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第11章-15 同行者

「ところで、ドニさん。ラニさんよりレニさんの方が、諜報員として実力が上だっていうのは本当なんですか?」


 ラニさんが国境線の砦での商売の事でリオンと打ち合わせをしている隙に、俺は二人について気になっていた事を、父親であるドニさんに聞いてみる事にした。


「それは、ある意味では正しいですぞ」


 ドニさんは俺の質問に少し驚きながらも、アムールから聞いた話だと知ると、納得した感じで話し始めた。


「諜報員と言っても二人はタイプが違うので、一概にどちらが上だとはっきり言えませぬが、平均では一回の仕事で集める情報の量は、確実にレニの方が多いですな」


 ドニさんが言うには、ラニさんの方は俺と初めて会った時の様に相手を訪ねて情報を集めたり、サンガ公爵軍に忍び込んだ時みたいに情報を盗む他に、妨害や戦闘行為をするのが得意だそうで、レニさんは相手とは直接会う事はあまりせずに、その周辺から情報を集める(例えば、ターゲットの住んでいる地域の酒場などで働いたりして、関係者から話を聞いたりする)のが得意なのだそうだ。

 ラニさんの場合は、重要な情報である事も多いがその分危険も多く、レニさんの方は、玉石混合の情報ばかりではあるが、多角的な情報が集まりやすいとの事だ。


「必要なものでなくても、情報には変わりありませんからな。それにレニの場合、人付き合いが上手いというか、男をおだてるのが上手いというか……集める情報の量が同じ方法で情報を集めている他の者より、桁違いで多いのですぞ。親としては、少々複雑ではありますが……」


 そこら辺が、レニさんが『ナナオで一番のモテ女』というのに関係しているのかもしれない。


「あまり、リオンと二人で会わせない方がいいかも……」


「それがいいでしょうな。こういってはなんですが、リオン様だと丸裸にされてしまうかもしれませんな……辺境伯家の情報的な意味で」


 流石に出来立てホヤホヤの縁を、数日で壊してしまう様な事はしたくないそうだ。それに辺境伯家の情報は欲しくても、やりすぎて敵に回す様な事も避けたいというのもあるらしい。

 そういう訳で、俺はアルバートとカインを呼び寄せて、理由を話して協力してもらう事にした。二人も、俺とドニさんの話を聞いてリオンならあり得ると言い、即座に協力を約束してくれた。


「私の方からも、レニには言い聞かせますが……本人にそういったつもりはなくても、自然と仕掛けてしまうかもしれませんからな。まあ、職業病というやつですな」


「リオンの方も、ある意味似たようなものですから」


 カインに言わせれば、リオンのうっかりは職業病の様なものらしい。


「まあ、レニさんはアムールに付きっきりだろうから、リオンの方に常に誰かが付いていれば問題はないだろう」


 といった感じで締めくくった時、丁度リオンとラニさんの方も話が終わったみたいだった。二人の顔を見る限りでは、ラニさんに有利な条件で話はまとまったのだろう。

 この後、ドニさんとラニさんを誘って街に繰り出そうかという話になったのだが、二人は商売の準備と打ち合わせもあるらしく、そのまま宿に戻るそうだ。


「それじゃあ、どうするか……ジャンヌとアウラは、マーリン様と出かけているんだろ?」


「ああ、じいちゃんが、「堅苦しいのは嫌じゃ!」とか言って、シロウマルの散歩を兼ねて、二人に何か依頼を受けさせるらしい。何でも、いつもと違う場所で依頼を受けさせるのは、二人にとっていい経験になるし、ランクを上げる際にも、他のところで依頼を受けたというのはプラスになるそうだからな」


 俺の場合、グンジョー市とセイゲンに王都に南部といった感じで、いくつかの領地で依頼を受けたのも、Sランクに上がる際に加味されたらしい。ジャンヌとアウラはセイゲンと王都(共に王家の直轄地)くらいなので、この機会にハウスト辺境伯領の実績を作らせるのだそうだ。


「という事は、男だけでの行動となるのか……」

「リオン。わかっているとは思うけど……エッチなお店はなしだからね」

「そういった店は、王都に帰るまでおあずけだからな」


「分かってるって!」 


 二人の間髪を入れない突っ込みに対し、リオンは少々不機嫌になりながら答えていた。ちなみに、アルバートとリオンの二人も、そういった夜の店キャバクラのようなところは前に何度か行った事があるらしいが、ここ数年は全然らしい。その理由として、カインに婚約者ができた事が関係しているそうだ。

 アルバートの婚約者であるエルザは、男がそういったところに行くのはしょうがないと考えている上に、遊びで済ませるなら多少の事は許すという考えだそうだが、カインの婚約者はそうではないらしく、カインがそういうところに行くのを気にするタイプなのだそうだ。その為、カインはそういった店に行く事がなくなったらしい。元々カイン自身、そういった店にあまり興味がなかったというのも関係しているそうだ。


「どちらかというと、僕は気の合う仲間だけで飲みに行く方が好きだからね」


 それとなく聞くと、カインはそんな風に答えていた。俺もそんな感じなので、カインの考えに同意した。アルバートはどちらでもいい感じで、リオンは気の合う仲間と女性のいる店に行くのが好きなのだそうだ。


「そういえば、エルザには何度も会っているけど、カインの婚約者とは会った事がないな」


「そう? でも、彼女の方は何度かテンマと会った事があるらしいよ。会話した事はないそうだけど」


 詳しく話を聞くと、確かにそれらしい女性を見かけた記憶があった。名前は知らなかったが、王城の書庫や、王都の図書館で何度か見かけた事があるので、目があった時には会釈くらいはしたはずだ。


「流石に僕の婚約者だからといって、僕のいないところで挨拶するのも変だから声をかけなかった……って言ってたけど、本当は恥ずかしかったからだろうね。彼女、人見知りするから」


「ああ、確かにそんな感じだな。エルザはそんな事を知らずに話しかけて、「怖がらせたかもしれない」とか言って気にしていたからな」


「テンマが気にしないのであれば、今度暇なときにでも紹介するよ。どのみち僕と結婚すれば、テンマとも会う機会が増えるだろうからね」 


 という事になった。なおこの会話の最中、婚約者どころか恋人すらいないリオンは、一言も喋らなかった。その顔には、焦りの色が見えている。


「アルバート、カイン。マジで、リオンはレニさんに近づけない方がいいな。それどころか、他の女性にも近づけない方がいいかもしれないぞ。今の状態のリオンは、ちょっとでも好みの女性に優しくされたらイチコロだ。それが、どんなに性格の悪い女性でも」


 二人も同じ考えだったらしく真剣な表情で頷き、しばらくの間はリオンに女性を近づけさせないと誓い合った。この時のカインは、それはそれは素晴らしい笑顔を見せていた。



 そして数日後、


「お土産良し! 食料良し! 通行証良し!」


 ククリ村を目指すという事で、予定より少し早く『シェルハイド』を離れる事になった。その為、急いでお土産などを買い求め、明日には出発できる様に準備を終わらせたところだった。


「テンマ様。丁度準備が終わったところですかな?」


 お土産などの仕分けを終えてマジックバッグに入れていると、ドニさんが俺を訪ねてやってきた。今『シェルハイド』にいるのはドニさんとレニさんの二人で、ラニさんは国境線の砦の方へと許可証が発行された日に向かっていった。


「ええ、明日には出発しようかと思っています。早めに向かわないと、王都に帰るのがいつになるかわかりませんからね」


「それがいいでしょうな。王都より南の方はあまり心配はありませんが、それでも遅くなりすぎると、雪が降ってくるかもしれませんからな」


 現在は、前世で言うところの十月辺りだ。このまま順調に目的地を回ったとしても、後一ヶ月ちょっとはかかるだろう。順調にいったとしても十一月の半ばの気候であり、何かのトラブルや予定外の事があれば、十二月に突入してしまうかもしれない。


「ライデンだけだと雪は問題ないでしょうが、馬車の方はそうもいきませんからね」


 通常のものより、はるかに高性能な馬車を使っている自覚はあるが、それでも車輪は通常のものより頑丈なくらいなので、雪の上をスイスイ行けるわけではない。


「雪の具合によっては徒歩で移動して、休憩時に馬車を使った方が早いかもしれませんな。まあ、それでも十分羨ましい事ではありますが」


 ドニさんの言った方法は、大容量のマジックバッグやディメンションバッグがあってこその方法なので、普通は命懸けで寒さに震えながら移動するか、冬の間は移動しないかのどちらかなのだ。そう考えると、雪の中で家と変わらない休憩場所があるだけでも、十分すぎるかもしれない。


「それと相談……と言うか、お願いがあるのですが……」


 ドニさんのお願いとは、ある意味当然とも言えるような事だった。



「各自、準備は出来ているわね」


 クリスさんが、皆……と言うか、三馬鹿を見ながら最後の確認をしていた。

 予定より早めの出発ではあったが、それぞれ準備は事前に済ませており、忘れ物はないみたいだった。


「姐さん。そんなに心配しなくても、大丈夫だって!」


 リオンは笑いながらそんな事を言っている……が、その後ろには、大きなバスケットを抱えたメイドの集団が居る。


「リオン……数日分の食事を用意しておくから、食堂まで取りに来なさいって言っておいたでしょ?」


 メイドの集団の先頭にいたエディリアさんが、にこやかな笑みを浮かべながらリオンを責めていた。


「……すまん、お袋」


 食事を準備してくれていたのを、リオン以外は誰も知らなかったという事は、俺達に伝える事すら忘れていたという事になる。


「アルバート、カイン! 二人でリオンの持ち物を確認しなさい!」


「「はっ!」」


 命令された二人は声を揃えて敬礼すると、リオンの荷物を確認し始めた。その結果、


「先輩、リオンの武器と防具がありません!」

「財布もありませんでした!」


「財布なら、机の上に置きっぱなしでしたよ」


 二人の確認の結果、旅で重要なものが抜けていた。カインはエディリアさんから財布を受け取ると、その場で中身を確認して、


「中身もありません!」


 と財布を逆さまにして、空っぽなのをアピールしていた。

 それを見たエディリアさんがため息をつきながら、屋敷の中に戻っていった。多分、お金を取ってくるのだろう。その間にリオンは、駆け足で自分の部屋へと武器と防具を取りに行っていた。


「他に忘れ物をした人はいないわよね?」


「まあ、わしはマジックバッグに入れっぱなしじゃから、忘れ物はないのう」

「俺も」

「私もないです」

「私も……大丈夫みたいです」


 リオンを見た俺達は一斉にもう一度確認をして、大丈夫だと判断した。若干アウラが怪しかったが、ジャンヌが最後に部屋を確認したというので、恐らく大丈夫だろう。


「アムールは大丈夫か?」


「それは私が確認したから、問題はないわ。少なくとも、部屋に忘れ物はないはずよ」

「宿の方も私が確認しましたから、問題はありません」


 クリスさんに続いて、レニさんも問題なしとの事だった。

 先程から静かなアムールはというと、二人が大丈夫と言った後でもう一度荷物を確認し、身だしなみを軽く整えてから頷いていた。


「ジャンヌ、やばいです。アムールが進化しようとしています」

「いや、別にアムールが成長するのはいい事だと思うけれど……それよりも、レニさんが一緒についてくる気満々なのが気になるんだけど……」


「あ~……悪い、二人に言うの忘れてた」


 昨日ドニさんに頼まれた事とは、レニさんを王都までの旅に同行させて欲しいとの事だったのだ。

 一応建前としては、旅をするにあたり、南部の子爵令嬢であるアムールにお付の者が必要である為、と言うものだが、本当はアムールの教育が終わっていないとレニさんが言い出し、無理矢理にでも俺達についていくと言い出したので、正式にレニさんの同行を頼んできたのだった。

 この話はじいちゃんにクリスさんも賛成したので、三馬鹿には事後承諾(アルバートとカインには、「リオンに女性を近づけないと誓ったばかりなのに」と若干嫌味を言われたが)という形で話をしたのだが、ジャンヌとアウラに伝えるのを忘れていた。


「テンマが決めた事なら、私達は何も言わないけれど……王都に着いたらどうするの?」


「王都では、アムール次第だそうだ。ただ、どういう状態であるにせよ、王都に長く滞在するつもりはないそうだ。何でも、ナナオに『恋人』がいるからだとか」


 ちなみに、王都に着くまでにアムールに成長が見られないとレニさんが判断した場合、アムールを南部に連れて帰るそうだ。そして、南部で腰を据えて教育を施すらしい。


「「恋人……」」


 二人は俺の説明で納得したみたいだが、同時にレニさんに興味が出た様だ。まあ、これまで身近なところで恋人が居る女性は少なかったし、しかも簡単に話せる(話してくれる)相手でもなかったので、レニさんは二人の好奇心を満たすのに丁度いい立場に居るのだろう。


「そういうわけだから、レニさんとも仲良くしてくれると助かる」


「大丈夫!」

「任せてください!」


 頼もしいくらいに、張り切って返事をしてくれた。


「すまん、すまん! これで、忘れ物は無しだ!」


 自分の武器と防具を取りに行ったリオンが、エディリアさんからお金を受け取って、準備は万端だとマジックバッグを叩いてアピールしている。


「揃っているようだな」


 全ての準備が終わり、後は出発するだけとなった時、屋敷からハウスト辺境伯がやってきた。


「そういや、親父がいなかったな。んで、何しに来たんだ?」


「いや、何しに来たも何も、見送りに来たんだよ」


 カインのツッコミに、「それもそうか」と納得顔のリオンだったが、その場にいたリオン以外の全員が、「それくらい分かるだろ!」といった顔をしていた。


「今回は大変世話になった。これを受け取って欲しい」


 辺境伯が渡してきたのは、『遠吠えする狼』が刻まれた家紋と一通の手紙だった。


「家紋の方は、ハウスト辺境伯領内であれば色々と役に立つであろう。少なくとも、リオンよりは使えるはずだ。そしてこの手紙は、領内の治安維持に回っている騎士団長に会った時に渡すといい。何かと便宜を図る様にと書いてある」


「ありがとうございます」


 辺境伯領内の街や村に寄る時に、辺境伯家の家紋と通行証、それにリオンがいれば大抵のところは通る事が出来るだろう。


「それとククリ村だが、その周辺や『大老の森』に依頼を受けて行った冒険者の何名かが、行方不明になっているという報告が入っている。その他にも、負傷者なども多いそうだ」


 行方不明の冒険者は、そのほとんどが『大老の森』初心者の若い冒険者か新人の冒険者なのだそうだ。ギルドの見解では、欲をかいたり引き際を誤って森の奥へと入ってしまい、強い魔物にやられたのではないかとの事だ。現にベテランと呼ばれる冒険者や、『大老の森』に入った事のある冒険者は負傷者こそいるものの、無事に戻ってきているそうだ。


「それに、昔のククリ村と『大老の森』を知っている冒険者や騎士の話だと、昔と比べて森の規模はさほど広がってはいないが、不気味になったとの話だ。規模はともかく、不気味なのは昔より人の立ち入りが少なくなった事も関係しておるだろうから、あくまで個人的な感想といった話だが、気を付けるに越した事はなかろう」


 それと、もし『大老の森』を目指している冒険者とすれ違ったりした場合、それとなく注意してくれとの事だ。


「それくらいであればやりますが……」


 同業者の話を聞かない冒険者もいるだろうが、辺境伯家の家紋を見せて元ククリ村の住人だと言えば、気に止めておくくらい事はするだろう。そこから先は当人の問題だ。俺にはそれ以上の責任はないし義務もない。 


「それ以上の事はしなくてよい。こちらからもギルドを通じて注意喚起を促すつもりだが、そういった問題は、最終的には本人の責任だ」


 との事だった。騎士団長が辺境伯の元を離れて行動しているのも、そういった事に対する注意喚起といった目的もあるからなのだそうだ。 


「色々とお世話になりました」


「うむ。達者でな」


 辺境伯も俺達に少しは慣れたようで、いつもより口数が多かったが、それでもサンガ公爵やサモンス侯爵のような気安さはなかった。まあ、あの二人は俺がこれまであった中でもコミュニケーション能力が高い人達なので、比べるのは無理がある様な気がする。


「じいちゃん。さっきの辺境伯の話だけど、そんなに行方不明になるものかな?」


「まあ、『大老の森』で採れる薬草などは、他の産地と比べても上等な部類じゃと言われておるからのう。稼ぎの少ない若手や新人の中には、あと少しを繰り返してしまう者もいるのじゃろう。以前なら、村人が案内について、危険の少ないところに案内しておったが、それも今となっては出来ぬからのう」


「俺達も気を付けないとね。ククリ村を離れてから何年も経つし、もう俺達の知っている『大老の森』ではないと考えておいた方がいいかもね」


「そうじゃの。村の周辺はそこまで変わっておらぬじゃろうが、森の生態系はどうなっておるかわからんからのう。もしかしたら、ドラゴンゾンビに追いやられていた魔物などが、森の浅いところに住み着いてしまっておるかも知れんからの。お主らも、決して一人で森に入るでないぞ」


 じいちゃんの忠告に、皆揃って返事をした。流石に冒険者としての知識と経験値が違うじいちゃんの言葉は、重さが違うのだろう。これが俺の言ったセリフだったら、リオン辺りはもっと軽い返事で済ませただろうな。

 そんな事を思いながら辺境伯達に最後の挨拶をして、ライデンを馬車に繋いで御者席に座った。俺の隣には、道案内兼身分証代りのリオンが座っている。流石に辺境伯のお膝元である『シェルハイド』周辺では、貰った通行証よりリオンの方が効果がある……と思われるからだ。


「出発だ!」


 リオンが張り切って号令をかけたが、ライデンは微動だにしなかった。何故なら手綱は俺が握っているし、基本的にライデンは俺かスラリンの命令しか聞かないからだ。最近では、じいちゃんやジャンヌ達の言う事も聞くようにはなったが、それは『命令』ではなく簡単な『お願い』であり、じいちゃん達よりも付き合いが短く接点も少ないリオンの命令を、そんなライデンが聞くはずはないのだ。


「行くぞ、ライデン」


 俺が手綱を軽く引くと、ライデンはゆっくりと歩き出した。

 それを見た辺境伯やエディリアさん、そして見送りに来ていた辺境伯家の関係者達は、リオンの恥ずかしがっている姿を思いっきり笑っていた。

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