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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第八章 九死旅程
134/147

左衛門尉、調略行脚

 すでに文月七月、姉川の決戦から半月が経っている。

 暑気が日増しに膨大している。

 わがまま小娘が非協力的なせいで、おれは汗水を塩にして飛び回った。

 まず、堺に行った。

 とと屋の主人であり、織田家の茶人でもあるタナカに会う。

「先日、信州殿より文が届いて、簗田殿には面目ないという旨、書かれてありました」

「じゃあ、弥助殿のところに行けば、考えを改めて織田方に付きますかね」

「無駄骨でしょう」

 と、タナカは吐息をつく。

 池田の謀反の契機は、ヘタレ弥助であった。しかし、筑後守を追い出してしまった今となっては、池田郎党の誰もが、その潮流に逆らえなくなっている、というようなことを、タナカは言った。

 同感だ。彼らの決断力の無さは身をもって味わっている。

 むしろ、ヘタレが動いたということのほうが、ある種、奇跡なのだ。

「のちのち、何が起こるかわかりません。簗田殿。今のうちに信州殿にお会いしておいたほうがよろしいのでは。顔繋ぎ程度でも」

 それもそうだと思い、とと屋をあとにする。

 イマイの屋敷も訪ねる。

 ゼニゲバモンスターには会いたくもなかったが、おれには一計あった。

 あらかじめ、タナカにちらっと聞いていた。阿波を出た三好方が、堺付近の浜辺から強行上陸するのではないかという風聞が、近頃、湊に流れ始めたらしい。

 真実か、ただの流言なのかは知れん。

 ただ、三好方が堺に乗り込んでくるとなると、もっともまずいのは、いち早く信長におもねったイマイである。

「今日、堺を訪ねて、あっしも初めて聞いたんですが、三好方は尼崎じゃなく、この近くから上陸するんじゃないかってことのようで」

 イマイの心情に探りを入れてみると、居丈高なデブは扇子で顔を扇ぎつつ、鼻で笑った。

「織田様が追い払っていただけるでしょう」

 つまり、さっさと信長を連れて来い、と。

 おれは愛想笑いではぐらかす。

「北近江での大いくさから日も浅いんで、なかなか、態勢を立て直すのが難しく。本圀寺のときも、なかなか動けませんでした。当面は、公方様に頼らざるを得ないでしょう」

 イマイの扇子の動きが早まった。

「そうともなれば、織田様にも手痛い一大事となるかもしれませんな」

 尊大な態度は変えないが、イマイの目はわずかながらに泳いでいる。

 堺の目と鼻の先には、こいつの利権の温床である遠里小野が位置している。

 おれは、ぐっと、首を前のめりに突き出した。

「イマイ殿のお力で、紀伊の根来寺を動かせませんか」

 堺に来る前、おれは地図を眺めているうち、ネゴロってのはどこかで聞いたなと思い出した。しぶしぶ、ネゴロで鉄砲術を修行してきた女狐から内訳を聞いた。

 根来寺という坊主教団は、一万人近くの兵を抱え込んでおり、古くから権威をしらしめてきた。

 ここ百年のうちでにわかに台頭してきた一向門徒とは対立しているらしい。

「三好方が石山の顕如と裏で手を組んでいるので、根来寺の援軍を摂津に。さすれば、三好方を討伐するついで、門徒衆の総本山も攻め滅ぼせます」

「何を」

 イマイは扇子の手を止めた。蛇の舌のような眉をしかめている。

「おたく様は何を根拠にそんなことを」

「と、いうことにしてくれればいいんです。石山が中立であろうが、なかろうが、今は関係ありません。三好方の息の根を止めるためにはなんだって構いやしません。そうでしょう? もしも、三好方を勢いに乗らせてしまえば、摂津はどうなるか」

 おれはさんざんにイマイの恐怖心を煽った。

 今井が代官を務めている遠里小野や住吉などが、三好方の上陸で、いかに失陥してしまう危険性が高いか、説いた。

「率直に申せば、織田は連戦続きでくたびれています」

 この点、イマイは商人であった。おれはいくさ場を何度となく経験してきた武将だった。

「イマイ殿のおかげで火縄銃を持たせてもらいましたが、敦賀でも、北近江でも、織田の終わりを目前にしたのは変わりません。あっしはつくづく思いましたよ、この世の中、何が起こるかわからないって。だから、今は、打てる手はすべて打っておかなければいけません」

 当初の尊大さもどこへやら、イマイは扇子を掌のうちに握り締めて、息を呑んでいる。

 大きくなればなるほど、守りに入ってしまう。おれはサンザにそう責められたわけだが、得たものを是が非でも失いたくない気持ちというのは、ゼニゲバモンスターも変わりないようである。

「やれるだけのことはやりましょうか」

 フン。すっかり、口車に乗せられやがった。

 悪徳で稼いだカネを根来にでも払ってろ。

 堺に一泊したのち、蛸薬師に帰ってきたおれは、早速、信長への戦果報告の手紙を書く。

 根来衆を焚きつけるようイマイに依頼した、と。

 手柄獲得である。

 自慢するため、女狐を呼んだ。

「今井に根来の援軍を要請したやて?」

 わがまま小娘は眉をひそめる。

「強引すぎやないか? 根来衆が摂津に入ったら、石山を触発させるで」

 何もしない奴が口ばかり達者になって、おれの力に嫉妬している。

 無視した。

 とはいえ、イマイが根来の援軍を引き出せるかどうかもあるし、引き出せたとしても、おれの手柄というよりイマイの手柄だ。

 もう一個ぐらい信長がご機嫌になるような手柄を立てよう。

 タナカがもう一つ、おれに耳寄りな情報を与えてくれていた。「池田築州殿は、今は河内の若江城におられるらしく」と。

 堺から帰ってきたその翌日、若江城に向かう。

 この日は朝っぱらから女狐が茶屋邸に来ており、おれを見張っていた。おれがクリツナやねじり鉢巻きとともに出かけるとなると、いちいち付いてきた。

「早之介は何もやらないんじゃなかったのか? ん?」

「殿が危なっかしいからです」

「まあ好きにしろ。ただな、邪魔だけはすんじゃねえぞ」

 夜明け前に蛸薬師を出て、夕暮れ前には若江城に到着した。

 押しかけ訪問であれ、簗田左衛門尉の名が知れているのか、正七位上左衛門尉の官職の効果か、三好左京大夫ことフルハシは、日暮れとはいえ、おれにすんなりと会った。

 フルハシは二十歳そこそこの若僧だ。育ちの良さそうな肌艶の良い色白のくせ、目つきの悪い狐目の若僧である。三好家の内紛で揉まれているうちに、悪党ヅラになっているのかもしれん。

「織田殿はいつ参られるか」

 口調は落ち着いているが、内心、気が気じゃないようであった。

「北近江の大いくさから日も浅く――」

 はぐらかしたあと、池田筑後守を呼ばせた。

「面目ない」

 と、筑後守は頭を下げてくる。

 筋張った顔立ちは、鋭気みなぎれば精悍であったが、痩せこけるとみすぼらしい。

「心労、お察しします」

 そんなことより、自分には一計あるのだ、と、筑後守に伝えた。

「築州殿。高槻に行くべきです。和田伊賀守殿の吹田攻めに馳せ参じるべきです。その間、あっしは原田城を調略します。築州殿が吹田攻めに参じているとあれば、原田城も三好方から離別しやすい」

「しかし、かの地の原田右衛門尉は、三好の一族からおなごを迎えるという話がわしの耳にも」

 むっ……。初耳である。

「池田の謀反者たちにも手綱を握られているに違いなく、たとえ簗田殿が交渉しても、うなずくとは」

 しかし、だからといって、引き下がるわけにもいかん。

「やってみなくてはわかりません。築州殿とて、ここにおられても致し方ありませんでしょう。ならば、あっしが先んじて高槻に行きます。和田勢に陣借する旨、伊賀守殿に取り次ぎます」

 その晩は若江城に泊まり、翌朝、高槻に向かう。

 淀川を越える渡し舟に乗っていると、湾のほうで雲がとどろいているのに気づいた。

 甲板に四つ脚で突っ立つクリツナのたてがみを、湿った風が大きくなびかせている。

 三好三人衆が上陸するまでに、もはや日がないと思われる。

 イマイが根来衆と接触しているかどうか気がかりだが、それはそれとして、ややこしくなりそうな摂津から逃げ去るには、立てられそうな手柄には、思いつきであれ、挑戦していかなければならん。

 途中、風雨に降られたが、高槻に到着したころには鮮やかな橙色の夕焼けだった。

 高槻城もやはり、おれをすんなりと城内に引き入れた。

「この和田伊賀守、逆賊、池田を殲滅してくれよう」

 鼻息の荒いオッサンであった。実際、鼻の穴が大きかった。

 伊賀守は、細川兵部と同じく、公方の流浪時代から付き従ってきた武将だが、京市中の香りに洗練された趣のある兵部と違って、一見、片田舎の豪族のような髭面だ。

「池田築州殿に、和田殿の陣をお貸しいただけないでしょうか」

「築州? かの者は存命であったか」

「河内若江城より、近習十騎、三好左京大夫殿のお心配りで、百の手勢をお借りして参上します」

「それは心強い」

 話が早かった。翌朝、さっさと、池田に向かう。

 さゆりんが言う。

「原田右衛門尉のもとではないのですか」

 邪魔もせず、口出しもせず、ただの付き人としておれの側にくっついてきているさゆりんは、原田城を横目に見過ごしたとき、初めておれに馬を並べてきた。

「池田の誰に会うつもりなのです。九右衛門ですか? 下手をしたら殺されるのではありませんか」

「なわけないだろ。弥助のところだ」

 池田郊外の寺に立ち寄る。

 さゆりんに芸州の益田ナントカを名乗らせて寝床を確保すると、念の為に行商人の姿に扮装、美濃調略以来、石清水八幡宮の証文を懐に入れる。

 クリツナとねじり鉢巻き、わがまま小娘は寺に置いて、池田に侵入した。

 弥助の屋敷の門は、相変わらず雑兵が固めていた。しかも、六人いた。前は一人だけだったのに、謀反劇に加担したからか、相当の用心深さである。

 当然、槍先を突きつけられたが、あらかじめタナカから貰ってきていた紹介状を見せる。

 通された。

「こ、こ、これは、や、簗田殿――」

 広間に現れたヘタレ弥助は、唖然として手を震わせており、おれが睨みつけてやると、すかさず床に膝をついて、手をついた。

「も、も、申し訳、ご、ござらんっ! み、三好に脅されてしまってっ!」

 何も知らねえと思って、よく言うわ……。




 嘘つきで、臆病者で、節操のかけらもない。

 しかし、この荒木信濃守こと、ヘタレの弥助は、池田一族の娘を正室にしており、また、親父の遺産で荒木郎党二千を従えている有力者である。

 そして、嘘つきで、臆病者で、節操のかけらもないからこそ、この野郎はなかなかの悪党であった。おれを牢屋にぶち込んだときもそうだった。掌を返す早さときたら、右に並ぶ者はいないのではないか。

 この悪党、池田の謀反劇の契機となったからには、発言力はさらに上昇しているであろう。

「最後の別れに――」

 茶を一服頂戴しに来た、と言うと、ヘタレはすぐに素襖に着替え、おれを庭の庵に案内した。

 抹茶を茶筅でかき回して、おれの手元に差し出してきた器は、おれの知らない茶碗である。

 池田の目付役で隣の屋敷に居を構えていたころ、たびたび、ヘタレに茶を振る舞われた。ヘタレの自慢の茶器なら、ある程度は把握している。

「いい茶碗だ」

 と、飲み干したあとの器を、おれはしげしげと眺める。

 ヘタレは無言であったが、茶の湯賢者の目許には、どこか、得意げな欲が滲み出ている。後ろめたさはまるでない。面の皮の厚い男である。

 疑惑の茶碗を置き、ヘタレが茶器のあらかたをしまい終えると、おれは、新五郎殿に会いたい、と、言った。

「え?」

 茶の湯賢者は、賢者らしからぬ動揺を見せた。

 ヘタレの嫡男である。

「隣の屋敷を借りていたころから、まだ一年と少々しか経っていませんが、もはや会えないとなると、ひどく昔のことのように感じてしまう。いや、なにせ、新五郎殿を見ていると、あっしの倅の幼いころを思い出してしまって」

「しかし――」

 ヘタレが嫌がっているのは、ただ単に、自分の茶室に幼い息子を入れたくないだけである。

「どちらにせよ、これが最後です」

 感傷的なおれの笑みにつられ、ヘタレは腰を上げた。

 屋敷から新五郎を連れてくると、総髪の瞳のつぶらな子を、茶室の隅に折り目正しく座らせる。

「お久しぶりでございます、簗田さま」

「やあ、新五郎。久しぶりだね。大きくなったんじゃないか」

 おれは新五郎を近くに招き寄せ、頭を撫で、取り留めのないことを訊ねる。しっかりと学問や武芸に励んでいるのか、などと。

「簗田さまが北陸の敦賀という土地で、武功をたてまつったと耳にしました」

 新五郎は瞳の中身から川の巡りのような輝きを寄越してくる。ヘタレの息子とは思えぬ可愛い奴である。

「これから新五郎が立てるような功に比べれば、屁でもない」

「拙者は大して強くありません。簗田さまみたいに大きくもありません」

「強くなかろうと大きくなかろうと、精神一到何事か成らざらん、だ。いずれは、いくさ場で会おう」

「池田にはいつまでおられるんですか?」

「今日にでも帰るさ」

「次はいつごろお越しになられますか?」

「どうだろうな」

 新五郎は唇を尖らせて、拗ねた。なにせ、おれが来ると、お父さんの秘密の庵に入れるのである。

「達者でな」

「もう、お越しになられないんですか?」

「それはわからん」

「もうよろしい。新五郎。屋敷に帰りなされ」

 と、弥助に言いつけられて、新五郎は「はい」と力なくうなずき、とぼとぼと庵をあとにしていった。

「新五郎殿に次に会うは、本当にいくさ場かもしれませんね」

 ヘタレは苦々しい顔つきでいた。胸中の複雑さを表情に絡めさせてもいた。

「けれども、あっしはそうなってほしくないもんです。築州殿が九右衛門殿に追放されたのは、致し方ないことで、あっしも池田の内実はよくよく存じている。池田が織田の軍門に降った当初から、三好方に与される方も大勢いた。敦賀での殿軍の一件を不満に思われるのも当然だ。しかし、あのとき、北近江の浅井備前が反旗を翻さなければ、こうはなっていなかったわけで。つくづく、人の世はわからないというか、これも時代の流れというか、あっしどもは結局、運命のあるがままというか」

 おれが溜め息を細長くつけば、ヘタレは気難しそうにして視線を落とす。

「織田と池田が戦うのは避けたいもんです」

 新五郎を呼びつけたのは、この感傷的な空気を作り出すためだった。

 目の前で沈黙を貫いているのは、池田が三好方に転じてしまった事件の張本人である。

 だが、この野郎は節操なき男であった。

 三好方だの、織田方だの、池田一族内のごたごただの、それらを踏まえてヘタレはクーデターを決断したわけではない。

 すべては、たかだか茶碗一つである。

 信念が茶の湯にしかないからこそ、こいつはおれの嘘臭い芝居にも飲み込まれてしまう。

「今は事態が急を要しているためにどうにもなりませんが、いずれはまた再び、池田が織田と協調できるようにしたい。なにしろ、このままでは、あっしは兵を率いて池田と戦い、弥助殿ならず、新五郎殿までも、標的にしなければならなくなる」

 ヘタレが一向に黙りこくっているので、おれはべらべらと喋った。物語った。敦賀、八相山、姉川と、命の危険をかいくぐってきたものだが、自分は、当の浅井とは因縁浅からぬ間柄であったと。

 お市様に優しくされたことがある。新九郎殿に評価された舞い上がったこともある。

 ところが、今となっては、大名と一武将の隔たりはあれど、殺し殺す間柄だと。

「だから、次のいくさ、池田には生き残ってもらわなければ困る」

 摂津池田の寝返りに、信長は怒り狂っている。おれは誇大にそう説明する。畿内諸勢力を総動員して、三好方を潰す気でいる。ヘタレを脅した。

「弥助殿にお会いしている時点で、あっしはおやかた様に反目していますが、しかし、命に代えても、池田には生き残ってもらわなければ困る。弥助殿や、小さな新五郎殿の友人として」

 ヘタレはおれを黙って見返すだけである。若干、目が泳いでいる。

 茶碗一つで掌を返したこいつには、そもそも織田方を撥ね返すだけの自信の根拠などなかったろう。

 その一方で、おれやこいつみたいなバカにありがちな、自分は絶対に死なない、という妄信もあるかもしれない。

 ただ、ありがちなバカのおれにはよくわかる。妄信は、現実が迫り来るとき、初めて、人並み外れた恐怖になる。

「原田城の原田右衛門尉――」

 と、おれはようやく本題に入った。

「池田築州殿を引き入れる手筈を整えていますよ」

 ヘタレの泳ぎ目は、固まった。無論、ヘタレとはいえ、原田城の重要性は理解しているはずだった。

「ま、ま、まさか。原田右衛門尉は、三好一族の娘を貰い受け――」

「高槻城を探ってみたらいかがか。行方をくらませていた築州殿が手勢を率いておりますから」

「は、原田が、築州になびくとは思えませぬ」

「まあ、そうでしょうね。ただ、さきほども申し上げた通り、あっしも浅井備前が織田の敵になるとは、去年の今頃はまったく夢にも思いませんでした」

「そんな、まさか」

「あっしは本心からして、弥助殿に刃物を向けたくはない。池田には残ってもらわなければ」

 池田をあとにした。

 押しかけ宿泊の寺に帰ってくると、さゆりんが山門の柱に寄りかかっていた。おれを確かめたなり、階段を器用に駆け下りてくる。たった、十数段を跳ね跳んできただけなのに、息をせき切り、おれを立ち止まらせる。

「なんとも、なんとも、無かったんか?」

「何が」

「い、いいや。なんでもないわ」

 貸し与えられた寝床に戻ると、ねじり鉢巻きがメシを食らっている横で、さゆりんが箸を止める。

「それで、何用で殿は荒木信州を訪ねられたのです」

「流言だ」

 と、言って、おれは煮豆を放り込む。

 ヘタレの弥助がおれの思い通りに動いてくれれば、奴は現当主の池田九右衛門か、池田四人衆などに、原田右衛門尉に怪しい動きありと報せる。

 根も葉もない嫌疑をかけられた原田右衛門尉は疑心暗鬼に陥る。

 和田伊賀守が池田筑後守とともに吹田を攻略すれば、池田方からすると、原田城はいよいよ怪しくなってくる。

 しかし、一族合議制に蝕まれている池田方は、原田右衛門尉を信じるか信じないか、いつもの決定力のなさから紛糾するばかりとなり、混乱が原田右衛門尉に波及したところで、どうなるか。

「池田の混乱が、原田城に波及する。混乱すればするほど、池田筑後守が乗っ取る隙もできる。原田右衛門尉じゃなくても、原田の家臣だっている」

 おれとねじり鉢巻きが夕飯を進めていても、さゆりんはずっと箸を止めていた。

「一体、殿はどうされたのです。人が変わったかのように精力的に動いてしまって」

「誰かさんが何もしてくれねえからだ」

 さゆりんが物言いたげに睨みつけてくる。おれはぱくぱくと夕飯を口の中に運んでいく。

「旦那。クリツナにメシを食わせてくるわ」

 と、ねじり鉢巻きが腰を上げ、席を立った。

 さゆりんがようやく夕飯に箸をつける。たくわんをぼりぼりと噛みしだく。

「あんたにできるんか」

「何が」

「よくもまあ池田に忍び込めたもんや。あんたみたいな図体のでかい男が。原田右衛門尉とて、あんたのことは存じているんじゃないんか」

「どうにでもなる」

「あんたは京に戻りいや。仕方ない、私がやるわ」

 おれは箸を止める。鼻で笑う。

「大した自信だな」

「あんたよりはマシや」

 わがまま小娘がようやっと働く気になったようなので、おれは京に戻ることとした。




 高槻の和田伊賀守が出陣したとの風の便りが入ってきたのは、おれが蛸薬師に帰ってきて二日後であった。

 村井民部の屋敷を訪ね、詳細を聞いたところ、池田筑後守が吹田攻めに参戦しているそうである。

 しめた。

 わがまま小娘は、必ずや調略を成功してくれるだろう。おれの頑張りように刺激され、ましてやおれに挑発されたあの女狐は、意地っ張りが功を奏して、原田右衛門尉の家臣の一人や二人を暗殺しても、原田城を混乱の渦に陥れてくれるはずだ。

 茶屋邸に戻り、信長宛ての手紙を書く。

 原田右衛門尉に寝返りの兆しあり、と、摂津池田に流言を吹き込み、並びに原田城に調略活動をかけていますゆえ、吹田攻略がかなえば、原田城は混乱いたします、と。

 これで原田城内が分裂し、池田筑後守を引き入れる流れになれば、おれは手柄獲得。危険な摂津はおさらばである。

 が――。

 想定外のことが起こった。

 三好方が一万の軍勢でもって、とうとう尼崎から上陸してきた。

 すると、この天下騒乱軍は、吹田城も伊丹城も無視した。

 着陣したのは、なんと、石山本願寺の目と鼻の先、淀川沿いの中嶋と呼ばれている三角州だった。

 この三角州には、過去の遺産らしき、野田城、福島城という、ちっぽけな砦があったらしく、三好方はこれら二城を改修、拡張し、反攻の本拠地と定めたのである。

 伊丹も吹田も無視して、ここに陣取ったということは、おれの仮定や法螺は、あながち仮定でも法螺でもなかったのかもしれん。

 三好三人衆と石山本願寺は、やはり、裏で通じ合っている――。


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