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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第九章 国盗り物語
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野心再燃

「これは……」

 小寺官兵衛こと、黒田官兵衛のバッタモンは、

「こないなべっぴん、播州にはおりまへんて……」

 と、蛸薬師のおきぬ(・・・)に遭遇したなり、二十歳そこそこのクソガキらしい性欲の期待感で顔中をほころばせやがった。

「簗田殿、あの人は見てんところ、貴公きこうめかけではなさそうやけど、いったい、あの人、おいくつでらっしゃいましょ」

「お前、つい昨日には言ってたよな、計略を働くのは、どんな女を抱くよりも快感だって」

「それとこれとは別でっしゃろう」

「やめとけやめとけ。あいつは三十路をとうに越えている。そのうえ、ゼニゲバだ。お前ならもっと気立てのいい若い女が見つかるもんだ」

 すると。

 戸がスウッと開いた。おきぬ・・・が白湯を運んできて、おれはゴホゴホッと咳払い。

「なんごとか、聞こえはりましたでぇ?」

「いやはや、おきぬさんはえらいべっぴんやから、簗田殿はひとり占めしたいそうですわ」

「どうでっしゃろかぁ? こん方、もっと若いおなごが外によういますえぇ。うちの知る限りでも二人ほど」

「やめろ」

「なんやて?」

「なんやて、じゃねえ! どんな言葉遣いしてやがんだ、テメーは!」

「これは失敬」

 などと、バッタは薄ら笑みを浮かべる。

 おれは邪魔なおきぬを叩き出す。太ももをゆすらせながら茶をすする。

「そういえば言い忘れておりました。伊勢いせ長島ながしま一向いっこう門徒もんと挙兵きょへいしたそうで」

「知っているよ」

 おれはあからさまに溜め息をつく。

 この田舎者、いつの話をしているのだか……。

「西には三好みよしおよび石山いしやま本願寺ほんがんじ、東には伊勢長島に浅井朝倉、六角残党もしかり、比叡山ひえいざんでさえ織田殿に反抗のきざし、この難局なんきょく上総介かずさのすけ殿は、どないしのぐつもりなんでしょか」

 バッタはおれの目を覗き込んできながら、知った口をきいていた。

 まったくもって、知ったような口である。

 その後の情報が、おれの耳には、とっくに入ってきている。

 信長は、朝廷や足利あしかが公方くぼうを動かし、各方面と和睦に持ち込もうとしている。

他人事ひとごとのお前は楽しいだろうな、この世の春を見たおれたち織田の、この瀬戸際せとぎわのときが」

 おれは皮肉で言った。何も知らないこいつに。

 すると、

「ええ、実に愉快ですねん。まさか、簗田殿が女忍びを使つこて、団子茶屋で情報をかき集めさせとるなんてなあ」

 途端、おれは背筋が寒くなった……。

 この野郎……、どこまで知っているのか、どこまでを知らないのか。

「だ、誰に聞いた。ここの丁稚でっちのチビにか」

四郎次郎しろうじろう殿に団子茶屋をやらせとるいうんは、たい殿から聞きおよびました。けど、あそこの女が忍びいうんは、拙者のこん目で」

 バッタが人差し指でしめすのは、自らの鳶色の瞳。

 そのまま、口許で笑みながら、

「さすが、織田の真ん中で天下を動かしている男はちゃいます」

「フン」

 おれは、茶をすする。おだてられたところで、そうそう簡単にご機嫌になるものか。一癖も二癖もあるバッタときたら、まるで心の中が見透かせん。

 この簗田左衛門尉、数々のご当地とうちモンスターと、駆け引き合戦をやりあってきたつもりだ。対峙たいじする相手の心の機微きびを、若干ながらでも、読み取れる自信は少なからずある。

 だが、バッタは、まったく読めん。

 おれ自身の心持ちを、こいつに軽快にゆだねてしまえば、どんな恥を欠かされることやら。

 なので、おれは口許くちもとをひしゃげ上げながら、嫌味いやみたっぷりに言ってやった。

「天下を動かしている男だなんて、ありがてえ言葉だ。だがな、そのおれをてのひらで転がそうってのが、お前や承兌だろうが」

「しかし、乗ったんでありましょ。拙者どもに」

 バッタはひょうひょうとして、軽快である。

 ただ、ぶつけてくるその鳶色の眼差しは、怪しい光を含めながら、挑発的だ。

「ほほう。ならば、おれが乗ったその船は、大船か? 泥舟か?」

 ふふん、と、バッタは鼻を鳴らした。

 すると、ふいにおれから視線をそらす。戸の向こうがわをじいっと見つめる。

 しばらくの沈黙のあと、膝を進みだしてきた。顔を寄せてくる。

 ささやいた。

「その舟は、商船ですわ」

「は?」

 おれは眉をしかめた。おれの疑問を喜ぶかのようにして、バッタはさらに笑む。

「堺の商人どもを利用し、ひそかに、三好、本願寺と手を組むんです。計はここから始まります」

「な、な――?」

 混乱した。まったくもって、瞬時に理解できるような言葉のしつではない。

「な、何を言ってんだ?」

 三好、本願寺と手を組む?

 三好や本願寺は、敵、のはずだが。

「これは正気でっせ」



 バッタは相国寺に戻り――あいつはどこぞの城主を任されているそうだが、いったい、いつまで京で油を売っているつもりなのか――、おれは蛸薬師の自室に一人、バッタが話した新たなる計略を思い直していた。

 それは、イマイから鉄砲を調達するための説得材料なのだが、トンデモ理論すぎる。

 その舟は、商船ですわ――。

 まったくもって、商船を使うらしい。

 バッタが言うに、イマイが鉄砲を無料で差し出してくれるには、それ相応の見返りが必要だと。

 その見返りが、商船だという。

 三好三人衆の上陸からというものの、石山本願寺の参戦もしかり、イマイが摂津の争乱に困り果てているのは火を見るより明らかだ。

 理由の一つには、情勢がこのままであると、やつが代官権を所有している、住吉・遠里小野を、織田方が失陥してしまう可能性が高い。

 もう一つ、これは、イマイに限らず、堺の商人すべてに言えることであるが、摂津淀川の航路が使用不可能になってしまっている。

 淀川は、はるばる琵琶湖から流れてき、やがては摂津湾に注ぎ込まれる。

 この大河のもっとも下流域を支配しているのが、摂津福嶋に砦を築いた三好三人衆ならびに、石山本願寺だ。

 ここに、織田方の支配権はちっとも及んでいない。

 堺会合衆はイマイのでしゃばりによって信長に恭順しているのだった。元来、誰にもしっぽを振らない自治団だった。ところが、ゼニゲバモンスターことイマイが目ざとくすり寄ってきたおかげで、堺会合衆は、商人と言えども、れっきとした織田方になっている。

 それに、イマイがすり寄ってきた時期といえば、尼崎あまがさきの会合衆も、同じように信長に恐喝された。しかし、こちらはカツアゲに断固抵抗した挙げ句、焼き討ちの目にあった。

 男気を貫いた尼崎会合衆に対し、堺会合衆はゼニに目がくらんで信長に走り寄っていったイヌコロである。天下の心象とやらも、堺会合衆に対しては、あまりよくない。

 淀川河口には、堺の船を通さずという気配がある。そもそも、京や近江周辺は信長の支配下である。三好や本願寺が、堺と京・近江を分断するのは、自然の流れであろう。

 バッタ曰く、そこが目の付け所らしい。

 おれが、船を出せ、と。

 つまり、おれが、堺に所属していないフリーの船会社を作る。そいつで堺会合衆の代わりに淀川の船運を担う。陸運ばかりで商品の運搬費がかさんでいたゆえに、イマイは大手を振るって喜び、鉄砲を寄越してくれる。そんな、トンデモ理論である。

 あのバッタ野郎、謀略家のツラをしつつ、結局はトンチンカンの荒唐無稽だ。

 とはいえ、何度も何度も思ったことだが、トンチンカン案ぐらいでしか、この摂津の現状を打破できなさそう、というのも、事実だ。

 わけがわからなくなってくるので、おれは摂津の簡略図を広げ、整理してみる。



挿絵(By みてみん)




 我らがトンチンカン案の最たる目標は、淀川以北の北摂津の大きな地域を、ヘタレ弥助のものにするということだ。

 そのためには、摂津を三つにわける。

 バッタの予想だと、石山本願寺は、石山大坂から木津川口までをおさえてくる。

 三好三人衆は京奪還のために、山崎周辺まで伸長してき、おそらく、信長が出張ってこられない今の状況だと、フルハシやハタケヤマでは三好三人衆の勢いは止められない。

 そして、ヘタレ弥助に下剋上を起こさせる北摂津。池田九右衛門に、茨木や高槻、伊丹といった、幕府方(織田方)の主要地域を攻め取らせる。

 北摂津を池田九右衛門のものにさせるためには、池田配下のヘタレ弥助二千の兵に鉄砲を装備させ、軍事力を飛躍させる。

 鉄砲調達――というのが、我らがトンチンカン案の最初の障壁なのである。

 イマイが乗ってこなければ話にならないのだ。イマイをその気にさせるためには、淀川の航路――なのだが……。

 船なんか、どこにあるんだってんだ。

 おれは武将である。商人でもなんでもない。船をどこから仕入れてくるのだ。誰が船を動かすのだ。船員はどうやって調達するのだ。

 バッタの奴、ふざけやがって――、と、一瞬は思ったが、おれはよくよく考えてみた。堺の商人たちが利用する航路を、おれが確保する。石山本願寺や三好三人衆に裏から手を回して、通行約束を得る。ということは、おれに収入が入ってくる。

 つまり、堺~京の淀川ルートは、簗田商船(仮)が独占できるということなのだ。

 これは、ニヤつきが止まらん……。

 いくばくの投資が必要なのかは不明瞭であるが、それでも、利益が莫大になるのは間違いない。なにせ、天下からさまざまな物が集まってくる堺の港、そこから、この国の首都みたいなところである京までのルートを独占できてしまうのだ。

 寄進札など、しょうもなくなってくる。

 すると、おれは摂津三分の計などという荒唐無稽策などどうでもよくなった。

 そんなもの、失敗しても構わん。簗田商船(仮)の成功こそ、この摂津工作の悲願である。

 いや……、まてよ……、簗田商船が摂津で幅をきかせるようになったころ、北摂津をヘタレ弥助がおさめたとなったら、さらに莫大な儲け話にありつけられるのではなかろうか。

 簗田商船が独占するのは、堺~京ルートだけではなく、ゆくゆくは、ヘタレ弥助の圧力で淀川河口を牛耳ってしまう。そうして、全国津々浦々からの船を、京に入れないようにする。ヘタレがやはり牛耳るであろう、北摂津の尼崎に荷揚げさせ、そこから京へのルートは、おれだけのもの。

 そのとき、おれに入ってくるゼニときたら、とんでもないことになる。

 なるほど、摂津三分の計の成功は、すなわち、この簗田左衛門尉が大富豪として君臨するということにもなるのだ。

 素晴らしい。

 小寺官兵衛くんは、なんて素晴らしい策略家なのだろう。

 よし、さっそく、さゆりんに寄進札を開催させ、船の調達、淀川通行権の獲得に走らせよう――。

 いや、まて。あの女狐のことだ。堺の二千貫徴収の交渉役にあたったときのように、ゼニ儲けばかりに精を出すな、などという、バカげた文句を言い出しかねない。

 シロジロにやらせたほうが。

 ただ、あの野郎は、金儲けには従順であろうが、根本的にバカだ。鼻くそを掴まされたようなやつだ。能力にも信用にも値しないゴミだ。

 そうなると、簗田商船立ち上げの適任者は……。

「おきぬさん、ちょっと、話があるんですが、よいかな?」

 帳場の陰から顔をのぞかせたおれは、ちょいちょいと、ゼニゲバ若女将を手招きした。




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