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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第七、三章 征野、果てしなく
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世にのさばらせておくわけにはいかん

「父上のおっしゃる通りだ」

 太郎がぴしゃりと言い放って、背信者のシロジロはようやく観念した。

「四郎次郎は当家の奉公人にすぎない。それが商売を営んでいるとは、私もどうかと思っていた次第だ。お主を兵卒とするのは賛同できんが、加納の店は明日にでも引き払うように」

「そうは言うても、太郎。団子で三百貫文とは大したものではないのか? 加納の店は評判じゃ。勿体ない」

「母上。いくら儲けたや、勿体ないなど、そんな話は通用しませぬ。たとえ稼いでいようと、評判であろうと、こうして騒動を起こしているのです。父上のお許しがなく勝手に使ってしまったのは四郎次郎も認めており、由々しき事態です。そんな騒動の種にでもなるようなものは引き払ってしまってよいのです」

「左様か。勿体ない」

「もっとも、四郎次郎が自分で蓄財した銭で店を営んでいたと、拙者は聞きましたが。父上が後ろで糸を引いていたとは存じておりませんでしたが」

「こいつが嘘をついていただけだっ! おれは糸なんか引いてねえっ! こいつがハンザからカネを騙し取っていたからおれが立て替えてやっただけだっ!」

「騙し取ってなんかいないッスよっ! 半左衛門殿がくれただけッスよっ! それを旦那様が無理やりっ!」

「無理やりってどういうことだテメーっ!」

「もうよろしいっ!」

 太郎が、なぜか当主の風格をかもし出し、おれとシロジロは肩をすくめて視線を伏せる。

「新七郎とやら、お主は好きにするがよい。沓掛勢の足軽として働いてもよし、行きたいところがあればそれでよし。そちらの妹も。四郎次郎がお主たちを救ってやったかもしれんが、お主たちは簗田家の奴隷ではない」

「おいおいっ! 好きにしろってどういうことだっ! 誰がカネを払ってやったと思ってんだっ!」

「四郎次郎でしょう」

「そのカネはおれのもんだぞっ!」

「いくらなのです。四郎次郎に肩代わりしてやったというのはいくらなのです」

「そ、それは、五百――」

「三十貫文ッスっ!」

「ふざけんなっ! 五百貫文だろうがっ! テメー何を嘘ばっかついてんだっ!」

「五百貫なんて半左衞門殿が持っているはずないじゃないッスかっ! 三十貫文ッスよっ! 若君っ、こればっかりは旦那様がめちゃくちゃッスよっ! 半左衛門殿に訊けばわかるッスよっ!」

「父上。半左衛門に訊けばわかりますぞ。父上。五百貫文なのですか、三十貫文なのですか」

「さ、三十貫……」

「ならば、拙者が父上に三十貫文を払うゆえ。それでよろしいですな。四郎次郎。お主は働いた分の三百貫文が無くなってしまうということだが、それはお主が好きにやったことだ。お主に支払うのはこれまで通り、俸禄のみだ。異論はないな」

 四郎次郎は肩を落としたままだんまりを決め込むが、あいりんが「四郎次郎さん」と叱責を声音に言い含めると、シロジロががっくりと首を垂らし、小さな声でぼそぼそと、

「承知したッス……」

「勿体ないのう。四郎次郎は商人だったのじゃろう? 勿体ない」

「梓様。若君のおっしゃっていることは間違っておりませんよ」

 お貞にたしなめられて、梓殿は女の子みたいに唇を尖らせる。

「そんで、お前はどうすんだ? いんのかいねえのか?」

 ねじり鉢巻きに声をかけられて、あーやと並んで庭先で片膝をついていた新七郎はタコ頭を下げる。

「行く当てもなきゆえ、簗田様がよろしければ、是非とも」

「そうだ。兵卒だ。新七郎はとっとと願福寺に行ってハンザに挨拶してこい。で、あーやは女中ね? 食事も寝床もちゃんとあるから。わかった?」

 縁側にあぐらをかいている太郎が、久々にシラーッとした視線をおれに寄越してくる。

 梓殿はおれの下心に気付いておらず、あーやに目尻を緩めている。

「貞やかつと雑魚寝でもよろしければ、そなたも当家に奉公しなさい。兄者が行く当てもなければ、当然、そなたもないのじゃろう?」

「ありがとうございます」

「あいりは身ごもっているゆえ、何かと苦労する。助けてやっておくれ」

 当のあいりんも太郎に吹き込まれているのか、おれに疑惑の視線を注いでくる。

 おれは何かと追求される前に具足を外し、風呂場に向かった。

 釜に浸かるのは久方ぶりのことだ。

 いくさ場で汚くなってしまった体がほぐれていく。

 ものの、やはり帰宅したという実感は湧かず、あばずれ小娘を絞め上げねえと気が済まない。

 風呂から上がって、半纏股引に着替えると、居ても立ってもおられず願福寺に向かう。

 と。門をくぐり出たところで、ちょうど黒幕に出くわした。この野郎はすっかり素襖に着替えていやがる。

「テメーッ」

「なんや」

 鼻先を突き上げ、白々しいほどにお高く止まっていやがる。

「なんやじゃねえっ! 来いっ!」

 おれは男装小娘を屋敷町の外れ、人気の少ないところまで連れ出していく。

 西日の映える夕焼け空に飛ばさん勢いで、小娘の肩を突き飛ばす。

 しかし、田んぼの中に落としたかったのだが、小娘はおれの突っ張りにもよろけることなく、

「なんや。痛いやないか」

 と、この期に及んで睨み上げてくる。

「ふざけんじゃねえ。おれの目の届かねえところでこそこそとくだらねえことをやりやがって。シロジロは白状したんだからなっ! 寄進札を勝手に開催したのはテメーの差し金だったってなっ! おれには黙っておけって言われたってなっ!」

「あっそう。だから何?」

「なんだゴラァッ! 何をテメーは勝手にやっているんだっ! ああっ? 開き直ってんじゃねえっ!」

「新七を三百貫文で引き入れるって考えればええやないか。使える男や。ええやないか。それに、どうせあんたのことやから、あやを女中にして、新七を沓掛の足軽にしたんやろ? あやを女中にしたいばっかりに」

 図星を突かれて、おれは後ずさり。

「そ、そ、そんなわけねえだろが」

 さゆりんは自らの袖の下に両手をくぐらせながら詰め寄ってくる。おれのお腹をちょっと小突きながら、冷ややかな目をぶつけ上げてくる。

「あんたがやりそうなことはお見通しやでえ。ま、ええやん? たまには人助けもできてな?」

 薄ら笑いを浮かべると、くるりと踵を返した。

「待てやコラァッ! 何を逃げようとしてんだっ! 話は終わってねえぞっ! 新七郎が手下にできたとか人助けとかの前にな、テメーはおれに黙ってシロジロをだまくらかして、おれのカネを勝手に使ったってことだろうがっ! それについてなんの詫びもねえのかっ!」

「ほんなら、寄進札の銭はどっから出たもんなんや」

 顔だけ振り向けてきて、小娘は薄らまぶたの悪質な眼差しである。

「なにい? なんだコラ。おれのカネに決まってんだろうがっ! 何をほざいてやがんだ、この野郎っ!」

「よく言うわ。私が何も知らんと思って」

「なんだあ」

「寄進札に当てた最初の銭は、松永弾正から撥ね上げたもんやろが」

「――、そ、そうだけど、だからなんだっつうんだ。やましいことなんて何一つねえ。弾正のジジイがお近づきの印にってくれたもんだ」

「へえ。お近づきの印? 申してみいや。四郎次郎が騙し取られたのを取り返しただけやろ? 上総介の威光をかさにして」

 じゃりっ、と、おれは草履の右足を後ずさり。

「そ、そんなわけねえだろ……」

 おれの頬には冷たい汗がつたう。

 湿った夕風があばずれ小娘の結い上げたポニーテールをなびかせる。

「な、何を言っているのかね、キミは……」

「私の目は節穴じゃないで。あんたが弾正からくすねた三百貫文相応の金銀、四郎次郎に渡せば四郎次郎は三河に戻れるんと違うんか」

 おれは咳払いした。

 あばずれの脇を通り抜ける。

「さて。そろそろ夕飯だ」

「黙ってやっているだけでも有り難く思ってね? 殿?」

「さゆりさん。たまにはうちで夕飯でも食べていく?」

「ふふ。いりません」

「ああそう。うちに何か用があったの?」

「殿に新七郎とあやの話をするためですよ」

「ああそう。じゃあ、済んだね。でも、そういう話はこれからは前もってしてくれないかな?」

「そうですね」

「お互いのことは水に流そう。ね?」

「そうですね」

 おれは繕った笑顔を見せ、せかせかと足早に帰路を辿る。

 クソが……。

 へそくり床のことといい、着服したことといい、あの小娘め、おれの弱味を握りまくってやがる。

 てか、あの野郎、新七郎とあーやの兄妹を最初からこういうふうにするべく、シロジロの団子屋で働かせたんでは。

 チクショウ。なんでもかんでもあいつの思い通りになるだなんて、不愉快きわまりねえ。




「なんでも、木下殿とともにしんがりとやらに名乗り出たそうではないか。そういう話を聞くと寿命が縮まる。もうよしておくれ」

 おれはうなずきながら、あつめ汁に唇を寄せてすする。

 ねぎにごぼうに大根に里芋。

 大地の恵みが体の髄に染み渡り、まともなメシを食えば、ようやっと帰ってきた実感である。

 あいりんがにこにこと笑っている。

「旦那様は官位を頂戴されたのでしょう? おめでたいことです」

「その官位が父上を躍起にさせたのは否めないが」

 太郎が溜め息をついた。

 夕飯の輪の中には、当然、新入りのおかつとあーやが混ざっているが、彼女たちは恐縮してしまって、箸もろくに進んでいない。

「おかつ。あーや。おれはそういうのを気にしないんだ。縮こまる必要ない。お貞だってこの家のバアさんみたいにして食っているだろう。お前たちも遠慮するな」

 しかし。

「おいっ! シロジロはちっとは遠慮しろっ! 何をさっきからがつがつ食らってんだっ!」

「いちいち声を荒げるでない。かつとあやが驚いておるではないか」

「でも、旦那様が帰ってこられますと、屋敷が元気になった気がしますね」

 あいりんは子供はまだ腹の中だというのに、ずいぶんとお母さんの風情である。

「旦那が元気なのもいかがなもんだ。クリに乗りこなせるようになったからって、すぐにすっ飛んじまう。敦賀のいくさ場でも大変だった」

「どういうことじゃ。亭主殿は無茶な真似をしたのか」

「敵の中に突っ込んじまったんだ。殺されそうだったぜ」

「亭主殿」

「母上から言ってください。父上は近頃、血気はやって仕方ないのです」

「亭主殿」

「ノープロブレム。これからはシロジロが盾となって、あっしを守ってくれますから。シロジロが死んでも、あっしは死にません。なあ、シロジロ? お前は次のいくさで死ね。わかったな」

「堪忍してくださいッス……」

「亭主殿っ。何を滅相もないっ」

「冗談ッスよ、冗談。ま、いくさ場に連れていくのは冗談じゃないッスけどね。鉢巻き、今度からお前は太郎の口輪を取れ。おれの口輪はシロジロが取ることになったからよ」

「それはいかがなものじゃないですか、父上」

「黙れ。こいつはいっぺん叩き直さねえと駄目なんだ」

 おっと。荒ぶっているせいで、あーやの小さな顔に不安の陰が差し込んでしまっている。

「ま、いくさで危ないところに行くことはもうありませんから。心配かけて悪かったな、キミたち。シロジロくん、何事も経験だからな。うん」

 あいりんと太郎が顔を見合わせ、訝しげに首を傾げているが、すっかり仲のよい夫婦でいいことだ。

「ところで亭主殿。叩き直すと言えば、文に書いてあった理介じゃが、あやつはきかん坊ゆえ、簗田家で預かって、わらわが一から躾けてやろうかと思う」

「え?」

 思わず箸を止めた。

 なんだか、めちゃくちゃなことを言っている。

「姉上も了解した。明日にでも兄上に話に行って参るからな」

「預かるって、ここに住まわすんスか?」

「そうじゃ」

「いやいや。そ、そこまでしなくたっていいじゃないッスか。あいつは一応は親父さんの跡を継いでいるいっぱしの武将なんですし」

 しかし、梓殿は毅然として首を横に振る。

「姉上もほとほとまいっておった。佐久間殿の言うこともきかんようだし、あやつがこのまま、わがままし放題だとお家が潰れてしまうと嘆いておった。梓の言うことなら聞くかもしれんとも、姉上は申しておったからな」

「いや、ちょっと、それは……。な、なあ、太郎」

 太郎は眉根をすぼめて困り顔。

「さ、左様ですね……。理介殿は元服前の子供ではないので、さすがにそれは」

「子供じゃ。亭主殿が兄上の悪口を叩いていただなんて嘘をついたのじゃろ。そんな者を世にのさばらせておくわけにはいかん。ましてやわらわの甥じゃ。許さん」

 梓殿の鼻息がずいぶんと荒く、思わぬ展開である。

 さすがの太郎も、一辺倒の眼差しの梓殿の様子に、口をつぐんでしまう。

「あやつは佐久間一族の上に柴田権六の甥という立場に甘えておるのじゃろう。裸一貫から成り上がった亭主殿を見習わなければならん」

 見習うはずないと思うがな……。

 まあ、梓殿が押しかけたところで、ゴンロクが許すはずもないだろう。

 ――。

 が、翌日。

 縁側で甲冑を磨きながら、おかつと一緒に草むしりをしているあーやの小振りなお尻を眺めていると、梓殿とお貞が帰ってき、その後ろにはイケメンが台無しの、血だるまと化した理介を引き連れていた。

 おれは思わず手ぬぐいを滑り落としてしまう。

「お、おい、理介、ど、どうした」

 愚問だった。加害者はデザイアに違いないのだ。

「叔父御に挨拶せんかっ!」

 と、目尻を切れ上がらせている梓殿に髷を引っ掴まれ、その場に頭を叩き落とされ、理介は肩を震わせながらおれに平伏してくる。

「ほ、本日から、お世話になります……」

「いや――」

 戸惑いで見やるものの、梓殿はぎらついた目でそそり立っており、異論を許さない殺気を漂わせている。

「皆に爪弾きにされるとはとんだ甥よ。くれぐれもこの簗田左衛門尉を見習うのじゃっ! よろしいかっ! 理介っ!」

「しょ、承知しました……」

 生意気さ加減はすっかり失せている。

 手紙を出さなければ良かったと少々後悔するとともに、梓殿の恐ろしさも再確認した。

 あーやをお背中流し係にするようなことは控えよう。

 バレたら絶対に殺される。




 こういうのは信長の許可がないと駄目なんじゃないかと思うのだが、当人たちが納得しているからいいのだろうか。

 太郎はおれには小うるさいくせに、梓殿が鬼神となると、一切口を出さない。

 どうやら、理介を連行してくるにさい、実家を訪ねた梓殿は、ゴンロクに対して問答無用だったらしい。

 お貞からそれとなく聞いた。

 ゴンロクは返事を濁していたものの、デザイアにビビって従わざるを得なかった。

 それでもって、理介の屋敷を訪ねたら、理介が鼻で笑いつつ、

「叔母上は暇を持て余しているからでしょう、顔を突っ込みたがるのは」

 とか、

「一介の将が、どうしてオヤジ殿なんかの世話にならなくちゃいけないんです?」

 とか、

「一族の爪弾き者が、どうして織田の爪弾き者の世話になって更生できるんです?」

 と、梓殿をナメてかかっていたらしく、鬼神化したデザイアが放った怒りの右フックはかわしたものの、すかさずキンタマを蹴飛ばされ、くの字に折れたところをボコボコにされてしまったらしい。

 連行されてきた理介は、我が家の客間を与えられ、腫れた顔で肩を落としている。

「バカだな」

 と、おれは言ってやった。

「お前は、おれもゴンロク殿も、梓殿が女だから甘やかしているって勘違いしていたようだが、これでわかっただろう。誰もかなわねえんだ。さっさと我が家に帰れるよう、おとなしくしてろ。こっちだっていい迷惑なんだ」

「あんなおなごのどこが良かったのか、オヤジ殿を疑いますわ」

 憎まれ口は直らないようで、これじゃ当分は帰ってくれそうもない。

 問題児が鬼梓の監視下に入ったことを伝え聞いて、長ヒゲ佐久間はむしろ喜んだらしい。

 太郎によれば、どうやら理介を簗田家の与力につけられそうな気配だと。

 とはいえ、迷惑がっているのはおれだけで、太郎と理介は仲がいい。

 沓掛の精鋭どもを束ね、凶暴馬を乗り回し、小難しいこともよく知っている太郎は、予想外に十代の連中から羨望の眼差しを集めているようなのである。

 おれは、太郎と比較すると、だらしない養父とみなされている。織田家中の評判もよろしくない。

 そんなおれを支えているのが太郎だと、多くの少年たちは誤解もしているらしい。

 なんなんだ、そりゃ、まったく。

「あんたも若君に習ったらどうなんや。沼地に嵌まらんようにな」

 コソドロはテメエを棚に上げておれを嘲る始末。

「そんなことより、火薬と弾は調達してんだろうな。あ? 陣中食はちゃんと確保してんのか。おれのことより自分のことをちゃんとやれや!」

「言われんでもやっとるわ、阿呆」

 次のいくさが終わったら、コソドロは簗田家からクビだ。

 そうだ。京の茶屋のおとうちゃんやおきぬにでも押し付けてやろう。不愉快だ。

 コソドロの処遇はともかく、太郎や理介には腐り切ったシロジロの性根を叩き直してもらおうと思った。

 夜明け前に起きて、シロジロを蹴っ飛ばして叩き起こす。

 クリツナの散歩と偽って口輪を取らせる。

 太郎や理介に訓練してもらえと言うと、こいつのことだから逃げ出しかねん。

「こんな早くからなんなんスかあ」

 シロジロはあくびをかきながらクリツナの口輪を大して引いていない。手を添えているだけである。

 おれは馬上から頭を蹴っ飛ばす。

「こんな朝早くだなんてな、いくさ場ではいっつもこんな朝早くからだ。むしろ、寝る時間なんて無いも同然だからな」

 太郎や理介は長良川の河原に出かけているそうで、やって来ると、確かに白みゆく空のもとで二人はストレッチ体操みたいなことをしていたのだが。

 太郎と理介の他にハンザもいた。

 それだけならわかるが、他に十人以上いた。太郎たちと同年代ぐらいの月代を剃り上げた者もいれば、ポニーテールの小さい子供もいる。

 馬を並べて、なんなんだ、ありゃ。

 遠巻きに眺めていると、やがて連中は棍棒を手にし始め、朝日を跳ね返す川波に向けて、揃って突き始めたのだが、小さい子供たちの構えを太郎が指導している。

 武術教室でも開いたのだろうか……。

 まあいい。シロジロを加えさせようと思い、おれはクリツナを歩ませていく。

「あ。どうしたのですか、父上」

 すると、途端、子供たちは槍の手を止め、礼儀正しく一斉に頭を下げてきた。大きいほうの少年たちもその場に片膝を立てる始末。

 もちろん、理介はそんな姿勢にならないが、子供たちのかしこまり具合にこっ恥ずかしくなってしまい、おれはあわてふためいた。

「い、いや、ちょっと待て。おれは太郎と理介だけが稽古をしていると聞いていたんだが」

「そうでしたがな、俺と左衛門太郎殿がやっているとどこかから聞いて、馳せ参じて来てしまったのですわ」

 色白の頬を朝日に溶かしながらの理介が言うに、大きい少年たちは自分の意志でやって来たが、小さい子供たちのほうは家の親父や兄貴たちに稽古をつけてもらうよう薦められたらしい。

 んで、子供たちは折り目正しくおれに自己紹介してきやがった。

 吉田次兵衛の倅の伊介はともかく、理介の弟たち。

 んで、そっちは誰かと思えば、昔からおれを牛扱いして跨ってきたガキ。

 木っ端武将の子弟たちから、ウザノスケの息子までいる。

 月代を剃り上げた大きい少年のほうは、

「拙者は坂井右近の倅、久蔵でございます」

「あ、ああ。そうか。キミのお父さんにも世話になっているよ。ハハ……。てか、シロジロも入れてやってくれ」

「えっ? だ、旦那様っ」

「それもそうですな」

 と、理介に襟首を引っ掴まれて、抵抗虚しくシロジロはガキどもに混ざって槍を手にする羽目に。

 おれはしゃしゃり出てきた保護者みたいなのが恥ずかしいので、クリツナを旋回させ、河原から離れ、しばらくは遠目に様子をうかがう。

 最初はそれこそ教室みたいにやっていたが、そのうち二人一組になって取っ組み合いを始め、理介が川に伊介を叩き落としたり、太郎と坂井の息子がえらい剣幕で棒を交錯させ、一方でガキどもときたら、もはや喧嘩となって転げ回っていたりと、怒号と叱責が飛び交って、十にも満たない子供までそれなのだから、少々荒っぽくないだろうか。

 おれは手綱を握り、もう一度連中のところ行こうとしたが、思いとどまった。

 親父が口を出すのは、みっともないか、と。

 何かこう、きらめく朝日の中で、喧嘩腰ながらも、顔つきはガキどもなりに必死である。死に物狂いの様相ではあるが、小さい子供たちが懸命に立ち向かっているさまは、純真無垢の目許を光り輝かせている。

 それに、河原に馬をこっそりと歩ませて入ってくる誰かの姿があった。ガキどもに見つからないようにしているつもりなのか、体を低め、稽古の様子を遠巻きに眺めている。

 誰かと思えばウザノスケである。

 おれはにたにたと笑いながらウザノスケの様子をしばらく眺め、ウザノスケはおそらく息子を眺めていたのだろうが、ふいにこちらに気付くと、あわたてふうにしてすぐに馬首を返し、並み足に去っていった。

 ゴリラなんだから、自分が手ほどきしてやりゃいいのに。

 と、言っても、さすがのゴリラでも、自分の息子には甘やかしてしまうと考えてのことだろうか。

 かくいうおれも太郎が心配でやって来た親父に見えかねん。クリツナの馬首を返すとさっさと屋敷町に帰る。

 自宅の近くまでやって来たら、自分のところの門前に水を撒いてのおまつと出くわした。

「あら。左衛門尉様。おはようございます。今日はお早いんですね」

「やめてよ。左衛門尉だなんて。そういや、さっき見かけたんだけど、犬千代も大きくなったね」

「河原で?」

「そう。あれはマタザ殿が手ほどきしてもらうように言ったのか?」

「いいえ。わたくしです。あいりさんから聞きましたの。だって、誰に似たのかきかん坊なんですもの。そのくせ、いつまでも幸に甘えているんですよ。左衛門太郎殿や理介殿にきっちり躾けてもらわないと」

「ああ、そう」

 と、言っているそばから、マタザが徒歩で門をくぐり出てきた。おれを見かけたなり、なぜだか後ずさりし、あわてていた。

「な、なんだ、牛」

「おはようございます。こんな早くにどこに行くんスか」

「さ、散歩だっ」

 素襖をはためかせながら、マタザは稲葉山のほうへと足早に去っていく。

「あの通り、うちの殿は親馬鹿なんです」

「まあ、仕方ない。おれらは家を離れていることが多いから」

 我が家に戻ってくると、庭では鉢巻きを巻いて袖をたすき掛けに括り上げている梓殿はが木刀を振り回していた。

「どこに行っておったのじゃ」

「長良川に」

 下馬すると、クリツナはのそのそと歩いていき、百日紅の葉陰に寝転がる。

 空を切って木刀を唸らせる鬼神の様子をおれはしばらく眺めていたが、ガキどもの熱心な様子を思い浮かべれば、梓殿が振り飛ばす汗の玉にもなんだか焦ってきて、とりあえずは金輪際沼に嵌まらないよう筋トレから始めた。

 梓殿から手ほどきを受ければ無敵になれるかもしれんが、その前にうっかり殺されてしまうかもしれないので、それはやめておこう。


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