第7章-4 依頼失敗
学園見学から二日後、プリメラ達は王都から去って行った。
元々プリメラの率いるグンジョー市第四騎士団は、貴族関係の者を中心に構成されていた為、見送りもかなり盛大な物であった。
盛大と言っても、別に王家が主催した訳では無く、関係者が勝手に集まって騒いだだけの話だ。それでも貴族関係者が百人以上集まれば良からぬ事を考える輩も当然のごとく現れる。そのせいで王家の命令で、衛兵が貴族の周りを固めるという物々しい雰囲気となった。
だが、そのおかげでスリや誘拐を行おうとした者達が十数名捕縛され、衛兵の名を高める事になった。ただ残念ながら、完全に犯罪を防止できたわけでは無く、貴族から数名、平民からはその数倍の犯罪被害者が出たが、いずれも軽犯罪で済んだのは不幸中の幸いだろう。
なお、当然の事ながら俺達に目を付けた犯罪者達がいたが全て撃退し、被害はゼロだった。
そんな俺のそばには、じいちゃんを始め、我が家の関係者(アイナとナミタロウ含む)とサンガ公爵とアルバート、サモンス侯爵にカイン、リオンにクリスさん、おまけにブランカとアムールがいた。そのせいで目立って仕方が無かった。
普段の俺なら遠慮なく逃げ出すところだが、さすがにプリメラや三姉妹の見送りとあっては逃げ出す事など出来ず、好奇の目に晒される事になった。
三姉妹は最後の最後まで王都に残ろうと画策していたが、半ば無理を言って騎士団に付いて来ているので、何度もプリメラに諭されていた。
「行ったな」
「なんやテンマ。彼女らがおらんようになったのが、そんなに寂しいんか?」
ナミタロウが茶化す様に俺の呟きに答えるが、俺は素直に頷いておいた。
俺が頷いたので、周りにいた皆は驚いていた(ただし、サンガ公爵とアルバートだけは小さくガッツポーズをしていた)が、誤解が広まる前に説明をした。なお、『誤解される前に』では無い訳は、すでにアムールが俺の右腕を抓っているからだ。これが軽く抓る程度なら可愛いものだが、獣人の力を存分に発揮している為、洒落にならない痛みがある。
「なんだかんだ言って、三姉妹とはそれなりに長い付き合いし、プリメラとも色々あったからな。付き合いの長さに差はあるけど、四人共俺の数少ない友人だしな」
アムールを引きはがしながら、俺はしみじみと語る。自分で言って悲しくなるが、どう考えても俺は友達が少ない。最初の友達がナミタロウだとしても、人間の友人としては三姉妹が一番最初で、同年代ではその次がプリメラである。
その事を話すと、クリスさんが「私は?」とでもいう様に自分を指差していたが、「クリスさんは俺をほったらかしにして、シロウマルと遊んでばかりだったし……」と言うと、顔を逸らしていた。
そんなクリスさんを見たアイナが馬鹿にするように小さく吹き出した為、クリスさんが詰め寄っていた……が、物の数分でクリスさんはぐうの音も出ないくらいに言い負かされていた。
「それじゃあ、帰るとするかの」
じいちゃんの言葉に、皆一斉に移動を開始したが、少し歩いた所でアムールに袖を引かれた。
「テンマ、お願いがある。これ、直して」
アムールがバッグから取り出したのは、大会中に身に着けていたマジックアイテム、通称『山賊王の鎧』だ。まあ、鎧と言うよりは『毛皮の全身スーツ』と言った感じだが、いまいち恰好が付かないので鎧と言っているらしい。
広げてみると、ジンの一撃によって顎の下から右足の辺りまで、およそ八十cm程切り裂かれており、それを塞ぐように拙いながらも丁寧に縫われていた。
「……これじゃあ駄目なのか?」
俺は受け取った山賊王の鎧に鑑定を使ってみたが、以前と同じ様に鑑定が阻害されており、縫い目を除けば問題が無い様に思える。
「見てて………………はい……ほら」
アムールは俺から鎧を受け取ると、その場で着始めた。鎧は前の方にファスナーの様なものが付いており、そこから入る仕組みになっていたが途中で切り裂かれているので、縫い合わせていると言っても途中で引っかかってしまい、着るのに時間がかかっていた。
そしてアムールが鎧の中に入ってファスナーを引き上げると、空気が充満する様に鎧が膨れ上がり、最初に見た時と同じ『山賊王』の体格になった。
これには俺を始め、ナミタロウやじいちゃん達も驚いていたが、アムールが少し動いただけで空気が漏れる様に萎み始め、最終的にアムールは、鎧を十二単の様に引きずっていた。
その奇妙な光景に一同唖然とした。ブランカの説明によると、この鎧はアムールが幼い頃に亡くなった曾祖父から譲られたもので、ひ孫のアムールは相当可愛がられていたのでどうにかしたいそうだ。
本来は狩りなどに必要な能力が上がる効果があるそうだが、強化の際に鎧の隙間を埋める様に魔力が充満する為、アムールの様な小柄な者が使用すると一時的に大柄な体格に見える様になる、という事だそうだ。
「あれや、ゆるキャラの着ぐるみや!ふ〇っしーや!もしくは、G〇ンのモ〇ルト〇ースシ〇テムやな!」
ナミタロウの言葉に、俺を除いた面々は首を傾げていたが、ナミタロウが訳の分からない事を言うのはよくある事なので、皆すぐに興味を失った様だ。しかし、そのネタが分かる俺としては笑いを堪えるのに必死だった。何せ、両方好きだったし。
改めて鎧を受け取ってみたが、どうやって修復していいのか分からないので、出来ないかもしれないが、と前置きした上で預かる事にした。
アムールとしても他に手がない様で、それでもいいと言っていた。
「なあなあ、テンマ。実はワイも、テンマに作ってほしいもんがあるんやけど」
と、改めて帰ろうとした俺を引き留めるナミタロウ。別に帰ってからでもいいと思うのだが、アムールのついでに今言っておこうという事らしい。
「あんな、ワイの手ってこんなんやんか、ナイフやフォークがあれば、大抵のもんは食べられるんやけど、やっぱり不便なんよ。ミカンの皮とかむけんしな。だから、テンマの『ギガント』みたいなんを作ってほしい訳よ。人間サイズのやつを」
確かにナミタロウの胸鰭では、ミカンの皮はむけないだろう……と言うか今更だが、なんでこいつナイフとか持てるんだろう?
「あっ!ワイの手はドラ〇もんの手やから」
疑問が一瞬で解明された。それならナイフもフォークも楽勝だ。
「できない事は無いけど、戦闘には使えないぞ。それ用の物なら、時間がかかるし」
「だいじょぶやで!寧ろ、戦闘に使おうとしたら、変な隙が出来るわ!せやから、そこそこ丈夫で、錆びんかったらいいわ」
それならゴーレムを作るようなものだから、そんなに時間はかからないだろう。
という訳で、ナミタロウの依頼を受ける事にしたが、とりあえずはアムールの方が先約なので、そちらの方を優先させるという事にした。
で、数日間修復に挑戦してみた所……
「これ、無理じゃね」
まず一度目の挑戦で挫折しかけた。何せ毛皮が固すぎて、普通の針では一mmも刺さる事なく折れ曲がる為、何本の針を犠牲にしたのかわからない。そこでケリーに相談すると、そういった皮の鎧用の針を用意してくれた。お値段一本百Gから……
日本円で、一本千円の針ってなんじゃそりゃ!と思って鑑定したところ、その材質はミスリルで出来ており、材料の希少さと加工技術料で値段が高いらしい。因みに、針には糸を通す穴が無く、釣り針の様に結びつけるタイプだった。
これで作業が出来ると、張り切ってケリーの工房で試したところ、見事に針の先が曲がった。
これには俺だけで無く、ケリーや工房の従業員達も目が点になった。
ケリー曰く、「ミスリルの針を通さない毛皮は初めてだ」との事である。
最終的に、龍の皮などに使用するオリハルコンの針(お値段一本千G)を使って縫う事になった。なお、後でアムールに使用した針を見せてもらったところ、やはりオリハルコン製の物であった。情報を伝え忘れたアムールは、ブランカにしこたま怒られていた。
まあ、曲がったミスリルの針はケリーが打ち直してくれるという事だし、損をしたという程でもない。
針の問題が解決したところで、次に取り掛かったのは縫い方の工夫だ。普通に縫うだけではアムールが試しているので、俺は違うやり方を試さなければならなかった。
そこで密着度を上げる為、縫い目を重ねてさらに織り込む、と言った方法を取ったが、これだと皮の厚さが四倍程になってしまうので、一縫いするのにも時間がかかってしまった。しかも、重ねた分だけ毛皮が短くなってしまい、不格好になった上にファスナーも閉まらなくなってしまう。
「正直に出来なかったと言うしかないか……」
アムールも駄目元と言う感じもあったが、何気に初めての依頼失敗なので、思った以上に落ち込んでしまった。
なお、ナミタロウの依頼の品は、山賊王の鎧の修復の片手間に済ませてしまった。後はナミタロウが気に入れば、最終調整と動作確認を終えて完成となる。こちらは同じ様な物を一度作った事があるせいか、思ったより簡単なお仕事だった。何せ、一番手間がかかったのが材料集めであり、それもケリーに頼めばすぐに揃った。
腕の材料はミスリルと魔鉄と魔石で、魔石を砕いて混ぜた魔鉄で主な形を作り、その周りをミスリルで薄くコーティングする形で制作した。ただし、腕の根元から十cm程は魔力の通りをよくする為に魔鉄がむき出しになっている。
全長一m半程の長さで直径が十五cm程、見た目はマネキンの腕そっくりで、関節もマネキンを参考にしたのでかなり自由度が高い。だが、関節は人間と同じような造りの為、逆方向に曲がりすぎる事は無い。
さらに中を空洞にする事で軽量化し、その空洞にミスリルで作ったワイヤー状の紐を通し、神経の様な働きをさせる事で、細かな動きも可能にした。ただ、その分操作が複雑になるので一般人向けではないが、ナミタロウなら問題は無い筈だ。
ちなみに制作日数は二日だった。
「出来たぞ、ナミタロウ」
俺は庭で日向ぼっこをしているナミタロウに声をかけた。今日は日差しが穏やかなので、日向ぼっこには打って付けの天候だ。その横ではシロウマルとソロモンもいた。
「なんや、もう出来たんか。早かったな」
「ギャワッ!」
「キューー!」
ナミタロウはそう言いながら、俺の所に這ってこようとする。奴が動いてから一拍おいて、シロウマルとソロモンの悲鳴が聞こえた。
以前日差しの強い日に日向ぼっこをして、ミイラ(干物)になりかけたナミタロウはそれを教訓とし、最近では専用の木桶に水を溜めてその中に入りながら日向ぼっこをしているので、動いた際に木桶がひっくり返り、そばにいたシロウマル達がずぶ濡れになったのだ。
そんなナミタロウに抗議をする様に、シロウマルとソロモンは噛みついたり引っかいたりしているが、ナミタロウは特に気にしていなかった。さすがにシロウマル達は本気を出してはいない様だが、ナミタロウの鱗は地龍並か、それ以上の防御力を持っている様だ。
「痛いがな、二人共……で、どんな感じや」
腰と首辺りを噛まれながらも、余裕の表情のナミタロウは、俺に向けて胸鰭を差し出してくる。その胸鰭に握らせるように作成した腕を差し出すと、ナミタロウは腕を軽く振って重さを確かめていた。
「思ったより軽いんやな。で、どうやって使うん?」
「根元の部分から魔力を流すと動くぞ。しばらくは正確に動かすのは無理だろうけど、練習次第で人間と同じ様に動かせる様になるはずだ。あと、これはおまけ。参考書みたいなもんだな」
そう言って俺は、サモンス侯爵が書いた召喚術の本を差し出した。
その本を受け取り、片鰭でページを捲っていくナミタロウ。その姿は寝転んで本を読んでいる様にも見えるが、目の前で本を開く事の出来ないナミタロウでは、これが限界なので仕方がない。
「おもろいんやけど、召喚術覚えてどないするん?」
数ページ捲った所で、ナミタロウが不思議そうな顔をした。この本を渡したわけはいくつかあるが、最大の理由は、
「これがあれば俺の『ギガント』と同じ様に、一時的に腕が四本ある状態になる事も可能だ。操作性は格段に難しくなるが、自分の手が空くのは非常に便利だぞ」
実は俺の『ギガント』、最初の頃は分からなかったが、時空魔法と召喚術を併用していたのだ。
使い始めた頃は、『ギガント』を保管しているバッグと俺が指定した場所を時空魔法で繋げ、そこに出した『ギガント』を時空魔法で固定して使用していた。
だがサモンス侯爵の本を読んで、このバッグと指定した場所を繋げるという方法が、『召喚術』と呼ばれる方法とほとんど同じだと分かった。
つまり、召喚術は時空魔法の応用術なので、俺が使っている方法を覚えようとするなら、参考書としてこれ以上ない本なのだ。
以前、俺の方法を本に書いてみようと思った事もあるが、感覚に頼り過ぎているので言葉にするのが難しく、さらに創世魔法(想像を形にしやすくする魔法)の影響があると思われるので書くのを断念した。
「ん~……まあ、時空魔法を覚えれるか分からんけど、とりあえずやってみるわ!」
ナミタロウはそう言うが、俺の予想ではナミタロウは時空魔法をすでに覚えている筈だ。何せ、『隠蔽10』を持っているのだ。他にも色々と隠している能力があると見て間違いない。
だが、本人が言わない以上は俺が指摘する必要もない。知って得する事も無いし、損する事も無いのだ。むしろ、下手をしたらナミタロウとの関係が悪くなるかもしれない。
「まあ、がんばってくれ。覚えて損の無い事だし、ナミタロウは、後数千年は生きるだろうから、時間は腐るほどあるだろ?」
と言うのが一番いいだろう。形は魚でも、同じ地球出身なんだ。それになんだかんだで俺の友人一号だからな……初めての友人が人外(鯉)だなんて、自分で言って寂しくなるけど……
「……そやな。頑張ってみるわ!それに、やってみたら意外と簡単かもしれんし」
ナミタロウは俺が勘付いているのが分かったのか、しっかりと予防線を張りながら答えた。
「まあ、まずは手で持って、自由自在に動かすところから始めんといかんけどな!で、ワイのが出来たっちゅう事は、虎のお嬢ちゃんの分も出来たんやな。どんな感じになったんや?」
さりげなく話題を変えるナミタロウだが、俺がアムールの依頼が出来てない事を話すと、渋い顔をして姿勢を正した。
「そんならワイのを作る前に、お嬢ちゃんに一言断りを入れとかないけんやろ。もう遅いけど、今から行くで!」
俺はナミタロウに説教を食らい、(物理的に)尻を叩かれながらアムール達が泊まっている宿を目指した。俺達の後ろからは、シロウマルとソロモンが付いて来ている。スラリンはお留守番かと思ったら、いつの間にかシロウマルの背中に乗っていた。
アムール達が泊まっている宿屋は、王都で高級とまではいかないが、冒険者が泊まるにしては上等な部類の宿屋で、質のわりに値段が安いと話題の宿屋だ……ていうか、マーサおばさんが経営している宿屋だけどね。
「いらっしゃい。泊りなら申し訳ないけど満室だよ……ってテンマか、どうした?」
「こんにちは、マークおじさん。アムールとブランカに用があるんだけど……」
受付にいたのはマークおじさんだった。この宿屋はマーサおばさんが開業し、そこの従業員として数名のククリ村の村人を雇っているので、受付には必ずと言っていい程顔見知りがいる。
ただ多く雇う事は無理なので、持ち回り制にして休日を増やし、空いた日に冒険者の真似事をして稼いでもらう様にしているのだ。
おばさんにはうちのジュウベエ達の世話も頼み、その代わりに白毛野牛のミルクを提供する事で、贅沢をし過ぎなければ十分に満足のいく生活が出来るそうだ。
他にもククリ村出身の人が経営している宿屋は数件存在し、色々と助け合っているらしい。
「おう、分かった。だが、規則があるから俺が部屋の前まで案内するぞ」
これは宿屋なら必ずと言っていいほど行われる防犯対策なので、部屋までの案内をお願いした。
宿は三階建てで一階が食堂と従業員用の部屋が四、二階と三階に客室が十二である。
部屋は一~ニ人用なので少し狭いが清潔に保たれており、値段も一泊二食付きで一人五百Gだ。これは平均価格の三分の二ほどの値段で、さらに二人部屋なら一人四百G(ただし、一人での利用なら六百G)、長期滞在割引ありとプランが充実している。
「ここだな。ブランカさん、お客ですよ」
おじさんがドアをノックしながらブランカを呼ぶと、ブランカは誰かが部屋の方へと近づいているのを事前に察知していた様で、ノックしてから間を置かずに出てきた。
「じゃあ、俺はこれで戻るな」
ブランカが出てきた事で、おじさんは受付に戻って行った。平静を装っている様だが、ドアが開いた瞬間に驚いた表情をしていたのを見たので、本当は心臓バクバクになっている事だろう。
「やっぱりテンマか、お嬢が妙にそわそわしていたからな。で、どうした?お嬢の依頼品が完成したのか……とっ」
ブランカは話し終わる前に、アムールに押しのけられて端へとどけられた。
「テンマ、もう出来た?」
目を輝かせているアムールに、俺は罪悪感を覚えながらも駄目だったと伝えた。アムールは差し出した『山賊王の鎧』を抱きかかえると、悲しそうに顔を伏せた。
「どうしても直らない?」
「無理だ。少なくとも俺の技術ではこれを直す事は出来ない。ケリーにも聞いてみたが、無理だそうだ。素材として使うなら、別の防具に作り変える事は出来るそうだが……」
俺が言い終わる前にアムールは顔を上げて、再び山賊王の鎧を俺に渡してきた。
「なら作り変えて。直るかどうか分からないまま置いておくより、作り直して使った方がケイ爺も喜ぶ」
ケイ爺とは誰?と思っていたら、ブランカがアムールの曾祖父だと教えてくれた。ついでに初代山賊王だという事も……
「マジで!アイナが百年前の人物だとか言ってたけど、そのケイ爺さん何歳だったんだ?」
「俺の聞いた限りでは、だいたい百二十歳くらいだった気がするが……正確には分からん」
ブランカは顎に手を当てながら答えた。さらに注意事項として、山賊王がアムールの親戚(先祖)という所までは喋ってもいいが、本名はなるべく広めない様にとの事だ。何でも、ケイ爺さん自身が有名になるのが嫌で、山賊王の鎧を身に纏って正体を隠していたそうだ。亡くなる数日前には冗談めかして、「それが俺の遺言だ!」とか言っていたらしい。なお、死因は多分老衰らしい。その理由はアムールの父親が様子を見に行くと、ベッドの上で眠る様に亡くなっていたらしく、病気を患っていたとは誰も聞いた覚えが無いので老衰ではないかとの事だ。
「老いて益々盛んとは、あの人の事だった……何せ、俺やアムールの父親が、百歳を超えるあの人にやられっぱなしだったからなぁ……単純に力が強いと言うよりは戦い方が上手かった」
「ケイ爺に勝てたのはお母さんだけ」
ブランカがしみじみと語っている横で、アムールが驚きの発言をした。つまり、『ブランカ<山賊王(ケイ爺さん)<アムール母』となるわけだ。アムールのお母さん、どれだけ強いんだろう……
「ちなみにブランカは、奥さんにも勝てない」
さらに、山賊王クラスの猛者がいるらしい。ブランカは頬を掻きながらそっぽを向いた。
「それは置いといて……テンマ、これからどんなのが作れる?」
これとは山賊王の鎧の事だ。俺は少し考えて、フード付きのマント、グローブ、手甲、脛当て、胸当て、ズボンを挙げた。
普通の体格なら無理があるが、アムールの様に小柄で、さらに山賊王の鎧の大きさなら、工夫すれば十分作れる計算だ。問題は皮の裁断くらいだろう。
「ん、じゃあそれで。でも、少し大きめに作ってね。成長期だから、背も胸も大きくなる…………筈だから」
まあ、確かにアムールの歳なら成長期の真っただ中の筈だし、少し大きめに作るくらいでちょうどいいだろう。そうなると、ベルトや紐を使ってある程度サイズを自由にできる工夫がいるな。例え成長しなかったとしても、下に服を着こんだりすれば問題は無い。
「分かった、ある程度のサイズ調整を簡単に出来る様にしよう」
俺がそういうと、アムールはおもむろに自分が着ている服に手をかけ、俺の目の前で脱ごうとし始めた。
慌てて止めた俺とブランカだったが、アムールは不思議そうな顔をして、「服を脱がないとサイズが測れない」とか言いっている。
防具に関してはケリーにも相談するつもりだから、ケリーの所で測ってもらうと言って説得した。その後のアムールの頭には、漫画の様な大きなたんこぶが出来た。制作者はブランカだ。
「という訳で、暇があるなら今からケリーの所に行こうかと思うんだが……どうする?」
痛そうに頭をさするアムールにそう聞くと、すぐに頷き自分の部屋に戻って準備を始めた。その横で聞いていたブランカも一緒に来るようで準備をしていた。
「一階の食堂で待っているから、準備が出来次第降りて来てくれ」
そう言い残して下に降りると、俺は食堂へと向かった。
ここの食堂はこの世界の宿屋としては珍しく、基本的に宿泊客以外には解放されておらず、先客はナミタロウ達以外にいなかった。
これはこの宿の従業員数では外部の客まで接客する事が難しいとか、交代制でやっているので食事メニューが安定しないとかの理由があるからだ。その為宿屋の利用客数以上の儲けは出ないが、代わりに大きな損もしない。
基本的な宿屋の儲けとは、宿泊料と酒場の売り上げになるが、酒場を営むには当然酒の購入代金と食材費が必要になる。
これが普通の村や町ならば、ククリ村の皆も酒場を開いていただろうが、この王都では商売敵が多く、新規参入組には厳しいものがある。それに大規模な宿屋には当然の事ながら様々な面で劣り、さらにはこの宿より小規模でも、昔から経営している様な所の仕入れルートには敵わない。
それらを踏まえた上で、あえてこの宿は酒場を経営せずに、宿屋専門でやっているのだ。
だが、ただ宿屋に専念しただけでは生き残るのには不安がある。そこで、宿屋の宿泊料を安くし、食堂を外部に開放しない事で、他の宿屋との差別化を図ったそうだ。
そのおかげで、静かな宿を望む客や安価な宿屋を望む者、そして訳ありの者を引き込む事に成功し、今では人気の宿屋と言われるようになった。
しかも、この宿屋の経営状態に目を付けた商売人達が、ここの客を引き込もうと近くに食堂や酒場を出店し始めたので、周りとの軋轢も少なく相乗効果を生み出している事も人気の一つだ。
話が逸れてしまったが、そんな静かな食堂で、今一匹の生物がやらかしていた。
「テンマ……悪いが、代金の方よろしくな」
呆然とする俺に、マークおじさんが肩に手を置きながら目の前の惨状の責任を取る様に言ってきた。
「テンマ、これ意外と難しいんやな」
俺が渡した腕の手のひらをワキワキと動かしながら、練習に励むナミタロウ。
そんな主犯であるナミタロウの前にあるテーブルには、潰れた野菜や果物が山と化している。どうやら腕の操作の練習として、野菜や果物を掴んだり移動させたりしていた様だ。そして、ことごとく失敗した様である。
「おじさん、これ……」
とりあえず野菜や果物の代金として、マークおじさんに金貨一枚を渡した俺は、そっと『ギガント』を召喚し、ナミタロウを掴み上げた。
「ナミタロウ……何か言う事は?」
「いやん!テンマのエッチ!」
この言葉に切れた俺は、ギガントを使ってナミタロウを数度床に叩きつけ、そのまま魔法で氷漬けにしてバッグに放り込んだ。
そして我に返った俺の目の前には……
「テンマ……床の修理代金もな」
と額に青筋を立てて、代金を請求するマークおじさんがいた。
なお、床の修理代には大金貨一枚(十万G)程かかるそうで、その修理代に迷惑料として金貨を五枚多く手渡した。これが石や土で出来た床なら俺の魔法で修理可能だったが、木の板で出来た床だったので、新たな板を張り替えるしか方法は無かった。
いつもの癖で家にいる時と同じ事をやってしまったが、これからはギガントを召喚する前には、今いる場所の確認をちゃんと行ってからにしようと心に決めた俺であった。




