第13章-7 初めての依頼
「さて、今日から料理に取り掛かるわけだが……テンマ、大丈夫なのか?」
「おやじさん、俺が二日酔いしているところって、見た事ある? それに、昨日はいつもより飲まなかったから、全然平気」
「いや、お前がザルなのはよく知っているから、お前に関してはこれっぽちも心配はしていない。俺が心配しているのは、アルバート様をはじめとする試食係の方なのだが……」
「…………多分、大丈夫……だと思う」
昨日の宴会で酒を飲んだ中で二日酔いになっていないのは、俺とじいちゃんとレニさんだけだ。それ以外は二日酔いに悩まされており、唯一飲まなかったジャンヌが介抱している。ちなみに、アルバート、カイン、アムールの三人は、張り合うかのごとく飲み食いした結果で、クリスさんはアンリに絡みながら飲み、シロウマルをモフりながら飲み、幸せそうなセルナさんを見ながら飲んでいたせいで、一番二日酔いがひどい。プリメラは、「最近、騎士団の先輩達に鍛えられているから」と言って、アルバート達に混じって飲んでいたら、間違えて度数の高いお酒に手を出してしまったらしく、早々に撃沈していた。そして、メイドなはずのアウラも二日酔いに苦しんでいるが、今回の事に関しては同情するしかないと思っている。何せ、幸せそうなセルナさんを見ながら飲んでいたクリスさんの近くにいたせいで絡まれ、八つ当たり気味のアルハラを受けていたのだ。そんなアウラを、クリスさんが怖かったからという理由で見捨てた俺達にも責任があると思っているので、今回のアウラの二日酔いはアイナには秘密にする事にし、仮にバレてしまった時には、全力で庇う事を決めたのだった。
「それで、『山猫姫』の三人はどうした?」
「なんでも、前から予定に入れていた依頼があるとかで、頭抱えながら朝早くに出て行った」
三人は行きたくなかったみたいだが、そんな理由で依頼をサボると色々とまずい事になりかねないので、渋々ながら依頼をこなしに行った。何で俺がそんな三人の様子を知っているかというと、昨日の宴会が夜中まで続いた為、宴会が終わって酔いつぶれた面々を連れて帰るのが面倒だったので、そのまま満腹亭の食堂に居座っていたからだ。普通ならおやじさんに追い出されるところだが、アルバートがいる為追い出すのは躊躇われたのと、昨日の宴会は他の宿泊客も知っているからという事で、多めに見てもらったのだ。まあ、それでも満腹亭や他の宿泊客に迷惑をかけたのは確かなので、何かしらの埋め合わせをする必要があるとは思っている。
「二日酔いが原因で、依頼を失敗しないといいがな……それで結婚式の料理だが、どういったものを出すつもりだ?」
「えっと……大まかに、前菜、魚料理、肉料理、デザート、合間の口直しにスープやサラダ、飲み物なんかが必要だよね? その内、デザートは決まっているから、それ以外を考えようと思う」
「飲み物は、食前酒も必要だし、酒に弱かったり駄目だったりな人用に、酒精の弱いものやジュースも用意した方がいいな。後は、食後の紅茶もいるだろう」
飲み物の種類だけで目標の半分を超えそうだが、選択肢は少ないより多い方がいいので、おやじさん経由でグンジョー市の酒屋やお茶の専門店に注文する事になった。
「サラダは季節の野菜で作って、肉料理はワイバーンの肉でローストビ……ワイバーンがいいかな? 魚料理はタイラントサーモンがあるから、その切り身の包み焼きで」
「肉と魚料理は、もう一品ずつ欲しいな。それも、見て驚くようなやつが」
味だけでなく、見た目でも驚くような料理を出したいとの事で、何かないかとおやじさんに聞かれたが、パッとは思いつかないので後回しにする事にした。
「前菜だが、昨日出した鶏ハムにピクルスでいいと思うんだが?」
「それでいいと思うよ。あれ、美味しかったし。それと、あの時のスープも出していいと思う」
「それなら、作りなれているから時間の短縮になるな」
そういった感じで結婚式用のメニューは、肉と魚料理を除いてトントン拍子に決まっていった。
「それじゃあ、味を確かめる意味も込めて、鶏ハムとスープを作ってみるか……というより、これくらいしか腹に入りそうにないからな」
試食というよりは二日酔い用の食事みたいだが、前菜は二日酔いの状態でも食べられるくらいの方がいい……のかもしれない。
「テンマ、パンをくれい!」
「私も!」
食事を始めてしばらくするとアムールは調子が戻ってきたようで、じいちゃんと一緒になってパンを要求してきた。二人に続いて、無事なレニさんとジャンヌもパンを食べ始めた。そして、そんな四人とは対照的に、二日酔いの収まらない五人は苦しそうな表情で、スプーンでゆっくりとスープを口に運んでいた。
「お嬢様、少し行儀が悪いですよ。それに、パンくずが散らかっていますし」
「む~……でも、これが一番美味しい食べ方」
「まあ、少し行儀の悪い方が美味しく感じるというのは、よくあるからのう」
レニさんは、アムールがちぎったパンをスープに入れてふやかしたものを、皿の縁に口をつけて掻き込むようにして食べているのを注意していた。じいちゃんはその食べ方に肯定的のようで、レニさんに注意されているアムールをかるく庇っていた。
「テンマはどう思う?」
「まあ、パンを浸して食べるのは美味しいけれど……掻き込むのはちょっと行儀が悪いかな?」
俺がレニさんに近い意見を言ったせいなのか、アムールは「ご飯に味噌汁をかける時はこうやって食べる」とか、「丼めしの正しい食べ方の応用だ」とか反論していたが、「それは文化の違いもあるし、スープとして出されたものを丼めしのように食べるのは、行儀が悪いと言われるのは当たり前」と言うと、アムールは劣勢に立たされていると理解したのか、味方を増やそうとじいちゃんとジャンヌに視線を送ったが、見事にそっぽを向かれた。
「それじゃあ、お嬢様。結果も出たところで、正しい食べ方のレッスンに入りましょうか?」
反論もできず、味方もできなかったアムールに対し、レニさんはとてもいい笑顔でスープの飲み方を指導し始めた。
「おやじさん、スープにパンをクルトンのかわりに入れて出すのもいいかもしれませんね」
「それもいいかもな。最初からスープの具として入れておけば、ちぎった時にパンくずも出ないしな」
ただ、「パンを具として入れるにしても、形を整える為に削った箇所が無駄になりそうだ」とおやじさんが心配していたので、その部分は他の料理で使うつもりだと言うと、「なら、今からちょっと試してみるか」と言って厨房に引っ込んでいった。そして、しばらくして、
「これが切ったパンをそのまま入れたもの、これがパンを炙ってから入れたもの、油で揚げたやつを入れたものだ」
と言いながら、皆の前に三種類のスープを置いた。そして、アンケートをとったところ、
「炙ったパンを入れたスープがダントツだね」
「それじゃあ、スープはこれで決まりだな」
炙ったパンを入れたスープが五票、その他ゼロ票の結果を持って、結婚式のメニューが一つ決まった。何故、全部で五票しか投票がなかったかというと、
「流石にその状態じゃ、味はわからないか」
アルバート達二日酔い組が、味の違いをわからなかったからだ。それどころか、柔らかくなったパンすら口にする事ができなかったので、投票を棄権した為だった。
「それにしても、一番戦力になるはずだった貴族組が、まさかの戦力外だったとはね……」
「すまん……」
「ごめん……」
「申し訳ありません……」
「うぷっ……」
アルバート、カイン、プリメラの三人は俺の渡した薬が効いてき始めたのか、返事をするくらいの余裕が戻ってきたみたいだが、クリスさんはまだ危ないらしく、俺の言葉が聞こえていたのかすら怪しい状態だった。ちなみにアウラは、スープが運ばれてきて早々にジャンヌによってトイレへと連れて行かれており、未だに帰ってきていない。
「仕方がないですね……ほらクリス、行きますよ。全く、一緒にお嬢様の再教育をしようって言っていたのに、あなたの方が手が掛かっているじゃないですか……」
クリスさんは、見かねたレニさんよってトイレへと連れて行かれる事になった。ただ、今のクリスさんはちょっとした衝撃ですら決壊の危険性があるみたいで、十数m先のトイレに行くのに、通常の数十倍の時間がかかっていた。
「それじゃあ、おやじさん。俺はちょっと行く所があるから、悪いけど皆の世話をお願いね」
「いや、お願いねと言われても、俺も仕事があるんだがな」
おやじさんの言葉を無視して、俺は次の目的地の冒険者ギルドに向かおうとしたのだが、アムールもついてくる準備をしていたので一言、
「アムール……二日酔いが残っているんだから、連れて行かないぞ」
「大丈夫。これくらい平気」
絶対についてくるといった感じだったので言うかどうか迷ったが、ここは正直に言った方がいいと思い、
「アムール……正直言って、かなり酒臭い。それに、立ち上がるだけでふらついているのに、その状態で動き回ったら、地獄を見るのは明らかだぞ」
俺の容赦のない言葉に、アムールはショックを受けたような顔をした後で、ふてくされたように椅子に座ってそっぽを向いた。
「テンマ、流石にそれはひどいと思う」
「ああ、女の子に言う言葉じゃないな」
ジャンヌとおやじさんが、そろって俺を非難しているが、こうでも言わないとアムールは引き下がらなかっただろうし、無理に連れて行って体調を崩されても困る。その事を二人に言ってから、早足で俺は満腹亭を抜け出し、冒険者ギルドへと向かった。
「あれ?」
ギルドの建物に入って軽く見回すと、いつものところに目的の人が座っていた。
「フルートさん、仕事しても大丈夫なんですか?」
俺の目的の人はフルートさんで、昨日満腹亭に来ると言っていたのに来なかったので、何かあったのかと心配していたのだ。まあ、ギルドから緊急の知らせはなかったので、体調面によるものではないとは思っていたが、来れなかったという事は夜遅くまで仕事が立て込んだのかと思っていたので、平然と仕事している姿に少々驚いてしまったのだ。
「あっ! 昨日は申し訳ありませんでした。せっかく招待していただいたのに……」
申し訳なさそうなフルートさんに何があったのかと聞くと、なんでも昨日、仕事が予定していた時間を過ぎてしまったのだが、それでもまだ間に合うとギルド長と一緒に満腹亭に向かおうとしたところ、階段に差し掛かったところでお腹の赤ちゃんが動き、それに驚いたフルートさんがバランスを崩し、さらに驚いたギルド長がフルートさんを慌てて支え、仕事で無理をして体調を崩したと勘違いしてそのまま家に連れて帰らされたそうだ。
「フルートさんに何かあったわけではないとわかって一安心なんですけど……ギルド長、相当慌ててたんですね」
「ええ、大丈夫だというのに、無理やりベッドに寝かされた上に、満腹亭に伝言をと頼んだのに、忘れていたみたいです」
伝言を忘れたのには困ったものだが、それくらいフルートさんを大切にしているんだなと分かり、少しほっこりとした。まあ、俺の知っているギルド長のキャラではないなとは思ったが……
「それで、セルナさんの結婚式の事で、少しお話があるんですけど」
今日、セルナさんは遅番で夕方からの出勤だそうで、いないのを事前に聞いていたから今の時間にやってきたのだ。
俺の話を聞いたフルートさんは、仲人を知らないうちに交代させられた事に対しては何も言わなかったがただ一つだけ、俺が仲人をする事に気になるところがあるそうだ。それは、
「未婚の男性が仲人って、やっても問題はないのですか?」
と言うものだった。まあ、今回は正式な仲人ではなく結婚の立会人の意味合いが強いし、貴族の発案なので大丈夫だろうと話した。
「それと、今回のセルナさんの結婚式でちょっとした悪巧みをするので、事前の打ち合わせにも来たんですけど、時間は大丈夫ですか?」
俺が本題を切り出すと、フルートさんはとても呆れた顔をした。そして、
「取り敢えず、ギルド長室へ行きましょうか……何をするつもりなのかは知りませんが、主役のお二人に恨まれるような事だけはしないでくださいね」
心配そうなフルートさんに連れられてギルド長室へ行くと、そこには真面目に仕事をしているギルド長がいた。この姿がギルド長としてのあるべき姿なのだろうけど……この人に限って言えば、サボってギルド長室を不在にしているか、もしくはギルド長用の机に座って居眠りしている方がらしいと思う。まあ、それでもじいちゃんに言われたのが堪えたのか、仕事を率先してやっているのではなく、持ってこられた書類にハンコを押しているだけなので、前よりは職員の精神的な負担は減っているのかもしれない。仕事をしない事で、職員の精神的な負担が減るというのも変な話だけど。
「つまり、今度のテンマの相手は、アンリの父親というわけか……」
「もっとも、相手はテンマさんを敵に回しているとは、これっぽっちも思っていないでしょうけどね」
ギルド長はアンリの父親に若干同情したような表情をし、アンリの父親が言ったというセルナさんの評価を聞いて怒っていた。
「理由は分かったが、結婚式の前倒しはやりすぎじゃないか? 全てが終わったら、もう一度二人に謝っておけよ」
ギルド長の言う事はもっともなのだが……昔のギルド長を知っている身としては、やはり目の前の男は偽物なのでは? という思いを消し去る事ができなかった。そんな思いがにじみ出てしまったのか、フルートさんは俺を見ながら小さな声で一言、
「テンマさん……慣れてください」
フルートさんの言葉に俺は、その短さからは想像できないくらいの苦労があったのだろうと感じてしまうのだった。
「まあ、それは追々……それと、フルートさん。セルナさんが結婚式のドレスをどこに発注したのか知りませんか?」
セルナさんは、ウェディングドレスは出来上がって店に預けてあると言っていたので、それが何処の店なのかを知りたかった。
「ええ、知っていますよ。私がお世話になったお店を、セルナさんに紹介しましたから」
その店はフルートさんの知り合いがやっているお店であり、元ギルド職員が経営しているので、ギルド職員が結婚する時はその店を利用する事が多いそうだ。
ある程度店の情報を聞いてみると、店主の元ギルド職員は職人も兼任しているそうで、気分屋なところはあるが腕は確かだそうで、職人として活動後わずか数年で、王都に大きな店を構えるオーナーが直々にスカウトに来た事もあるそうだ。
「それじゃあ、ちょっと行ってきますね」
「ええ、私の紹介だと言えば、忙しくても話くらいは聞いてもらえると思いますので……でも、気が荒いところがある人なので、喧嘩だけはしないでくださいね」
フルートさんの心配そうな声を聞きながら、俺はその職人の店へと向かったのだが……もしかして、フルートさんは俺が誰彼構わず喧嘩を売るような危ない奴だと思っているのかと、少しだけ心配になってしまった。
「らっしゃい」
フルートさんに誤解されているのではないかと心配しながら、教えてもらった店のドアを開けた俺を迎えたのは、野太い声とボディビルダーのような肉体を持つ大男だった。
一瞬、入る店を間違えたかと思ったが、店の看板を見る限りではここが目的の店のようだ。
「フルートさんの紹介できたのですが……」
「フルートさんの紹介だと? 龍殺しの英雄が、こんな服飾店に何の用だ?」
この大男は俺の事を知っていたみたいだが……服飾店に客が来たのだから、服を見に来たとは思わないのだろうか? まあ、今回の俺の目的は、ただ単に服を見に来たわけではないから、ある意味ではその質問で正しいのだが……そんな接客で、本当にいいのだろうかと心配してしまうような態度だった。
「セルナさんのウェディングドレスの事で、少し相談がありまして」
「あぁん?」
フルートさんのいった意味が、少し理解できた。あの言葉は俺ではなく、この大男を心配していたのだろう……と、思う事にした。
「セルナさんにプレゼントしたいのですが、それをドレスに合うように作って欲しいんです」
大男は、自分の作品にケチを付けられているとでも思っているのか、先程から俺を怖い顔で睨んでいる。だが、
「ちなみに、素材はこれを使ってください」
俺が取り出した糸玉……ゴルとジルの作り出した高級品質のものを見て、大男は目をこれでもかと見開いた。
「こ、これは、素材の質が違いすぎる……もしかしてこいつは、業界で噂の『蜘蛛の糸』か!」
どういう事になっているのか気になっていると、俺の考えている事に気づいたらしい大男が、「王妃様がお認めになった者しか手にする事のできない、国宝クラスの糸だと噂されている」と教えてくれた。まあ、その噂はあながち間違ってはいない。ゴルとジル自体すごく珍しい魔物だし、しかも安心できる場所でしか糸を作らないみたいだ。さらには、俺が必要な量以外はマリア様が管理し、俺に友好的な人にしか卸していない。
なので、二匹の糸で作られたものを身につけている人は、そのほとんどが王族派の貴族であり、糸を扱った事のある職人は、その貴族のお抱えになっている者達ばかりである。そういった事もあり、出処を探ろうと職人に問いただしても糸を持ち込んだ貴族に阻まれ、例え貴族をクリアしたとしても、次のマリア様で力尽きてしまうのだ。そこで大人しく引き下がればあまり問題は無いのだが、往生際が悪すぎると、王家の不評を買って大変な事になってしまう。
「引き受けてもらえますか?」
「当然だ!」
大男はかぶせ気味に返事をした。
「だが、これで何を作れと言うんだ?」
「ウェディングベールです。期限は一週間。できますか?」
「一週間……やってやろうじゃないか! だが、このままだとベールだけが凄くなり過ぎて、ドレスとのバランスが悪くなるぞ?」
流石フルートさんが腕は確かというだけあって、俺が気がつかなかった問題点をすぐにあげた。そして解決策も、すぐに提案してきた。
「ぱっと思いつくのは、ブーケの全てにこの糸を使うのではなく、半分ほど普通の糸を混ぜて作り、残ったこの糸でドレスに装飾を施すやり方だ。これなら、バランスの差を最小限にできると思う」
大男が言うには、ベールのランクを落とし、ドレスのランクを上げるという事らしい。
「それで頼みます。糸は余分においていきますから、好きに使ってください」
「了解した! それと、普段ギルドで使っているような口調で構わんぞ。敬語は不要だ。まあ、俺もこのままの口調でいかせてもらうがな」
どうやらこの大男は、見た目通りの性格らしい。セルナさんの注文から外れない範囲で全て任せると言うと、大男はニヤリと笑って、「なら、問題はないな」と言った。気になったので話を聞くと、どうやらセルナさんは予算の関係上、大まかな形となるべく予算内で収まるようにと指定し、装飾等についてはおまかせでと注文したそうだ。
「つまり、最初に指示された予算内であれば、どんな素材を使うかは俺次第というわけだ。まあ、依頼人のイメージから外れないようにしないといけない……という条件はあるがな」
まあ、もし仮にセルナさんが気に入らなかったとしても、追加した装飾を取り外すのは簡単だというので、余程の事がない限り大丈夫だろうとの事だった。
「それじゃあ、頼む」
「おう! 任せろ!」
この大男はガンツ親方にタイプが似ているみたいだが、親方ほど癖はないみたいなので付き合いやすそうだった。
「みたいな感じで、ドレス関連は全て上手くいきそうです」
ギルドに戻りそう報告すると、フルートさんは少し驚いた顔をしたあとで、呆れたような顔になった。
「フェルトさんにとって、テンマさんは理想的な上客でしたか……」
あの大男……フェルトは冒険者として活動中、Bランクに上がる直前で両足に怪我を負ってしまい、完全回復できずに引退してしまったそうだ。その後は冒険者としての経験を買われてギルドに就職し、俺がグンジョー市に来る前に退職して、服飾の世界に飛び込んだとの事だった。何故、転職先が服飾の世界だったのかと言うと、彼の趣味が裁縫だったからであり、何故裁縫が趣味になったのかというと、新人冒険者の時に衣類代を浮かせる為に、古着屋で安いボロボロの服を購入し、修復して使ったのが切っ掛けだったそうで、その後も、野営の時などに時間をつぶせるからと続けていたところ、見る見るうちにその腕前は素人の域を超えていったのだそうだ。だが、元冒険者と言う事で気が荒いところがあり、なおかつ実力もあるので気に入らない客は追い返されるのだそうだ。ちなみにフェルトは、フルートさん妊娠騒動の時に、ギルド長がフルートさんを盾にして逃げた相手の一人でもある。
「知り合いに、ああいった感じの職人がいますからね。それに、俺の方から頼みに行っているんですから、最初は多少の我慢くらいしますよ」
途中、何度かイラっとしたが、ガンツ親方で多少の耐性が出来ていたのが幸いしたのだろう。昔の俺であれば途中で店を出て行って、どこか他の店を探したかもしれない。
「時間があれば、グンジョー市でも依頼をこなして欲しいところですけど、無理そうですね」
「それについては、またの機会という事で」
流石にセルナさんの結婚式の準備の方が大切なので、フルートさんには申し訳ないけれど、今回は断らせてもらう事にした。
「それと、依頼を受けないですけど、依頼を出す事はできます……と言うか、出したいです」
「依頼……ですか?」
俺が依頼を出したいと言った事が意外だったみたいで、フルートさんは困惑したような声を出した。




