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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第九章 国盗り物語
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新たなる覚悟

 ふたたび相国寺しょうこくじの門をくぐり、蛸薬師たこやくしへの帰路をたどりはじめたときには、すでに日は暮れかかっていた。

 おれとバッタ、それと、ネギ坊、三者さんしゃが交わした意見交換――というよりか、もはや激論――、それはそれは長いあいだだったろう。

 結果、おれは、ふるえる思いでいる。

 小寺こでら官兵衛かんべえとかいう、あいつ……。

摂津三分せっつさんぶんけいですわ」

 と、あいつは出し抜けに言った。あの、めっちゃ関西なまりの、尻上がりのイントネーションで。

群雄割拠ぐんゆうかっきょの摂津を三つにしてみせませんかァ?」

 バッタいわく、摂津のたびかさなる騒乱は、豪族の乱立と、それら豪族の中途半端な強大さが招いている。

 なるほど、たしかに、おれが混乱したほどである。

 ただ、そのようなくせの強い連中を、どのようにして三つにまとめるのだ。

「簗田殿、無論むろん三国志さんごくしはご存知やろ?」

 ま、まあ、知っとるわ。さすがに、しょくは有名だからな。

「三国志かて、最初は群雄割拠やったやないですか。それを、曹操孟徳そうそうもうとく蹴散けちらしていく途上とじょう、弱小勢力の劉備玄徳りゅうびげんとくとなえましたな、諸葛孔明しょかつこうめいが。天下三分てんかさんぶんけいや、と」

 つまりは、パワーバランスということであった。

「同じことを、この摂津でもやってみせましょうや。石山いしやま本願寺ほんがんじ三好みよし三人衆さんにんしゅう、そして、摂津せっつ池田いけだ、この三つに綺麗に分けてしまいましょ」

「ハ?」

 と、おれは当然ながら、眉をしかめたわけだった。

 その三つ、すべてが反織田なのである。

 しかし、織田とは他人のバッタは、もちろんのこと、他人事のようにして言う。

「摂津池田に攻め潰させましょ、伊丹いたみ茨木いばらき、それと高槻たかつき。ほんだら、淀川よどがわ以北を掌中しょうちゅうにして、摂津池田は一大勢力となりますわ」

「お前、バカか?」

 おれは呆れてしまい、初対面にもかかわらずそれだった。ナメてんのか、とまで言いたいほどであった。

 が、しかし、続きがあった。

 下克上。

「主君、池田いけだ九右衛門きゅうえもんやいばは向けるは、荒木あらき信州しんしゅう村重むらしげ

 おれは、察した。

 バッタはニタリと笑った。おれの目を覗き込んできながら。ニタリと。

 できなくもない話であった。茶碗一つでコロリと寝返るような、あのヘタレを口説くどき落とし、して、ゼニゲバ瀬兵衛などもきつけたうえで、摂津池田にクーデターを起こすは、百歩ゆずって、できなくもない話だった。

 そのうえで、ヘタレ連中を織田に引き込む。

 できなくもない。

 淀川以北は織田のものになる。さすれば、三好三人衆はおろか、石山本願寺を圧迫あっぱくせしめ、いいや、それどころじゃない、北摂津を傘下さんかにすれば、包囲網ほういもうまれつつある織田の現状が、劇的に変わる。

 壮大すぎるが、活路かつろはそこしかないのかもしれない。

 だが、だが、である。

 壮大な物語に、百歩ゆずっても、だ。

 まず、摂津池田をどのようにして一大勢力とさせるのか。

「火縄銃」

 バッタはこともなげに言った。

「簗田殿が火縄銃を調達したように、信州にも調達させればよいのですわ。ほんだら、兵力は変わらへんでも、軍事力は大いに飛躍しますやろ?」

 調達先は堺のイマイだとほざいた。この播州の田舎者がどこで仕入れてきたのやら、おれがイマイに借りたようにして、ヘタレ信濃守にも調達してやれと。

「そ、そ、そんなこと、できるか……」

 おれはうめくしかできなかった。

 またしても、イマイに借りを作るのだなんて御免ごめんだ。イマイに火縄銃を借りてから越前えちぜん敦賀つるがのいくさまでというのは、まっこと、胃がキリキリする毎日であったのだ。

 失敗したら、支払いが一万貫いちまんがんだったのだ。

 あんなのは御免だ。

 それに、イマイが、ヘタレ信濃守に火縄銃を貸すわけがない。イマイは織田の御用商人なのだ。信長の下僕げぼくなのだ。

 そして、ヘタレは敵方なのである。

 摂津三分の計とやらをイマイが鵜呑うのみにすると思えん。

 ましてや、火縄銃の威力というのは、敦賀のいくさにて、おれが天下に示したのだ。そういう内訳によって、イマイはおれに無償で譲ってくれたのだ。

 おれが火縄銃の威力をいくさにて示せば、噂を聞いてイマイには新規顧客がつく。一万貫を失っても、その何倍も儲けられる。事実、敦賀のいくさのあと、信長から二千丁の注文がイマイに入った。

 よって、イマイがいまさら火縄銃を無償でゆずるわけがない。

「しかし、今井彦右衛門からしてみてくだあさい、摂津の危機は自身の危機やないですか。住吉すみよし遠里小野おりおのの代官なんでっしゃろ。三好や石山がこのまま大きくなってみてくだあさい、今井彦右衛門は儲けるところをすべて失いますわ」

 そこから、激論であった。摂津三分の計とやらで今井を説得できるわけがない、今井はそんなにバカじゃない、たとい商売で危ない橋を渡っても、政治がらみの危ない橋を今井が渡るはずがない。

 そうすると、それまで黙っていたネギ坊こと承兌しょうだいまで参戦してきたのだった。

「簗田殿の御敵おんてきは、時代なのでしょう。今井彦右衛門殿お一人を折り曲げられず、どうして時代をくつがえられましょう」

 はらわたが煮えくり返る思いであった。いいや、思いじゃない。煮えくり返った。

 とりあえずは、播州ばんしゅうで戦国武将らしきことをやっているバッタの言い分ならわかってやれないでもない、だが、しかし、この茶坊主に、なんでェ言われなくちゃならんのだ。

「つまり、茶坊主ごときに言われてしまっているのです、簗田殿は」

 取っ組み合った。もう、取っ組み合った。バッタと三人、もみくちゃであった。

 ただ、一通り暴れまわったあと、息を整え直しているうちに、なんだか、道はそれしかないように思えてしまった。

 蛸薬師への帰路、おれはたびたび立ち止まっては、頭を抱えてしまう。

「摂津三分の計て……」

 こんな壮大な取り組みには、いまだかつて関わったことない。

 取り組み……、いや、これは

「謀略――」

 それも、とびきりの。

 人を、自分の好きなように、まるでチェスの駒のようにして動かすのである。

 イマイをたらしこめ、ヘタレ信濃守をたらしこめ、池田九右衛門をあおり立て、あの伊丹を滅ぼし、あの茨木を滅ぼし、そんでもって、足利幕臣、つまり、今のところは我が織田側であるはずの和田まで滅ぼさせ、最終的にはヘタレ信濃守が下克上、我ら織田は美味しいところを頂戴するというのである。

 何を隠そう、こいつらは、すべて生身の人間なのだ。

 人間――というよりか、もはや、池田だの、伊丹だのと、団体、集合体、大多数の人々が織り成す生活圏なのである。

 これを、おれが、まるで神の手のごとく、己の思うがままに転がそうというのだ。

 できるわけがない……。

「せやけどな、簗田殿――」

 バッタは言ったのだった。

「わしは思いますんや、それができたら、しびれまっせ。そりゃ、もう、どないおなごを抱くよりも、ふるえまっせ。すべてが、おのが掌におさまってしまったときには、もう、たまりませんわ、きっと」

 バッタは、もうすでに快感を得ているかのような笑みと、その瞳の輝きであった。




 おれは、謀略などという、だいそれた真似をおこなったためしはない。

 だましたことならある。さゆりんが、まだ、甲賀流だったときとか。

 局面をひっくり返したこともある。摂津池田に降伏勧告を引き渡したときとか。

 それらは、単発的な悪知恵であった。

 摂津三分の計などというものは、すべてが連動しなければならないのだろう。一日や一週間や一ヶ月で事を為せるような代物ではない。一年、いや、一年ぐらいで結果が見えるのかどうか。

 それどころか、誰かの死をも呼び込むはずである。

 なにかの滅亡へと誘導するのである。

 おれの利益のために。

 どこぞの武将が死ぬぐらいなら別段構わん。ただ、そもそもから関係のなかった者までをも巻き込むような気がしてならない。

 どこか、あの……、お市様の件のような。




 蛸薬師のおとうちゃん邸に戻ってきたおれは、一人、居室で考え込んだ。さゆりんに相談したいところでもあったが、これはおれが、一人、孤独の末に結論を出さなければならんような気がした。

 というのも、もしも、摂津三分の計を実行するとなると、さゆりんさえ、「さゆりんごとき」の存在だった。あいつは、大きな流れの前では――つまり、「時代」の前では、おそらく、ただの小娘であった。ただの殺し屋であった。それ以上のものにはなれなさそうな、ただの女なのだった。

 おれは――。

 やがて、夜通し考えたすえ、おれは一つの結論に至った。

 バッタに面会する以前、活路はもはやなかった。摂津三分の計、実にバカバカしい代物だが、余所者目線だと活路はあったのだった。

 そして、そもそも、この計略に失敗などないのだった。

 始めてもいないのだから。

 摂津打開の策において、もはや、おれに失うものはないのだから。

 足りないのは、謀略への覚悟であった。

 動き始めたら止まらない。最初の一手、万が一、イマイを説得できしまったら、いよいよ、謀略は突っ走りだす。

 その覚悟。走り始めたら失敗が許されなくなる覚悟。人々を蹴落としていく覚悟。エゴイズムを極み尽くす覚悟。

 やれるような気がする。やれないような気もするが、やってみたい気もする。

 おれは今までさんざん戦ってきたのだから。

 だから、やれる。けど、怖い。

 今、一歩。いつものように、あの瀬戸際を踏み出すときの覚悟。

 後押ししてほしい。

 誰かに――。

「承兌、今、このおれを突き動かせるのは、天下一等に生意気なテメーしかいねえ」

 早朝、おれは相国寺のクソを訪ねていた。

「何を迷っておられるのやら」

 と、このクソは、つるつる頭をテカらせながら、でかでかと溜め息をついた。

「人はもはや突き動かされているのです。その時、その刹那から」

「また、クソみてえな講釈か」

「では、なにゆえ、拙僧のもとに来たのです。クソのような講釈だと知っているのでは? 左様、簗田殿はそのようにして突き動かされているではありませんか。つまり、簗田殿はもはや、昨日、小寺殿にお会いしてしまった時点から、その道なのです。それが縁なのです。小寺殿だからこそ簗田殿は引き寄せられ、簗田殿だからこそ小寺殿に引き合わされた。そして、拙僧だからこそ、簗田殿だからこそ、たとい毛嫌いしようとも、今こうして、また引き寄せられてくる。人の縁のあるがままに道を歩むのはいかがか。いいや、簗田殿はおのずとそうした道を歩もうとし、ともすると、きっと、今までもそんな道を歩んでこられたのでしょう」

 まるで見透かされているような茶坊主の眼差しに、おれは無言の睨みでしか対応できなかった。

「このような言葉を拙僧は使いたくありませんが、それこそが運命というものかもしれません。考えに煮詰まったのなら、力量を信じられないのなら、運命のあるがままに進むべきです。八方塞がりのとき、もはや、人はそれを信じるしかないのですから」

 フン、と、おれは鼻で笑ってやると、腰を上げた。

釈迦仏しゃかぶつ帰依きえしている野郎の講釈とは思えんな」

 すると、このネギ坊、おれと同じようにして、フン、と、鼻で笑う。

「その減らず口ならば、今井殿のお一人やお二人、軽々とねじ伏せられましょうな」

 そのくせ、承兌の目の光には、おれに講釈を垂れていたときの涼やかなものが、悪戯めいたもの――、俗世を離れた坊主とは思えぬ、なんらかの可笑しみがあらわれていた。

 こいつもバッタと同じようである。すべてを己の掌にしてしまいたい期待感にあふれている。

 時代を操作する者の快楽。

 なるほど、おれもまたこいつら青二才の駒にすぎない。

 時代の表舞台に躍り出てもいないこいつらが、時代の表舞台に足を踏み出しているおれをけしかけたのだ。

「承兌、一つ、言っておいてやる。おれはお前に高見の見物なんぞさせねえからな。絶対にお前をそこから引きずりだしてやる」

「さて、愚僧に何が出来ましょうか」

「小寺官兵衛に伝えおけ。メシを食ったら蛸薬師の茶屋邸に来い」


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