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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第七、二章 決死戦を越えろ
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決死線を越えろ(3)

 ほのかに山おろしの風が吹いてきて。

 のどかになずなの花が揺れている。

 どこかの木の枝ではホオジロがさえずり。

 はるかから廻り巡ってきた小川の水は、陽の光をゆるやかに返している。

 青白い空を高らかに飛ぶのは、くちばしの黄色い鳥の群れ。

 陽の傾きかけた海のほうからやって来て、わずかに遠き山のほうへと飛んでいく。

 この一日は季節の営みの流れ。

 おれたち一人一人はがれていく。

 ひとたび戦っては退いて、ひとたび戦っては退いて。

 隣に並んでいた友人たちを失っていく。

 温かい血を吐く友人たちを置き去りにしていって。

 落ち込んでいる暇はなく。うんざりしてもいられなく。

 ひとたび戦っては退いて、また戦って。

 太鼓がどんどんと、鐘がじゃらじゃらと、勇ましさを讃えるための鳴りも、すっかり苦痛でしかなくなって。

 淡い光に包まれた地平線から、死の闇をたずさえた白い旗の群れが訪ねてきて。

 怯えている。

 みんなの目は誰かに会いたがっている。

 ほつれ髪のお母さんとか、

 つぎはぎの小袖のお嫁さんとか、

 駆け回っている男の子とか、

 ころころ笑っている女の子とか、

 真綿にくるまってすやすや寝ている赤ちゃんとか。

 会いたがっている。

 でも、ここで戦わなくては、何もかもを守れないんだってわかっているから、みんなはしっかりと瞼を開いた。

 殺されないための凶器を握りしめた。

 自分を自分でなくすための叫びを上げて、自分たちと同じような人を殺しにかかっていった。

 そして、殺そうとすれば殺された。生きようとすれば死んでいった。

 つたう汗が涙となって飛び散り、つたう涙が血とともに流れていき、鼓動を失った体は地となって沈んでいき、

 懐かしい日々は残酷すぎて。

 いつも、俸禄俸禄とおれを煽ってきた馬借屋の倅のあいつも、

 掛茶屋の奴隷の娘と結婚し、おれから受けた恩を生涯忘れないと言って泣いて喜んでいたあいつも、

 おれと一緒になって丸太で蔵の扉を壊しにかかった、丁半賭博ばっかりやっていたあいつも、

 この世からいなくなって。

「耐えろっ!」

 失敗や挫折だなんていう言葉ははなはだしくちっぽけで。

 でも、おれは守られている者として、残酷でなければいけなくて。

「まだだっ! 辛抱しろっ! 戦えっ! 奮えっ!」

 この声一つが敵も味方も殺していく。

 どうして、そんなことをしているのか、もう、どうにもわからない。

 でも、そうしていなければ、おれはおれでいられなくなりそうで。

 崩れそうだった。

「貫けっ!」

 風が血の香りをさらっていく。




 池田勢の突撃がなかったら、殿軍はふもとで壊滅していたかもしれない。

 朝倉方がいっとき混乱した。

 おかげで、木下勢と三河勢に明智勢、それに簗田勢は合流し、関の峠にさしかかるなだらかな坂に隊列を並べ、最後のひと踏ん張りだった。

 すでに、山の尾根には夕焼けがかかっている。

 半兵衛が馬に駆けてきた。

 さしもの半兵衛の端正な顔立ちも、汗に泥にとこびりついており、わずかながらに痩せこけてしまったかのようにも見受けられるが、眼光はまだ狂気を携えている。

「簗田殿、火縄銃の弾はからけつなのですか」

「早之介っ!」

 さゆりんが駆け寄ってくる。さゆりんは馬を捨ててきていた。太刀は飴細工のように曲がってしまっていた。

「火薬と弾はまだあんのか」

「念の為に」

「それなら――」

 と、半兵衛は射撃をしてくれるよう言ってくる。

 敵は、幾度も、思いがけない戦法や計略にかかってきているから、ここに来て一斉射撃を繰り出せば、多少は相手の士気をくじかせるはずだと。

「承知しました」

「攻め太鼓が鳴ったとともに撃ちかけてくれ」

 半兵衛は馬の尻に鞭を入れて去っていった。

 しかし、さゆりんは三白眼をぎらつかせ、半兵衛の後ろ姿を見つめるままに、押し黙っている。

「どうした」

「鉄砲衆、二十人ばかりを失っております」

「八十丁でも変わらねえ」

 全身に返り血を浴びているさゆりんは、恨めしげにおれを見やってき、もしかしたら、このときばかりは、さゆりんでさえ心が折れる寸前だったのかもしれない。

 だが、おれは、彼女を慰めるわけにはいかなかった。

「やれ」

「承知しました」

 鉄砲隊に余力がないとか、朝倉方に通用しないとか、さゆりんの恨めしさはそういう思いからではなかったろう。

 まだ、やらなくちゃならないのか、と。

 もう力尽きてしまいそうだ、と。

 さゆりんのあの目は、言いたくても言えないことを無言のうちに伝えていてきていた。

 さゆりんが今までどんな修羅場をくぐってきたのか知らないが、まだ、二十歳になったかならないか、しかも女だ。口では吼えていたって、さゆりんとて、こんないくさは初めてのはずなのだ。

 仕方ない。

 けれども、おれの顔つき一つでさゆりんはわかってくれたろう。

 おれは、お前の言っていた覚悟の途中だ。

 おれは、大将なのだ。

 簗田勢三百人の――。

「旦那、くれぐれもおかしな真似はしないでくれよ」

「わかっている。――ハンザ、あと少しだ」

「はい」

 息を吸い込めば、夕風が頬を撫でていく。

 鉄砲隊は荷駄から火縄銃を持ち寄ってき、弾込めを終えている。

 敵方の太鼓の鳴りが聞こえてくるとともに足軽兵卒たちは槍の柄を握り締め、弓衆は矢筈を弦にかける。

 何十人を失ってしまったのか、今はわからない。

 しかし、今だけは感傷を捨てるしかなかった。

 おれは簗田左衛門尉牛太郎だから。

「お前らっ! ここが最後だっ! ここで終わりだっ! 一人も死ぬなっ! 死なねえために最後まで戦えっ!」

「承知いっ!」

 攻め太鼓が山の狭間に響き渡った。

 池田勢が退路を駆け抜けていき、何度となく戦い合ってきた朝倉方の一群が現れる。

「陽気を発すれば、金石も貫く」

 八十丁の銃口が一斉に覗きこむ。

 さゆりんの曲がった太刀が振り下ろされる。

「撃てえいっ!」

 放たれた。

「南無八幡!」

 と、本多平八郎が引き連れて、三河勢の三つ葉葵の旗指し物が一挙に突撃していく。

「敵よ味方よこの真髄、見定めろっ! 三河の者は不屈よっ!」

「我らに散々に翻弄されて敵方は及び腰でおるっ!」

 半兵衛が采配の切り裂きを腰の後ろにたなびかせて、自ら駆け回っていた。

「弱気は強気にくじかれる! そこに数の大小はないっ! 勇ましさを振り絞れっ!」

「ここが正念場よおっ! 者どもおっ、小六に付いて参れっ!」

 押し寄せる波を跳ね返さんと、蜂須賀クマ六が風を切っていく。

「殿っ! 撃ちかけ、もう一度行けますっ!」

 さゆりんが三白眼を大きく広げてくる。

「まだいい。最後まで取っておけ。鉄砲衆は退路に先回りして待ち伏せ、敵勢先陣に向けて三段に射撃しろ。行け、早之介。先に行け」

 槍を振り上げて明智十兵衛が叫ぶ。

「静逸の道に我ら来たれりっ! ここで戦わずしていつ戦うっ! 奮えっ!」

 朝倉方一隊が押し迫ってきて、おれは敵方目掛けて刀の切っ先を振り下ろす。

「精神一到何事か成らざらんっ! 貫けっ! 己をっ!」

「うおっ!」

 足軽兵卒が槍を叩き落とす。

「弓っ、射掛けろっ!」

 弓兵卒が弦を弾いて矢を放つ。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏――」

 ハンザが瞼を押し広げ、駆けていく。突き出した槍を兵卒たちのあいだから伸ばし、刺し込む。抜き取る。さらに振るう。叩きのめす。

 クリツナの馬上に矢が飛び込んでくる。おれは首をかたむけてかわすものの、かわしきれずに、矢じりに頬をかすめられて、血が垂れてくる。

 朝倉方の騎馬武者が吠え立てた。

「天筒山に散った者どもに、手向けろおっ! 我らは勝っていないのだっ! ここで勝たずにいつ勝つのだっ!」

 朝倉方の兵卒たちが、前のめりになって、しがみつかんばかりに、槍を落としてくる。

「ここは乱世ぞっ! 手柄を立てねばメシは食えぬぞっ!」

 初めて見合った者同士、視線を交錯させて槍の穂先をぶつけ合う。汗を血を混ぜ合わせ、怒号を放ち合い、生きる意味をただひたすらに凶器に込める。

「戦えっ!」

「戦えっ!」



 日は沈んだ。



 東の空の夜の影と、西の空の名残火に、山の稜線がはっきりとかたどられている。

 木下勢が、追いすがってくる敵方を払いのけている間にも、退き太鼓とともに坂道を駆け登っていく。

 おれはクリツナのたてがみに屈みながら、ともに駆けてくる兵卒たちに叫ぶ。

「振り返るなっ! 転んだら終わりだぞっ! 前だけを見ろっ!」

 すると、たった一つの松明のもと、鉄砲隊が並んでいた。

 おれは手綱を引き寄せてクリツナを止め、鉄砲隊の背後に回りこみ、

「他の奴らは先を急げっ! ハンザっ! みんなを連れて先を行けっ!」

「旦那っ!」

「いいっ! 鉢巻きも先に行けっ! おれに構うなっ! おれにはクリツナがあるっ! 信じろっ!」

「わかった――」

 鉢巻きはクリツナの首を手のひらで思い切り叩いたあと、ハンザや兵卒たちと一緒になって、ほの暗い行く手へと駆け上がっていく。

「最後の仕上げだ。相手に潜んでいたと勘違いさせるんだ。どうせ、ここなら狭い。大勢になって雪崩れ込んでこねえはずだ」

 さゆりんが眉庇を持ち上げてきて、血みどろの顔を松明に浮かばせてくる。

「承知しておりますが、あんまり近すぎると馬が暴れます」

 けれども、クリツナは鶴首になって前脚で地面を掻いている。

「心配無用だ」

 肌寒さともなう風が流れ、おれとさゆりんとのあいだを抜けていく。

 さゆりんは優しい笑みを浮かべた。

 やがて、あるかなきかの光を頼りにして、木下勢が駆け上がってくる。

 逆さ瓢箪もすっかり輝いていない。

「牛殿かえっ! 何をやっとるんがやっ!」

 と、抜けていこうとしていたサルが馬を引き止めた。

「藤吉郎殿、太鼓と鐘をさんざんぱら鳴らしてもらえないッスか」

 サルは隊列をじっと見つめた。

「そういうことかえ」

 納得したサルは、ともに立ち止まっていた近侍の連中に指示すると、

「おみゃあがケツまでおるんなら、おりゃあもいてやりたいところだぎゃあけども、おりゃあにはおりゃあの務めがある。先に行かせてもらうだぎゃあぞ」

「わかってます」

「峠で会うだぎゃ」

 サルは馬に鞭をくれた。

「おみゃあらっ! おりゃあら命は簗田勢が預かっただぎゃあぞっ! 心置きなく走るんだぎゃっ!」

 瓢箪馬印の切裂をたなびかせながらサルは山道へと消えていき、奴が残していった太鼓と鐘、それにおびただしい量の松明、戦い通しでいた木下勢は最後の力を振り絞って、明かりに浮かび上がりながらも次から次に抜けていく。

 木下勢の最後尾を取り持っていたのはクマ六だった。

「どうしたっ、左衛門尉っ」

「大丈夫です。止めを刺すだけです。先を行ってください」

 しかし、クマ六は百人ばかしの部隊を鉄砲隊の後ろに引き留めた。

「わしにはわしの務めがある。生きて残った者を生きて帰す務めが」

「わかりました。ありがとうございます」

 空は薄藍、明星がまたたく。

 山あいは影となって深みに沈んでいく途中、松明の火がぽつらぽつらと坂を上がってくる。

「太鼓を鳴らせ! 半鐘を鳴らせ!」

 おれが叫べば、太鼓が滅多打ちに叩かれて、鐘がけたまましく響き渡り、小六が声を大きくした。

「者ども、吠えろっ! とにかく吠えろっ! 一人が十人、百人が千人に見せ立てろっ!」

 すると、足軽兵卒たちは槍を振るい上げながら、今日の日の憤りや悲しみをぶつけるようにして、言葉にもならない叫びをこだまさせ、

 さゆりんが両の目許をぐっとつむりながら大きく開口し、

「火縄を、挟めえいっ!」

 絞り出したような目一杯の声で太刀を振り上げる。

「挟み、よおしっ!」

「挟み、よしいっ!」

 三列に並んだ鉄砲隊は、ここに来て一糸乱れぬ動きで動作し、

「一陣、撃ちかけえいっ!」

「撃てえっ!」

「撃てえっ!」

 薄暗闇に火の明滅がほとばしって、山あいに銃声が轟き渡る。こだまする。クリツナは首を上下に振りながらも、前脚で地面を掻き鳴らすだけ。

 噴き出した硝煙が火明かりのもとに大きく膨らんでは幕となっておれたちを包み込むと、

「一陣、退却うっ! 二陣目、構えいっ!」

「構えいっ!」

「構えよしっ!」

「撃ちかけいっ!」

「撃てえっ!」

「撃てえっ!」

 太鼓と半鐘、叫声が放たれるとともに、煙の尾を引きながら二十発の銃弾が薄暗闇の彼方へと飛び込んでいき、敵方の松明の火が崩れ、あるいは止まり、

「二陣、退却うっ! 三陣目構えいっ!」

「構えいっ!」

「構えよしいっ!」

「撃ちかけいっ!」

「撃てえっ!」

「撃てえっ!」

 この暗がりでは狙いも何もなかった。けれど、おれたちは最後の思いを銃弾に込めていった。

 真っ暗になっていくとともに、冷たくなっていく亡骸へ。

 闇に飲み込まれていく意識へ。

 おれはクリツナの手綱を手繰って旋回すると、泣きながら叫んだ。

「退却うっ!」

「退却っ!」

「走れえっ!」

 硝煙が煙幕になって立ち込める最後の決死線を捨て置いて、駆け出す。

 鉄砲兵卒たちはしっかりと火縄銃を握り締めているものの、太鼓持ちは太鼓を捨てて、半鐘持ちは半鐘を捨てて、クマ六の部隊は槍も弓矢も捨ててしまって、さゆりんも曲がった太刀を放り捨てて、もはや振り返らない。

 敵方が追ってくる声もない。

 おれはクリツナの背中に揺れながら、嗚咽が止まらない。

 恐怖を越えて初めてわかった。

 己を貫くために選んだ道とは、この胸の鼓動と、背負った犠牲にあって、後戻りの許されない道だということを。




 山あいに狭まっていきながらも、なだらかな坂をひたすら登っていった先の峠では、かがり火が明明と燃え立っていた。

 曲がりくねった街道に兵卒たちが寄せ合うようにして腰を休め、吐息をつき、傷の手当てをしている。

 逆さ瓢箪の馬印も、火の明かりを受けて金色を照り輝かせており、しかしながら、集ってきた諸将の顔は疲弊していた。安堵の色はほぼ無かった。眼光だけが死闘の名残りにぎらついている。

「物見によれば、朝倉方に追っ手を差し向けてくる気配はないようです」

 と、小一郎が言う。瞼の下が黒く隈取っており、覇気の沈んだ声音であった。

 諸将は、しばし、無言でいた。首は垂らしていなかったが、視線の先は伏せていた。おれもそうだったが、生き延びたら生き延びたで、空っぽになってしまっていた。

「ならば」

 まだ若いはずだが、池田筑後守が皆を励ますような野太い声を出す。

「半刻は兵をここで休ませよう」

「ええ」

 そうして、また、沈黙する。

 かがり火の立つ音を、ただただ聞いている。

 デブの三河が口を開いた。

「わしらはよくやった。よくやりました。わしらでなければできなんだ。簗田殿の火縄銃、竹中殿の計略、勇猛な蜂須賀殿、池田殿が折り合いよく横を突いてくれなければ、わしらはここになかったかもしれず、明智殿の冷静沈着ないくさ捌き、そして木下殿の豪胆ないくさ捌き。一つでも欠けていたらここになかった」

「ありがたき幸せ」

 クマ六がぽつりとつぶやき、十兵衛も頭を下げる。

「わしらは歴史に名を刻みました。胸を張って帰参しようではありませんか」

 三河守は頬を揺らして微笑む。

 苦労の連続だったからか、デブの三河はおれたちなんかとはまったく違った。それこそ、大将たる器であった。

 その横で、サルはしおれている。

「おりゃあごときが、歴史に名を刻むほどでもありませんだぎゃ……」

 瞼いっぱいに涙を溜めながら、その唇は嗚咽をかろうじて防いでいるも、小刻みに震えている。

「おりゃあが名乗り出たばっかりに」

 サルの口からついて出た言葉は、おれの唇を噛み締めさせた。

 まさか、サルがそんなことを言うとは思わなかったし、小柄な体がいつにも増してひどく小さかったし、それはサルでもない、藤吉郎でもない、地面のどこか一点を懸命に見つめ、決壊してしまいそうな感情をこらえ、その姿はただの普通の人だった。

「よせ。お主がいなければ誰が務めた。お主は織田三万の命を救ったのだ」

 クマ六が慰めるが、サルは震えるままに反応しない。

「兄さん」

「蜂須賀殿のおっしゃる通りです」

 十兵衛がサルの背丈に屈んで、その顔をしっかと覗き込む。

「木下殿。まだ、戦いは終わっておりませんぞ。貴公は織田になくてはならない男なのです。今日をもって、よりいっそう、そうなったのです」

「わかっております。わかっておりますだぎゃ」

 サルが唇を絞りながら顔を伏せる。

 それが、おれのこらえていたものを切ってしまった。サルの悲痛さが、おれの吐息を声とさせて喉を震わせた。涙の玉が瞼から地面にこぼれてしまう。革手袋の右手で瞼を覆うも、胸は波打って定まらない。

 ――。

 峠に来たとき、沓掛勢は、二百人弱になっていた。

 百人を失って、百丁の火縄銃が残っていた。

 数じゃない。

 一万貫をはたいたって一人の命も買えない。

 あいつらは誰かの息子であったり、誰かの夫であったり、誰かの親父であったりした。

 あいつらはそれさえもかなぐり捨てて、おれだけを守った。

 本当のおれは、一万貫惜しさ、テメエの手柄欲しさ、テメエだけの都合で死地を選んだ人間だ。

「簗田殿」

 デブの三河が歩み寄ってきて、おれの肩に手を置き、おれの手を右手に取る。

「そのお気持ちは痛いほどにわかります。しかし、打ちひしがれていては死んだ者も報われない」

「けれど、けれども、あっしはどんな顔をして帰ればいいか――」

「左衛門尉っ! まだ終わっておらんぞっ!」

 クマ六が怒声を響かせ、目を持ち上げてみれば、髭面の熊みたいな厳つい顔のくせして、目には光るものがあった。

「藤吉郎もだっ! どのように帰るっ! 近江と美濃の境は行けぬのだぞっ! 京と美濃は分断されているのだぞっ! いくさはまだ終わらんのだっ! 甘ったれたことを抜かすなっ!」

「わかっていりゃあっ! おみゃあに言われなくたって、わかっていりゃれりゃあっ!」

「ならば泣くなっ! 大の男がっ! いっぱしの大将がっ!」

 しかし、サルもとうとう泣き出してしまった。

「わかってるだぎゃ。わかっておるんだぎゃ――」

「泣きたいときは泣けばいいのです」

 ぽつりと言ったのは半兵衛だった。

 細めた瞼に長い睫毛を伏せながら、頬に微笑をたたえている。

「泣きたいときに泣かなければなりませぬ。なぜなら――」

 笑みを静かに消していくと、おれたちにゆっくりと背中を向ける。

「拙者ども生かされた者たちは、亡骸の上に立っておるのです。泣いてどうにかなるものではありませぬが、乾いた目を持つ者に人は集いませんでしょう」

 半兵衛は敦賀の方角の空を望み、瞬く星を見つめていた。

「木下殿、簗田殿。亡骸に立つ英雄でありなされ」

 半兵衛の肩は震えている。

 おれは唇を噛み締めながら視線を持ち上げていき、涙を拭っても拭いながら、半兵衛と同じ星を眺めた。

 それは、おれたちに何かを教えるようにして瞬いていた。

 誰かのささやきのように。


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