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ふりてんつもる(前編)  作者: ぱじゃまくんくん夫
第七章 新たなる舞台
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国綱十貫文

「知らんで。ほんまに知らんで。二年後、一万貫文の催促が来るんやからな。どうにもならんで。払わんかったら上総介に告発されるだけやからな。あんたは終わりや。阿呆や」

「だから言ってんだろうがっ! 三段撃ちをいくさで発揮すれば一万貫はチャラなんだ!」

「じゃあ、その三段撃ちとやらを誰がやるんや」

「沓掛勢だろうが」

「誰が教えるんや。誰が訓練するんや」

「おれだろうが」

「阿呆か」

「なんだコラア! 阿呆阿呆とテメーは誰に対して言ってやがんだコラァッ!」

「阿呆やないか。あんたは兵卒の訓練なんてしたことあらへんやないか。そんな人が三段撃ちっていうのを兵卒たちに教えることができるんか。そもそも、あんたは火縄銃なんて使ったことなんてないやないか」

「あるよバカ野郎。明智十兵衛に教わって、一度使ったよ」

「一度きりやんか」

 ぐだぐだとうるせえな。さゆりんは何か勘違いしているが、今のさゆりんは忍びのさゆりんじゃなく、おれの家臣の吉田早之介だぞ。それなのに、どうしておれの言うことを聞かない。黙って、はい、って言っていればいいのによ。

「黙って、はい、って言っていればいいんだよっ!」

「じゃあ、なんや!」

 さゆりんは瞳孔を広げておれに詰め寄ってくる。

「黙ってはいって言わすために、私に何を命令するんや! 何に対してはいって言えばええんや!」

 ぐう。なんだかキレているし。どっちが主人で家臣なのかわからねえ。

「だったら、お前がやれや!」

「何をや!」

「三段撃ちだ! お前が沓掛の奴らに三段撃ちを教えろ!」

「そやな! ほんなら、しばらくはあんたの顔を拝まずに済むわ! そや! そっちのほうがせいせいするわ! あんたなんかと一緒にいたくないわ!」

 怒鳴り散らしてブチ切れたさゆりんは、そのままの勢いで踵を返すと、京とは別の方向に歩いて行ってしまう。

「おい! 待て! どこに行くんだ!」

根来ねごろや」

「なんだ?」

「火縄銃の使用術を学んでくるわ。あんたとはしばしの別れや。京には一人で帰るんやな!」

「おいっ! 待て。ネンゴロだがジゴロだか知らねえがよ、お前の目的は火縄銃を学ぶことじゃねえからな。沓掛勢に三段撃ちを仕込むんだからな。そこんとこわかってんのか!」

「見よう見まねで火縄銃を講釈しているあんたとは違うんや。フン。あんたが教えるよりも、数百倍、まともにしてやるわ」

「三段撃ちだぞ! テメーわかってんのかっ!」

「わかったって言っとるやろがあっ! しつこいんやっ! ほんでもな、言うておくけどな、そんなもんでいくさで勝てるとは思えんからな。そんときは吠え面かくんやないでっ!」

 ブチ切れるだけブチ切れたあばずれ小娘は怒りの勢いそのままに顔を背けるとすたすたと堺のほうに戻っていく。

 去りゆく小娘に向かって、おれはペッと唾を吐いた。

 何様のつもりだ、あの野郎。

 三段撃ちを習得しなかった日には、問答無用でレイプしてやる。

 てか、ネゴロってなんだよ、マジで。




 二条城の落成も間近となり、土方作業はお払い箱となった。

「おやかた様はお残りになるが、我らは一足先に帰陣する」

 マリオが言ったが、すぐに声音を変えて、

「ところで太郎の祝言は文月(七月)がよろしいと考えるのだが――」

 普段は説教臭いマリオもそこだけはおれにお伺いを立てるような姿勢であった。ブラシヒゲのツラには、なんとなくの後ろめたさとともに、なんとなくのおもねりが加わっていた。

「形式的にしか過ぎんが、祝言の前夜にでもあいりを我が屋敷に迎えて養女とし、翌日には迎え役を寄越すという段取りでいかがか」

「迎え役は誰がいいんです」

「いや、誰でも構わん。先年、新たな家臣を召し抱えたであろう。構わん」

 過去に迎え役がどうのこうのと騒いでいたバカがいたが、あいつが異常なのか、それともマリオが太郎を正式な息子にしたいがためか。

 文月ふみづきと言ったら再来月。

 いくさでも始まらんだろうか。

 おれとしては、太郎とあいりんが結婚できるかできないかではなく、結婚予定となった段階でどのみち何が起ころうと構わないのだが――。

 あいりんから手紙が来ているのだった。

 あずにゃんの「もう半年以上になる。いつになったら帰ってくるのか」という手紙とともに。

 あいりんは意外にも達筆である。箱入り娘のあずにゃんよりも字が綺麗じゃないだろうか。




 不躾ながら、まず始めには旦那様への文をお詫びいたします。

 先日、若君より文を頂戴し、また、梓様へ丹羽様からの文がお届けされました。

 私めが丹羽様の養女となり、簗田家に嫁ぐ運びなったと知りました。

 私めは喜びでいっぱいでございます。

 けれども、不安でいっぱいでもございます。

 私めなどが若君のお嫁さまでよろしいのでしょうか。

 梓様にはお喜びいただいております。

 若君のお気持ちも私めの胸に響いております。

 けれども、旦那様はどうお考えなのでしょうか。

 旦那様にとって大切な若君のお嫁さまが、こんな奉公人でよろしいのでございますでしょうか。


 あいり




 十兵衛から逃れるためにおれが勝手に始めた奇策は、太郎もあいりんも、それにマリオだって、誰の思いも満たしてやれるような良策だと考えていた。

 あいりんにとっては、突如として湧いた話が大きく進みすぎて訳がわからないようである。訳のわからなさが彼女を不安にさせているようである。

 好き同士だったそうだから、素直に喜ぶだけだと思っていたのに、太郎も太郎なら、あいりんもあいりんで真面目すぎるんだろうか。

 返事を送ろうとしたが、岐阜に帰れるということなので、手紙を書くのはやめた。

「太郎。お前はあいりんになんて伝えたんだ」

 朝食時、訊ねると、太郎は首をかしげる。

「何をですか?」

「お前とあいりんの結婚の話だよ」

「それはまあ――」

 頬をわずかに赤らめてうつむく。

 おれは舌を打った。

「お前があいりんに好きですとかなんとか言ったのなんてどうだっていいんだよ。おれがどういう態度でいるのか伝えたんだ」

「それはまあ、了承していると」

「それだけか」

「ええ」

「おれに薦められたって言わなかったのか」

「だって、こういう話になったって言う前に自分の気持ちを伝えろっておっしゃったのは父上じゃありませんか」

「そんなことは言ってない」

「おっしゃいましたよ」

 言ったような気もするので、おれは黙って朝食をすすめる。

「ところで、早之介はいつになったら堺から帰ってくるのですか」

「あいつは火縄銃の修行のためにネゴロってところに行ったよ」

「え? 修行?」

「ネゴロってなんだ?」

「紀伊の根来寺のことではありませんか。そんなこともわからずに父上は早之介を向かわせたのですか? そもそも火縄銃の修行とはなんなのです」

「お前とあいりんの祝言は文月になったからな。前夜にゴロザ殿の屋敷にあいりんが行って――」

「話を逸らさないでください。拙者の問いに答えてください」

「修行って言ったら修行だ」

「なんのためにですか」

「火縄銃のためだって言ってんだろ! お前はうるせえんだ! おれは前に言ったよな! 沓掛九之坪のことはお前とハンザで勝手にやれって。それについておれはつべこべ言ってねえぞ! だからお前もおれが早之介をどう使おうとつべこべ言うんじゃねえっ!」

「余計な出費がなければ何も言いませんよ」

「余計な出費なんてない。黙れ。もう二度と言うな。次に何か言ったら勘当するからな」

 太郎の口うるささはあいりんにどうにかしてもらいたいところだ。




 別れの挨拶に蛸薬師の茶屋を訪ねる。彦左衛門のおとうちゃんも娘のおきぬ(・・・)も、相変わらず客がいなくて暇をしている。

 が、来客の姿をおれと確かめたなり、裁縫をしていたおきぬは「あっ」などと声を上げて、

「簗田はんっ。お待ちしいたんやっ。見つかったんやっ。ねえっ、おとうちゃんっ」

「ああ、簗田はん。そないどすねん」

 上がりかまちに腰を下ろしながら、おれは首をひねる。

 おきぬが白湯を運んでき、彫りの深い瞼を大きく広げてきた。

「かたな」

「えっ? 之定がっ?」

「ちゃう。残念もってのさだはん・・・・・おまへんどすねんけど」

「なんだよ」

 おれは溜め息をつきながら湯のみ茶碗に手を伸ばすが、おきぬが肩を揺すってくる。

「ええではおまへんどすかあ。名前ん付いとる名刀みたおすよ。しかも、お値打ちやしい」

 おきぬが三十路のオバサンのくせにおねだりしてくるみたいに肩を揺すってくるので、おれは苦笑のままに茶碗が揺れて口につけられない。

「十貫文でよろしおす」

 と、帳場に座っているおとうちゃんが言った。

 しかし、おきぬが顔つきを変えて、おれからおとうちゃんに視線を向ける。

「なんを言うとるん。西大路はんは二十貫文って言うとったんでしょ」

「きぬ。たいがいにしなはれ。簗田はんからなんぼ実入るつもりなんや」

 おきぬは冷めた視線をおれに戻してくる。

「人聞きん悪いことをしゃべるおとうちゃんや。うちはそないおなごやあらしまへんよ」

「いやいや、どっちでもいいけどさ、おれは之定以外はいらねえんだ」

「そやて。おとうちゃん。残念やったね」

 おきぬがつまらなそうにして帳場に戻っていき、おれはしみじみと白湯をすする。半年のあいだ慣れ親しんだこの無味からお別れだと思うと、ちょっぴり寂しい。

「簗田はん、そんやて名前ん付いとるもんみたいおす。わても、その持ち主の公家はんもようわからんどすけど」

 机の前に座ったままのおとうちゃんが言ってくるので、おれは首をかしげながら誰の作刀か訊ねてみる。

「国綱言うみたいどす」

 おれはびっくりして腰が跳ねた。

「クリツナっ?」

「ちゃいます。クニツナ」

 西大路という公家が持っているそうだった。

 どこまでが真実なのか定かではないとその西大路はんは言っているそうだが、曽祖父の代か、その前か、だいぶ昔に、仕えていた武士が刀を肩代わりとしてカネを催促してき、武士はそのまま行方不明になって、刀だけが残ったという。

 カネが戻ってこないので、刀を売ろうと思って刀剣商に見せてみたら、鞘から抜いたときにあるはずのない血糊がべったりと付いており、それでもって、その日、行方不明になった武士が夢に現れてきたというので、呪いを恐れて刀を売らず、ずっと封印されていたという。

「でも、呪われているんでしょう。その西大路はんはどうして売るんです」

「背に腹は変えられへんって。それに、怖いもの見たさで鞘から抜いてみたそうなんどす。ほな、血糊なんか無くて、単に刃が錆びとるだけらしおす。錆びとるから十貫文ぐらいでないと売れへんやろって」

 先祖が子供たちに売らせないためにデタラメの呪い話を作り上げたのではないかと西大路はんは言っているそうで。

「国綱か」

 クリツナっぽいから買ってやってもいいかな。錆びているなら研ぎ師にやらせればいいだけだし。

 たかが十貫文だ。無銘の刀を一振り持っているのと同じだろう。

「じゃあ、せっかくだから、餞別に買いますか」

「餞別? 岐阜に帰るんどすか」

「ええ。二条城も出来上がったしね」

 おとうちゃんとおきぬは顔を見合わせる。

「また来るんでっしゃろ?」

 と、裁縫がてらにおきぬが首を伸ばしてくる。

「かないませんて。簗田はんがうちからよお買うてくれへんとやっていけまへん」

「おれが破産するわ」

 おきぬはくすくすと笑った。




 おとうちゃんと一緒に西大路はんの貧乏屋敷に行き、刀を見せてもらった。

 西大路はんは青白い顔をした冴えない若者で、おれが目釘を抜いて柄を外す様子をおとうちゃんと共にぼんやりと眺めていた。

 うっすらと赤茶けた錆びた刀のなかごの部分には国綱と彫ってあった。

 有名な刀工だったとしてもどうせ偽物だろうが、西大路はんが貧乏しているそうだし、綱つながりで買ってやった。

 翌日、おとうちゃんに教えてもらった研ぎ師の家に刀を持っていくと、研ぎ師のジジイは刀身を鞘から抜いた途端、

「こ、こらあ……」

 と、瞼を細めてじっと刀身に見入り、かと思えば、あわてて目釘を抜いて、柄を外すと、茎の銘に目玉を大きくした。

「国綱やありまへんか……」

「どうせ偽物だ。明後日には京を出なくちゃならねえから、さっさと綺麗にしておいてくれよな」

 それでまた翌日に研ぎ師のもとに刀を引き取りに来ると、ジジイは刀身だけではなく、鞘から柄まで綺麗に磨いた刀を差し出してき、おれの顔をぼんやりと眺めてきながら言うのだった。

「こら、正真正銘の国綱でありますどす。いんや、わては国綱をこん目にしたことはあらしまへんどすが、聞いとった作風そのまんまどす。お、お武家はん。お名前はなんて言うんどすか」

「え?」

 おれは眉をしかめながら刀を奪い取る。

 梅干しみたいにしわくちゃの顔から目だけを取り憑かれたように、あたかも少年みたいにして輝かせてくるジジイが怖くなり、刀を腰帯に差し込みながら偽名をつく。

「土方武蔵介だ」

 ジジイの家から足早に立ち去った。

 耄碌もうろくしているんだろう。十貫文で買ってきたなまくらが名刀のわけがあるかい。

 でも、国綱って有名人なのかな……。

「お前、知っているか? 国綱って」

 おれの問いかけにクリツナは寝ぼけまなこで首を垂らしているだけである。隣のクロスケが首を上下に振って入れ込んでいても意に介さないでいる。

 ねじり鉢巻きの補助で鞍に跨った。

 太郎やハンザから沓掛の兵卒まで皆がいちようにして具足姿であり、明け方より岐阜に帰る手筈だった。

「なんですか、国綱って」

 クロスケにすでに跨っていた太郎が目ざとく視線を向けてくる。

「まさか、その腰に差しているもの、国綱だなんて言わないでしょうね」

「いや、たかが十貫文だ。本当だぜ。国綱って彫ってあるけど、どうせ偽物だ。おれのへそくりから出したもんだ。とやかく言うな」

 寺社を発って、マリオの児玉勢と合流し、やがては京を出る。

 道中、太郎に訊ねた。

「国綱って有名なのか?」

「それはもう」

 世の中には天下五剣と謳われし名刀があって、そのうちの一つ、鬼丸という名刀を作ったのが粟田口あわたぐち国綱くにつなという大昔の刀工だそうで。

 剣術にも通じていた亡き十三代将軍足利義輝も国綱と銘打った刀には目がなかったそうで。

「そのような名刀が十貫文で手に入るはずありませんね」

 と、クロスケの背中に揺れながら太郎は笑う。之定と騒いでいたおれが、安物で納得したと思っているらしく、ご機嫌である。

 が、おれは国綱という刀工のあらましを知って、困惑気味だった。

「そうだな。偽物に決まっている。ハハ……」

 研ぎ師のジジイの、死に損ないが急に活気づいたあの顔が思い浮かぶ。

 とすると、腰に差している刀が急におれの中で重さを帯びてきて、なんだか、刀身からおれの体へと、鼓動のように脈を打つような気さえしてくるのだった。




 薫風流れる岐阜は青かった。

 稲葉山が見えてくると、いやはや、ほっとする。長かった。半年である。

 あばずれ小娘が指一本触れさせてくれなかったおかげで、飢えてもいる。

 あずにゃんをようやくむさぼれるわけだ。

 いや、その前にあいりんの不安を払ってやらんと。

 屋敷に戻る前に沓掛勢をいつものように願福寺に押し込めるのだが、鐘が吊ってあるのに気付いた。

 住職のジジイが出てこないうちにおれはあとのことはハンザに任せ、太郎を連れて寺をとっととあとにする。ジジイがうっかり余計なことを言い出しかねん。

 そういえば、そろそろ、寄進札の準備をさせないと。

 と、さゆりんがネゴロから帰ってくるのがいつになるのか聞いとけば良かった、手紙を出すよう念押ししておけば良かったなどと半ば後悔していたら、クリツナに並んでクロスケを歩ませている太郎の顔が、なにやらこわばっているのが視界のすみに入った。

 唇を押し曲げて、視線を真っ直ぐに据えており、妙にかしこまっている。

「なんだ、その顔」

 はっ、と、した表情で、太郎はおれに振り向いてきた。

「い、いえ」

 ははあ――。

 おれはシラーッとしてやった。

 このガキ、あいりんに会うのが結婚をすると決めて以来は初めてだから、緊張しちゃっているらしい。

 とはいえ。

 日差しを吸い込んでいるような、やわ温かい風が緑の苗をそよがせていく。

 太郎は十七か。

 口うるささには定評があるくせに、よくよく考えれば十七だ。

 屋敷に帰ってきて、クリツナやクロスケを引き入れるままに庭に入っていくと、帰りに気付いて、家の連中が縁側に集まってきた。

 あいりんとお貞が膝をついて頭を下げてかしこまり、いつものようにしてあずにゃんが遅れて登場してくる。

「おかえり。亭主殿、太郎」

「ただいま帰りました、母上」

 太郎はほとんど直立不動で唇を結んでおり、あいりんのほうもお貞がすでに顔を上げているというのに、まだ、両指を突いてひれ伏している。

「お貞、風呂を沸かしてくれ」

「かしこまりました」

「あいりんはいい。話がある」

 と、おれはがちゃりと縁側に腰を下ろし、ようやく頭を上げても視線を伏せているばかりのあいりんの横顔を眺め見る。

「栗綱とクロに餌をやります」

 太郎は甲冑姿のまま馬屋に行ってしまった。ねじり鉢巻きが世話をするからいいっていうのに。

「バカ息子はおれや梓殿の前であいりんを目の前にしているのがこっ恥ずかしいらしい」

 いつぞやまでは百日紅の木だけだった我が家の庭には植木が増えていた。

「手紙、読んだよ」

 そう言って視線を向けると、あいりんはうつむいたまま唇を結ぶ。

 あずにゃんがおれの隣に腰を下ろした。顔を合わせると、あずにゃんは目尻を緩め、そうしてあいりんにお姉さんのような眼差しを向けるのだった。

「もう、何年前のことになるかな。あいりんが沓掛に来たのは」

「三年前になります」

「早いな」

 おれは腕を組み、目を細めながら庭を眺めた。

 馬屋でクロスケが暴れているのか、ねじり鉢巻きの叱り声が届いてくる。

「あのとき、太郎はおれの息子じゃなかったけれども、あのときと今で、何も変わっちゃいないさ。太郎はただ単に息子になっただけさ。もしくは昔から息子のようなもんだったか」

「でも、私なんかでよろしいのですか。私はただの女中でございます。いくら若君がそうおっしゃられても、旦那様は」

 あいりんは瞳を潤ませながらも真っ直ぐにおれを見つめてきていた。

 おれは草鞋を解いていく。

「太郎の嫁さんになりたくないって言うんなら致し方ない」

「そ、それは――」

「ん?」

「亭主殿。意地悪するでない」

 あずにゃんが冗談めかして眉根をひそめてき、おれは笑いながら腰を上げ、縁側に上がった。腰の大小を鞘ごと抜き取っていく。

「よろしく頼むよ、あいりん」

 すると、あいりんも腰を上げてきて、刀を受け取ろうと両手を出してくる。違う、と、言って、笑う。

「太郎をよろしく頼むってことだ」

 あいりんは両の腕を出したまま頬を赤らめてうつむき、刀はあずにゃんが受け取った。

「ということじゃ、あいり。だから、申しただろうに。亭主殿は歓迎するはずじゃと」

「は、はい、申し訳ございません」

 おれは広間にそのまま入っていくと、あぐらをかいて座り、そういえばシロジロの姿がないことに気付いた。

 おれの具足を外していくあずにゃんとあいりんにシロジロは殺されたのかと訊ねると、

「四郎次郎なら団子屋に行っておるぞ」

「え? 団子屋?」

「旦那様と若君から了解を得たからと言って年が明けたぐらいから始めていますけれど」

 なに……?

 おれは了承した覚えなんてないし、了承を求められたことすらねえはずだが。

 あの野郎、人の監視がねえと思って勝手に何をやってんだ――。


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