第6章-10 キャンプ!
大変お待たせして申し訳ありませんでした。
なろうに投稿を始めて以来、最大の不幸に見舞われてしまいました。
その不幸とは、パソコン内で作成していた数話分の下書きに設定を書いていたもの、その他小説関連が消え去ってしまい、さらにバックアップが取れていなかったというものです。
今後しばらくその影響が続くと思いますが、どうかご了承ください。
「ほう……財務卿殿は、命を惜しまぬ戦力をご所望なのかのう……」
ザイン様の言葉に、じいちゃんが牽制するように答えた。顔は笑っているので、見方によっては冗談交じりに言っているようだが、半分以上は怒っているようだ。
「じいちゃん落ち着いて。一応最後まで聞いてみようよ」
一先ずじいちゃんを宥めて、改めてザイン様に向き直る。
ザイン様は顔色を少しも変えずに、俺とじいちゃんを交互に見てから話を続けた。
「言い方が悪かったな。戦闘用と言うよりは、護衛用の物が欲しいのだ。今回の事は防げたが、次は王族が標的になるかもしれない。我々にも一応護衛が付いてはいるが、万が一の時の為の手札が欲しい。あの二人が持つサソリ並とは言わない。無論ある程度の戦闘力は欲しいが、軍の戦力としては扱わないつもりだ。あくまで個人用の範疇の物だ」
一応軍に組み込むつもりは無いみたいだが、あくまで一応なのだろう。俺はザイン様の言葉からそう感じた。
「護衛用と言いますけど、王族専用の護衛では足りないのですか?」
俺の質問に、ザイン様は即座に、
「足りない」
と言った。あまりにも即座に断言するので、部屋の中にいた大半の人物が驚いていた。
「テンマは、王族の護衛と聞くと何を想像する?」
「近衛ですね。それに私兵や、後はクライフさんやアイナのような訓練された執事やメイド……くらいですかね」
パッと思いつくのは、その三種類だ。他にもあるのかもしれないが、そう多くは無いだろう。
「そうだな、大まかにいえばそれくらいだろう。他にも、冒険者などを雇う場合もあるが、王族ではまず無い事だな。その三種類の中で、王族が一番使うのは近衛だが、そのほとんどは陛下、皇太子、皇太孫の順に割り当てられる。言い方は悪いが、その余りが我々につく形だ。だからそう多くなく、また常についている訳でもない。私兵や執事などに関しても、王族付きの条件に合う者はなかなかおらず、全ての王族を賄えるほどの数をそろえるのは難しい」
そう一区切りをして、お茶を飲みほした。
「テンマは現在、王族が何人いるか知っているか?」
ザイル様の言葉に、俺は少し考えてから、
「十人ですか?」
と答えた。どこまでが王族としていいのかよく分からなかったので、とりあえず王様にマリア様、シーザー様にイザベラ様にティーダとルナ、ザイン様にミザリア様、ライル様にアーネスト様の、これまで俺が会った事のある人物の数を言った。
「まあ、それで大体合っている。では王位継承権を持つ者は?」
「マリア様にイザベラ様にミザリア様を除いた七人……あれ?」
言葉に出して初めて気が付いたが、どう考えても少ない。これでは何かあった時には、この国の王族が滅んでしまう事になる。
「正解は五十人だ。さすがに七人という事は無い。そして、ここにいる七人以外の四十三人の王位継承権保持者は、ある意味で改革派以上に厄介で、敵以上に警戒しなければならない人物達でもある」
「ザイン、ここからは私が話そう」
そう言って話を引き継いだのは王様だ。王様は少し言いにくそうにしていたが、少し時間をおいてゆっくりと口を開いた。
「私の父、先々代の王の時代には、王族と呼ばれる者は百を優に超えておったのだ。私の叔父、叔母に当たる者も、十は超えておったらしい」
最後の『らしい』という所に、それまで空気の様に静かだったアーネスト様の雰囲気がわずかに変わった。
「少し話はそれるが、そこにいる私の叔父のアーネストを、ティーダやルナはなんと呼ぶか知っておるか?」
急にそれた話に変に思いながらも、俺はルナが前に呼んだ呼び方を思い出してみた。
「確か『大叔父』……ん?」
「可笑しかろう?私の叔父を、私の孫が大叔父と呼ぶなんて」
普通アーネスト様を大叔父と呼ぶのは、王様の子であるシーザー様達のはずだ。曾祖父の兄弟を何と呼ぶのかは知らないが、それからすると少しおかしい。
「わしは先王であった兄の養子じゃよ。だから、少しややこしくなるが、間違っておる訳では無い」
弟が兄の養子になる事は過去に日本でもあった事なので、アーネスト様に関する疑問は消えたが、王様の叔父叔母が過去形の、それも王様自身も把握していないような言い方の方が気になっていた。
「わしは先々代陛下の一番末の子として産まれた……が、わしでも正確な兄妹の数を知らん。わしの知らない所で増えたり減ったりしていたようじゃしの」
さらりととんでもない事を言うアーネスト様。
そんな事を言っていいのかと王様達の様子をちらりと確認したが、特に気にしていないようだった。むしろ、王族関係者はともかくとして、じいちゃんとマスタング子爵を除いた面々の方が動揺していた。
「まあ、ある程度年かさの者の間では知られている事だしな」
動揺していなかったマスタング子爵が事情を説明してくれたが、それとは別に次期有力貴族の三人が知らなかった事に俺は驚いていた。
三人は小声で「聞いていない」とか「初耳だね」とか「クソ親父が!」とか言っている。
……本当にリオンは貴族とは思えない奴だな。
まあ、あの三人は置いておくとして、他に気になるのはティーダとルナだ。あの二人もアーネスト様の言った事を知っている様で落ち着いて聞いていた。最も、ルナに関しては分かっていないだけの可能性も否定できないが……
そんな事を考えながら二人を観察すると、見られている事に気が付いたのか二人と目が合った。
ティーダは俺に対して小さく頷いていたが、ルナは首を傾げている……決まりだな。
「まあそんな訳で、ザインはテンマのゴーレムを欲したのだよ。最も、私達の安全と言うよりも、可愛い可愛いミザリアの為、と言うのが本音だろうが」
王様の茶化すような言葉に、皆が一斉にザイン様の方を見ると、ザイン様は皆の視線から逃れるようにそっぽを向いた。一瞬だけ見えたザイン様の顔は、真っ赤に染まっていたので王様の言う通りなのだろう。
「それなら、いきなりこんな事を言い出すのも納得です。そういう事ならわかりました。ミザリア様の為ならしょうがないですね。ただし、一から作るとなると時間がかかるので、今持っている中型ゴーレムに手を加えた物を用意しましょう。一人三つ程でいいですか?」
中型は大体人と同じくらいの大きさで、その中から比較的最近作った物を選んでいく。
さすがに全てをこの場に出す事は出来ないので、見本として一体だけ出すと、王様達は少し困ったような顔をしていた。
「テンマよ。これを一体いくらで売るのじゃ?ここまでの物だと、一つで金貨千枚以上は軽くいくぞ」
金貨一枚が一万Gだから一つ一千万G、日本円で一億円以上か。それが三十体で三十億円……すごいな、バッグには百体以上残っているし、材料があれば自作できるから、一晩で大金持ちだな!
いや、そんなに金はいらんけど……
「うぬ……出せない事は無いが……厳しいな。一人一つにするか……」
「いや、それじゃと少ないじゃろう……わしはいらんから他に回すとよい」
「老い先短いからのう」
王様の呟きに対して、アーネスト様が答え、それにじいちゃんが茶々を入れる。そして始まる罵りあい……いつもの光景だ。なんだか懐かしさすら感じる。
「いいわテンマ。三十体貰いましょう。値段は一体につき一千万Gの三億G。ただし、一度に全額は無理だから三年払いの年一億Gで、それに利子として二割増しの一億二千万Gでどうかしら?他にも何か要望があれば善処するわ」
(ある二人のせいで)グダグダになりかけた空気を打ち消すように、マリア様が支払いの方法を提案してきた。俺としては割引しての販売でもよかったのだが、王家関係者以外の人間がいるこの場では提案し難かったので、マリア様から提案してくれたのはよかったのだが、少しばかり好条件過ぎないかとも思う。
「あのゴーレムの性能は聞いているから、その値段では破格の安さだと思っているわ。それにテンマは、私達だけにあのゴーレムを売ってくれるのよね?」
そんな俺の考えを読んだのか、笑顔で話しかけてくるマリア様。その迫力に俺が首を縦に振ると、今度はマスタング子爵とアルバート達の方を向いて、にっこりと笑った。
言葉には出していなかったが、「自分にもゴーレムを売ってくれと言うなよ」という意思を込めたのだろう。
マリア様の笑顔を見て、マスタング子爵は肩をすくめて了承の意思を示し、三人は赤べこの様に首を振っていた。そんなマリア様の後ろで、何故か王様達まで背筋を伸ばして綺麗に座りなおしていた(一部例外有り)。
「そんな訳だから、ちゃんとした契約書を……って、ルナがもうダメみたいね。イザベラ、ティーダ、ルナ、貴方達はもう下がりなさい」
「申し訳ありませんお義母様。お義父様、お先に失礼します」
「失礼します」
「しつれ~しまふ……」
三人が出て行くと、すぐにクライフさんが契約書を書き始めた。僅かな時間で書き上げた複数の契約書を、まずは王様とマリア様が確認して、続いて俺とじいちゃんに渡してきた。
しかし、契約書を確認してみると、何故か俺の条件の所に空欄があるのに気が付いた。
俺が空欄の事を聞こうと顔を上げると、何故かクライフさんがペンを差し出してくる。
「テンマ、その空欄に好きな条件を書きなさい。条件は複数でもかまわないわ」
と太っ腹な事を言っているが、マリア様に見られているこの状況で、好き勝手な事を何個も書く勇気は俺には無い。
なので少し考えてから、
1、自分を含む関係者が貴族関係の問題に巻き込まれたときには、出来る範囲での手助けをする事。
2、自分に何かあった時には、ジャンヌとアウラの身柄を王家で責任を持って保護する事。
3、正当な理由がある場合、自分に危害を加えてきた者を断罪したとしても、相手がいかなる立場の者でも公平に扱う事。
と書き加えた。
正直言って、三番目は断られたとしても問題は無い。ただ、一番と二番目は無理が無い上に、今回の事を考えると飲んでもらいたい。
「うん……あなた、これ」
「ほう……問題は無いな。いいだろう」
三番目も問題なく受け入れられたようで、王様が契約書にサインを入れた。
シーザー様達も契約書に目を通し、三番目に書かれた内容を見て苦笑いをしている。
「……これって、俺達も対象に入ってないか?」
ザイン様が持っている契約書を、横からのぞき込んでいたライル様がボソッと呟く。
確かにザイン様の言う通り、正当な理由があるならば、例え王様が相手でも断罪しても公平に扱われる事になる……筈だが、そんな事はあり得るわけが無い。
例えば王様を殺した場合、どんなに王様が非道な行いを俺にしていたとしても、何やかんやと理由を付けられ、『国家反逆罪』辺りで処罰されるだろう。
しかも、この場合の『正当な理由』を判断するのは、これを認めた王様もしくは王妃様なので、俺の感覚での正当な理由は反映されにくい。
この様な理由から、他の上位貴族などには適用させにくいだろう。なので正確には、『ただし、王の一存で処罰できる貴族が対象』との一文が必要なのである。
王様達の事だから、これを利用して反抗的な貴族の当主を変える理由に利用するくらいの事は平気でやりそうではあるが……
最も、賢い貴族や上位貴族などは、王様の考えを読むくらいの事はするだろうから、これがあるだけでも俺にちょっかいを掛ける事に躊躇してくれるだろう……と言うか、してくれるとありがたい。
しかし、下位の貴族だけでも抑える事が出来るなら、今後はかなり楽になるだろう。主に、俺の精神面が……王都に来てからというもの、貴族関連で何度暴れてやろうかと思った事か。
「これで終わりじゃな。さあテンマ、帰って寝るぞ!」
俺が契約書をバッグに入れたのを見たじいちゃんが、背伸びをしながら立ち上がった。
「そうだね」
俺もそろそろゆっくりとしたかったので、じいちゃんの言葉には賛成だった。マリア様のプレッシャーが和らいだ事もあったせいか、少し弾んだ声になってしまったが、その事に気が付いた者はいなかった。
なぜなら俺以上に喜んだ者がいたからだ。
そいつは部屋の視線を独り占めした後で、アイナによって部屋の外へ引っ張られていった。徹夜で説教モードへの突入が決定したな……まあ、がんばれアウラ。
「テンマ、今回は本当に助かった。一時は騒がしいだろうが、すぐにこの契約を公表して黙らせるから、それまで大人しくしていてくれ」
王様の言葉に頷き、部屋を出ようとしたところで、二つの呻き声が聞こえてきた。呻き声の主はジャンヌとアムールで、正座のせいで足が痺れてしまい、ろくに動く事が出来ないようだ。
どうしようかと俺が近づくと、
「テ、テンマ、助け「テンマ、抱っこ!」」
とジャンヌの言葉を遮って、アムールが両手を広げて抱きつこうとしてきたが、痺れた足ではとび上がる事が出来ずに、顔から床にダイブした。
「あ~、お嬢は俺が運ぶから、テンマはジャンヌをどうにかしてやれ」
アムールの奇行にブランカがため息をつきながら、床でもがくアムールを持ち上げた。
持ち上げたと言っても、肩に担いで……とかでは無く、まるで子猫を運ぶかの如く、アムールの後ろ襟を掴み上げて、である。
「ふにゃ!」
短い悲鳴の様な声を上げたアムールは、ゆらゆらと体を揺らしながら、ブランカに運ばれて部屋を出て行った。
「テンマ、これ恥ずかしいのだけど……」
「我慢しろ。それしか運び様がなかったんだから」
「ううっ……」
ジャンヌは本当に恥ずかしいのだろう。赤く染まった顔を両手で隠しながら、ゆっくりと廊下を運搬されている。
「かわいそうではあるが、仕方がないじゃろうな」
「そうだな。お嬢の運ばれ方も、恥ずかしい部類ではあると思うが……本人はいたって気にしていないしな。その分、恥ずかしがっているジャンヌの方に、視線が集まるという訳か……悪循環だな」
「すぴ~~」
ブランカの呆れ声に、寝息で返事したアムールは、摘み上げられてすぐに寝入ってしまった為、現在では肩に荷物の様に担ぎ上げられていた。
「まあ、気にするな。それに、なんだかんだと言いながら、気持ちいいとか思っているんだろ?」
「た、確かに気持ちいいけど……気持ちいいけどぉ」
赤面しながら宙に浮いた状態になっているジャンヌ。そう、ジャンヌは今、抱き上げられているのだ。しかも、女の子の憧れ?のお姫様抱っこ。
ただし、抱っこしているのは俺ではないがな。
「スラリン、ジャンヌを落としたり、物にぶつけたりしない様にね」
俺の言葉通りジャンヌを抱き上げているのは、体を二m程の大きさにしたスラリンだ。
なぜスラリンがお姫様抱っこをしているのかというと、最初にジャンヌを立たせようとした時に、ジャンヌの足の痺れが酷く、少しの振動で泣き出しそうになってしまっていたのだ。
そこで考えた末、一番振動を吸収しながら運べそうなスラリンに、ジャンヌの運搬を頼んだのだ。そして、俺の予想通りに、スラリンはジャンヌを苦しめる事無く運んでいる。
その際、スラリンはジャンヌを横にして運んでいる為、傍目から見るとお姫様抱っこされている様に見えるのだ。しかも、王城の廊下ですれ違う人達に見られるというオマケ付きで……
その事でジャンヌは赤面しているのだが、自力で歩く事ができず、スラリンに助けてもらっていると分かっているので、強く言う事ができずにいるのだ。しかも、体のほとんどが水分で出来ているスラリンは、さながら動くウォーターベッドであり、柔らかさと心地よさでは前世の物を遥かに凌ぐ逸品なのだ。
実際に俺も、野宿や暑苦しい夜にはスラリンベッドで快適に過ごした経験があるので、あれの気持ちよさは十分に理解している。
赤面しながら恥ずかしがるジャンヌを無視し、俺達はクライフさんの先導で入口まで行き、そこからそれぞれの馬車に乗って自宅へと帰る事になった。
ジャンヌはさすがに馬車に乗る頃にはある程度回復していたが、しばらくは顔が赤いままであった。
「なあ、テンマ。ホンマによかったんか、アウラ置いてきて?」
いつの間にか俺のバッグに入り込んでいたナミタロウが、ここにはいないアウラの名前を出すが、
「まあ、たまには姉妹水入らずというのも大事だろう……多分」
「むう……わしはちとかわいそうな気がするがのう……」
じいちゃんは少し同情しているようだが、俺は首を横に振った。
「じいちゃん、それをあの状態のアイナに言える?」
「無理じゃな。わしでも怖かったもん」
じいちゃんの語尾が少しキモかったが、俺も同意見である。仁王と般若をその身に宿したアイナに意見するくらいなら、ワイバーンの群れに突撃した方がマシである……そういえば、最近肉が余り気味だな。久々に何か作るか……
そんな現実逃避気味な俺だったが、ジャンヌとナミタロウが首を縦に振って同意していたのは見逃さなかった。特にジャンヌの顔が、羞恥の赤から、恐怖の青に変わる瞬間はしっかりとみていた。
ジャンヌの場合は、一歩間違えば今でもアウラの横に座っていたかもしれないからな、ある意味ジャンヌはアウラに感謝しないとな。
そんな感じで馬車は進み、俺達は屋敷に着くなりそそくさと自分の寝床に潜り込んだ。
しかし、アウラはその日も、その次の日も帰って来る事は無く、戻ってきたのは王様に謁見した二日後の事だった。
帰ってきたアウラは疲労困憊で頬が痩けており、聞けば朝から晩まで掃除洗濯、礼儀作法に各種マナーをアイナにやらされて、その合間合間には戦闘訓練も行われたそうだ。
恐るべし『アイナズ・ブート・キャンプ』!もしかしたら、今後王都で流行る……訳はないか。数日は使い物にならなかったもんな、アウラ……




