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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第八章 九死旅程
136/147

摂津争乱

 夏の朝は早い。

 朝餉あさげを済ませても眠気は失せず、瞼をこすっては目やにを剥がし、ケツを掻きながらあくびを伸ばし、境内に出てくる。

 兵卒どもは腰を下ろしており、まだ飯の時間のようである。

 大将のおれが支度を済ませているというのに、なんたる怠けようだ。まあ、実質的な大将は太郎であるが。おれは隠居してしまったかのような風潮であり、本当にお飾りになってしまっている。

 クリツナもクロスケと並んでメシを食っていた。メシを食うときだけは、仲良しである。ただ単にお互いは眼中に入らないだけかもしれない。

「父上」

 団扇を動かしていると、太郎がかちゃかちゃとやって来た。うしろにはハンザが控えているが、もう一人、具足姿の見知らぬオッサンがいる。

 いや、見知らぬオッサンというより――。

「この者、半左衛門の父のようです」

 説明はいらなかった。京のどこかに住んでいるというのは聞いていたが、どう見たってハンザの親父である。ハンザが年を食っただけとしか言いようがないほどにくりそつで、背丈までほぼ同じである。

 ハンザの親父は片膝立ちになり、ハンザも揃って同じ姿勢となると、親子揃って視線を伏せてくる。

「伊奈仁兵衛と申します。愚息が厄介になりまして恐縮の極みにございまする」

「殿」

 と、ハンザが視線を持ち上げてくる。

「我ら簗田勢も兵が増えまして、将が不足しているのも明らか。差し出がましいやもしれませぬが、この父を、殿と若君のお役に立てればと考え連れて参った所存でございます」

「うーむ……。そういうことかね……」

 おれは腕を組んで、どうしたものか迷った。

 この親子は、デブの三河に逆らって出奔してきた身である。

 デブとはついこのあいだ、シロジロのことで揉め事を起こしたばかりだ。

「悪い話じゃないんだが、親父さんは、当然、徳川三河殿に顔を覚えられているでしょう? ハンザの顔は三河の人は誰も覚えていなかったみたいだけど」

「父上。それについては話したのですが、客分として、もしくは陣を貸すという格好で迎えてはいかがでしょう。であれば、波風もさほどは立たぬかと」

 よくわからないが、太郎がそう言っていれば間違いなさそうである。

「じゃあ、親子ともどもご助力お願いします」

「ありがたき幸せにて。半左衛門に負けず劣らず、この命に代えても簗田様をお守りする所存でございます」

 しみとそばかすだらけの顔は日焼けで真っ黒ながら、眼差しは曇りなく純粋で、息子のハンザに負けず劣らず生真面目そうなオッサンである。

 ハンザと親父が揃って兵卒たちのもとへ行くと、おれは太郎に訊ねた。

「なんの心変わりだろうな。シロジロがハンザを連れてきたとき、シロジロはハンザじゃなく親父さんを引き入れようとしたみたいだけど、親父さんは頑固者で、三河殿以外には仕えないだなんて言ってたそうだぞ」

「半左衛門が説得したようです。それに、父上が三河殿と親しくされているのも半左衛門から聞いたのかもしれません。帰参の道に繋がるかもしれないと、そう考えたのかもしれません」

「帰りたいなら帰りたいで三河殿に頼んでやったっていいんだけど」

「武功を立ててから、というのも、律儀者の考えなのではありませんか」

 律義者でもないおれにはよくわからん。

 出立とあいなった。クリツナにまたがり、大軍勢の一端となって洛中から洛外へ、やがては河内牧方を目指す。

 道中、一応ながらであるが、新七郎は我ら簗田勢に必要かどうか、と太郎に訊ねてみる。

「無論」

 という返答である。一言こっきりである。レンタル忍びは不可能なようである。

 すると、理介が「オヤジ殿は何を考えているのか知りませぬが」などと、おれのたくらみを察知したのかしゃしゃり出てきた。

「我らはおやかた様よりこれだけ兵を分け与えられるのです。オヤジ殿には与力の一人や二人はくれてもらえるようおやかた様に頼み込んでもらうか、どこぞの将でも見つけてもらわなんだかないませんわ」

「ああそう」

 相手にしてられん。「我ら」だの「かなわない」だの、どこから目線で物を申しているんだ。このバカは自分が簗田家の与力だと勘違いしているらしいが、梓殿に引きずられておれの家に来ただけの居候だろうが。

 それに理介に言われなくたってわかっている。おれが自然隠居したので、織田家中において、太郎にかけられる期待がどうも大きくなっているように感じられる。頭が太郎にすげ変わった途端に増兵だなんて、おれがどれだけ能無し大将と見られていたものか。

 まあ、太郎のためにも浪人の一人や二人ぐらいはそのうちに見つけてきてやろう。根来衆の参戦で信長もご機嫌だったから、さゆりんが原田城に手こずっていようとも、このいくさが済めば、池田の件が解決しようともせずとも、摂津爆弾は放り捨てられるはずだ。

 やらなければいけないことかもしれんが、実情を知れば知るほど、おれの手には負えぬとさすがに痛感した。

 もっとも、信長だって今回ばかりは三好三人衆が二度と再起できないほどに叩きのめすはずだ。そうなれば、摂津池田はまたぞろ降伏してくるか、やはり信長に叩き潰されるかのどちらかだ。

 それで一件落着。危惧することは何もない。

 何もない。




 真っ白に大きく膨らんだ雲の流れを眺めつつ、京から西へ、蝉の鳴き声を聞きながら。

 淀川を渡って河内国に入ると、牧方に宿陣する。軍議がとり行われ、翌日には摂津中嶋に進軍し、三好三人衆が拠点としている野田城と福島城を包囲する旨、各部隊の陣張りが告げられた。

 先鋒信長の本陣は石山本願寺の東、天王寺に置かれることとなった。

 そこもかしこも川だらけの地にあって、石山本願寺から西の川の対岸、天満というところに摂津衆や河内衆などが配置され、天満から南の川の対岸に敵方の野田城と福島城である。

 それでもって、野田城福島城から川を渡って東方の難波から信長本陣の天王寺、天満という具合でぐるりと取り囲むようである。さらに天満付近に砦を作りつもりだそうで、この日盛りにいつもの土方作業をやらされるのかと焦ったら、沓掛簗田勢はゴンロクの傘下、柴田勢は天王寺本陣を固める陣張りとなり、ほっとした。

 翌日、河内牧方を出立し、天王寺に着陣する。

 天王寺だの難波だのと言うからには、この辺りはきっと将来大阪になるんであろうが、川が網目のように流れていて首をかしげてしまう。

 おれにはよくわからんが、大阪はこんなに川だらけなんだろうか。まして、大阪というよりも田畑ばっかり。尾張も驚くべき田舎であったから、今に始まったことでもないが。

 とにもかくにも、砦が出来たら、一万人弱が詰め込もる野田城福島城に攻めかけるらしい。

 舟橋を架ける支度もあれば、畿内の諸勢力や根来などの援軍を待つという。というわけで、おれは天王寺の陣城でごろ寝する。信長本陣のお守りとあらば、いくさに駆り出されることもなさそうだ。

 織田勢だけで二万、援軍が来たら三万人から四万人らしい。小谷城のような見るからにまずそうな山城ならまだしも、今回の敵の根城は三好三人衆のバカどもが中洲に急造した毛の生えた砦だ。敦賀や姉川のようなひどい有様にはならんだろう。

 ゴンロクといえば、梓殿がボコってくれたおかげで、おとなしきこと森のクマさんのごとしである。目が合えば愛想笑いを浮かべながら、

「左衛門尉、殊勝にやっておるか」

 などと、こっちが接するのに困るぐらいだった。とはいえ、たいがいはおれと目を合わさず、軍議が終わればおれの背後におびえるようにしてそそくさとおれの前から消えてくれる。

 持つべきものは梓だな。

 三日間、天王寺の陣で寝転がっていた。

 朗報が飛び込んできた。兵卒どもが退屈しのぎにやっていた相撲を団扇をあおぎながら眺めていたら、見覚えのある若武者がかちゃかちゃとやって来たのだった。吉田早之介こと、さゆりんだった。

「ど、どうした」

 さゆりんは片膝をつくと、床几に腰を据えているおれの耳に顔を近寄せてき、言った。

「原田城、内紛の由にて――」

 おれが弥助に吹き込んだデタラメが功を奏し、摂津池田衆は原田右衛門尉に疑惑の念を抱いたらしく、さらにさゆりんが浪人仕官して潜入し、原田の家臣どもを扇動して真っ二つに割ったらしい。

 また、ちょうど織田の大軍がやって来たとあって、家臣どもは危機感を抱き、摂津池田、もしくは三好方に付こうとする原田右衛門尉に城を放火してまで叩き出し、伊丹城にいた池田筑後守を原田城に呼び寄せたそうだった。

 おれは団扇を握りしめて立ち上がった。

「でかしたっ!」

 いや――。

 さゆりんを褒めない予定なのだった。褒めると付け上がる。

 当然の働きだ。

 おれは咳払いをして床几に腰を戻し、「大儀であった」と信長みたいにして言ってやった。

「ご苦労さん。あとはいつも通り、沓掛勢の武将をやってろ」

 とも言って、早之介を団扇でしっしと追い払う。

 吉田さゆりん早之介は不服そうにしてじっとおれの顔を見つめたあと、生意気にフンと鼻を鳴らし、ふてくされながら太郎のもとへ挨拶しに行った。

 あの野郎。わがままばかりでおれを困らせていたことをすっかり忘れてやがる。

 でも、今のはちょっとやり過ぎだったかな。いや、あいつが悪いんだ。わがままばっかりだから。あれもできねえこれもできねえなんて言うんなら、武将なんかさっさとやめて、おれの愛人になればいいんだ。そうしたらおれだって髪を撫でながら「頑張ったね」って言って優しく匂いを嗅いでやるってのに。

 さゆりんには女の子に戻ってもらいたいものだ。武将をやめろって言ったって、どうせ、私がいないとなんいもできんやろ、とか生意気ほざくんだろうけど。

 そんなことより、おれはさっそく四天王寺に宿所を取っている信長に拝謁する。

「原田城で内紛があり、池田築州が入城しました」

「ほう」

 と、信長は瞼を広げご機嫌である。

「牛もおだてりゃ木に登れるかあ?」

 おれはほくほく顔で四天王寺をあとにした。

 これで摂津爆弾を放り捨てられる。摂津池田も取り囲まれて終わりだ。新五郎が心配だからヘタレ弥助だけは信長に口利きして助けてやるか。

 ところが、であった。

 太郎が妙なことを言った。

「柴田様がおっしゃっていたのですが」

 信長は石山本願寺の顕如に使者を出し、野田福島の包囲に邪魔だから一向門徒は石山から出ていけという触れを出しているらしい。

「なので、我らは門徒衆が引き払ったさいには石山に着陣するかと」

「いや――」

 何を言っているんだろう、この若殿小僧は。

「石山に着陣するからって、門徒衆が出ていくわけねえじゃねえか」

「しかし、明け渡さなければ戦火は免れませぬ。顕如上人もそのあたりは承知されているかと」

「お前――」

 バカじゃねえのかと喉から出かかったが、やめた。

 川を濠にして、土塁を積んでいる石山は、おれも中には入ったことがないから知らんが、塔頭が多く並びつつも、町を成しているらしい。武装した僧や浪人もさることながら、女子供も多く住み、全国からやって来る門徒衆も出入りしている。

 なので、危ないから避難しろという建前なのかもしれんが、信長がそのまま石山を乗っ取ろうとしているだなんてのは見え透いた魂胆であり、当然、顕如も信長のヤクザぶりはわかっているはずだ。二つ返事で門徒衆を石山から出すはずがない。

 それをこの若殿小僧は無邪気に受け取っているわけだ。

 まあいい、太郎なんか。

 どうして、信長がそんな火種になりかねないことをしているのかだ。まさか、あの野郎は顕如が今まで太刀やら馬やら銭やらを贈答してきたからって、暴力を振りかざせばすぐに言うことを聞くとでも思っているのだろうか。

 確かに石山本願寺は邪魔でしかないが、浅はかすぎるだろ。このおれに浅はかだと思われるなんてどうかしてる。

 こちとら、導火線が点火しないうちにおさらばしたいっていうのに。




 天王寺の陣でやきもきしていると、石山本願寺が信長の退去勧告に従わないでいるという話が聞こえてきた。当然だ。

 一方で、摂津中嶋付近の砦建設は着々と進んでいるそうで、また、足利公方も二千の幕府衆を引き連れて着陣した。さらに天満の陣には、どうやら大和国でいくさをおさめてきたらしい松永弾正ジジイの軍勢が入った。

 翻って、摂津池田の軍勢も淀川を越えて野田福島に入ったという一報が入った。さゆりんを呼びつけ、どういうことなのか問いただすと、

「どういうこともへったくれも――」

 池田筑後守が原田城を乗っ取ったには違いないが、そもそも摂津池田を攻め落とせるほどの兵力など原田城は保有していないとしょうもないことを言う。

「それに三好三人衆が摂津池田衆に援軍を要請するのは当然のことです」

 床几にふんぞり返りながら、おれはせかせかと太ももを揺すった。

 すると、何をそんなに危惧しているのかと、太郎や理介が呑気な顔で訊ねてくる。兵数も織田勢は敵方に比べて倍以上なのだし、足利公方も出陣している、野田福島の砦はさして堅固でもない急ごしらえ、敦賀や姉川のようになるわけでもないのだから、そんなに神経質になってどうするのだ、と。

 まったく……。何もわかっちゃいねえ……。

 こいつらが若僧だからなのかどうなのかは不明だが、敦賀のときもこんな感じだったじゃねえか。織田の天下だと驕り高ぶって呑気に越前に侵入したら、新九郎殿に裏切られて一転窮地に陥ったじゃねえか。

 危機意識がなってねえ。

 とはいえ、そんなことを若僧どもに言ったって何も始まらん。

 取り決めているのは信長であって、おれも若僧も織田家中の全将も信長の言うことに従うだけだ。

 黙って従うだけだ。

 でも、それでいいのか。

 敦賀のとき、うっかり忘れていたというのもあるが、新九郎殿が裏切るっていうのはわかっていたのだ。わかっていたのに何もしなかったから、おれに付き従ってきた沓掛の兵どもを犬死にさせちまった。お市様に不憫な思いをさせちまった。避けられた結果であったのに避けられなかった。

 今、この状況。

 信長があんまりにも石山本願寺を脅迫すると、爆発は不可避だと思えてならん。すると、信長包囲網という最悪のシナリオに繋がっていくはずなんだ。包囲網を組まれたときにどうなってしまうのかよくわからんが、多分、余計ないくさばかりが増えるのだろう。

 信長に脅迫するなって注進するべきか。

 親分がおれの意見なんかに聞く耳を持つとは思えねえ。口八丁で挑んだって、おれのたいがいは信長に見透かされちまうのだ。ボコられるのが落ちのような気がしてならねえ。

 お市様を輿入れしろってでしゃばったとき、めちゃくちゃボコられたもんな……。

 それでも――。

 頭上を仰げば、真っ白な雲が悠然として青空を泳いでいる。太陽は燦々と降り注ぎ、蒸した風が頬に吹く。

 しかし、鮮やかだった緑の色も輝きをほのかに失い、蝉の鳴き声も心なしか落ち着いてしまったかのような夏の終わりである。

 雲がゆっくりと流れていくように季節もゆっくりと過ぎ去っていくような。

 かぼそい蝉の鳴き声が空に吸い込まれていくさまには、あのころの花も草木も遠のいていくようなわびしさがある。

 敦賀の春の終わりも、姉川の初夏のときも、秋の訪れとともに消えていくような。

 おれはひとしきり瞼を閉じて固まっていたあと、床几から腰を上げた。大声を上げてねじり鉢巻きを呼び、クリツナにまたがった。

 四天王寺にやって来る。

「恐れながらっ」

 床に手をついて折り曲げたおれの腕は、まさしく恐れのあまりにぷるぷると震えていたが、鼻の頭から汗の玉が落ちるのもいとわずに言った。

「お、お、おやかた様はっ、一向門徒に石山を退去せよとお触れを出してあらせられるそうでございますがっ、と、と、得策――ではないかとっ」

「なにい?」

 やっぱり……。唸り声からしてわかる。信長のご機嫌が一挙に損なわれたのが、こちらが顔を伏せていてもわかる。瞳孔を広げ、眉間にたっぷりと皺を寄せたのがわかる。

「こ、ここで、一向門徒衆をいたずらに煽り立ててしまえば、万が一、我ら織田に牙を剥いた場合、摂津は取り返しのつかないことにっ」

「なんだあ」

 と、じゃりっと草摺を鳴らしながら床几から腰を上げてきた。じゃりじゃりと歩み寄ってくるので、おれは思わず肩をすくめてしまう。

 でも、おれ、頑張る。

「ここで一向門徒を敵に回してしまえば、お、お、織田が、と、取り囲まれて――」

「根来を呼んだは貴様だろうがっ!」

 甲高い怒声をぶつけられたとともに、髷を掴まれた。ぐいっと持ち上げられた。信長の顔は目の前で真っ赤に燃えたっている。目玉を剥いて、ぎらぎらと怒りをみなぎらせて、ブチ切れている。

 あかん――。

「貴様が根来を呼び寄せたんだろうがっ!」

 ぶん殴られた。

「何を寝言をほざいてやがるっ! 門徒どもを敵に回せば、なんだっ! ああっ? おおかたそのつもりだっ! このうつけがっ!」

 と、蹴っ飛ばされた。踏んづけられた。このうつけが、このうつけが、と、頭をぐりぐりと踏みつけられた。

 な、何をおっしゃているのか、親分は――。

 根来はおれが呼んだんじゃねえかとか、門徒を敵に回すつもりだとか。

 いや、そういうことだったのか。

「調子に乗りおってこの野良牛がっ!」

 信長とて顕如がやすやすと出ていかないことぐらい承知しているというわけだ。だったら、石山本願寺が局外中立を破るのを待って、三好三人衆と一緒に摂津から叩き出そうとしているってことだ。

 ああ……、全部、合点がいった。三好方を取り囲む陣張りもわざわざ石山まで取り囲んでいるし、出陣が遅かったのも三好方が京に攻め上らずに摂津中嶋に着陣したからで、ならば、この機会に最初から石山を乗っ取ろうと企み、敵方に砦を作らせたのだ。

 それでもって、おれが根来衆を援軍にしましたなんていう手紙を送ったから。

 根来と本願寺は対立している。根来が目と鼻の先にしゃしゃり出てくるとなると、本願寺も危機感に煽られる。

 信長は以前の本圀寺の謀略のときのように、おれがそれを承知の上で策略していると勘違いしていたのだろう。だから、ブチ切れているのだろう。

「去ねっ!」

 と、言って、最後におれの顔面に蹴りをぶち込んできた。

「おやかた様っ!」

 しかし、おれは顔をおさえながらも信長の足下に這いつくばった。

「こ、こればかりは、ご容赦くださいっ! 一向門徒を敵に回せば、織田は間違いなく危機を迎えますっ!」

「なんだ貴様あっ! 貴様、門徒かっ!」

「違いますっ! あっしはただ、おやかた様のためを思い――」

 また、蹴っ飛ばされた。そういうことを言っちゃならんかったのかもしれない。本当にブチ切れてしまった。何度も何度もおれを踏みつけてきながら、

「貴様ごときが何が俺のためだっ! いつから貴様は、かように生意気な!」

 と、怒りの咆哮を寺中にびしびしと響かせつつ、おれの髷を掴んで床に何度も打ち付けるというどこかの誰かさんのようなお怒りようで。

「このうつけっ! 貴様がっ! 貴様ごときがっ! 調子に乗りおってえっ!」

 もしかしたら、今日はうっかりご機嫌斜めの日だったのかもしれない。ここまでボコられたのは久々である。

「だいたい、貴様、誰に頼まれて陣中におりやがるっ! 摂津池田はどうしたっ! ああっ? それでしまいかっ! ああっ?」

 おれはもうなんにも口答えできない。口の中はずたぼろだし、体中がはちゃめちゃだし、蹴っ飛ばされて殴られては踏んづけられるから、もう何も考えられない。痛いとかどうのこうのより、早く終わってくれと願うばかり。

「貴様なんぞ岐阜に去ねっ!」

 サッカーボールみたいに頭を蹴飛ばされて、ぐったりしてしまったところ、信長は吼える。

「俺の前に二度と姿を見せるなっ!」

 信長は小姓どもを引き連れて怒りのままに議場をあとにしていき、おれはしばらくぶっ倒れたまま。

「いかんでしょう、オヤジ殿」

 オヤジ殿だなんて誰かと思って視線を懸命に持ち上げてみれば、哀れみの目でおれを抱き起こそうとしているのは竹だった。

「石山を叩き潰すのはかねてよりだったのですし、おやかた様はそれに難渋されてきたというのに。それなのにおやかた様のためだなんて」

「んなこと言ったって――」

 泣きたくなってくる。おれは本当に本当に間違ったことなんかしてないってのに。

「しばらく岐阜でおとなしくしていたほうがいいですよ。菊がなんとかしますでしょうけど、蟄居処分は免れられませんよ」

「とりあえず、濡れ手ぬぐいでも持ってきてくれよ。血だらけだ」

 竹は溜め息をついて、誰かを呼びに行く。

 最悪だ。

 バカ野郎クソ野郎。

 もうどうにでもなれ、くそったれ。


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