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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第七、二章 決死戦を越えろ
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決死線を越えろ(2)

 矢じりの刃と、血走る目玉と、震える吐息と、揺らめく槍の穂先と、立ち込める硝煙と、太鼓の殴打と、飛び交う投石と、がなり声、銃弾、馬のいななき、川面にすじとなって流れる赤黒い液体。

 阿鼻叫喚の喧騒は季節を打ち払っている。

 橋を避けろ! と、対岸から声が放たれると、武勇を煽り立てていた朝倉方の押し太鼓が鳴りを変えた。

 舟橋に集っていた三つ盛木瓜紋の敵方は、自岸へと踵を返していく。それと入れ替わるようにして次から次に新手の敵兵が川面を掻いてくる。

「弓衆! 射掛けえいっ!」

 織田兵の弓手が下がった。

 月の輪を描いた弓なりは矢筈が離される。

 とともに、くゆる硝煙の中を矢じりが真っ直ぐに切り込む。

 おびただしい無数の閃。

 敵兵卒たちに相次いで突き刺さり、額を、喉元を、目玉を、えぐる。

「撃ちかけやめいっ!」

 さゆりんが声を放った。

 銃口が下がった。銃弾が止んだ。

 と、

「足軽衆、突撃っ!」

 半兵衛の采配が振るわれて、木下勢に押し太鼓が鳴る、半鐘がかき鳴らされる、

「突撃っ!」

「突っ込めっ!」

 槍を突き立てて、猛者どもが舟橋に駆け出していく。

「朝倉が何するものぞっ!」

 大きく傾いては揺らぐ橋上を一心の列となって抜けていき、後退していた敵方の後頭部を槍が叩きつける、穂先が刺し込まれる、川面へと払い飛ばしていく、対岸まで切り崩していく。

 どうした朝倉あっ!

 烏合の衆かえっ!

 大将首取らせんかっ!

 足軽兵卒たちが罵倒と挑発を放ちつつ白兵戦を展開しているあいだにも、鉄砲隊は熱くなった銃身を水桶に突っ込んで冷まし、矢が突き刺さった負傷者を介抱し、あるいは火薬を持ちより、

「よくやったぞっ、お主たちっ!」

 飛び込んでくる矢じりをいとわずに、さゆりんが柵の前を練り歩く。

「だが、もう一度、心持ちを鎮めよっ! いくさはまだまだ続くっ! 勢いに呑まれるなっ!」

 そうして、半兵衛の采配が地表に叩き込むように振り下ろされ、退き太鼓が鳴った。

 対岸で槍を交錯させていた足軽兵卒たちは、血走った目玉のままに踵を返して舟橋に戻ってくる。

 半兵衛は対岸の気配を読み取っていたのか、敵方が怒り心頭で追ってくる。

 こんの、こざにくい!

 待てい、追うなっ!

 ちょれえんじゃっ!

 追えっ! 追えっ!

「火縄を挟めいっ!」

 すでに鉄砲兵たちは柵の前に並んでおり、さゆりんの太刀が突き立っている。

「構えいっ!」

 矢盾の影に屈んでいたおれは腰を上げ、逃げ遅れた足軽どもに声を放つ。

「川に飛び込めっ!」

 おれが言わなくても、柵の裏手に戻ってきていた木下勢の組頭たちが身振り手振りで飛び込めと叫んでおり、舟橋の上の連中は槍を捨ててでも川へとはね飛んだ。

「撃ていっ!」

 銃口が火を噴く。

 三段撃ちが再び始まると、打ち響く銃声のもとに敵兵卒たちは呻きを上げながら倒れ伏し、橋下に転がり落ち、血気づいていた勢いが削がれていく。

「これは――」

 その声に振り返ると、おれのもとにやって来ていたのは十兵衛だった。

 抜き身の刀を右手に下げたまま、土埃に汚れた顔を唖然とさせている。

「これが簗田殿の望んでいたものですか」

 おれはうなずいたものの、

「応用したのは半兵衛です。半兵衛がいなけりゃ、こんなにうまくはいかなかったはずです」

「そうは言っても、半兵衛も半兵衛だが、簗田殿も簗田殿だ。誰かが思いつきそうでも、やろうとすれば思いつかない。実行するのはためらうものです。よくぞ、やり遂げました」

「お言葉ッスけど、まだ、やり遂げていない。このいくさも、あっしの望みも。あと千丁あれば、ひっくり返せます」

 おれの鼻息の荒さに十兵衛は何も応えなかった。

 舟橋の上に吹き荒れる銃弾の嵐に終始眼差しを注ぎこんでおり、驚嘆しているというか、打ちひしがれているというか、厳しい目許ながらも、何かを見定めるような目つきでもある。

 十兵衛の言う通り、三段撃ちのようなものを閃いた奴はすでにいたかもしれないが、やはり、何事も、閃きを実行するには勇気がいる。

 ずっと昔から三段撃ちを信じてきたおれには、踏み出す勇気なんていらなかったが、それでも、みんなにバカにされ、反対され、どころか収賄しただなんて怪しまれ、指揮しているさゆりんでさえ、最初は怒り狂っていたわけだ。

 自分の信じるままに鉄砲鉄砲と叫んできたさすがのおれでも、無理解にへこんだし、迷いもあったし、ぶっ放すとなったときはビビった。

 けれども、おれは貫いた。

 もちろん、おれが己を貫けたのは、おれの強気からじゃない。

 おれは強引にイマイから鉄砲をむしり取ってきただけ。

 なんだかんだでさゆりんがやってくれたからこその成果である。

 もしくは、信長がさりげなく後押ししてくれたからかもしれない。

 マリオが財産を築いてくれていなければ、ケチの太郎が沓掛城に貯め込んでいなければ、一万貫の代わりにイマイからぶん取ってきた火縄銃は、即座に返却されていただろう。

 それだけじゃない――。

 イマイに辿り着いたのは、ヘタレの弥助と知り合ったから。

 ヘタレ弥助がおれに手紙を寄越してきたのは、降伏勧告の功があったから。

 池田城に行ったのは、弾正ジジイから茶器をぶん取ったから。

 十兵衛がおれを推薦しなければ、奈良に行くこともなかったし、菩提山に引きこもっていなければ十兵衛と仲良くなることもなかったし、半兵衛がいなければ、チヨタンがいなければ、沓掛城主になっていなければ、サンザがいなければ、サルがいなければ、マタザがいなければ、梓殿がいなければ。

 導くのでもなく、導かれるのでもなく、おれは人々との糸の織り成し具合でここにある。

「者どもおっ! 三河が兵卒の恐ろしさ、織田の各々方に見せつけてやれいっ!」

 銃声が止んで、舟橋の前に吠え立てたのはファイヤー兜の本多平八郎だった。

 うおっ、と、雄叫びが上がって、三つ葉葵の旗指し物が舟橋を塗りこんでいく。

「わしも火縄銃を揃えなければ」

 と、おれの隣にデブの三河が立っていた。

 軍配団扇を頬に扇ぎながら、烏帽子形の兜の下で、ほのかに笑んでいる。

「一千丁揃えないと武田騎馬隊には勝てないッス」

「武田?」

 三河守は軍馬団扇の手を止めて、おれを見つめてくる。

「武田信玄ッスよ」

「ほう。簗田殿は信玄入道とやる気ですか」

「殺されかけたんで、復讐してやりますよ。これだって、本当は朝倉方にぶっ放すために揃えたんじゃありません」

「なるほど。ここで死ぬ気はさらさらないではありませんか」

「ないです」

 おれが真っ直ぐに見つめ返すと、デブの三河は笑いながら軍配をまた動かし始めた。

「そういえば、先日、長篠の奥平美作が懐かしがってましたぞ」




 笙川を挟んで、一進一退の攻防を繰り返した。

 舟橋の周りには死体がところ狭しと浮かんでいて、対岸にも、自岸にも、折れた旗指し物が散乱し、矢が突き刺さり、顔を覆って掌を血みどろにしている兵卒がいたり、うずくまって介抱されている者、鼻の頭から汗の玉しずくを垂らしている者、吠え立てながら舟橋を突っ切っていく者、弓の弦を軋ませる者、照門を覗きこんでいる者、者、者――。

 瞼を落ち窪ませながらも、依然として眼光だけは鋭いさゆりんが、息をわずかに荒げながら歩み寄ってくる。

「殿、そろそろ火薬も弾もなくなります」

「わかった」

 おれは戦場に背を向けると瓢箪馬印に歩いていく。

 サルは半兵衛をかたわらに置いて、床几に腰掛けている。

「藤吉郎殿、弾が切れます」

「そうかえ」

 金色の鉢形立物を陽光にきらめかせながら、サルは頭上を見上げた。

 太陽は空の真ん中からわずかに西へ移っている。

 サルは見上げるそのままに半兵衛に目を向けた。

 半兵衛はもはやにやにやと笑っていない。狂気の底にも堕ちておらず、刃物のように研ぎ澄まされており、

「鉄砲衆は最前から退き、木下勢を。各将には退却の手筈の伝令を」

 と、静かな口調とともに、眼に光を差し込ませた。

 サルが腰を上げる。

「牛殿、こっからだぎゃ。生きて帰るだぎゃあぞ」

「わかってますよ」

 おれは柵沿いの防御線に戻ってき、さゆりんとハンザに半兵衛の言葉を伝える。

 鉄砲隊のあいだに割り込んでくるようにして木下勢が押し出てきた。

 小一郎が歩み寄ってくる。

「簗田殿。あとはお任せください」

 鉄砲隊が退くと、対岸からこちらの動きを見て取ったらしく、飛び交う弓矢の中で朝倉方が舟橋を揺らし、川波をかき分け、ぞくぞくと押し迫ってきた。

「旦那っ! 何やってんだっ! 早くしろっ!」

 ねじり鉢巻きがクリツナを引いてくる。

 と。

 舟橋が突如としてぐらりと流れた。木下勢が岸から切り離したのだった。

 さらに、点火された導線が、舟にひそませていた藁に一挙に移っていき、炎が舟橋に燃え広がった。

 あわてた敵方が川に飛び込んでいく。袴に引火している兵もいる。

 当然、矢が間断なく放たれるが、川を埋めた朝倉方にさらに襲いかかったのは上流からびっしりと並んでは流れてくる燃えた舟だった。

 そんな荒技が潜んでいたのをおれは知らなかった。半兵衛の計略か、サルの悪知恵か、どおりで蜂須賀クマ六の姿を見かけないと思っていたら、上流で仕込んでいたらしい。

 火舟はみるみるうちに敵方に衝突していっては、それらを炎に飲み込んでいった。

 めらめらと舌を吐いて潮風に絡みながら、川幅を覆い尽くした火の色は、血の色よりも、淡く、激しく、クリツナに跨がりかけていたおれも、三段撃ちの結実もすっかり忘れ、サルや半兵衛の貪欲さを思い知る。

 銃声とは違う、破壊の軋みを唸らせながら舟は燃え立ち、敵兵は煙に咽び、炎に当てられ、さらに弓矢が襲いかかり、混乱しきりに、叫び喚きつ、退いては溺れつ。

「旦那っ!」

 おれの足を乗せたままの鉢巻きに促されて、おれはようやく跨る。鉢巻きから槍を受け取る。

 ハンザが槍手を握りしめながら駆け寄ってきた。

「吉田殿が皆を集結させていますっ!」

 すでに三河の大将旗も、十兵衛が従えている織田永楽銭の黄旗もぞくぞくと南へ動いていた。

 振り返れば、木下勢が、敵方の一部と怒号をぶつけ合いながら槍や刀を交錯させている。

 おれは後ろ髪を振り切った。手綱を手繰った。

 槍先が虚空を突くように並び、兵卒面々はすっかり態勢を整えている。

 馬上のさゆりんがクリツナが立ち止まるのを見届けると、吠え立てた。

「我らの無尽蔵の働きにより織田全軍は退却を遂行した! しかし、何も得られなかった敵方は憎悪を持って我らを執拗に追ってくるであろう!」

 陣笠の下に汗と血と疲労を垂らす兵卒たちは、吉田早之介をじっと見据えている。

「日暮れまでには峠に引かねばならず、日暮れまでは敵方を峠から押し返さなければならぬ! 者ども、沓掛に九之坪に待つ身内のために生きろ! 隣に並ぶ同輩たちのために戦え! 時代を分けた今日の日のいくさ、勝って歴史の生き証人となれ!」

 三百人の兵卒たちは、声を一つにして、おおっ、と、叫び、悲愴はない。

「退却っ!」

 さゆりんが太刀を振るいながら先頭になって馬を駆け出させ、穂先の並びも走り出す。

「行くぞ、鉢巻き」

「俺が何かあっても旦那はクリツナと一緒に走っていってくれよな」

「バカ言うな」

 クリツナが並み足に躍動し、四方を兵卒たちに囲まれながらおれは鞍壺に揺れる。

 笙川が、天筒山が、遠のいていく。

 胸の鼓動に合わせるようにして、クリツナの馬蹄が、具足の擦れ合う刻みが、降り注ぐ日差しの中に響き渡る。

 風はほとんど無かった。



 ――亭主殿は何かに駆られているような気がする。生き急いでいる。亭主殿がどこかで無理をしそうで怖い



 笙川から、若狭街道を南に進んで、関の峠まではおよそ二里(約8km)、徒歩で一刻(二時間)、太陽の向きからすると、暮六つの日の入りまではおそらく三、四時間。

 関の峠まで歩いて二時間なら、走って一時間とちょっとだろう。

 それを三、四時間に引き伸ばさなければならない。

 街道をしばらく進むと、田んぼの中までに広がって、三河の大将旗や三つ葉葵の旗指し物とともに、織田永楽銭の黄旗が陣取っていた。

 三河勢の伝令が飛んできて、簗田勢の配置場所を伝えてくる。

 三つ葉葵の旗指し物が並ぶさなかに誘われると、さゆりんの指揮のもと隊列が組まれた。

 火薬や弾が当てにならない火縄銃は荷駄にしまいこまれて先に退却路を行き、鉄砲隊は銃の変わりに弓や槍、刀を手に取っている。

 草花に色づいた地表の果て、笙川から木下勢が退却してくるのを待つ。



 ――そもそも、お前は何を焦っているんだ。そういう奴は死ぬぞ



 耳を澄ませば退き太鼓が鳴っている。土煙が立ち込め始める。

 ハンザが息を大きく抜いていた。

「鉢巻き、持ってろ」

 おれは槍を押し付ける。

「なんだよ。どうすんだよ」

 腰から刀を抜いてくる。

 柄を握り直し、刃紋を見つめた。無機質に鋭利な銀色は、陽の光を撥ね返す。

 脈打ってきた。

「来ました」

 ハンザがつぶやいたとおり、退き太鼓の鳴りとともに木下勢が散り散りに街道を駆けてきて、三河勢明智勢が陣取っている中をサルの逆さ瓢箪が抜けていく。半兵衛を乗せた鹿毛馬が過ぎていく。小一郎が、クマ六が、兵卒たちが何かを喚き散らしながら、逆さ瓢箪に追いすがるようにして、ばらばらにぞくぞくと。

 そうして、木下勢の退却列の尾っぽに、三つ盛木瓜がしがみついてくる。

 法螺貝が吹かれ、攻め太鼓が鳴った。

「進めいっ!」

 並べ立てた槍の穂先を研ぎ澄まし、陣取ったそれぞれの足軽隊が小走りに進み出す。

 木下勢を追って深入りしてきた足軽兵卒たちを取り囲んで始末していけば、街道を覆う田んぼの向こうでも、法螺貝が鳴って旗指し物が陣形を整えていき、太鼓が鳴り響く。

 数えきれないほどの白い旗と、波のように連なった黒塗りの隊列が、どっと押し寄せてきた。

「射掛けいっ!」

 矢が飛ぶ。矢が飛んでくる。



 ――簗田殿は殿軍の意味をわかっておるのかっ!



 沓掛勢も敵の波にかち合った。突き並べられた穂先と、突き並べた穂先が、互いの胴体を、頭部を、意識を、えぐり合う。

 さゆりんが馬上で太刀を振り抜いては敵の顔面を斬り裂き、振り落としては肩口を斬り込み、返り血を受けながら吠え立てる。

「数に怯むなっ! 目の前だけを見定めろっ!」

 槍が虚空を薙いで振り下ろされる。

 赤黒い飛沫が上がって首が掻き斬られる。

「振るんがやっ! 槍を振るんがやっ!」

 年寄りの組頭が叫ぶ。も、その皺の刻まれた額に矢が突き刺さって、眼球が硬直してしまう。

「カシラあっ!」

「織田のわけなしがくどいんじゃっ!」

「何をちょうすいとんがやっ!」

 けたたましい金属音を響かせて、刀と刀が鍔迫り合う。

 そこを何本もの槍が襲いかかってきて、沓掛の奴が串刺しにされてしまう。

「目の前だけだっ! 目の前だけを見るんだっ!」

 あの憎まれ口ばかりの組頭も汗みずくになって喚いているが、槍の柄が折れてしまって、抜刀したところを陣笠に槍を叩きこまれてふらついた。

 と。騎馬武者が名乗りを上げながら突っ込んできて槍のきらめきが首を撥ね飛ばしてしまう。

「簗田家臣、伊奈半左衛門にて候おっ!」

 突っ込んでいったハンザの槍。

 騎馬武者の脇下から青い空へと貫き上がり、騎馬武者は呻きを漏らしながら落馬した。

 兵卒が決死の形相で騎馬武者に飛びつき、

「往生しやがれえっ!」

 首を掻き切る。

 ――。

 おれは、足軽組二個二十数名に周囲を守られながら、飛び込んでくる矢じりをかわしては払いつつ、クリツナの背中から、懸命に戦う連中の、恐怖と興奮が入り混じった横顔を、命削ぎ落とされていく連中の、最後の表情を眺めながら、唇を震わせていた。



 ――そんなの、父上が死んでしまうじゃありませんかっ!



 おれは息を吸って、吐いた。

 黒糸の柄を握りしめた右手が熱く奮い立ち、左手に手綱を短く引き絞る。



 ――忘れたか。陽気の発するところ金石もよく透おす。精神一到何事か成らざらんのだ



 おれは背すじを震わせながらも、目を見開いて恐れを振り払い、クリツナの腹を蹴り上げた。

 クリツナが首を持ち上げる。たてがみを揺らしながら前脚を高々と掻き上げ、歯を剥いていななく。

 その咆哮は、光の染みわたる薄い空に轟いた。

「何やってんだあっ、旦那あっ!」

 前脚を地表に下ろすとともに、切り結ばれた眼尻をぐっと突き出し、四肢が駆動する。沓掛勢をすり抜けるようにしてかき分け、駆け出す。

「旦那あっ!」

「尾張沓掛が城主、簗田左衛門尉っ! この首、取ってみせろっ!」

 飛び込んでいくとともに、朝倉の将兵たちの視線が一挙集まってくる。

 クリツナが高々と跳躍した。

 なびく栗色のたてがみと揺らめく尾花の先から、光の粒をこぼしていきつつ、数々の穂先と黒波を飛び越えて、おれは馬体ともどもに敵方の群れの中に吸い込まれていく。

 落下しざま、クリツナの前脚が足軽の体を踏みつけて薙ぎ倒した。

「死ねえっ!」

 瞳孔をいっぱいに広げて、おれは刀を振り回した。

 陣笠の庇が斬り落とされる。

 槍の柄が斬り払われる。

 クリツナがよだれをまき散らしながら馬体をひるがえし、後ろ脚で誰かの頭を吹っ飛ばす。

 おれは手綱にしがみつきながらも刀を振る。

 とにかく振る。

 振り回す。

「大将首じゃっ!」

「手柄を取れっ!」

「織田の将ぞっ!」

 槍が一挙に突き立てられてくる。

 おれは歯ぎしりする。

 ものの、クリツナが前脚を持ち上げて、目の前の足軽を踏みつぶす。

「なんなんや、この馬あっ!」

「怯むなっ!」

「馬を狙えっ! 馬をっ!」

 クリツナの馬体目掛けて槍を突き立てられるが、クリツナは機敏に反転して槍をかわしてしまい、後ろ脚で蹴飛ばす。

「ひっ!」

 突進して薙ぎ倒す。

「化けもんやっ!」

 馬首を跳ね上げて吹き飛ばす。

 周りの敵兵たちはとうとう尻込みし始め、槍を立てても向かってこず、倒れて呻いていた者は、クリツナが蹄を容赦なく顔面に叩き落とす。

「何を怯んどるんじゃあっ! 射掛けいっ!」

 おれはこの世の生物とは思えぬほどに猛獣化しているクリツナに呆気に取られるも、手綱を引き寄せ、クリツナの馬首を返した。

 汗が滝のように流れている。

「もういい、クリツナ」

 おれは腹を蹴飛ばした。

 と、そのとき、

「何をやっとるんやっ!」

 馬上のさゆりんが敵兵を斬っては分けながら押し寄ってくるのが見えた。

 そして、槍を突き出されたさゆりんは穂先をかわしたものの、態勢を崩して落馬してしまった。

「何やってんだバカがっ!」

 クリツナが猛然と駆ける。転げ落ちたさゆりんが敵兵に刀を振りかぶられる。クリツナが刀の持ち主を弾き飛ばす。

 手綱を引くとクリツナが並み足に立ち止まっていく。

 が、おれは取り囲まれているさゆりんに目が行ってしまっており、思いがけずにクリツナが二本脚で立ち上がったものだから、あっとして、おれも鞍からずり落ちてしまう。

「旦那がっ! 早く旦那を助けてやってくれっ!」

 鉢巻きが騒いでいる。

「構うなやっ! 阿呆っ! 早くその化けもんに乗らんかい!」

 おれを取り囲もうとする敵兵を、さゆりんが太刀を振るって撫で斬っていくが、多勢に無勢、さゆりんの背後が槍の持つ兵に捉えられた。

 おれはさゆりんを殺そうとしている野郎に駆け込んでいく。両腕は刀を振り上げている。

 おれの二つの目玉はそいつの顔をしっかりと判別していた。

 陣笠を被った、おれと同じぐらいの齢の、無精髭を生やしている中肉中背の――。

 叩き斬った。

 おれの刀はそいつの肩口から取り憑き、おれの足腰は自然として地表にへばりついており、おれの腕はしっかと脇を締めており、おれは叩き込んだとともに持ち手をぐっと引き込んで、刃がそいつの肉から骨から具足からすべてを柔らかく滑らかにして斬り裂いていき、おびただしい血が噴き出したときには、そいつの体は袈裟に二つに分かれ、そいつの右肩が左側から離れていってしまう。

 おれは一瞬の束の間、唖然としてしまう。

 降ってくる血を浴びながら、その生臭さと、温かさに、呆然としてしまう。

「殿おっ!」

 ハンザがおれの横に取り付いて、槍を振るう。

 それとともに足軽組衆もおれとさゆりんを囲んでいく。

「旦那っ!」

 鉢巻きが、鼻息の荒いクリツナの口輪をがっちりと掴んでいた。

「殿っ! 退き太鼓は鳴っているのですっ! 早く乗ってくだされっ!」

 早之介のさゆりんに怒鳴りつけられて、おれは小さく何度もうなずいてクリツナに跨った。

「何をやってんだよ、旦那はよっ!」

 どいつもこいつも喚き散らしているが、おれは何も感じなかった。

 クニツナが真っ赤に染まって、切っ先から血をおびただしく垂れ落とし、クリツナが首を上下に揺さぶって、いまだ興奮している。

 おれの吐く息は喉元から小刻みに震えていた。

 太陽は、まだ沈まない。


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