天下の火薬庫
「摂津国」
伊丹城 幕府方 伊丹大和守
高槻城 幕府方 和田伊賀守
池田城 三好方 池田九右衛門
原田城 三好方 原田右衛門尉
吹田城 三好方 吹田因幡
石山 本願寺顕如
「河内国」
古橋城 幕府方 三好左京大夫
飯盛山城 幕府方 畠山左衛門督
若江城 幕府方 三好左京大夫
高屋城 幕府方 畠山左衛門督
「山城国」
勝竜寺城 幕府方 細川兵部大輔
槇島城 幕府方 槇島玄蕃頭
勝竜寺城から蛸薬師に帰ってきたおれは、兵部から聞いた話をもとに、摂津及び、近郊の地図を作ってみた。
……。
三好左京大夫という奴が出てきた時点で、おれの頭は混乱ぎみだ。
なぜ、ミヨシなんだ。
こいつも三好三人衆の一味じゃないのか。
裏庭で草むしりをさせているねじり鉢巻きに、さゆりんを連れてくるよう言いつける。
「なんや。岐阜にはいつになったら帰るんや」
「帰らん」
おれはわがまま小娘に、地図とメモ書きを見せる。
髷結いに素襖の小娘は、地図を見つめたあと、黙って視線を持ち上げてくる。
「どういうことや」
「この古橋城と若江城、三好左京大夫って野郎が牛耳っているらしいが、どうして三好方の人間がここにいる」
女狐は首をかしげながら、嘲笑してくる。
「あんた、なんでなんも知らんの? よくそれで摂津をどうにかしようって思ったな」
一言も二言も多いバカに、三好左京大夫が何者かを説明された。
信長が上洛する前、三好三人衆と松永弾正の悪党によって押し立てられた三好家の当主である。
しかし、ややもすると、命を狙われている危険を感じて、松永弾正と組み、三好三人衆と敵対し始めたらしい。
「こっちも三好、こっちも三好じゃ、話が混乱してくる。左京大夫のことはフルハシって呼べ。こいつは今日から古橋左京大夫だ」
「あんた、阿呆ちゃう」
弾正もフルハシも三好三人衆に追い込まれていた。
そこへ、信長が上洛してきた。
松永弾正のジジイが信長にすがりついたのと同じく、フルハシも信長を頼り、結果、河内国の半分を治めることになった。
「じゃあ、フルハシの勢力は、どうして、こんなに飛び飛びなんだ。ハタケヤマと譲り合いしているじゃねえか」
「一言で表せんわ。一つ説明したら、もう一つ説明しな足りなくなる。それがどんどんと続いて、応仁の乱まで続くんや。簡単やないんや」
「そんなこと言ったってなんにもならねえだろ。おれにわかりやすいように説明するのもお前の役目だ。十兵衛とかに聞けば、そりゃ教えてくれるかもしれねえけど、恥を欠いちまうだろうが。いいのか、おれが恥を欠いたって」
「別に構わんわ。あんたは恥知らずやないか」
「だから、どうして、ハタケヤマとフルハシは、こんな形で河内を分け合っているんだ」
バカは溜め息をつきながらも、話を進める。
ハタケヤマとやらは、河内国守護職に就く武門の末裔。
細川京兆家が衰退していくとともに――。
「細川京兆家ってなんだ。勝竜寺城の細川兵部大輔のことか」
「ちゃうわ。兵部大輔は京兆家の分家やわ。京兆家は幕府の管領職を代々務めてきた、まあ、将軍家に次ぐ地位ってところや」
「京兆家の当主はどこにいんだ」
「三好三人衆と一緒に阿波に逃げておるわ」
三好氏というのは、阿波の豪族に過ぎなかったが、応仁の乱での活躍を契機に、畿内に進出してきた。
三好は長い年月とともに細川京兆家を凌ぐ勢力となっていく。
河内守護のハタケヤマもとばっちりを受けた。
河内支配を目論む三好方との争いで、ハタケヤマは勝っては負けてを繰り返したすえに没落した。
そこに信長がやって来た。
足利義昭を陰ながら援助していたハタケヤマは、信長の登場により、表舞台に復活できた。
「ただ、三好左京大夫とは――」
「三好左京大夫じゃねえ。フルハシだ」
さゆりんは睨みつけてくるも、続ける。
「畠山左衛門督と、古橋城の左京大夫は、過去からの因縁で揉めておった。せやから、上総介はこういうことにしたんとちゃうか」
「そうか」
おれは吐息を長々とついてしまう。
「聞けば聞くほど、訳わかんなくなってくるな……」
そもそも。
「そもそもだな、三好三人衆ってのは何者なんだ。畿内で暴れ回っているかと思えば、四国で休んで、また攻めてくる。四国に何があんだよ」
「まあ、三好をここまで台頭させた三好長慶っていう先代の当主がおって、そん中で――」
三好三人衆とは、文字通り、三人の権力者がいる。
まずは三好日向守。三好長慶の従兄弟叔父。三好長慶を支えてきた重鎮。
つぎに三好下野守。三好長慶と家督争いを繰り広げたが、長慶にてんてこまいにされると、降伏して家臣になった。
最後に岩成主税助。かなりの武辺者で、松永弾正ジジイ同様、長慶の側近から成り上がった。
「これが三人衆って言われている連中やけど、この三人衆は三好宗家を支配している。阿波を仕切っとるんは三好長慶の弟筋の分家や」
阿波には三好阿波守という奴がいる。
家督を継いだときは九歳、いまもまだ十七歳ということで、重臣の篠原右京進という野郎が阿波三好家を差配している。
「本圀寺の襲撃の折も、今回の上陸も、分家筋の篠原右京が、宗家筋の三人衆を援護しとる」
「ふーん。でもよ、宗家筋だの分家筋だのと言ったって、誰が宗家の当主なんだ? 宗家の当主はフルハシじゃねえか。こいつらは誰を担いでいるんだ」
「誰も担いでおらん。せやから、三好もややこしいことになっとるんや。ほんでもって、調度、上総介が上洛してきたしな。まあ、しいて言うなら、篠原右京が支えている阿波守やないの」
「なるほど。ということはだ、三好三人衆がどうのこうのと言う前に、シノハラを殺せば三好三人衆も崩壊するわけだな。ということで、さゆりん、シノハラを暗殺してこい」
「阿呆ちゃう。できるわけないやん、そんなの」
「は? 何を言っているんだね、キミは。暗殺なんてお手の物だろう? キミはおれを二度も殺そうとした忍びじゃないか」
「あんたみたいに隙だらけな男やったら、篠原右京は私じゃなくてもとっくに殺されとるわ」
「またそうやって自分を棚に上げて、できねえできねえか」
「なんやて?」
小娘は眼光をぎらつかせてきたが、おれは、フン、と、鼻を背け、アケチソードを鞘から抜いて、打ち粉を叩き始める。
「キミは、おれの手下になったときからそうだな。一言目には阿呆やないか。二言目にはできねえ。おれが池田に降伏勧告しに行くときもそうだった。鉄砲をかき集めるときもそうだった。敦賀のときも。キミが素直に、はいやります、って言ったときなんてあったかね」
「ほんなら、言わせてもらうけどな」
来た来た。
この女狐、いつも、こうだ。
おれが提唱すれば、怒る。おれが駄々をこねると、説教する。しかし、おれがその後にブチ切れれば、なんだかんだで、やるのだ。
シノハラ暗殺。それで一件落着。信長も諸手を広げて喜ぶ。
「摂津池田だけじゃなく、摂津に関わるところを調略するつもりだったんなら、なんで、新七やあやを連れてこんかったんや」
「なぬ……?」
「当然やろが。私、一人でなんでもかんでも出来るわけないやろが。あんたみたいな阿呆を殺すぐらいなら訳ないけどな、あんたがやろうとしていることは、摂津を手玉に取るってことや。そんな大仕事が、私一人で出来るわけないやろが。ましてや、あんたみたいな阿呆を頭目にしてな」
おれはアケチソードを下ろしていく。おれへの容赦無い罵詈雑言はともかく、笑ってしまう。
「キミは何を言っているんだい? 新七郎は沓掛勢の足軽組頭。あーやは簗田家の女中。連れてこれるはずないじゃないか」
「なんでや。私を使い回しているやないか。四郎次郎を連れて来ているやないか。新七郎もあやも同じように連れて来ればええやないか」
「バカ言ってんじゃねえ。シロジロはただの穀潰し。お前はおれの側近っていう流れなんだ」
お話にならないので、再び打ち粉を叩いていく。
「ただでさえ沓掛勢が少ないって言ったのはお前だぞ。この前のいくさで大功を立てた新七郎を連れ出すのを、実質的に簗田家当主の若殿がよしって言うはずねえだろうが。おれの立場もちっとは考えろ。二年近くもおれの側にいるんなら」
「だから、あんたは駄目なんや。あんた、本気になったら左衛門太郎に土下座でもなんでもするやないか。火縄銃のときはそうしていたやないか。つまり、本気じゃないんや」
おれはせせら笑いつつ、懐紙で粉を拭っていく。
「若殿にお伺いを立てなくても、新七郎は沓掛勢の兵隊と、おれが決めているんだ。フン。下のモンはすぐにそうやって言うもんだ。あれもしてくれこれもしてくれってな。要求ばっかに従っていたら、大将は務まらねえ」
「なら、調略なんてできん」
「やれ」
「ほんなら、あやだけでも連れて来てや。話はそれからや」
「なんだとお?」
さすがにおれは腹が立ってきた。アケチソードを鞘にしまいこむと、駄々っ子を睨み据える。唸りつける。
「お前は何を言ってんだ? あーやに何ができるってんだ。十六、七の女の子じゃねえか」
「あやは元は甲賀流の忍びや。私程度やなくても、働けるわ」
「ふざけんじゃねえっ! あーやにお前と同じ真似をさせてたまるかっ!」
腰を浮かして唾を飛ばしたが、駄々っ子は顔についた唾を冷ややかな手つきで拭い取る。
目も合わせてこずに、冷ややかな口調で言う。
「私にはやらせて、あやにはさせたくないんか」
「おいおいおいおい! 言っていることがおかしいだろうが! お前はおれの手下になったときっ、お前が勝手に武将になっていたんだからなっ! あーやは団子屋の娘だったんだからなっ! 好き好んでやっているお前と違うんだっ!」
すると、駄々っ子は無言で睨みつけてくるのだった。
ブチ切れていたおれだったが、たじろいでしまう。駄々っ子の目つきったら、普段は殺し屋の睨みのくせして、今回ばかりは女の子の睨み方なのである。
何かこう、怒っていても、拗ねているような。
おれは舌打ちした。しかし、かぶりを振りながら、溜め息もついた。
「無理に決まってんだろうよ。考えてもみてくれ。おれがあーやをこっちに連れて来るだなんて言ったら、疑われるだろう。明らかに愛人にするつもりじゃねえか。そうしたらな、おれの奥方様はあの般若でもしねえような顔になって、おれの存在はこの世から消し飛ぶぞ」
「それが一番ええやん」
「もういいっ! 帰れっ!」
「消し飛べ消し飛べ消し飛べや。あんたなんか消し飛べや」
鼻歌でも口ずさむみたいなおれへの悪口とともに、さゆりんは部屋を立ち去っていく。
クソが。
だったら、一人でやるわい。
誰があんなわがまま小娘を頼ってたまるか。
阿波の宰相シノハラを抹殺すれば万事解決だが、殺し屋がわがままで動かないときたら、方針を転換しなくてはならん。
となると、三好方とのいくさは免れられない。
三好方は一万余という情報である。
池田勢は総動員数が一万。
地図で、情勢を俯瞰している限り、敵方はまず伊丹城を攻めるだろう。
池田勢の寝返りにより、伊丹大和守は閉じ込められている。
三好方が尼崎から上陸してくれば、伊丹はたちまち陥落であろう。
兵部によれば、この状況に公方も指を加えて見ているだけではないらしい。
伊丹城と京のあいだのルートを回復するため、高槻城の和田伊賀守に吹田攻めの下知を与えたそうだ。
伊丹勢、和田勢の摂津衆のみでは、苦戦を強いられると兵部は言っており、「織田殿にご出陣を催促してくだされ」と、おれに要求してきた。
おれが要求せずとも、公方が要請するだろうし、すでに京都に駐在している村井民部のジジイが詳細を伝えているはずだろう。
信長は、どれだけの規模で摂津に出陣してくるだろうか。
対浅井戦線のために、近江湖岸に展開しているサルやマリオを差し引いても、二万から三万人は動員できるはずだ。
となれば、信長が摂津に来る前に、それなりの成果を立てておかないとまずい。
地図を眺め、わがまま娘の手を借りずとも、可能な策略を探す。
だが、おれには、三好や池田よりも、ものすごく気になっている場所があった。
でんとして構えている、一向宗の総本山、石山の本願寺だ。
おれの浅い歴史知識であっても、信長を邪魔するといえば本願寺、本願寺がブチ切れる相手といえば信長、と、認識している。
ところが、信長と本願寺は、今のところ、敵対していない。
気になって、おれは村井民部のところを訪ねることとした。
我ら織田と本願寺とのあいだの関係について訊ねてみると、
「どうした急に」
と、ジジイは訝しがっていたが、信長がこれまでに各勢力から贈呈されたり略奪したりしてきた一覧の記録を見せてくれた。
記録の分厚さに、まあ、よくもこんなにほうぼうからぶん取ってきたもんだと、感心しつつ、頁をめくって人差し指で丹念に追っていると、最初に見つけたのは、
永禄十年霜月(11月)石山本願寺、太刀一振、馬一頭。
永禄十年……?
おれは指折り数えながら逆算していくが、よくわからん。
「民部殿。永禄十年って、いつのことでしたっけ」
「稲葉山城を岐阜と改めたころではないか」
「ああ――」
不思議だ。
あの頃といえば、当然、織田の勢力域は尾張と美濃ばかり。摂津の石山とはだいぶ離れている。というのに、顕如は信長に贈答品を送ってきたのである。
あの頃に摂津を牛耳っていたのは、三好方だ。
顕如は三好方を疎ましく思っていたのか。信長の破竹の進撃を見越していたのか。
永禄十一年神無月(10月)石山本願寺、銭五千貫文。
これは恐喝のことだろう。
この時期は信長が上洛を果たしたころだ。
摂津池田が降伏した境目ぐらい、信長が畿内の寺町から湊町にまで、銭貫文をカツアゲしていた時期だ。
しかし、同じく催促された堺が二万貫を支払ったのは翌年である。尼崎は断固拒否し続けて焼き払われた。
つまり、顕如は早々とカツアゲに応じたと言える。
永禄十二年睦月(1月)石山本願寺、太刀一振。
カツアゲされてもなおのこと、顕如は信長に贈り物をしている。
これは去年の正月明けのことだ。おそらく、三好三人衆が本圀寺を襲撃した直後。
他にもぽつぽつと、二、三件、顕如からの贈答品が記述されている。
結論からすると、石山本願寺は信長にビビってるのだろうか。
しかも、信長がまだ上洛する前から。
釈然としないまま、記録の冊子を民部のジジイに返す。
ジジイが言う。
「石山が気がかりか、牛太郎」
「気がかりというか、まあ」
「案ずるな。ちまたでは四国の一向門徒が三好方と通じ、湖北十ヶ寺が六角に通じておると噂されているそうだが、先年、顕如は公方様に局外中立の誓紙を差し出された」
「局外中立ってなんスか?」
「三好方にも織田方にも加担せずということだ」
「でも、去年のことッスよね。それに公方様が、いつまでもおやかた様の言うことに黙って聞いていると思えないんスが」
おれは首を捻りながら、差し出された白湯に手をつける。
すると、民部のジジイは色あせた唇をむっと押し曲げてきた。
「かようなことより、お主、梓とはうまく行っておらんのか」
「はいっ?」
「子はいつになったら出来るのだ。わしはお主と梓の仲人ぞ。まさか、どこぞの藤吉郎のように洛外に妾でも作っておるのではなかろうな」
「な、なわけないじゃないッスかっ」
民部のジジイと雑談しているとろくなことがなさそうなので、さっさと蛸薬師に帰ってくる。
しかし、まずいな。
石山本願寺も気がかりだが、おれは蛸薬師を拠点としているうちに、知らず知らず、ドツボにハマっていってしまうかもしれん。
わがまま小娘は、おきぬをおれの妾と勘違いした。民部ジジイは疑っている。ましてや、事実として、愛人にしてもおかしくないような美人がいる。
「四郎次郎はんっ! なんべん言ったらわかりはるんっ!」
と、帳場から怒鳴り声が聞こえてき、愛人にできるような女じゃないのだが。
梓殿の耳に入らないとも限らん。
これが噂となったら、おもしろおかしく脚色されてしまうのが、世の常、人の常だ。
三流ゴシップに、梓殿は当然、激怒するに決まっている。
今のうちに手紙を出しておこう。反物もあいりんへのプレゼントではなく、梓殿への贈答品としよう。
筆を取り、世話になっている呉服屋には若女将がいる、と。
いや、これだけじゃ、逆に疑ってしまうかもしれん。
そうだ。
シロジロと未亡人の若女将は関係がよろしく、できれば夫婦にしたいと考えています、と。
ゴンロクをボコった様子からすると、梓殿は、疑わしきは罰するをスタンスにしているっぽい。疑われるような芽はあらかじめ摘み取っておかなければならない。
それはそうと、芽といえば、石山本願寺で――。
再び、地図を広げ、穴が空くぐらいに眺め続ける。民部のジジイは「案ずるな」などと、意に介さずであったが、腑に落ちない。
勝竜寺城の細川兵部も、石山本願寺を、ほぼ気に留めていなかった。
腑に落ちない。
こうした錯誤感というのは、以前にもあった。おれが左衛門尉の官位を頂戴したぐらいのときだ。
あのとき、もはやすでに信長が天下統一を成し遂げた風潮がはびこっていて、誰も彼もが「織田に敵無し」と、桜吹雪の春風に呆けていた。
ところが、信長は敦賀でつまずき、近江湖岸の各所では一揆が起こり、挙げ句、「敵無し」のはずが姉川で雌雄を決しなければならなくなったのである。
世の風潮に流されると痛い目を見る。
だからといって、今現在、局外中立を唱え、信長にビビっているようにも思えてしまう石山本願寺が、なぜに反織田を選択するのか。
待てよ……。
仮定から逆算していくと、新たなる仮定に繋がってくる。
例えば、三好方が石山本願寺と裏で手を取り合っているとしたら、この状況、どうだろう。
例えば、公方が石山本願寺に局外中立を求めつつも、裏で反織田に手と手を取り合っていたら、この状況、どうだろう。
すべては仮定でしかないが、公方が信長に敵対するというのも歴史の知識である。
天下静逸などと言って、我が物顔でいる信長を、公方が快く思っているはずがないだろう。
まずい。話がどんどんとややこしくなってくる。
摂津のこれは、池田が寝返っただの、三好三人衆が乗り込んでくるだの、それだけでは済まされる話ではないように思えてくる。
もしも――。
おれの仮定が仮定ではなく、現実に起こっている出来事としたとき――、公方が謀略を働いているとなったらどうだろう。
石山本願寺を爆発させた挙げ句、武田信玄まで呼び寄せたらどうなるだろう。
終わりだ。
信長包囲網だ。
――。
そう、信長包囲網だ。
北近江の新九郎殿。
敦賀の朝倉。
東美濃と駿府には武田信玄。
摂津には三好と池田。
石山本願寺。
その他もろもろのゾンビたち。
……。
完成だ。
一人で悩み、一人で考えこんでいるおれは、一人で絶句して、ぽりぽりとおでこを掻いてしまう。
まあ、信長包囲網が完成してしまうのは絶対であり、宿命だとしよう。
しかし、今でなければいいだけだ。摂津に行ってきますと言って、ある程度の責任を負った今でなければいいだけだ。
ここは、包囲網が完成する前に摂津からずらかるしかない。
このまま畿内に腰を据えていると、包囲網が作成されていくのを前にして、何も手を打たなかったと見られかねない。
長ヒゲ佐久間やクソ佐渡といったバカどもに糾弾されるのはおろか、信長にボコられるだけでは済まなく、もしや、切腹させられてしまうかもしれん。
そもそも、包囲網という巨大な案件になってしまえば、おれの範疇を越えてしまう。おれの役目じゃない。おれはたかだか沓掛三千貫の城主だ。
さっさと手柄を作って、岐阜に帰ろう。
何にしても、蛸薬師に居続けていると、公私に渡ってすべてがややこしくなってくるような危うさがある。反物は買わされるわ、妾と疑惑を持たれるわ、包囲網の恐れがあるわ、桶狭間以来、おれが頑張って築き上げてきたものが破壊されかねない。
早急に、何か、簡単な手柄を立てなければ――。




