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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第七、三章 征野、果てしなく
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わからんゆえ、勝つ

 おれの脇が甘かったのか、おれが察知するべきだったのか、おれの責任なのか、いずれもわからん。

 わからんが、当然、軍議では糾弾された。

 信長の面前ということもあって、罵詈雑言が飛び交うほどでもなかったが、

「摂津池田の目付役とは簗田左衛門尉ではありませんでしたか?」

 長ヒゲ佐久間が信長に問いかければ、信長が反応する前に林佐渡守が割って入ってくる。

「左様でございます。左衛門尉。なにゆえ、わからんかったのか」

「も、申し訳ございません……」

「申し訳ないで済む話ではなかろうが」

 と、長ヒゲ佐久間が声を裏返す。

 ゴンロクは黙ってはいるが、その代わり、わなわなと震えっぱなしでおり、おれに終始、憎悪の眼差しを注いできていた。

「左衛門尉」

 普段はおれを責め立てることのない重臣の池田紀伊守まで詰問してくる。

「お主はなにゆえ摂津池田の謀反人が三好と通じていると考える」

「そ、それは、奴らは降伏したときもそうなんスが、自分たちで決断できるような連中ではなくて、池田築州を追い出しているのならとっくに追い出しているはずで、何かしらの干渉がないと――」

「そんなもの根拠にならんではないか」

 と、またしても林佐渡がでしゃばってくる。

「三好方と通じておれば我らはすぐに撤退せねばならず、通じておらずに撤退してしまえばこれほど馬鹿げた話はない。それをわかってお主は申しておるのか」

「わかってますよ、んなこと」

「なんだっ、その物の申し方はっ」

「目付けを怠っているからだろうがっ。お主は何をやっておったんだっ」

「よせ」

 と、バカどもを制してくれたのは、信長であった。

 おれを呼び出したときは激昂していた信長であったが、いざ、諸将が集まるや、憑き物が落ちてしまったかのようにして、涼しい顔でいる。

 それに、建前では摂津池田の目付役になってしまっているが、本当は信長の謀略の駒になったに過ぎないのだ。

「牛ごときがわかるはずもねえ。そうした兆しがあれば、堺の者どもや村井民部が伝えてくる。三左や五郎左も気付かなかったことだ」

 おれが言い訳しないでいるのを信長はわかってくれているはずだろう、いつになくおれを擁護した。

 しかし、それでも、佐久間を筆頭とするバカどもは、おれのせいだと言わんばかりに、揃って溜め息をついた。

 沈黙が下りる。

 と。急にサルが身を乗り出してきて、大地図を指差した。

「横山城を取りましょうだぎゃ」

 全員の視線が上がった。

 おれは、神様仏様おサル様の思いであった。

 信長がおとなしくなっていて、それと引き換えに諸将が苛立って、あるいは沈痛な面持ちでいるこの議場にあって、サルだけは眼光を鋭くこしらえていたのである。

 おれの失態になってしまいそうな気配であるから、サルにどうにか打開案を立ててほしい。

「ここは南に北国街道、北に脇街道を従えている要ですだぎゃ。ここを我らの物にすれば、小谷攻めをあきらめても、今後の浅井方の動きを封じられますだぎゃ」

 もちろん、サルのことだから、方針転換を機会にして、何かしらの手柄取りを企んでいるのだろう。

 ただ、諸将は浮かぬ顔だった。

「横山城はそう簡単に陥落せぬ。この一刻の猶予を争う事態で」

「左様。力攻めするとなれば、虎御前山から退かねばなりませぬ」

「退けば、小谷から追撃に打って出てくるのは必定」

「またしても退却戦ぞ」

 サルは諸将の言葉をあまり聞いちゃいない。信長だけをじっと見つめている。

 しかし、信長は、腕組みをして、両目を閉じてしまっている。

 おれはうなだれる。

 すると、坂井右近が口を開いた。

「拙者は木下殿の申す通り、横山城を物にしておかなければとの所存でございます」

 坂井の発言を口火にして、再び喧々諤々と論争が始まった。

「それはわかります」

 と、語気を強くしたのは、マリオ。

「それはわかりますが、横山のふもとに布陣すれば、浅井、朝倉は必ず叩いてきますぞ」

「それに―――」

 と、顎をさすりながらの稲葉彦四郎。

「池田紀州殿が申されたとおり、一見したところ、横山はそうやすやすと落とせる城とは」

 すると、マタザがサルに目を向ける。

「お前は何か策でもあるのか」

「無いだぎゃ。無いだぎゃあですけども、布陣しなければならにゃあとの所存です」

「お主……」

 サルを睨みつけるのは佐久間。

「雌雄を決めると申すか」

「左様でございますだぎゃ。ここ姉川付近がちょうど適地ですだぎゃ。さすれば一日で決まりますだぎゃ」

「簡単に申すな」

「拙者もそれしか道はないと考えます」

 と、サルに賛同したのは、坂井である。

「我らは三万。三河勢を加えれば更に増えます。数では優っているのです」

「たわけっ! 野戦は何が起こるかわからんのだぞっ! それに、これほどの兵数を一昼夜に展開したいくさが古今あるかっ!」

「源平合戦か、漢代や春秋時代にはありましょう」

「ならば、お主は九郎義経かっ! たかだか十騎二十騎を従えているだけのいくさではないのだぞっ!」

「何も得ずに引き下がりますか」

「あきらめも時には肝要であろう! 我ら織田はこれまでどれだけの血と汗を流してきたか、お主とて存じているであろうがっ! それがわずか一日で灰燼に帰してしまうのかもしれんのだぞっ!」

「だからと言って、何も得ずに帰陣してしまえば、後手に回ってしまいますっ!」

「そうですだぎゃ。ここで横山城を攻め取っておかなければ、右往左往してしまいますだぎゃ」

「功を焦ってはならんのだっ! すみやかに岐阜に退陣っ! 体勢を立て直すべきだっ!」

「佐久間殿。落ち着いてくだされ」

 サンザがなだめると、

「こいつらは何もわかっておらんっ」

 佐久間は手元にあった兵棋の駒を大地図に放り捨てた。

 佐久間が口を引っ込めても、横山城争奪戦派と帰陣派が真っ二つに分かれて論争を続けた。

 要するに、横山城を攻め取ろうとすると、浅井方からすれば絶対に失ってはならない城であるから、死に物狂いで打って出てくるはずということである。

 織田方は三河勢を合わせて四万弱。浅井方は朝倉方の援軍を付けても二万弱。

 しかし、兵力は倍違っても、野戦は言わば水物のようなもので、小競り合いならまだしも、万を越える大規模決戦となると、些細な過ちでも一気に崩壊しかねない。

 となると、織田家が傾きかねない一大事で。

 けれども、それは相手方も同じことであり、ここで一気に浅井の弱体化に成功すれば、横山城が降伏するのは間違いなく、のちのち、北近江を争ううえで有利に働いてくるというのが決戦派の意見であった。

 退却派は佐久間や林佐渡、池田紀伊守などの重臣たちであった。

 決戦派はサルと坂井、それに尾張時代からの中堅武将であった。

 親衛隊のマタザとウザノスケは無言である。

 マリオはどっちつかずだが、否定的。

 西美濃三人衆などの美濃攻め以降の家臣たちも、どっちつかずの無言であった。

 ゴンロクは押し黙ってブチ切れているだけだったが、決着を見ない論争のさなか、急に言った。

「そもそもだ、左衛門尉。まことに摂津池田は三好と通じておるのか。あん?」

「柴田殿。それはさきほど決したことです。おやかた様がお決めになられたのです」

 マリオがそう言うと、ゴンロクは怒りの矛先をおれからマリオに向けていく。

「三好と通じておらなければ、あわてふためく必要はないだろうが」

「真偽を確かめようにも、早馬を飛ばして二日はかかります。さらに情報を集めるとなれば、より日にちがかかりますぞ。その間に、もしも三好が摂津池田の手引で畿内に上陸していたら手遅れになります。そのことについて争っている場合ではございません」

「わかっておるっ! わかっておるが、どうにもならんだろうがっ!」

 お話にならないゴンロクが喚き出して、諸将はため息をついたが、

「おやかた様っ!」

 たまりかねて、信長に意見を求めたのは、マタザであった。

「恐れながら、おやかた様はいかなるご了見でっ!」

 諸将がこれだけ争っていても、信長はずっと両目を閉じて無言を貫いていたのだった。

 今の今まで自分から勝手に命令していただけなのに、どうして、ここに来て何も言わないのか。

 もしかしたら、信長も迷っているのか。

 決められないから、軍議をさせているのか。

 すると、同じように黙っていたサンザが口を開く。

「おやかた様。退くのであれば明朝にでも動かなければなりませぬ。朝倉方が木ノ本に着陣してからでは、退くのも危のうなってきます」

 マリオが追って言葉をついた。

「小谷城を落とすには時間がかかります。どちらにしても虎御前山からは引き払わなければなりませぬ」

 おれはおれの罪悪感でいっぱいで、信長がどんな思いで黙っていたのか想像につかなかったが、あらゆるものが錯綜していることには違いなかった。

 池田が三好と通じているのか、浅井朝倉がそういった路線で共謀しているのか、信長に傀儡将軍とさせられている足利公方は真実を書いていたのか。

 サルやウザノスケが言うようにここで横山城を奪い取っておかなければ元の木阿弥に戻ってしまうし、かといって、野戦は何があるのかわからないと佐久間が言うように、下手を打ってたった一日で織田の栄光は転覆してしまうかもしれない。

 軍議で揉めているように、信長の頭の中でもせめぎ合っているのだろう。

 でも、サンザが言うように、ここですべてを決めなければならない。

 おれは頭を抱えられるなら抱えたかったし、逃げ出せるなら逃げ出したい。

 おれの手抜かりだったとは認めたくないが、もしかしたら、察知できていたのかもしれないのだと思うと――。

「一つだけわかっていることがある」

 信長は瞼を開けていた。

 目の色は濁りなく、決断のあとの黒さであった。

「勝てばすべてがおさまる」

「左様でございますが――」

「それしかわからん。わからんゆえ、勝つ」

 信長は腰を上げ、

「各々、よく聞け」

 兵棋を手に取る。

「翌朝より虎御前山、雲雀山より退き、草野川近くの八島に陣替えとする。翌々日には本陣を龍ヶ鼻とする。諸勢は姉川東岸に着陣。西美濃三人衆、丹羽五郎左は横山城の包囲にかかれ」

 信長の選択は、決戦だった。

「承知っ!」

 と、先に声を放ったのは、サルと坂井であったが、信長が諸将のすべてを睨んでいくと、皆が一斉にして、

「承知っ!」

 と、大机に顔を伏せた。

 さらに、信長は、吠え立てるようにして声を発する。

殿軍しんがり! 佐々内蔵助っ!」

「しょ、承知つかまつったっ!」

 ウザノスケは一度は目を見開いて驚いたが、すぐに意気揚々と床几から立ち上がった。

 当然、サルは躍起な眼差しでウザノスケを見上げたが、敦賀の退却戦でこりごりなのか、名乗りを上げない。

「将監!」

「承知」

 次いで信長が視線を向けたのは、中条将監と呼ばれている古参家臣で、昔の尾張平定戦では活躍していたみたいだが、おれが信長家臣となってからは、まったく影をひそめていた白髪交じりのオッサンである。

「簗田左衛門尉っ!」

 えっ――。

 おれは唖然と口を開けてしまったが、隣の太郎は唇を結びながら頭を下げる。

「承知しました」

「鉄砲衆五百を付ける!」

「承知っ!」

「我ら織田は戦国乱世が随一の大いくさに打って出るっ! ゆえに殿軍は敵方一兵たりとも八島に通すなっ!」

「承知っ!」

「陣替えは夜明けより! 退却の諸勢は一切の鳴り物は鳴らすな!」

「承知っ!」

「佐久間、ときの声を上げろ!」

「承知いたしました」

 長ヒゲ佐久間は渋面を作りながらも腰を上げ、諸将も一斉に床几から立つと、思い思いに拳を握り締めていく。

「勝てばすべてがおさまる。おやかた様のおっしゃられる通りである。者ども、行くぞ」

 いちいち口上を述べたあと、長ヒゲ佐久間が「えいえい」と声を掛け、一同は揃って「おうっ」と声を放って拳を突き上げた。

 軍議でそんなことをするなんて、真っ二つに割れていた意見を一つにするため、諸将を奮い立たせるための行いなのだろうが。

 おれは、そういう気分にはまったくなれなかった。

 またしても、殿軍――。

 摂津池田のけじめを付けろってことなのかよ。




 信長が去った直後、おれはゴンロクにぶん殴られた。諸将の前で襟首を掴み上げられて、揺さぶられた。

 茹でダコみたいに顔を紅潮させて、髭むくじゃらの唇から臭い唾を飛ばしてくる。

「何をやっとるんだあっ! お前が役目を果たしておけば、こんなざまにはならなかっただろうがっ!」

「柴田様っ! おやめくださいっ!」

「柴田殿っ!」

「権六っ! やめんかっ!」

 太郎やマタザに取り押さえられ、佐久間からも激を浴びせられたクソヒゲゴリラは、襟首からようやく手を離したものの、太郎やマタザの手を振り払い、鼻息を荒くしておれを睨み据えてくる。

「詫びを入れろ。各将に詫びを入れろ」

「やめなされっ!」

 サンザがかちゃかちゃと具足を鳴らし、ゴンロクと、頬をすりすりしているおれとのあいだに割って入ってくる。

「今、左衛門尉を責め立てて何になりましょうか」

「左様」

 と、ゴンロクの肩を背後から掴んだのは坂井右近。

 ゴンロクはその手を払い飛ばし、般若面のまま、かちゃかちゃと議場から退出していこうとしたが、間口で立ち止まり、かがり火を強烈な眼光に照り返しながら、吐き捨てた。

「牛太郎。お前は一人で身を呈してでも防げ。浅井を死ぬまで防げ。生きてわしのもとに帰ってくると思うなっ!」

 ゴンロクは誰よりも先に議場を去っていく。

 外でわめき声を上げて誰かに八つ当たりをすれば、議場はかがり火の立つ音だけが残った。

 なんなんだ、あのバカが。マジであいつこそ死ねや。

「まったく」

 と、ゴンロクに対してか、おれに対してか、長ヒゲ佐久間が溜め息をついて、去っていく。

「気にするな」

 マタザがおれの肩に手を置いてきたが、

「気にするなというのはどうかしているぞ、前田又左」

 やっぱり、林佐渡守であった。

「恐れながら、今は気にしていてもしようがありませぬ。左衛門尉には殿軍を務めてもらわなければ」

「そうか。左様だな。気にしてもらって、殿軍に手落ちがあれば、我らの命も危うくなってしまうからな」

 鼻で笑いながらクソ佐渡も出ていったが、弱いくせして口だけは達者な佐渡のしようには、さすがに諸将の顔にも反感の色だった。

「おやかた様が鬨の声を上げろとおっしゃったのにのう。方々は理解しておるのかいないのか」

 中条将監のオッサンが、ひしゃげた声でぽつりとそう言った。

 言いつつ、オッサンは、兵棋の駒を大地図に並べているのだった。

「殿軍なんぞ、何十年ぶりだろうかな。――あ。いいや、わしは先陣さえ務めたことがなかったわ」

 一人で言って一人で笑った将監のオッサンは、兵棋を虎御前山と雲雀山に綺麗に並べると、床几に腰を戻し、

「して、どうすれば良いのじゃ。わしは耄碌ぎみゆえ、ここがよく回らん。脇街道を死体となって、ただ塞いでいればよいのか?」

 色あせた目玉を見開いてきて、殺伐としていた気配を和やかにしてしまう。

 と。

 クローザが議場に入ってきた。

「鉄砲衆五百を殿軍に付けると仰せつかったゆえ」

 先日、新たに調達したうちの鉄砲隊を取りまとめているのは、信長本隊に組まれているクローザのようだった。



 金ケ崎城に残されたときとは違い、どうしてだか、殿軍を任された以外の武将も議場に残っていた。

「以前より備えていた二十五組の鉄砲衆は、それなりに鍛錬を重ねて参りましたが、先日に設けたばかりの他の二百五十人は、実戦で火縄銃を手にするのは初めての者たちです。当然ながら、簗田勢が敦賀で繰り広げたような真似は出来ませぬ」

 クローザが説明すれば、

「それほど、練度を要求されますか」

 稲葉彦四郎が言い、

「それではそうでありましょう」

 と、マリオが答える。

「口では説明できても、歩調を合わせなくてはならないのですから」

 三段撃ちは自分が育てたみたいなマリオの物言いが気になるが、それはともかく、どうしてみんなが一緒になって退却戦を練り込んでいるのか。

 と。池田紀伊守が兵棋の駒を手に取る。

「おやかた様の退却路は、小谷から向かって裏手、八相山を下り、川を渡っていくゆえ、殿軍はこの舟橋を塞ぐべきだ」

 無骨な顔つきの池田紀伊守はおれや信長と同い年ぐらい。お母さんが信長の乳母だったそうで、親父を早くに亡くしたあとは、そのお母さんは信長の親父の側室となったらしく、佐久間やゴンロクとは一味違った重臣である。

「存じているように、八相山の裾野は悪路ゆえ、小谷からの兵も大軍を展開できぬ。追撃は必ず舟橋に集中する。寡兵でも十分に凌げる」

「諸部隊、段違いに並んだほうがよろしいのでは」

 坂井右近が兵棋に手を伸ばす。

「押しては引いて、押しては引いて。部隊を入れ違いに繰り出しては引き入れていけば、殿軍も退却できる」

「敦賀のときもそうでしたぎゃ」

 すると、ウザノスケがサルを睨みつけ、

「敦賀の退却路とは違うだろうが。なんでもかんでも引き合いに出せばいいってもんじゃねえだろうが」

「なんだぎゃあと? おりゃあはおみゃあのために言ってやってんだぎゃあぞ」

 と、やっぱり、火花を散らし、サンザが「やめんか」と、いつものようにたしなめて、二人は互いに顔を背ける。

 と、半兵衛の叔父さんの安藤伊賀守が、

「簗田勢が二百。中条勢が百。それに対して佐々殿は黒母衣二十騎。簗田勢は火縄銃を備えているため、鉄砲衆は佐々殿に分けるべきでしょうな」

 続けて、西美濃三人衆のもう一人の氏家貫心斎が、

「縦列隊形を取るのであれば、先鋒は簗田勢がよろしいと拙者は考える。敦賀での経験がある。どうでしょう、簗田殿」

 三十後半ながら、なぜかすでに出家しているハゲは、おれに視線の先を寄越してきてしまう。

 特に何も考えてなかったおれは、急に振られてあわてた。

「あ、いや、その」

「氏家殿のおっしゃるとおりだぎゃ。おみゃあ、敦賀でのいくさの賜物を見せてやれ」

 名乗り出なかったくせにサルは何を鼻息を荒くしているのか、どうせ、ウザノスケに手柄を立てさせるぐらいならのものだろう。

 で、おれより先にうなずいたのは隣の太郎で。

「承知しました。我らが先鋒を努めます」

「い、いや……」

 おれは狼狽しながら太郎を見やるが、太郎が口許を切り結んで見つめ返してくる。

 バカ息子の眼光にやられて、おれはうつむく。

「ならば、鉄砲衆の半分ばかしは簗田勢に分けるべきだ」

 と、マリオ。

 敦賀では太郎だけを引き剥がしたが、今回ばかりはさすがに言い出せないらしい。

「いえ、結構でございます」

 太郎がきっぱりと言ってしまう。

 おれが動揺するのをよそに、太郎は腰を浮かして兵棋に手を伸ばし、

「敦賀では柵を立てて迎え撃っていたようですが、今回と敦賀の場合は違います。敵方は目の前にいるため、陣替えにすぐに気づくでしょう。敦賀のときは半日の猶予がありましたが、今回は猶予がございません」

 太郎は簗田勢、中条勢、黒母衣衆に見立てた兵棋の駒を動かし、

「一陣が一戦構えたら最後尾に移り、次に二陣が一戦構えたら最後尾に移り、三陣目が押し出て一戦構え、また一陣目、と、車輪のように回していくしかありません」

 歴戦の諸将たちは黙った。腕を組み、あるいは顎に手をかけ、二十歳にも満たない太郎に感心している。

 すると、マタザが言った。

「言うに容易いが、実際に動かすのは難儀であるぞ。呼吸を合わせなくてはならねえ。こういうことを常日頃から想定していたのであれば、別だけどな」

「押し引きの合図は将監殿にお任せします。拙者のような若輩では務まりませんでしょうが、数々のいくさ場を知っている将監殿であれば」

 太郎が視線の先を向けると、中条将監のオッサンは黄色い歯を見せて、ハッ、と、笑った。

「できるかな、わしが」

「それに、佐々殿、塙殿がいれば、これほど心強いものはございません」

「当然だ」

 と、ウザノスケは不敵に笑い、おれに視線の先を向けてくる。

「隣でびくついている親父はいらねえがな。むしろ邪魔だ」

 確かに狼狽していたが、言葉が違うだろうが。

 おれは、机を叩きながら腰を起こした。

「び、びくついてなんかいないッスよっ! 敦賀ではこの息子はいなかったんスからねっ! あっしがやったんスからねっ! ウザノス――、内蔵助殿こそっ、足を引っ張るような真似をしないようにしてくださいよ! くれぐれも!」

「なんだと、この野郎!」

「そういう仲間割れは命取りだぞ」

 池田紀伊守に眼光を据えられて、おれとウザノスケはおとなしく腰を戻す。

「陣替えが無事に済まなければ、そこで終わりなのだ。雌雄を決するも何もない。お主どもに織田の命運がかかっているのだ。それだけは肝に命じてくれ」

「承知」

「しょ、承知しましたッス」

「中条殿」

 と、サンザが中条将監のオッサンに言う。

「よろしくお頼み申す」

 将監のオッサンは、見ようによっては、余裕綽々という具合の笑みを浮かべながらうなずくのだった。



挿絵(By みてみん)




 月がすっかり夜空の真ん中に昇っていて、もう眠い時間だ。けれども、今晩は徹夜かもしれない。

 虎御前山を下りて、太郎と並んで自陣に戻る。

 クリツナはもはや半分寝てしまっており、さしものクロスケも歩みは緩慢である。

 ゴンロクにぶん殴られたむかつきもあって、おれはなかば愚痴った。

「浅井方の主力が小谷城に詰めているっていうのに、殿軍は少なすぎやしねえかよ」

「雌雄を決するとおやかた様が決められたのですから、被害を留めておきたいのです。それに、敦賀とは違い、尾根が入り組んでいて、この悪路、敵も我らも大勢をぶつける必要はございませんでしょう」

「それにしたって、どうして――」

「摂津池田の失敗を挽回するにはここしかないと、おやかた様の親心ではございませんか」

「失敗っつたってな――」

「たとえ、おやかた様がご納得されていたとしても、家中の皆様はご納得できていないではありませんか」

「だからって、敦賀に続けて――」

「おやかた様からしてみれば、たとえ我らは死んでもよいからです。中条殿にしろ、佐々殿にしろ。ここで死なせてもよくて、しかし、なかなか死ななそうな軍勢だから、殿軍を任せられたのです」

「そんなの、あんまりじゃねえか」

「嫌ならいいんですよ。拙者だけが出ますから」

「なんだとこの野郎。おれはおれが可愛いから言っているんじゃねえ。沓掛の連中はもうへとへとだろうが。連戦してんだぞ。どうやって説明すんだ。奴らはまたかよって愚痴るぞ」

「それをおやかた様に言えますか」

 おれは舌を打つ。

「拙者どもがおやかた様に奉公しているように、沓掛の者どもは拙者どもに奉公しているのです。何も変わりません」

 誰かが言っていたようなことをそのまま言ってやがるから、おれは何も口答えできない。

「我ら簗田勢が薄氷の上ばかりを連戦しているのは、家中の皆様もわかっておられます。だから、ああして残っていてくれたのではありませんか。父上。それに応えてください」

 二十歳にもならない小僧に諭されてしまい、おれは腹立たしいのもあれば、悔しいのもあり、それに、ちょっとだけ情けなくもなってくる。

 クソが……。

 池田のバカどもが妙な真似をしてくれたおかげで……。

「柴田様を見返すためにはここしかないのですよ。ここでやらなければ、いつやるのです」

「わかってるよ」

「命運を託されたのです」

「わかってるって言ってんだろ。もうやめろ」

 なんとも、耐え難い思いである。

 泣きたくもなってくる。

 何度、くぐり抜ければ、何度、乗り越えていけばいいのか。

 手抜かりだったとはいえ、おれは何度戦えば――。





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