百丁寄越せ
十兵衛がいちいちうるさい。
「銃をあなどってはなりませぬぞ。弓矢を放つのとは訳が違います。まずは発弾したときの衝撃に耐えなければなりません。的を射ることよりもまず、安定した構えを身につけるのが肝要です」
どうでもいいからさっさと撃たせろ。
「そんな構えでは体が飛ばされますぞ。片膝をつけて、腰を入れて、もっと、こうぐいっと。そうです。そうそう。それでは引き金を引いて」
照門の凹凸を藁巻きの案山子に合わせる。
フフ……。
おれは中学のときに同級生のカラシニコフを(エアガンだけど)空き缶相手にぶっ放した経験があるのだ。
しっかと命中させて十兵衛と太郎に度肝を抜かせてやる。
で、引き金を引いたのだが、ズドン、と、ぶっ放した途端、寺の屋根がパリンと吹き飛んでしまった。
「ああっ」
太郎が騒いで、おれは冷や汗をたらり――。
とりあえず、愛想笑いしておこう。
「簗田殿……。ゆえに申したではないですか。衝撃に振られては銃口も振られてしまうのです」
十兵衛が吐息をつきながらそう言う。
その隣から太郎が冷ややかな視線を送ってくる。
「先ほども申したとおり、それはお譲りしますゆえ。まあ岐阜に戻ったら、存分に鍛錬してくだされ。寺の者には拙者から詫びを入れてきますから」
と、十兵衛は境内から本堂へと去っていった。
鉢巻きも加わって案山子を片付けているあいだ、太郎はなんとも言えないふてった顔をしているばかりで、おれがぶっ放してから一言も発さないでいる。
「練習しておくよ。最初はこんなもんだ」
「父上。やはりそれは拙者が十兵衛様にお返ししておきましょう」
と、太郎が手を出してくる。おれは眉をしかめる。火縄銃を抱き寄せて離さない姿勢をあらわす。
「やだ。くれるって言ったんだからもらうんだ」
「父上がいくさ場で使うときがありますか。使うときがあっても明後日の方向に飛んでいっているではありませんか」
「だから練習するっつってんだろ! これはお前のものじゃねえっ! おれのものだっ!」
太郎はため息をつくと、背中を向けてき、冷ややかに言い残していく。
「あとで明智様にお礼の品をお渡しします」
十兵衛から火縄銃を貰う貰わないで一悶着を起こしたあとなので、太郎はすこぶる機嫌が悪く、おれを置いてさっさと境内から去っていってしまった。
十兵衛も気のきかねえ野郎だ。太郎のいないときにこっそり渡してくれればよかったってのに。
案山子を手にしているねじり鉢巻きに火縄銃を押し付ける。
「ハンザにでも渡しとけ。ちゃんと管理しろってな」
「半左衞門が太郎に渡すかもしんねえぞ」
「いや。ハンザはそんなことはしない。太郎には渡すなってハンザに言っておくし」
自分のところの寺に帰る。
桜の花びらも散って、二条城も完成間近であった。
この間、信長の後ろ盾を得た松永弾正ジジイが大和国や南摂津あたりで暴れ回っているそうで、水を得た魚とはこのことだとつくづく思った。
信長も信長で徴収の相手を京から奈良の寺院にまで矛先を向けたそうで、さすがのおれも親分のゼニゲバヤクザぶりには舌を巻く。
なんでも、堺と似たような自治都市である尼崎の湊は上納を拒否したようで、信長が差し向けた長ヒゲ佐久間三千の兵が湊を焼き払ってしまったらしい。
下僕どもには土方をさせておいて、テメエは暴力を振りかざして荒稼ぎとは羨ましい身分だ。
おれだって――。
無論、信長のようにヤクザな真似をするつもりはないし、信長のような大親分になれるとも思いやしねえが、イマイとの交渉事を早とちりして失敗して以来、どうにもこの胸に燻り続けるものがあった。
おれだって鉄砲を揃えられれば武名を轟かせられるんだ。
カネがないのが口惜しすぎる。信長のように荒稼ぎできるものなら迷わず鉄砲を何万丁と購入だ。
でも、そんなカネをおれは持たない。持たないがために、誰かに先を越されてしまう。
太郎のあの顔ったら……。
一泡吹かせてやりたい。
チクショウ。
夕飯を取ったあと、もやもやとした気分のままに仮住まいの部屋で寝転がっていると、吉田さゆりん早之介がやって来た。
「堺の田中与四郎からです」
と、手紙を渡してくる。
中身を開くと、宛て先は吉田早之介になっており、先日の仲介の礼がつらつらと書かれてあったのだが、茶を点てますので暇があれば簗田牛太郎殿と一緒に来てくださいみたいなことも書かれてある。
「ふーん」
手紙をさゆりんに返す。
「一応、伝えましたから」
と、用事を足したさゆりんはさっさと帰っていった。
年末に岐阜を発っていらい四ヶ月はあずにゃんの顔を見ていないおれである。もちろん、性欲は自分一人で始末している。
それなのにさゆりんはすっかりただの家臣、ただの吉田早之介と化しており、愛人なんだから、もう少し、おれを慰めてくれたっていいじゃねえか。
さゆりんの愛想のなさのせいで、いっそうもやもやしてくる。
鉄砲にしろさゆりんにしろ目の前にあるのに手が出せない歯がゆさ。
現場監督をやってられなければ、太郎から逃げられる口実にもなるし、もやもやを打ち払うために再度二人きりになってさゆりんに挑戦しようと思い、さゆりんの導かれるままに堺に向かう。
クリツナにまたがるとさゆりんとの距離が縮まらないので、徒歩で。
春の淡さはすっかり抜けて、空は青々、雲は白々、爽快な景色が水の張った田んぼに映っている。
まぶしげに瞼を細めながらおれは口を開いた。
「さゆりん。おれは考えているんだ」
前回、摂津池田に向かう途中ではとんだへまを犯してしまった。嫌よ嫌よも好きのうちとどこのバカが言い始めたのか、そんなものはないのだ。
むしろ、さゆりんがおれに付き従ってくる以上、好きよ好きのはずなのだ。
おれの違った一面、賢者のおれを見せれば、突っ張ったさゆりんも、「ああ、やっぱりこの人はええ男なんや」と、おれのカッコ良さを思い出し、今夜はおれに抱かれに来るのだ。
「楽市楽座令を信長が岐阜で発して、古い体質は変わりつつある。それと同じようにいくさの仕方も変わるんじゃないかとな」
「あっそう」
さゆりんはおれの少し前を歩く。興味なさげに目も向けてこないが、おれの秘策を知ったならば、「ほんま、あんたって賢いんやな」と、その目の色を爽やかに輝かせるだろう。
「火縄銃がいくさを変えるだろうな」
「あっそう」
「火縄銃の欠点は弾込めに時間がかかるため、次の攻撃になかなか移れないってところだが、三列に並んで、弾込め、火縄の装着、射撃を一列ごとに順繰りに回っていったら、時間の欠点は補えるはずさ」
さゆりんはようやくおれに振り返ってきた。
しかし、冷ややかな視線だった。
「で?」
おれは口をつぐんでしまう。
「それで、何?」
「だ、だから、そういうわけでいくさの仕方は変わるってことだ」
「ほんなら、私じゃなくて、上総介に申せばええやん」
ぐぬぬ……。
「それにあんた阿呆ちゃう?」
と。侮蔑的な眼差しまで寄越してくる。
「あんたが織田の将やったら、今までどんないくさをしてきたか知っておるやろ。斎藤方の稲葉山城攻め、六角様の箕作城攻め、桶狭間は奇襲や。ほんで、摂津でのいくさも全部城攻めや。あんたのその浅知恵の戦法がどれほど通用したんか考えてみれば? 城攻めに通用するんか? あんたんとこのいくさはほとんどが城攻めになるのに、たとえ、火縄銃をこしらえたところで効果はあったとしても、そんだけの銭をつぎ込んだ費用対効果は見込めるんか?」
「黙れ。ぐだぐだ長すぎるし、お前は何も知らねえくせにとやかく物申してんじゃねえ」
「ほんなら上総介に進言すればええやん。私に言うて何が目的?」
「うるせえ。あとな、六角に様付けしてんじゃねえ。お前の親分はおれだ。六角はお前の親分じゃねえんだ。わかったか」
適当にうなずいたさゆりんは、先を行く。
クソが。
こんな奴を愛人にしたのは間違いだ。おれを苛立たせるだけでなんの役にも立たねえ。
タナカは、とと屋、という倉庫業の主人だそうである。
他の情報は何もない。
むかつきすぎて、あばずれ小娘と口をききたくなかったからだ。
摂津を抜けて、堺の湊にやって来る。
非常に活気があった。陸は馬や荷車が行き交い、海には船が数えられないほどに浮かんでいては航行している。
軒並み商売の声。
武士もいれば、もちろん商人だったり、ふんどし一丁の奴だったり、たまに外人もいる。
岐阜の加納とは比べ物にならないぐらいの賑わいである。
落ち着きのある京の市中ともまた違う。
二万貫を没収されるぐらいの大規模都市だけあって、エネルギッシュな風情である。
湊の桟橋近くまでやって来て、ここや、と、さゆりんが言った。
店というより倉庫である。番頭っぽい髷結い頭の怒号が飛んでいて、大勢のふんどし野郎が舟から何かを担いで運び入れたり、運び出していたり。
だが、おれはさゆりんに怒りの眼差しを向ける。
「おい。あそこの看板に魚屋って書いてあるじゃねえか。ナメてんのかコラ。おれは魚を食いに来たんじゃねえぞコラ。それとも産地直送の刺し身でも出してくれるってのか? コラ。マグロかカツオの刺し身でもよ」
「サカナヤじゃありません。トトヤと読むのです」
「あっそう。だったら最初から言えや!」
おれの怒鳴り声に荷役や番頭が目を向けてきて、倉庫の中からもひょっこりと頭巾を被ったオッサンが外を覗き見てきた。
あばずれ小娘が頭巾のオッサンに頭を下げる。
「これは吉田殿」
と、オッサンがにこにこしながら倉庫からこちらにやって来る。
ふーん。
会合衆の一味にしては、ゼニゲバ臭さが大して漂っていない。
「その節はお世話になりました。して、こちらが拙者が主人の簗田牛太郎でございます」
「いえいえこちらこそ。お初にお目見えございます。田中与四郎でございます」
「ども」
「信州殿と熱く議論を重ねているそうで」
「いえ」
機嫌の悪いおれが愛想もなく二言で済ませると、タナカはきょとんとしつつも、すぐに早之介に視線を向け、茶を点てるからと言って倉庫とはやや離れた屋敷へとおれたちを案内した。
苦い抹茶を飲んだ。
タナカはヘタレの茶の師匠だそうだが、おれはヘタレのトモダチなだけである。茶の湯に修行を積んでいるわけでもない。
タナカの茶室でふるまわれたさい、おれの心は苛立ちで大いに乱れていたが、そのへんをタナカがとやかく口出ししてくることはなかった。
「簗田殿と吉田殿のおかげさまで、堺もこうして変わらずの日々でございます。尼崎は焼け野原になってしまったそうですが」
茶道具一式を片付けたあと、タナカはそう言った。
「拙者どもが特に何かをしたというわけでは――」
早之介がさゆりんのくせして自嘲するような爽やかな笑みを浮かべている。
「おやかた様の思し召しかと」
「それにしたって簗田殿と吉田殿のご尽力がなければどうなっていたことやら」
早之介とタナカは取り立ててあげつらうことのない季節の時候や世の情勢など、世間話をしていた。
ご機嫌斜めのおれはむっとしているだけだ。
こんなところに何をしに来たのだろうという疑問が湧いて出ている。
なんのメリットも利益もない、ただ遊びに来ただけ。愛人にもならねえあばずれ小娘と。
さゆりんもさゆりんで、こんな茶人と世間話をしていて何になるのか、はなはだ不明である。
くだらねえ。
「そういえば簗田殿は」
と、タナカが視線を向けてきた。
「桶狭間の勲功第一だそうで」
「昔の話ッスね」
おれは鼻で笑った。
「あのころとはいくさの勝手も違っていきましょうから、どうせこの先、あっしなんてのは埋もれてしまうでしょうね」
タナカが苦笑する。
「そんなことはありませんでしょう」
「いいや。この先、火縄銃がないと話にならない」
早之介がいちじるしく顔をしかめた。「殿」と、小声でおれをたしなめてくる。
おれは無視し、口許を歪める。
「それだってのに、どいつもこいつも聞く耳を持ちませんから。まあ、仕方ないんですがね。火縄銃はべらぼうに高いゆえ」
「はあ。左様でございますか」
タナカは一度視線を伏せた。そうして、また、持ち上げてきた。
「私はいくさのことはよく存じ上げておりませぬが、火縄銃とはさほどに変えるものですか」
「ええ。劇的にね。火縄銃の欠点は弾込めに時間がかかるため、次の攻撃になかなか移れない――」
「殿」
「ただ、三列に並んで、弾込め、火縄の装着、射撃を一列ごとに順繰りに回っていったら、時間の欠点は補える」
「殿」
「そうすれば我ら織田は敵無しッスかね。武田騎馬隊なんて。タナカさんは知ってるッスかね、武田騎馬隊」
「ええ。なんでも、赤備えという、赤装束に身をまとった精鋭がいるとか」
「火縄銃の前では精鋭じゃないッスね。ただのゴミです」
吉田早之介がさゆりんの目つきでおれを睨んできているが、おれは構いやしなかった。
「それだってのに、火縄銃はべらぼうに高すぎる。イマイさんとやらが遠里小野の代官になったそうッスね。こちとらからしてみりゃ、ふざけんじゃねえって話だ。あんたらの保護のためにこっちは乗り出してやったってのに、なんの見返りもねえ。火縄銃を一貫文ぐらいで寄越せって話だ」
「田中殿。申し訳ございませぬ。簗田は季節の変わり目ともなると気が触れてしまいまして」
「気なんか触れてねえっ!」
さゆりんが火花を鳴らさんばかりの眼光をおれに注いでくるが、おれはぷいと顔を背ける。
もしも、気が触れているとしたら、さゆりんがきっちりと愛人をやらないためだ。
それにこんなタナカごときの機嫌を損なったところで、だからなんだ。おれに銭をくれるのならまだしも、こんなことをしていたってなんの利益もねえんだ。
くだらねえ。
しかし、タナカは苦笑ともつかぬ笑みを浮かべながら言う。
「私はいくさのことはよく存じ上げませんが、ともすると今井殿に申し上げてみれば、どうにかなるかもしれませんが」
「なんなん。ねえ。なんなん。あんた、なんなん」
タナカの屋敷をあとにした途端、さゆりんは激怒しておれに詰め寄ってくる。
「私はあんたのためにこうしてやっているんやで。わかってるん? なあ!」
「何がおれのためだ。あんなくだらねえ奴の何がおれのためだ」
「田中与四郎に茶の湯を師事している将は荒木信州だけじゃないんや。他にも大勢おるんや。それやなくても、田中は会合衆の一人なんや。あんたが親しくしておいて何も損はないやろが」
「そんなのテメーがやってろ、バカが。そんなことよりとっととイマイの屋敷に案内しろ」
「行ってどうするんや」
「火縄銃を寄越せって言うに決まってんだろうが。タナカだって言っていただろ。イマイに言えばどうにかなるかもしれねえって」
「何丁や」
「百丁だ」
「京に帰るで。あんたを連れてきたんは間違いやった」
さゆりんはおれに背中を返すと歩き始めた。
「おいおい待てコラこのあばずれ」
「誰があばずれや」
「テメーの雇い主はこのおれだ。おれの言うことだけ聞け。おれがいるからお前がいる。がたがた抜かしてんじゃねえ」
「ほんならやめさせてもらうわ。好きにしい」
「悪かった」
さゆりんは睨みつけてくる。
「おれのためにしてくれているとはわかっていたが、おれは気が触れていたようだ。さゆりんがいるからおれがいる。わかっている。でも、口に出すことは難しいことだ。わかってくれ」
「今井のところには行かんで」
「いや、もののついでだ。顔だけでも出しておこう。もちろん、火縄銃の火の字も出さないさ。あとで、タナカがイマイに簗田殿は来なかったですかだなんて話をされると面倒だしな」
「ほんまやな」
「ああ。男に二言はない」
さゆりんが歩き出し、おれはあとを付いていく。
「それにしたって、最近のあんたは業突く張りやで。寄進札ぐらいから」
「悪かった。改めるよ」
フン……。
ゼニゲバのテメーに言われたかねえってんだ。
今井彦右衛門の屋敷にやって来る。
屋敷構えはゼニゲバモンスターらしく豪邸だ。いっぱしの館相応である。たかが商人の住まいとは思えない。
なにせ、門番までいる。
門番は吉田早之介の顔を覚えているようであった。イマイに伝えてくると言って屋敷の奥に引っ込んでいった門番は、しばしのあと、奉公人っぽい少年と一緒に戻ってきた。
「これは吉田様。お久しぶりでございます。旦那様はちょうどお戻りになられたところなんです」
と、少年がイマイのもとまで案内すると言う。
屋敷の中庭は生意気に松の木とかが植えられている。
ふざけやがってゼニゲバが。
仲間の会合衆を出し抜いていち早く信長に媚びを売った野郎である。
そのくせおれには(サルにも)なんの見返りも寄越さねえってわけだ。
鉄砲の一千丁ぐらいぶん取らねえと気が済まん。
屋敷の中に上がり、客間に通された。
「しばし、お待ち下さい」
少年は障子戸を閉めていった。
やがて、障子戸が開き、イマイがやって来た。
腹はぼてぼてとして膨れており、羽織は絹織物だろう、銀色にぴかぴかと光っている。
想像通り、いかにもなゼニゲバモンスターである。
「吉田殿。急にどうかされましたかな」
と、おれとさゆりんの前にのっそりと着席してくる。
おれにじろじろと視線を向けてきながら。
実に偉ぶっている。話をする前から軽蔑の眼差しである。
クソカスだな。
「こちらは拙者が主人の簗田牛太郎でございます。とと屋の田中殿にお招きいただいた帰りでございまして」
「ははあ。おたく様が、木下殿と並び、織田様の出世頭のあの簗田殿」
イマイは口端に笑みを浮かべ、瞼をおれに細めてくる。まるで値踏みしているかのような顔つきである。
「まあ――」
おれはイマイに合わせるようにして口端を歪めた。
「あっしが木下藤吉郎殿に並べるかどうかはイマイ殿次第ですかね」
「この私次第?」
「殿」
さゆりんがやはり睨みつけてくる。
「今井殿とは初めてであるのに殿は無礼ではございませぬか」
「黙れ」
おれはさゆりんを睨み返した。さゆりん三白眼がめらめらと燃えたっている。
顔を背けた。
イマイが陰のおびた笑みと、陰湿そうな目でおれを眺めてきている。
「遠里小野の代官となりましたね、イマイさん」
「ええ。おかげさまで」
奉公人の少年が白湯を運んできて、イマイは右手を差し出しておれとさゆりんにすすめてくる。
湯のみ茶碗の蓋を取って白湯をすすったあと、イマイは帯に差していた扇子を抜き取り、それで顔をあおぎ始めた。
「もしや、何か見返りを、と」
鼻頭を突き上げて、高見のところから眺めてくるような尊大ぶりであった。
「とんでもございません」
と、言ったのは、吉田早之介。
「当方、堺が織田の直轄領となっただけでも御の字でございます」
「火縄銃を百丁、あっしにくれませんか」
唐突に言うと、座はひとたびしんと静まったが、ハッ、と、イマイは目玉をむき出しながら笑った。扇子をはたはたと揺らし、笑いながらも、その目はものすごい軽蔑にみちみちている。
「百丁。ならば、その分のお代金を頂戴しましょうかな」
「いくらです」
「一万貫です」
「出世払いでいいですかね」
「それはご勘弁を」
「残念ですね。遠里小野の代官を交換条件に持ち出してきたイマイさんは先見の明があると見込んだのに、人物評はいまいちのようで」
「殿っ!」
「だいたい火縄銃の生産を独占したところで、使う連中がいなかったら売れやしない。いや、売れるかもしれませんよ。あっしぐらいの二百人そこそこの足軽兵卒をまとめる所領主には十丁ぐらいね。お飾りで。なにせ、百丁買いたいと言っても、こういう吉田のような奴が了承しない。何もわかっていないから。今後のいくさのしようがどうなるか誰一人ね。そうしたら、イマイさん、百丁、売れる物も売れやしないでしょうね」
「これはこれはおもしろきことをおっしゃる」
「申し訳ございません、今井殿。これにてお引き取りいたしますので」
「まあまあ、吉田殿」
イマイは扇子を留めて、その先を振りながら早之介をなだめると、おれにねっとりと視線を寄越してきた。
「たいそうな自信でございますな。今後のいくさのしようが火縄銃で変わるとおっしゃいますか、簗田殿は」
「ええ。変わりますよ。三段撃ちでね」
「三段撃ち?」
さゆりんが苦々しいったらありゃしない苦々しさで顔を歪めていたが、ゼニゲバモンスターが興味を示しているのをいいことにおれは三段撃ちを説明してやった。
イマイを丸め込もうだなんておれは微塵も思ってもいない。
ただただ、おれは腹が立つだけだ。不満を言葉を変えてぶちまけているだけだ。
イマイは見返りを寄越さねえ、さゆりんはおれを愚弄する、太郎はカネを出さねえ、どいつもこいつも口うるせえ。
おれの狙いをまったく理解できねえ能無しのくせして。
おれはまず能無しじゃねえんだ。きっちりと考えてんだ。
そのへんをおれは苛立たしさにまかせて吐き出したわけだった。
「三段撃ちですか」
聞き終えたイマイは手慰みで掌を扇子で打っていた。
「簗田殿は桶狭間を織田様に進言された方と聞きましたが、ならば、織田様にそちらの戦法を申し立てれば良いのでは」
「それじゃ、すべてがあっしの手柄にならないでしょうよ」
イマイはげらげら笑い上げた。
「それにイマイさんがあっしに対しての見返りにもならない。これをおやかた様に進言したところで、織田はあんたから火縄銃を購入する。また、得をするのはあんただけだ」
「確かに」
「それに、この吉田のようにね、魅せつけてやらないとわからない連中ばかりですから。言葉だけじゃわかりゃしませんよ」
「ならば。おゆずりましょうか?」
「えっ?」
「ただし、条件がございます。その三段撃ちとやらを、二年のうちに完成させ、いくさ場で披露してください。もしも、結果が出せなかったら、そのときはお代を頂戴させて頂きます。無論、結果が出ましたら、百丁はそのままおゆずりいたしましょう」
イマイは終始腹黒の匂いのする笑みだった。
早之介が膝を進み出し、切り迫った表情でイマイを見つめこむ。
「今井殿。お戯れにお付き合いいただくのも結構でございますが、簗田は火縄銃など扱ったことなどございません。お耳を貸す必要ございません」
「よく存じ上げているではありませんか」
「これしきの話でまことに百丁をゆずるとおっしゃるのですか」
「ええ」
イマイは扇子を開き、顔をあおぎ始めた。
「まことでございますが」
「なにゆえ」
吉田さゆりん早之介の声音のほうこそ物騒であった。おれは自分から言い出したとはいえ、どうにも判別がつかないでいる。むしろ、さゆりんと同じ思いである。
このゼニゲバがこんなに軽く火縄銃をゆずってくるだなんて、裏があるに違いねえ。
「なにゆえも何も、結果が出せなかったら、百丁分のお代は頂戴すると申しておるのです。当方の売り値は他と比べても安い値でありますが、およそ一万貫、もしも三段撃ちとやらが失敗したら、二年後には催促させてもらいます」
「失敗するのは目に見えてますが」
「そのときはそれまでということで。そもそも、簗田殿は三千五百貫の所領主。支払えない額ではございませんでしょう」
イマイはおれに微笑を向けてくる。どうだ、と、言わんばかりの、どこか、テメエの器量次第を見せつけてくるような得意げな笑みである。
「殿、おやめください」
「どうしてやめるんだ。こんなにいい話はねえだろうが」
「殿っ!」
さゆりんはおれをきつく睨んだあとに、もう一度、イマイに視線の先をぶつけていく。
「恐れながら、何をお企みでしょう、今井殿」
「企み?」
イマイは扇子を揺るがすままにげらげらと笑う。笑いながら奉公人の少年を呼び、紙と筆を持ってくるよう伝える。
「吉田殿、企むなどと大それたことを。そもそも、簗田殿が三段撃ちとやらを成功させたら、全国の大名、武将、皆がこぞって火縄銃を求めるでしょう。値が張ってしまうというのもありますが、扱い方が慣れていないゆえ、いまだ火縄銃の購入にためらわれる御仁は多い。しかし、簗田殿が火縄銃の威力を戦場で発揮してさえくれれば、これからの世、火縄銃はなくてはならない道具になりましょうな」
「今井殿は殿の話を鵜呑みにされているのですか」
少年が持ってきた筆でみみず文字を紙にすらすらと書きつつ、イマイは怪訝なさゆりんをじっとりと見上げる。
「左様ですが、何か?」
さゆりんはイマイの静かな迫力に口をつぐむ。
おれはほくそ笑んだ。
嫌な野郎には違いないが、ゼニゲバモンスターは話のわかる野郎でもある。
「私はあくまでも商人。物を売るだけの人間です。火縄銃売りたさに、今の戦法を口上したとしても、所詮は商人の能書き。ならば、実際にいくさ人にやってもらったほうが労せずに銭儲けができます」
イマイは書き上げた証文をこちらに向けた。
「もし企んでいたとしても、それはただ一つ。銭儲けですわ」
「殿。おやめください」
「黙れ」
おれは少年から筆を手渡されると、証文に書いてあることを説明してもらったあとに、サインした。




