第8章-3 金色と銀色
「流石にこのあたりは簡単だな」
「だな!」
ブランカは、飛びかかってくるゴブリンを叩き潰しながら呟いた。それはアムールも同じで、短い槍を振り回して、ゴブリンをまとめて吹き飛ばしている。俺は二人が倒したゴブリンに止めをさし、次々とバッグに収めていく。じいちゃんは俺達の後ろで、バックアタックを警戒していた。スラリン達は全く出番がなく、ディメンションバッグで休憩している。
「これだったら、もっと先に進んでいいのではないかのう?」
「そうだね」
現在、十階層で無双している俺達だが、これはブランカとアムールが初ダンジョンだと言うので、慣らしと準備運動を兼ねて、浅い所で狩りをしているのだ。
しかしこの様子だと、ダンジョン内での戦闘に問題は無い様なので、もっと下の階に進んでも問題はないだろう。
「じゃあ、そろそろ飯にするか。確か、こっちに休憩に丁度いい所があったはず」
俺は、一番近くにある行き止まりまで進んだ。俺の行動に、ブランカが「逃げ道がないのでは?」と言っていたが、じいちゃんが何も言わないのを見て、訝しみながらもついて来た。
「大丈夫だって。まず土魔法で壁を造るだろ、そして空気穴を作れば……ほら、簡易休息所の出来上がり」
「おお~!」
「確かにこれなら安全だな。この階だと、ゴブリンくらいしか出てこないだろうしな」
「わしも、昔ダンジョンに潜った時は、この方法をよく使ったもんじゃ」
ブランカとアムールは感嘆の声を出し、じいちゃんは懐かしそうにしていた。
「だけどブランカ、ダンジョンは何も魔物だけが敵じゃないぞ」
「まあ、ある意味一番注意しなければならないのは、ダンジョンに潜っている同業者だろうな」
「そういう事じゃ」
「盗賊は返り討ち!逆に身包み剥いでやる!」
低階層で命を落とす原因の一位が、同業者もしくは盗賊による略奪が原因とされている。ちなみに二位は怪我による病気や感染症(毒)、三位が魔物となっている。それほどまで、ダンジョン内での同業者との遭遇は危険とされているのだ。
なのでアムールの言う様に、襲撃者を撃退した場合はきちんとギルドに届けを出した上で認められると、倒した相手の持ち物は全て自分の物とする事が出来る。まあ、ギルドに虚偽の報告をしてごまかそうと企んで他人を襲撃する者もいるので、いつまでも馬鹿がいなくならないとも言えるのだが。
「スラリンやシロウマル、それに俺もいるから、そうそう奇襲をかけられる事はないけどな。まあ、用心するに越した事はないな」
「わう?」
バッグから出て、肉の塊にかぶりついているシロウマルが、「何か言った?」とでも言いたげに首をかしげた。それを見て少し不安が出てきたが、スラリンはちゃんと聞いていた様なので、後でシロウマルに言い聞かせてくれるだろう。
「テンマ、お腹すいた!」
アムールが自分のお腹を押さえながら、俺の袖を引っ張ってきた。小さな音が聞こえたのは黙っておこう。
俺は部屋の中央に簡単な竈を二つ作り、炭を入れて火を点けて網を乗せた。後は肉や野菜を焼くだけだ。
「肉と野菜の他に、おにぎりとパンもあるから、好きに焼いて食ってくれ」
二つの竈を囲む様に座る四人と二匹。シロウマルとソロモンが、よだれを垂らしながら期待に満ちた目をして座っている姿に、俺は笑うしかなかった。
「休憩が終わったら、もっと下まで潜ろうか。だいぶダンジョン内での戦闘にもなれただろ?」
「そうだな。ゴブリンばかりだと、どうしても張り合いがないからな。しかしテンマ、なんだかゴブリンが少ない様に感じるが、いつもこうなのか?」
ここまで潜って倒したゴブリンは、大体三十前後である。これはブランカの感じた通り、いつもより少ない数だ。だが、これには少し訳がある。
「ああ、最近ギルドで、ゴブリンを素材として買取しているらしい。そのせいで、ゴブリンが少ないんだろう」
ダンジョンに潜る前に仕入れた情報によると、最近ギルドでゴブリンの死体を買い取っているらしい。しかも、その依頼主はセイゲンの役所だそうだ。これはセイゲンにあふれた冒険者対策の一環として、普段は買い取らないゴブリンを買取り、多少の賃金を渡し、少しでも暴動を抑えようとする取り組みらしい。少しでも金があれば、飲み食いできるし、金を貯めて他の街に流れるかも知れないという狙いがあるそうだ。しかし、買取価格は一体につき五十G、さらに十体まとめて売ると五十Gがプラスされる程度なので、魔核の買取を合わせても、千Gにも届かない。それでも、そこそこの経験があれば、素手でも安全に狩る事ができるので、かなりの量の持ち込みがあるらしい。
「ちなみに買い取ったゴブリンは、肥料に使えないか実験するとか言ってたな」
もし肥料として使えるなら、今後ゴブリンはそれなりの需要が出てくるだろう。もしかしたら、数百年後にはゴブリンが絶滅危惧種に指定されるかもしれない。
その後、一時間程休憩して、俺達は下を目指して移動を始めた。目指す十五階層までなるべく戦闘を回避したのだが、それでも何匹かの魔物に行く手を阻まれた。まあ、鎧袖一触といった感じで始末したが。
途中、何度か同業者とすれ違ったが、まともな冒険者ばかりだったので、トラブルは起こらなかった。
「これで目的の十五階層に到着だな。この階も虫の魔物が中心だから、気を付けないと知らないうちに前後左右囲まれてたって事になりかねないから」
「確かに、そこが虫の怖いところだな」
「虫は無視するのが一番!」
二人の地元は森が多いそうで、虫の対処にはなれているそうだ。
取り敢えずこの辺りで狩りをする事にし(アムールは面倒臭そうにしていたが)、それぞれ周囲に気を配りながら狩りを続けた。
虫の魔物の殻は軽くて丈夫なものが多い為、状態によってはかなり高値が付く事もあるので、皆真剣になって倒した魔物を処理していく。まあ、俺の場合は倒した端からマジックバッグに放り込むだけだったが、ブランカとアムールは細かい作業が苦手の様で、かなり苦労していた。終いには、処理が面倒になったらしく、俺に依頼という形でバッグに入れておいてくれと言い出した。だが、他人に獲物を預ける行為は、余計なトラブルを生んでしまう事が多いので、俺の持っていた予備のマジックバッグを貸し出す事になった。二人が文句を言う事はないと思うが、線引きは必要だ。
しかし、この辺りではそうそう価値の高い魔物に遭遇する事はない。寧ろ俺としては、この一つ下の階でよく捕れるシロコイモムシの方が欲しかった。だが、今日はこの階までと決めていたので、黙って虫退治に精を出す事にした。
「いいのはいないなぁ……ん?」
探索を使った瞬間、少し先の天井に数匹の反応があるのに気がついた。こっそりと近づいて、その天井を見てみると、金色と銀色の蜘蛛が張り付いていた。
種族……ゴールデンシルクスパイダー
種族……シルバーシルクスパイダー
なんとも金になりそうな名前をした蜘蛛達だ。なお、金色が一匹で、銀色が四匹だった。
「初めて見るやつだから、なるべく生け捕りしたいな……」
それぞれ五十cm程の大きさで、見た目はハエトリグモを大きくした感じだ。どことなく愛嬌のある顔をしている。
「確か、使えそうなのがあったな」
昨日道具を見て回った時に、虫の嫌がる煙を出す道具を買ったのを思い出した。大きさが五cm程の蚊取り線香の様な匂いがする玉だ。これは人体には無害で、キャンプなどで使うと虫除けになり、虫が煙に直撃すると、痺れたかの様に動けなくなってしまうらしいのだ。取り敢えずこれを試してみる事にした。
「スラリン、あの蜘蛛達の向こう側に待機していてくれ。もし、これが効かなくて蜘蛛が逃げ出したら、大きくなって蜘蛛を捕まえてくれ」
俺の指示通り、スラリンが蜘蛛達の向こう側に移動したのを見て、玉に火をつけて蜘蛛達の真下に放り投げた。火のついた玉はすぐに大量の煙を出して、蜘蛛達を覆い隠した。煙に飲み込まれた蜘蛛達は、最初こそ逃げ出そうと動いていたが、すぐに力尽きた様に地面に落ちてきた。
「よし、成功だ!」
俺はすぐに蜘蛛に駆け寄り、土魔法で作った虫かごに蜘蛛を一匹ずつ入れた。俺が近づいても、蜘蛛はどれも動く気配がなかったので、効くかはわからなかったが、ヒールとレジストをかけてみた。
「何の煙じゃ!」
煙が他の通路にも流れて行った様で、じいちゃん達が慌ててやって来た。もし、ダンジョン内で火災など起こった場合、すぐに対策を取らないと二次・三次被害と広がってしまう事があるからだ。
「虫除けの煙玉を使っただけだから、火事とかじゃないよ」
「そうだったのか、火事かと思って焦ったぞ」
「びっくりして、虫がぐちゃぐちゃに……」
「火事じゃなくて良かったが、火を使うなら予め言って欲しかったぞい」
「ごめん」
ダンジョンで煙玉を黙って使ったのは、皆への配慮が少し足りなかった様だ。そこまで怒ってはいなかった様だが、アムールが言った様に、相手にしていた魔物の素材の状態を無視してまで、こちらの様子を見に来たそうだ。
俺は流石に軽率だったと反省し、皆に謝り許してもらった。
「それで、なんであんな物を使う必要があったのじゃ?テンマなら、ここらで使う様な敵はいないじゃろ?」
「ちょっと見た事のない魔物を見つけてね、なるべく無傷で生け捕りにしたかったから、煙玉を使ってみたんだよ……煙玉がどんな感じか使ってみたかったのもあるけど」
俺は捕まえた蜘蛛を、皆の前に出して見せた。その時点で、二匹の蜘蛛は死んでいた様だが、残りの蜘蛛は回復に向かっている様だった。
「ふむ、珍しい蜘蛛じゃ……わしもこれは見た事がないのう」
「思ったより硬い殻に覆われているな。小さいから全身には無理だが、部分的な防具には使えそうだ」
「テンマ、傾奇者デビューするの?」
確かに綺麗な色で、硬さもあるから防具に使えるだろうけど、そんな派手な防具を使うつもりはないし、現状、俺の防具は下手な金属鎧よりも頑丈で、革鎧としては最上級のものだと思っている。つまり、アムールの言う様に、傾奇者デビューする必要性はないという事だ。
「傾奇者ってなんじゃ?」
「初めて聞く言葉だけど、何の意味があるんだ?」
じいちゃんは、アムールの言った『傾奇者』の意味が分からなかった様だ。一応俺も、この世界では初めて聞くので、じいちゃんの言葉に続けて聞いてみた。
「ケイ爺が言うには、『派手好きの目立ちたがり屋』の事らしい」
「他にも、『周りに左右されず、自分の信じる道を行く者』みたいな事も言っていたな。最も、地元ではあの人が初めに使った言葉だから、もしかしたら他の国の言葉かもしれんが……詳しい事は不明だ」
ブランカの言葉を聞いて、そのケイ爺さんとやらが俺と同類の可能性が高い事がわかった。最も、異国の人なのか同郷の人なのか、同時期の人なのか戦国時代の人なのかも分からないが、何となくケイ爺さんとその曾孫のアムールに親近感が湧いた。
「流石に、そこまで目立つのは嫌かなぁ……今の鎧は使いやすくて気に入っているものだし、俺のスタイルに合っていると思うから」
「まあ、金銀に身を包んだテンマは見てみたい気もするが、冒険者としては使いにくい色だろうな」
「残念」
アムールは何が残念なのか分からないが、そもそも狩りをする時に目立つ色の物を身につけていたら、標的からもバレやすくなってしまうので、流石に金色銀色の鎧を装着した冒険者は見た事がない……最も、貴族や騎士などは逆で、自分を誇示する為に派手な色の鎧を使う事が多いそうだ。
「取り敢えず、キリもいいから、この辺で帰らんか?テンマの捕まえた蜘蛛の正体も気になるしの」
じいちゃんの一言で、俺達は帰り支度を始めた。事前にこの階のワープゾーンの場所は確認しているので、そのまま皆で地上まで戻った。
「それじゃあ、ギルドで買取を済ませて、飯でも食べて帰るか。そろそろ暗くなるし」
「それはいいが、テンマが捕まえた蜘蛛はどうするんじゃ?」
「ギルドだと多数の人に見られるし、時間もないから知り合いに聞いてみるつもり。それに、下手にギルドで出すと、馬鹿に目を付けられるかもしれないからね」
「でも、テンマならそんな馬鹿を返り討ちにして、懐を潤すと思う……間違いないっ!」
随分失礼な事を言うアムールだが、これまでに何度もそうやって小遣いを稼いだ実績があるので、反論する事は出来なかった。だが、それはじいちゃんとブランカも同じだった様で、アムールが言った瞬間に、少し顔を逸らしていた……だって、かなり効率のいい稼ぎ方だから仕方がない。
「テンマの言いたい事はわかったが、誰に聞くつもりじゃ?」
「まずはアグリ達、テイマーズギルドの面々かな?もしくはジン達で、それでも駄目だったら、手紙で王様達に聞くつもり」
知り合いと言ったが、そもそも俺は人付き合いがいい方ではないので、セイゲンの知り合いと言ったらアグリ達とジン達、それにエイミィの家族にガンツ親方くらいしか思いつかなかった。それも、俺から話しかけて知り合いになったのはいないという有様だ。
「テンマ……かわいそう」
俺が名前を挙げた人数が少なかったせいなのか、アムールが俺の肩にそっと手を置き、心底同情する様な声で言った。何故かじいちゃんとブランカも、優しい目で俺を見ていたが、とても失礼な事だ。
「知り合いの中で、テンマから話しかけた人を言ってみて?」
「……ジャンヌ、アウラ、ティーダ、ルナ、ケリー、アルバート、リオン、カインと…………あっ!後、ククリ村に来た王様達!」
知り合いの人数は少ないが、結構俺から話しかけているじゃないか!とか思っていたら……
「ジャンヌとアウラは、二人が怪我していたところを保護しただけじゃろ?ティーダとルナも同じ様なものじゃろ、あとアレックス達も。三馬鹿は、テンマの跡をつけていたそうじゃから、アプローチしたのはテンマじゃなかろう。ケリーは……買い物に行ったら、その店の店員に話しかけるのは普通じゃないかのう?」
「テンマ……やっぱりかわいそう」
「テンマ、流石にそれはないわ」
俺の挙げた人物は、じいちゃんによって却下された。しかも、アムールにはさらに同情され、ブランカはかなり本気で引いていた。
「もういいよ。俺は『広く浅く』より『狭く深く』をモットーにするから」
「テンマ、『広く深く』でもいいんじゃぞ?」
「ふむ、テンマの知り合いは女性の方が多そうだから、『狭く深く』というのは『男女の仲』も含むという事なのか?」
「テンマ、私の一番はテンマだから」
この三人は、どうあっても俺を弄りたい様だ。こういう時は、下手に反論すると痛い目に合う。だから俺は三人を無視して、一人で先にギルドに向かう事にした。
「テンマ、待って!」
「テンマがあそこまで拗ねるのは珍しいのう」
「ちょっとやりすぎたか」
後ろから三人が追ってくるのがわかったが、俺はギルドの扉をくぐるまで三人を無視し続けた。
「それでテンマは、あんなに不機嫌だったのか」
「いつも大人びているところがありますから、あんなテンマさんは珍しかったですね」
「ギルドに入ってきた時に、あまりにも不機嫌だったから、何があったのかと思ったら……プッ!」
「気持ちはわかるが、流石にそれは……ブフッ!」
メナス、リーナ、ジン、ガラットの順で、俺がギルドに入ってきた時の事を話している……最後の二人に関しては、いずれ憂さ晴らしに付き合ってもらう事にしよう。
今俺達は、ギルドの近くにある酒場に来ている。ジン達は俺達がギルドに行くと、丁度ギルドでの買取を終えて、飯を食べに行こうとしていたのだ。どこに食べに行こうか話している時に俺達が来たので、少し待って一緒に酒場に来たのだった。人数が倍になっただけなのに、俺達のテーブルには、明らかに三十人前を超えると思われる量の食べ物が並んでいる。
「ここは安くて量があるからな。腹いっぱい食べようと思ったら、この街ではここが一番だ」
目の前のある料理に俺が驚いていると、ジンが料理に手を伸ばしながらそう言ったが、俺が言いたいのはそういう事ではない。量だけなら、シロウマルやソロモンがいればこれくらいはいく。ちなみに、スラリン達を酒場に出す事は出来ないので、バッグの中で三匹揃って食べている。最初、シロウマルとソロモンは外で食べようと必死になっていたが、食事を肉ばかりにすると大人しくなった。最近肉ばかり食べさせているので、そろそろ野菜を取らせないといけない。それに肉のストックが少なくなってきているので、ダンジョンでオーク狩りにも行かないと。
「いや、俺が言いたいのは、いっぺんに頼むと、料理が冷めて美味しくなくなるんじゃないかって事なんだけどな」
「いや、それは大丈夫だろう。ほら」
ジンが「こいつ何言ってんだ?」みたいな顔をして、俺の横にいるアムールとその横のブランカを指さした。そこには、すごい勢いで皿を空にする二頭の虎がいた。
「「ん?」」
「何でもない」
揃って俺を見る二人に、俺は何も言えなかった。確かにジンの言う通り、余計な心配だったかもしれない。それどころか、この分では俺が満足に食べられそうにない。
俺は二人に食べ尽くされる前に、先に自分の分を確保してから、ゆっくりと食べる事にした。
なお、俺の心配した通り、アムールとブランカのせいで、食事は三十人前でも足りなかった。




