である。

 おきぬ・・・が三百貫文ならば、おれは、せめて七百貫文は揃えなければならねえ。いや、八:二ぐらいの比率でないと、あのゼニゲバウーマンには頭が上がりそうもない。

 全力を尽くせば、奇進札で一千貫文は不可能じゃねえ。岐阜だけじゃなく、美濃尾張、いいや、はるか三河ぐらいにまで手を伸ばせば、一千貫文なんてたやすいはずだ。

「ほな、三百貫文、仕入れてくるわ。また、来年なあ」

 しかし、さゆりんは、白々しいがまでにそう言い残して、あーやと二人、岐阜へと旅立っていってしまった。



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