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第5章-22 初めての……

 俺の右フックが、アムールの顎を打ち抜いた。

 膝から崩れるアムール。しかし、俺もまた膝を突きそうになった。

 俺の右フックと同時に、アムールの左拳も俺の脇の辺りに命中していた。ただ、俺の方がわずかに速かったので、幾分威力を押さえる事が出来たようだが、それでもかなり痛い。


 アムールが崩れ際に俺に抱き付こうとしたが、これは痛みをこらえながら後ろに跳んで躱した。

 地面に倒れ込んだアムールの目は、未だに戦意を喪失していない。

 このまま時間を与えてしまうと、また立ち上がって来るだろう。


 そこで、俺はアムールの背後に回り、そして……


「ひゅっ……」


 アムールの首を絞めた。正確には気管では無く、頸動脈を絞める技、所謂『裸締め』だ。

 数秒の間、アムールは必死に抵抗していたが、顎を打ち抜かれて脳震盪を起こしている状態では大したことは出来ずに、やがて手足から力が抜けた。


「審判!お嬢の負けだっ!坊主、早く手を離せっ!」


 アムールが動かなくなったのを見て、ブランカが物凄い形相で迫って来る。

 俺は、そんなブランカを手で制して、アムールの背中に膝を当てて活を入れた。


「よっ、と……」


 活を入れると、すぐにアムールは意識を取り戻し、左右を確認し始めた。


 そして、俺が背後にいる事に気が付くと、急いで立ち上がって離れようとしたが、立ち上がってすぐにふらつき倒れそうになった。


「お嬢の負けだ。お嬢は少しの間だが、気絶していたんだよ」


 ブランカはアムールが無事だった事に安心し、少し落ち着いたようで、倒れかけたアムールを支えながら試合の結果を伝える。アムールは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに元に戻り頷いていた。


「個人戦決勝、試合終了!勝者、テンマ!」


 アムールが意識を取り戻したのを確認した審判が、俺の勝利を宣言する。

 その途端、会場は大きな歓声と拍手に包まれた。

 特に俺の知り合い達は我が事の様に喜んでおり、マリア様に至ってはハンカチで目元を拭っている。

 

 俺は観客席に軽く手を振り、アムールに近づいた。

 アムールはまだ足元がおぼつかない様で、ブランカに支えられて立っている状態であった。


「お疲れさま。少しじっとしていろよ」


 俺はアムールの顔の前に手をかざし、回復魔法をかけた。

 応急処置程度なので、痣などはあまり消えていないが、それでもまた出始めていた鼻血は止まった。

 鼻血が止まってから手を差し出すと、アムールは俺の顔と手を交互に見てから、握手に応じた。


「坊主、おめでとさん。まさか、あそこまで容赦しないとは思わなかったぜ!」


 ブランカが祝いの言葉を掛けながらからかってくる。ブランカの言っている事は、最後の裸締めの事だろう。


「いや、ああでもしないと、止まらなかっただろ?アムールは……」


 その言葉を聞いて、「違いない」などと言って笑っている。

 俺がブランカの方を見ていると、アムールと握手していた手が少し引かれたような気がした。

 何だろうとアムールの方を見ると、急にすごい力で引き寄せられた。そして……


「チュ~~」


 ……………………………………………………は?何で俺、アムールにキスされてんの……


 突然、何の前触れも無しに、アムールに唇を奪われてしまった……

 そんな想定外の出来事に、俺は混乱してしまい、アムールを突き飛ばす感じで距離を取った。


「ふひっ!」


 してやったりと言った感じに笑うアムール。しかし、俺にはその笑顔が、まるで獲物を見つめる猛獣の様に見えた。

 アムールを受け止めたブランカは、額に手を置いて上を向いている。


「アホかっ!お嬢!」


「ふべっ!」


 額に置いていた手を振り上げたブランカは、アムールの頭に拳骨を落とした。そして、再び意識を手放すアムール。

 そんなアムールをブランカは持ち上げた。


「あ~……すまんな、坊主。虎に噛まれたとでも思って忘れてくれ!」


 アムールを肩に担いで、いそいそとその場を後にするブランカ……と言うか、虎に噛まれたら致命傷なんじゃないか?

 俺はそんな事をぼんやりと考えながら、いつの間にかそばに来ていたじいちゃんに連れられて、会場を後にした。




「テンマ、あの子(アムール)とはどんな関係じゃ?」


「知らん!何であんなことをしたのか、俺が聞きたいくらいだ!」


 俺は控室で、じいちゃんの治療を受けながら先ほどの話をしていた。


「ありがと、じいちゃん。後は自分でするよ」


 じいちゃんよりも俺の方が回復魔法が得意なので、背中などの目の届かない所以外は自分ですることにした。

 あの後、呆然としたまま控室に戻ったのでよく覚えていないが、アムールに襲われたあの時、観客席は大盛り上がりだったそうだ。

 

「では、あの子は何でテンマにキスなんぞしたんじゃ?それも、あのような大観衆の目の前で……一目惚れかの?」

 

 それは分からないが、それを教えてくれる人物がすぐそこまで来ているようだ。


「それを今から説明してくれるんだろ、ブランカ?」


 ドアの前で驚いたような気配を感じた。じいちゃんは、誰かがドアの前にいる事は分かっていたようだが、誰か(・・)までは分かっていなかったようで、言い当てた俺に驚いていた。


「その通りだ……邪魔するぞ」


 のっそりと入って来たブランカは、俺とじいちゃんを見るなり頭を下げてきた。


「すまん!お嬢がアホな事をしてしまって!」


 開口一番に、謝りながら頭を下げるブランカ。その様子を見ていたじいちゃんが、俺より先に口を開いた。


「まあ、危害を加えられたわけでは無いしのう……で、肝心の理由は何なんじゃ?」


 じいちゃんに理由を問われて、ブランカは言いにくそうにしていた。


「取りあえず、何か理由があったんだろ?危害は無かったが、被害は受けた訳だから、俺はその理由を知る権利があるはずだぞ?」


 その言葉でブランカは決心したようで、深呼吸してから理由を話し始めた。


「お嬢がキスした理由だが……そもそも、お嬢がこの大会に出たのは、自らの将来の伴侶(・・・・・)を探すためだ」 


 その爆弾発言に、俺とじいちゃんは固まった。そんな俺達を無視して、ブランカは更に話を続ける。


「お嬢の部族……まあ、俺の部族でもあるんだが、それはかなり大きな部族でな。この国の南の方に、獣人族が中心の自治区があるだろ。お嬢はそこで一番大きな勢力の一人娘だ」


 『南方自治区』と呼ばれるものが、この国の南に存在する。その特徴として、『獣人自治区』とも呼ばれるくらい獣人族が多く、一応この国の支配下にあるが、その戦闘能力(・・・・)高さゆえ(・・・・)に、三代前の国王が自治権を認めた、と言う史実がある。 


 現在では数は少ないものの獣人の貴族もおり、その影響もあってか両者の関係は良好だ。

 だが、それでも獣人差別は存在しており、それを切っ掛けに南方自治区へと移り住む獣人もいるので、移り住んだ者の中には、人族を恨んでいる者もいるらしい。

 なので、何年かに一度は南方自治区に関する問題対策に国王が悩まされる、と言う事が今でも起こるそうだ。


「つまり、あの子は自分よりも強いテンマを夫にする、と宣言したと言う事かの?」 


 じいちゃんの言葉にブランカが頷いた。


「俺の部族や周辺の部族にも、お嬢より強いのはいる事にはいるんだが……数が少ない上に、どれもだいぶ年上の既婚者でな。だが、年が近いのではお嬢の相手にならない。なのにお嬢は、『結婚するなら自分より強い男』と言い張ってな。お嬢の親が、『種族は問わないから、気に入ったのを捕まえて来い!』ってな具合にお嬢を送り出したんだ。今回の大会に出場する予定の俺を目付役にしてな……」


 因みにアムールの父親は、一応王国から名誉子爵の位を貰ってはいるが、戦力的には並の伯爵以上はあるらしい。しかもアムールの部族は族長が死ぬと血縁以外の者が族長になる事がよくあるので、アムールに族長を継がせる、などと言う事にはこだわっていないらしい。


「だが、坊主には拒否権がある!最悪の場合、力ずくでもどうにかなる!問題はそれでお嬢が諦めるかだがな……だから坊主。すまん!運が無かった思って、お嬢に付きまとわれるのは諦めてくれ!」 

 

 アムールが諦めるとしたら、1・同年代で俺より強い奴が現れる、2・アムールが強さを度外視してでも好きな奴が出来る、3・アムールを殺す、くらいしかないそうだ。

 

 1は神達からも強さを保証されているので望み薄で、3はさすがに無理。

 なので、2の出現に期待するしかない。


 俺がため息をついていると、じいちゃんがぼそりと、


「また増えたの……」


 などと言っていた。

 そろそろ、ペアの決勝戦が始まる時間が近づいて来たが、あんな話の後では見に行くのも億劫な気分となったので、このまま休憩する事にした。


 なお、ブランカにアムールの様子を聞くと、ブランカは笑顔で……


「さすがに、いきなりあれ(キス)は無いのでな。お仕置きも兼ねて、ベッドにぐるぐる巻きにして放置してある。だから安心しろ!この大会が終わるまでは坊主の前には現れない!……筈だ」


 などと言ってこの部屋を出ていった。


 

 控室で昼食をとっている最中に、ペアの決勝が終わったようで係員がやって来た。

 どうやら、時間が中途半端になってしまったので、チーム戦の決勝の時間をずらし、今から二時間後に開始するそうである。

 これには俺の連戦への配慮が含まれているようで、相手側も了承したそうだ。


「はい、わかりました。時間になったら、また先程の通路に行けばいいんですね」


「その通りです。係員が迎えに来ますが、そのつもりでいてください」


 係員が去った後で、俺はじいちゃんに預けていたバッグを開いた。


「「ぐぅ~~~」」


 そして、いきなり聞こえる腹の音の二重奏……しっかりと食事は与えたのに、二匹には足りない量であったらしい。

 あまり食べ過ぎない様に、注意しながら追加を与えていると、ナミタロウがニヤニヤしながら近づいて来る。


「テンマ……人生の墓場に近づいたな!」


 思いっきりいい笑顔(のつもり)で胸鰭を向けて来る。おそらく、サムズアップをしているつもりなのだろうが、見た目では分からない。


「うるさい!」


 ナミタロウの表情が癇に障り、思わず蹴ってしまったのだが、ナミタロウの鱗は相当硬く、逆に足を痛めてしまった。


「だいじょうぶ~テンマ~」


 ニヤニヤとナミタロウは心配した振りをしながら、俺を小馬鹿にしてくる。


「……雷食らわすぞ」


「謝りますんで、勘弁したって下さい!」


 さすがのナミタロウでも、雷は怖い様だ。俺の目の前ですぐに土下座?して謝るので、これでしまいにした。

 

「ところで、話は変わるけど、決勝はどんな風に戦うつもりなん?」


 ナミタロウが言っているのは、誰が誰の相手をするのか?と言う事だろう。

 俺は少し考えてから、組み合わせを決めた。


「まず、ワイバーン亜種は空中戦になるから、ソロモンが適任だろう。相手の方が大きくて速いが、範囲の決められている場所では、小回りの利くソロモンにも勝機はあるはずだ。ただ、隙があるならナミタロウも参加してくれ。空中への攻撃方法の一つや二つくらいは持っているだろ?」


 なんでもありのナミタロウなら、対空技を持っている筈だ。

 そんな変な確信が俺にはあり、ナミタロウに尋ねると、ナミタロウは不敵に笑った。


「わいを誰やと思っとるねん!わいの切り札、見せちゃるけんの!」


 ナミタロウは鼻息を荒くして、気合を入れている。


「それで、トロールとサイクロプスは俺がやる。あいつ等は、力はあるが動きが遅く、打撃が有効そうだから、俺がやるのが一番いいだろう」


 何度かオーガは狩った事があるので、同じ巨人種である以上、大した違いは無いだろう。


「なら、残りの二人がシロウマルとスラリンの獲物やな!」


 ナミタロウがそう言って、シロウマルとスラリン見たが、それは少し違う。


「いや、シロウマルとスラリンが相手にするのは、テイマー以外(・・)の奴だけだ」


 俺の言葉に首を傾げるスラリンとシロウマル。


「ほな、テイマーはどないするん?」 


 ナミタロウも不思議そうにしているが、それについては俺に考えがあった。


「あえて無視する。攻撃を仕掛けて来たら別だが、奴は敵が近づくまでは自ら攻勢には出ないと思う。だから、先に他の奴らを叩きのめした後で叩く!」


 あの中で一番強いのは、おそらくテイマーだろう。そんな奴が、最初から戦いに参加しないのならば、ギリギリまで放っておくのが一番被害が少ないだろう。

 まあ、あいつが一人になった所でリタイヤしてくれるのが、一番楽ではあるが……


「普通に戦えば、そこまで強い相手ではないと思う。でも、気は抜かずに行くぞ!」


 各自、俺の言葉に追従するように気合を入れて答えた。


「まだ時間はあるんじゃがのう……せっかちな奴らじゃ」


 じいちゃんのつぶやき通り、気合を入れるのが早すぎた俺達は、それから十分程でだれてしまい、再度気合を入れ直す羽目になってしまった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] テンマが「1は神達からも強さを保証されているので望み薄で、3はさすがに無理。なので、2の出現に期待するしかない。」と言っていますが、脳震盪を起こした相手に締め技は3の行為になる可能性が…
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